ディアソムニア
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「いい加減にしろ! 人間! 貴様はいちいち距離感が近すぎる!」
オンボロ寮の談話室に、鼓膜を震わせるような大声が響き渡る。声の主はセベク・ジグボルト。彼はその長身を震わせ、顔を真っ赤にして叫んでいた。対するななしは、ソファに座ったまま首を傾げる。
「ただ隣に座って、セベクの制服の乱れを直そうとしただけだよ」
「それが問題だと言っている! 突然顔を近づけるなど、僕の心臓に悪……いや、僕への不敬だ!」
「不敬って。わたしとセベクは同い年でしょ? 友達なんだからこれくらい普通だよ」
「普通ではない! 普通、異性の顔が鼻の先まで迫ってくれば、誰だって警戒する! 貴様はそんなこともわからんのか!」
セベクは大きな身振りで否定する。
その瞳は泳ぎ、耳の先まで赤く染まっていた。
ななしは立ち上がり、さらに一歩、セベクに歩み寄る。
「無防備なのはセベクの方じゃない? ほら、今もそんなに顔を真っ赤にして」
「僕は怒っているんだ! 僕のパーソナルスペースを侵されたことに対する、正当な憤りでだ!」
「へえ、怒ってるんだ。じゃあ、こうされるのも嫌?」
ななしは、セベクの大きな手のひらを自分の両手でそっと包み込む。その瞬間、セベクは短い悲鳴を上げ、硬直した。
「な、ななな、何をする……! 離せ!」
「セベクの手、大きいね」
「そういうことを平気で言うな! 貴様……貴様という人間は! そうやって誰にでも愛想を振りまくのか!? 誰に対しても、このように馴れ馴れしく接しているのか!?」
「他の人にも親切にはするけど、手を繋いだりするのはセベクだけだよ」
「……っ!?」
セベクは絶句する。大きな瞳をさらに見開き、パクパクと口を動かすが、意味のある言葉が出てこない。やがて彼は、バネが弾けたようにななしの手を振り払った。
「嘘をつけ! 貴様はそうやって、僕をからかっているのだろう! 隙を見せて反応を楽しんでいるに違いない!」
「からかってないよ。本気で言ってるのに」
「そもそも、人間ごときが妖精の血を引く僕に対して、これほどまでに親身になる理由がない!」
セベクは拳を握りしめ、天を仰ぐようにして叫ぶ。
「いいか、 ななし! そんな態度を続けていれば、相手が僕でなければ……いや、僕であっても! 勘違いしてしまうだろう! 自分が特別だと思い込んでしまうだろうが!」
「……」
「わかったら、少しは慎みを覚えろ! 勘違いさせるような真似は金輪際許さない! わかったな!?」
静寂が訪れる。
セベクは自分の正論に満足したのか、ふんぞり返って鼻を鳴らした。しかし目の前のななしの表情は、彼が予想していた反省や困惑ではなかった。
ななしは、眉間にしわを寄せ頬を膨らませてセベクを睨みつけている。
「……もう、なんでわからないかな! セベクのバカ!」
「なっ、何だと!? 貴様、いきなり罵倒するとは、なんて無礼な!」
「礼儀なんて知らない! 勘違いするだろって、セベクはさっきそう言ったよね!?」
「ああ、言ったとも! 当然の指摘だ!」
「あのね! わたしは、セベクに勘違いしてほしいからやってるんだよ!」
談話室の空気が凍りつく。
セベクの思考回路が完全に停止した。
「カンチガイ……してほしい……?」と、彼は壊れた蓄音機のように繰り返す。
「そうだよ! 鈍感すぎるんだよ、セベクは! 好きでもない相手に、わざわざ至近距離で制服の襟を直したり、手を繋いだり、毎日話しかけに行ったりするわけないでしょ!?」
「……す、す、す……?」
「セベクのことが好きだって言ってるの! 特別だと思ってほしいから、特別扱いしてるの! なんでそれが『からかってる』とか『不敬』になっちゃうの!」
ななしの怒りは止まらない。詰め寄られたセベクは、一歩、また一歩と後退し、ついに壁に背中を預ける形になった。
「 ななし……。貴様、今、なんと言った……? 僕を、特別だと……?」
「言ったよ! 何回も言わせないで! わたしはセベクが好きなの! 友だちとしてじゃなくて、特別な一人として好きなの! だから勘違いしてよ!」
セベクの顔が、これまでの人生で見たことがないほど鮮やかな真紅に染まる。彼は口元を片手で覆い、視線を激しく上下左右に動かした。
「そんな……バカな……。貴様が、僕を……。いや、しかし、僕はマレウス様の護衛を第一とする身。恋などという軟弱な感情にうつつを抜かすわけには……」
「マレウス様、マレウス様って! ツノ太郎だって、セベクが幸せになることを反対したりしないでしょ!?」
「それは……確かにマレウス様は慈悲深いお方だ。僕が良き伴侶を得るならば、祝福してくださるかもしれないが……。いや、待て! 伴侶!? 今、僕は何を考えているのだ!」
セベクは自身の思考にパニックを起こし、自らの頭を抱えた。
「 ななし! 貴様は……本気なのか!? 本当に、僕を……男として見ているというのか!?」
「そう言ってるじゃん! セベクって本当、自分の声が大きすぎて、こっちの声が全然聞こえてないんじゃないの!?」
「聞こえている! 聞こえすぎて、心臓が爆発しそうなのだ! 静かにしろ!」
「静かにしてたら伝わらないでしょ!」
ななしは、壁際に追い詰めたセベクの胸板を指先で突いた。
「どうなの? わたしが『勘違いしろ』って言ったら、セベクはどうするの?」
セベクは逃げ場を失い、喉を鳴らした。一度、ぎゅっと目をつむり、それから力任せに視線を斜め上へと逸らす。
「……ふん! 貴様があまりにもしつこく、そして情熱的に訴えるものだから、聞き捨てにするわけにもいくまい!」
「えっ、何その言い方」
「黙って聞け! 貴様という人間を放っておけば、また誰彼構わず愛想を振りまき、余計な火種を撒き散らすに決まっている! それを阻止できるのは、僕以外にいないだろう!」
「……それって、つまり?」
「つまり……僕が直々に、貴様という人間を管理してやるということだ! 勘違いではなく、事実として、僕が貴様の『特別』になってやる! 感謝したまえ!」
セベクは叫びながら、今度は自分からななしの肩をがしっと掴んだ。その手は隠しきれないほど震えており、顔の赤さは増すばかりだ。
「……言っておくが、僕は妥協したわけではないぞ! 貴様があまりに僕を必要としているから、慈悲の心で応えてやるのだ! いいな!?」
「……あはは、そうだね。セベクらしいや」
ななしが可笑しそうに笑うと、セベクはさらにムキになって顔を近づけた。
「笑うな! 僕は大真面目だ! そもそも、人間が僕に対してこれほどの熱意を持つなど……本来ならあり得ないことなのだからな! それを……その、僕の方からも……悪くないと思っているなど……っ」
「最後、なんて言ったの?」
「何でもない! 聞き返そうとするな! 全く、図々しい人間だ!」
セベクは吐き捨てるように言いつつ、掴んだ肩を離そうとはしない。ななしを離したくないという本心が、その不器用な拘束に滲み出ていた。
「いいか! これからは僕の許可なく他の男と手を繋ぐな! 距離を詰めるな! 常に僕の……僕の後ろを歩け!」
「えー、隣がいいな」
「だっ……! 隣だと!? ……くっ、仕方のないやつだ。今日だけ、今日だけ特別に許可してやる!」
セベクは顔を真っ赤にしたまま、無理やり自分を納得させるように頷いた。放課後の談話室には、折れそうにない態度と、照れ隠しの雷鳴がいつまでも響き渡っていた。
オンボロ寮の談話室に、鼓膜を震わせるような大声が響き渡る。声の主はセベク・ジグボルト。彼はその長身を震わせ、顔を真っ赤にして叫んでいた。対するななしは、ソファに座ったまま首を傾げる。
「ただ隣に座って、セベクの制服の乱れを直そうとしただけだよ」
「それが問題だと言っている! 突然顔を近づけるなど、僕の心臓に悪……いや、僕への不敬だ!」
「不敬って。わたしとセベクは同い年でしょ? 友達なんだからこれくらい普通だよ」
「普通ではない! 普通、異性の顔が鼻の先まで迫ってくれば、誰だって警戒する! 貴様はそんなこともわからんのか!」
セベクは大きな身振りで否定する。
その瞳は泳ぎ、耳の先まで赤く染まっていた。
ななしは立ち上がり、さらに一歩、セベクに歩み寄る。
「無防備なのはセベクの方じゃない? ほら、今もそんなに顔を真っ赤にして」
「僕は怒っているんだ! 僕のパーソナルスペースを侵されたことに対する、正当な憤りでだ!」
「へえ、怒ってるんだ。じゃあ、こうされるのも嫌?」
ななしは、セベクの大きな手のひらを自分の両手でそっと包み込む。その瞬間、セベクは短い悲鳴を上げ、硬直した。
「な、ななな、何をする……! 離せ!」
「セベクの手、大きいね」
「そういうことを平気で言うな! 貴様……貴様という人間は! そうやって誰にでも愛想を振りまくのか!? 誰に対しても、このように馴れ馴れしく接しているのか!?」
「他の人にも親切にはするけど、手を繋いだりするのはセベクだけだよ」
「……っ!?」
セベクは絶句する。大きな瞳をさらに見開き、パクパクと口を動かすが、意味のある言葉が出てこない。やがて彼は、バネが弾けたようにななしの手を振り払った。
「嘘をつけ! 貴様はそうやって、僕をからかっているのだろう! 隙を見せて反応を楽しんでいるに違いない!」
「からかってないよ。本気で言ってるのに」
「そもそも、人間ごときが妖精の血を引く僕に対して、これほどまでに親身になる理由がない!」
セベクは拳を握りしめ、天を仰ぐようにして叫ぶ。
「いいか、 ななし! そんな態度を続けていれば、相手が僕でなければ……いや、僕であっても! 勘違いしてしまうだろう! 自分が特別だと思い込んでしまうだろうが!」
「……」
「わかったら、少しは慎みを覚えろ! 勘違いさせるような真似は金輪際許さない! わかったな!?」
静寂が訪れる。
セベクは自分の正論に満足したのか、ふんぞり返って鼻を鳴らした。しかし目の前のななしの表情は、彼が予想していた反省や困惑ではなかった。
ななしは、眉間にしわを寄せ頬を膨らませてセベクを睨みつけている。
「……もう、なんでわからないかな! セベクのバカ!」
「なっ、何だと!? 貴様、いきなり罵倒するとは、なんて無礼な!」
「礼儀なんて知らない! 勘違いするだろって、セベクはさっきそう言ったよね!?」
「ああ、言ったとも! 当然の指摘だ!」
「あのね! わたしは、セベクに勘違いしてほしいからやってるんだよ!」
談話室の空気が凍りつく。
セベクの思考回路が完全に停止した。
「カンチガイ……してほしい……?」と、彼は壊れた蓄音機のように繰り返す。
「そうだよ! 鈍感すぎるんだよ、セベクは! 好きでもない相手に、わざわざ至近距離で制服の襟を直したり、手を繋いだり、毎日話しかけに行ったりするわけないでしょ!?」
「……す、す、す……?」
「セベクのことが好きだって言ってるの! 特別だと思ってほしいから、特別扱いしてるの! なんでそれが『からかってる』とか『不敬』になっちゃうの!」
ななしの怒りは止まらない。詰め寄られたセベクは、一歩、また一歩と後退し、ついに壁に背中を預ける形になった。
「 ななし……。貴様、今、なんと言った……? 僕を、特別だと……?」
「言ったよ! 何回も言わせないで! わたしはセベクが好きなの! 友だちとしてじゃなくて、特別な一人として好きなの! だから勘違いしてよ!」
セベクの顔が、これまでの人生で見たことがないほど鮮やかな真紅に染まる。彼は口元を片手で覆い、視線を激しく上下左右に動かした。
「そんな……バカな……。貴様が、僕を……。いや、しかし、僕はマレウス様の護衛を第一とする身。恋などという軟弱な感情にうつつを抜かすわけには……」
「マレウス様、マレウス様って! ツノ太郎だって、セベクが幸せになることを反対したりしないでしょ!?」
「それは……確かにマレウス様は慈悲深いお方だ。僕が良き伴侶を得るならば、祝福してくださるかもしれないが……。いや、待て! 伴侶!? 今、僕は何を考えているのだ!」
セベクは自身の思考にパニックを起こし、自らの頭を抱えた。
「 ななし! 貴様は……本気なのか!? 本当に、僕を……男として見ているというのか!?」
「そう言ってるじゃん! セベクって本当、自分の声が大きすぎて、こっちの声が全然聞こえてないんじゃないの!?」
「聞こえている! 聞こえすぎて、心臓が爆発しそうなのだ! 静かにしろ!」
「静かにしてたら伝わらないでしょ!」
ななしは、壁際に追い詰めたセベクの胸板を指先で突いた。
「どうなの? わたしが『勘違いしろ』って言ったら、セベクはどうするの?」
セベクは逃げ場を失い、喉を鳴らした。一度、ぎゅっと目をつむり、それから力任せに視線を斜め上へと逸らす。
「……ふん! 貴様があまりにもしつこく、そして情熱的に訴えるものだから、聞き捨てにするわけにもいくまい!」
「えっ、何その言い方」
「黙って聞け! 貴様という人間を放っておけば、また誰彼構わず愛想を振りまき、余計な火種を撒き散らすに決まっている! それを阻止できるのは、僕以外にいないだろう!」
「……それって、つまり?」
「つまり……僕が直々に、貴様という人間を管理してやるということだ! 勘違いではなく、事実として、僕が貴様の『特別』になってやる! 感謝したまえ!」
セベクは叫びながら、今度は自分からななしの肩をがしっと掴んだ。その手は隠しきれないほど震えており、顔の赤さは増すばかりだ。
「……言っておくが、僕は妥協したわけではないぞ! 貴様があまりに僕を必要としているから、慈悲の心で応えてやるのだ! いいな!?」
「……あはは、そうだね。セベクらしいや」
ななしが可笑しそうに笑うと、セベクはさらにムキになって顔を近づけた。
「笑うな! 僕は大真面目だ! そもそも、人間が僕に対してこれほどの熱意を持つなど……本来ならあり得ないことなのだからな! それを……その、僕の方からも……悪くないと思っているなど……っ」
「最後、なんて言ったの?」
「何でもない! 聞き返そうとするな! 全く、図々しい人間だ!」
セベクは吐き捨てるように言いつつ、掴んだ肩を離そうとはしない。ななしを離したくないという本心が、その不器用な拘束に滲み出ていた。
「いいか! これからは僕の許可なく他の男と手を繋ぐな! 距離を詰めるな! 常に僕の……僕の後ろを歩け!」
「えー、隣がいいな」
「だっ……! 隣だと!? ……くっ、仕方のないやつだ。今日だけ、今日だけ特別に許可してやる!」
セベクは顔を真っ赤にしたまま、無理やり自分を納得させるように頷いた。放課後の談話室には、折れそうにない態度と、照れ隠しの雷鳴がいつまでも響き渡っていた。
