ハーツラビュル
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「ねえ、ちょっといい? すっごい下世話な話なんだけどさ」
放課後のオンボロ寮、談話室のソファ。
ななしが唐突に切り出したその言葉に手品の練習をしていたエースと真面目に教科書を開いていたデュースが同時に顔を上げた。
「……なんだよ改まって。ななしが下世話なんて言葉使うの、珍しいじゃん」
「そうだな。学園の噂話か? それとも食堂の新メニューの裏事情とか……」
二人の視線を受けながら、ななしは真剣な表情で身を乗り出す。
「あのね、魔法って『願いの力』が根源にあるって言ってたじゃない? ってことはさ……えっちな願いの力がものすごく強ければ、えっちなユニーク魔法が使えたりするのかなって」
一瞬、静寂が訪れる。
エースの手元からトランプが数枚、パラパラと床に落ちた。
デュースは開いていた教科書を、音を立てて閉じた。
「…………は?」
エースの声が、裏返る。
「ななし、お前……今、なんて言った?」
「だから、魔法はイマジネーションを具現化する力であり、個人の強い願いや思いが魔力の源泉や増幅要素なんだから、煩悩に全振りした魔法があってもおかしくないんじゃないかって。例えば、服が透けて見えるとか、触れてる場所が熱くなるとか……そういうの!」
ななしは至って真面目だ。学術的な新発見でもしたかのような、キラキラとした瞳で二人を見つめている。デュースは顔を真っ赤にし、視線をあちこちに泳がせた。
「ば、バカを言うな! 魔法は、もっと高潔な……というか、自己を律するために磨くもので……!」
頭を抱えるデュースの横で、エースがようやく再起動した。
彼はニヤニヤとした笑みを浮かべ、椅子の背もたれに深く体重を預ける。
「あー……。なるほどね。一理あるわ。っていうか、絶対どこかの歴史にはいるだろ。そういう、サイテーな魔法使い」
「エース、お前まで乗るな!」
「いいじゃんデュース。これもある種の研究だろ? なあななし、例えばどんなのがいいわけ?」
エースの問いかけに、ななしは指をあごに当てて考え込む。
「んー。やっぱり王道は『服を消す魔法』かなぁ。でも、それだと公然わいせつで捕まっちゃうから、『相手が自分に対して欲情しちゃう魔法』とか? 惚れ薬の魔法版みたいな……あ、でもそれって」
ななしは何かを思いついたように手をポンと叩いた。
「ジャミル先輩のユニーク魔法とか、まさにその部類に入りそうじゃない? 相手を操るんでしょ? もしジャミル先輩が『俺のことを好きになれ』とか『エロい気分になれ』って命令したら、抗えないってことだよね」
「ぶっ……!!」
エースが派手にむせた。デュースに至っては顔面が沸騰したかのような色になりガタガタと椅子を鳴らす。
「バ、バイパー先輩を引き合いに出すな! 失礼だろう!」
「でも、洗脳だよ? 意識を乗っ取るなんて、究極のエロ要素じゃない? 相手の嫌がることを無理やりさせたり、感じたくないところで感じさせたり……自由自在ってことだよね」
ななしの言葉は、恐ろしいほどに本質を突いていた。
それだけに、思春期の男子である二人には刺激が強すぎる。
「ななし……よくそんな涼しい顔して、ジャミル先輩の魔法でそんなこと言えるな。あの人が聞いたら、マジで埋められるぞ」
「え、学術的な仮説だよ?」
「仮説じゃねーよ! それ、もはや薄い本のネタだろ!」
エースは顔を覆っていた手を離すが、その頬はまだ赤い。
デュースは必死に冷静さを取り戻そうと、深呼吸を繰り返している。
「洗脳魔法……確かに、相手の精神を支配するという点では、そういった悪用も可能……かもしれない。だが、バイパー先輩がそんな破廉恥なことに魔法を使うはずがない! ……はずだ、たぶん」
「でもさ、無意識に発動してたら怖くない? ジャミル先輩が『こいつ、ちょっと色っぽいな』とか思った瞬間に、相手が急に脱ぎだしちゃうとか」
「やめろななし! 想像しただけで、こっちの胃が痛くなる!」
デュースが机を叩いて抗議する。
しかし、ななしの探究心は止まらない。
「じゃあさ、ジャミル先輩のは洗脳魔法だけど、もっと特化したのもあると思うんだ。例えば、『特定の部位の感度を数千倍に引き上げる魔法』とか。これなら、ちょっと指先が触れるだけで、相手は腰が抜けちゃうよね」
「……ななし、マジで言ってる?」
エースの目が、心なしか座っている。
ななしは「うん」と大きく頷いた。
「願いの力が魔法になるなら、『もっと触れたい』とか『もっと感じさせたい』っていう強い欲望があれば、そういうユニーク魔法に進化してもおかしくないと思うんだよね。エースはどう思う?」
「どう思うかって……。そりゃ男なら一回くらいは、そういう無敵の能力を夢見る時期もあるかもしれないけどさ……。それをクラスメイトに、こんな昼間からプレゼンされるとは思わねーわ」
エースは椅子に深く背中を預け、天井を仰いだ。
「実際問題さ、倫理規定とかで禁じられてるんじゃねーの? そういう性犯罪に直結しそうな魔法の研究って。リドル寮長とかに聞いたら、即座に首はねられるぜ」
「だから『下世話な話』って最初に言ったじゃない。でも、魔法の可能性として、煩悩が魔法になるのかどうかが知りたかったの」
ななしの無垢な好奇心が、二人を追い詰めていく。
デュースは赤くなった顔のまま、何故か真剣な考察を始めた。
「……待てよ。もしその『感度を上げる魔法』が、医療用として開発されていたとしたらどうだ? 麻痺した神経を刺激するための魔法が、転じてエロい方面に……」
「デュース、お前も大概だな」
「違う! 僕は、ななしの問いに真摯に答えようとしているだけだ!」
デュースは鼻息荒くななしに向き直る。
「いいか、ななし。もしそんな魔法が実在したとしても、それは非常に高度な魔力コントロールが必要なはずだ。だって、イマジネーションが乱れたら、相手をただ苦痛に陥れるだけの呪いになりかねない」
「あ、なるほど。気持ちよくさせるのも使い手の技術次第ってこと?」
「……ッ。そう、いうことになるのかもしれない、が……!」
デュースは自分の発言の破廉恥さに気づき、再び沈黙した。エースはそんな相棒を見て笑い飛ばそうとしたが、自分自身の脳内でも、妙に具体的なシチュエーションが構成され始めていることに気づき、慌てて頭を振る。
「じゃあさ、逆に二人がもし『相手をエロい気分にさせる魔法』を使えるとしたら、どんな名前にする?」
「ぶっ……ふおぉっ!!」
デュースが変な声を上げて椅子から転げ落ちそうになった。エースも流石に耳まで真っ赤に染め、手元のトランプをぐちゃぐちゃにかき混ぜる。
「お前……っ。それは流石に、質問が攻めすぎだろ……!」
「えー、気になるじゃん。デュース、なんかかっこいい名前考えてよ。ワル語録っぽくないやつで」
「ワル語録っぽくない……って、何を言わせるんだ僕は! ……『純潔の陥落 』……とか、いや、違う! 忘れてくれ!」
「ださっ! デュース、今のクソださいからな!」
「うるさい、エース! お前ならどうなんだ!」
「オレ? オレなら……そうだな。『秘密の果実 』とか。ちょっとオシャレだろ?」
「意味深すぎて逆に怖いよ、エース。なんか食べられちゃいそう」
ななしはケラケラと笑い、二人の反応を楽しんでいる。
エースとデュースは顔を見合わせ、同時に深い溜息をついた。
二人の少年の心臓は、先ほどから全力疾走をした後のように激しく鳴り響いている。
「……ななし」
「なあに? デュース」
「この話は、もう終わりにしよう。これ以上続けるとなんというか、理性が削れる」
「オレも。お前のせいで今日の晩飯の味がしなくなりそうだわ。煩悩まみれで。っていうか今夜夢に見そうだし」
エースが立ち上がり、ななしの頭を軽く小突いた。
「いいか。魔法が願いの力だってのは本当だけど、そんな変な魔法、実在しても隠しとけよ。特にジャミル先輩の前で今の話は絶対すんな。マジで殺されるぞ」
「えー、それは困るなあ」
「困るレベルじゃねーよ! 全く……」
エースの声は少しだけ低く、何処か落ち着かない響きを含んでいた。ななしのこの抜けた感覚は、時として周囲の男子にとってどんな攻撃魔法よりも回避不能で致命的な一撃になる。
「じゃあさ、そろそろご飯にしよう? お腹空いちゃった」
「切り替え早……」
エースが呆れたように呟く。
先に談話室を出ようと歩き出したななしの後ろ姿を見ながら、エースとデュースは再び視線を交わした。
「……なあ、デュース」
「なんだ」
「『服が透ける魔法』……お前、一瞬想像しただろ」
「…………お前こそ、バイパー先輩の下りで、何か良からぬことを考えていただろ」
二人の少年は同時に沈黙し、気まずそうに顔を背けた。
オンボロ寮の廊下に、無邪気なななしの足音が響いている。
彼らにとって、魔法理論よりもずっと難解な思春期の自制心との戦いは、まだ始まったばかりだった。
放課後のオンボロ寮、談話室のソファ。
ななしが唐突に切り出したその言葉に手品の練習をしていたエースと真面目に教科書を開いていたデュースが同時に顔を上げた。
「……なんだよ改まって。ななしが下世話なんて言葉使うの、珍しいじゃん」
「そうだな。学園の噂話か? それとも食堂の新メニューの裏事情とか……」
二人の視線を受けながら、ななしは真剣な表情で身を乗り出す。
「あのね、魔法って『願いの力』が根源にあるって言ってたじゃない? ってことはさ……えっちな願いの力がものすごく強ければ、えっちなユニーク魔法が使えたりするのかなって」
一瞬、静寂が訪れる。
エースの手元からトランプが数枚、パラパラと床に落ちた。
デュースは開いていた教科書を、音を立てて閉じた。
「…………は?」
エースの声が、裏返る。
「ななし、お前……今、なんて言った?」
「だから、魔法はイマジネーションを具現化する力であり、個人の強い願いや思いが魔力の源泉や増幅要素なんだから、煩悩に全振りした魔法があってもおかしくないんじゃないかって。例えば、服が透けて見えるとか、触れてる場所が熱くなるとか……そういうの!」
ななしは至って真面目だ。学術的な新発見でもしたかのような、キラキラとした瞳で二人を見つめている。デュースは顔を真っ赤にし、視線をあちこちに泳がせた。
「ば、バカを言うな! 魔法は、もっと高潔な……というか、自己を律するために磨くもので……!」
頭を抱えるデュースの横で、エースがようやく再起動した。
彼はニヤニヤとした笑みを浮かべ、椅子の背もたれに深く体重を預ける。
「あー……。なるほどね。一理あるわ。っていうか、絶対どこかの歴史にはいるだろ。そういう、サイテーな魔法使い」
「エース、お前まで乗るな!」
「いいじゃんデュース。これもある種の研究だろ? なあななし、例えばどんなのがいいわけ?」
エースの問いかけに、ななしは指をあごに当てて考え込む。
「んー。やっぱり王道は『服を消す魔法』かなぁ。でも、それだと公然わいせつで捕まっちゃうから、『相手が自分に対して欲情しちゃう魔法』とか? 惚れ薬の魔法版みたいな……あ、でもそれって」
ななしは何かを思いついたように手をポンと叩いた。
「ジャミル先輩のユニーク魔法とか、まさにその部類に入りそうじゃない? 相手を操るんでしょ? もしジャミル先輩が『俺のことを好きになれ』とか『エロい気分になれ』って命令したら、抗えないってことだよね」
「ぶっ……!!」
エースが派手にむせた。デュースに至っては顔面が沸騰したかのような色になりガタガタと椅子を鳴らす。
「バ、バイパー先輩を引き合いに出すな! 失礼だろう!」
「でも、洗脳だよ? 意識を乗っ取るなんて、究極のエロ要素じゃない? 相手の嫌がることを無理やりさせたり、感じたくないところで感じさせたり……自由自在ってことだよね」
ななしの言葉は、恐ろしいほどに本質を突いていた。
それだけに、思春期の男子である二人には刺激が強すぎる。
「ななし……よくそんな涼しい顔して、ジャミル先輩の魔法でそんなこと言えるな。あの人が聞いたら、マジで埋められるぞ」
「え、学術的な仮説だよ?」
「仮説じゃねーよ! それ、もはや薄い本のネタだろ!」
エースは顔を覆っていた手を離すが、その頬はまだ赤い。
デュースは必死に冷静さを取り戻そうと、深呼吸を繰り返している。
「洗脳魔法……確かに、相手の精神を支配するという点では、そういった悪用も可能……かもしれない。だが、バイパー先輩がそんな破廉恥なことに魔法を使うはずがない! ……はずだ、たぶん」
「でもさ、無意識に発動してたら怖くない? ジャミル先輩が『こいつ、ちょっと色っぽいな』とか思った瞬間に、相手が急に脱ぎだしちゃうとか」
「やめろななし! 想像しただけで、こっちの胃が痛くなる!」
デュースが机を叩いて抗議する。
しかし、ななしの探究心は止まらない。
「じゃあさ、ジャミル先輩のは洗脳魔法だけど、もっと特化したのもあると思うんだ。例えば、『特定の部位の感度を数千倍に引き上げる魔法』とか。これなら、ちょっと指先が触れるだけで、相手は腰が抜けちゃうよね」
「……ななし、マジで言ってる?」
エースの目が、心なしか座っている。
ななしは「うん」と大きく頷いた。
「願いの力が魔法になるなら、『もっと触れたい』とか『もっと感じさせたい』っていう強い欲望があれば、そういうユニーク魔法に進化してもおかしくないと思うんだよね。エースはどう思う?」
「どう思うかって……。そりゃ男なら一回くらいは、そういう無敵の能力を夢見る時期もあるかもしれないけどさ……。それをクラスメイトに、こんな昼間からプレゼンされるとは思わねーわ」
エースは椅子に深く背中を預け、天井を仰いだ。
「実際問題さ、倫理規定とかで禁じられてるんじゃねーの? そういう性犯罪に直結しそうな魔法の研究って。リドル寮長とかに聞いたら、即座に首はねられるぜ」
「だから『下世話な話』って最初に言ったじゃない。でも、魔法の可能性として、煩悩が魔法になるのかどうかが知りたかったの」
ななしの無垢な好奇心が、二人を追い詰めていく。
デュースは赤くなった顔のまま、何故か真剣な考察を始めた。
「……待てよ。もしその『感度を上げる魔法』が、医療用として開発されていたとしたらどうだ? 麻痺した神経を刺激するための魔法が、転じてエロい方面に……」
「デュース、お前も大概だな」
「違う! 僕は、ななしの問いに真摯に答えようとしているだけだ!」
デュースは鼻息荒くななしに向き直る。
「いいか、ななし。もしそんな魔法が実在したとしても、それは非常に高度な魔力コントロールが必要なはずだ。だって、イマジネーションが乱れたら、相手をただ苦痛に陥れるだけの呪いになりかねない」
「あ、なるほど。気持ちよくさせるのも使い手の技術次第ってこと?」
「……ッ。そう、いうことになるのかもしれない、が……!」
デュースは自分の発言の破廉恥さに気づき、再び沈黙した。エースはそんな相棒を見て笑い飛ばそうとしたが、自分自身の脳内でも、妙に具体的なシチュエーションが構成され始めていることに気づき、慌てて頭を振る。
「じゃあさ、逆に二人がもし『相手をエロい気分にさせる魔法』を使えるとしたら、どんな名前にする?」
「ぶっ……ふおぉっ!!」
デュースが変な声を上げて椅子から転げ落ちそうになった。エースも流石に耳まで真っ赤に染め、手元のトランプをぐちゃぐちゃにかき混ぜる。
「お前……っ。それは流石に、質問が攻めすぎだろ……!」
「えー、気になるじゃん。デュース、なんかかっこいい名前考えてよ。ワル語録っぽくないやつで」
「ワル語録っぽくない……って、何を言わせるんだ僕は! ……『
「ださっ! デュース、今のクソださいからな!」
「うるさい、エース! お前ならどうなんだ!」
「オレ? オレなら……そうだな。『
「意味深すぎて逆に怖いよ、エース。なんか食べられちゃいそう」
ななしはケラケラと笑い、二人の反応を楽しんでいる。
エースとデュースは顔を見合わせ、同時に深い溜息をついた。
二人の少年の心臓は、先ほどから全力疾走をした後のように激しく鳴り響いている。
「……ななし」
「なあに? デュース」
「この話は、もう終わりにしよう。これ以上続けるとなんというか、理性が削れる」
「オレも。お前のせいで今日の晩飯の味がしなくなりそうだわ。煩悩まみれで。っていうか今夜夢に見そうだし」
エースが立ち上がり、ななしの頭を軽く小突いた。
「いいか。魔法が願いの力だってのは本当だけど、そんな変な魔法、実在しても隠しとけよ。特にジャミル先輩の前で今の話は絶対すんな。マジで殺されるぞ」
「えー、それは困るなあ」
「困るレベルじゃねーよ! 全く……」
エースの声は少しだけ低く、何処か落ち着かない響きを含んでいた。ななしのこの抜けた感覚は、時として周囲の男子にとってどんな攻撃魔法よりも回避不能で致命的な一撃になる。
「じゃあさ、そろそろご飯にしよう? お腹空いちゃった」
「切り替え早……」
エースが呆れたように呟く。
先に談話室を出ようと歩き出したななしの後ろ姿を見ながら、エースとデュースは再び視線を交わした。
「……なあ、デュース」
「なんだ」
「『服が透ける魔法』……お前、一瞬想像しただろ」
「…………お前こそ、バイパー先輩の下りで、何か良からぬことを考えていただろ」
二人の少年は同時に沈黙し、気まずそうに顔を背けた。
オンボロ寮の廊下に、無邪気なななしの足音が響いている。
彼らにとって、魔法理論よりもずっと難解な思春期の自制心との戦いは、まだ始まったばかりだった。
