ハーツラビュル
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「ねえ、ちょっといい? すっごい下世話な話なんだけどさ」
放課後のオンボロ寮、談話室のソファ。
唐突な切り出しに、手品の練習をしていたエースと、教科書を開いていたデュースが同時に顔を上げた。
「■■■が下世話なんて言葉使うの、珍しいじゃん」
「学園の噂話とかか?」
二人の視線を受けながら、身を乗り出した。
「……えっちな魔法ってあるのかな」
「……は?」
「だって魔法って願いの力が根源でしょ? だったら、えっちな願いも形にできるんじゃないかって」
二人の間に、気まずい沈黙が落ちた。
エースの手元からトランプが数枚、パラパラと床に落ちる。
デュースは開いていた教科書を、音を立てて閉じた。
「…………は?」
エースの声が裏返る。
「■■■、お前……今、なんて言った?」
「だから、魔法は個人の強い願いや思いが魔力の源泉や増幅要素なんでしょ?」
「……そうだけど」
「ってことは、煩悩に全振りした魔法があってもおかしくなくない」
「煩悩に、全振り?」
「例えば、服が透けて見えるとか」
「な……」
「あと、触れてる場所が熱くなるとか! そういうの!」
至って真面目だ。
新発見を語る研究者のような目で、二人を見つめている。
デュースは顔を真っ赤にし、視線をあちこちに泳がせた。
「魔法は、もっと自己を律するために磨くもので……!」
頭を抱えるデュースの横で、エースがようやく再起動した。
ニヤニヤとした笑みを浮かべ、椅子の背もたれに深く体重を預ける。
「あー、一理あるわ。絶対どっかにいるだろ、そういう魔法使い」
「エース、お前まで乗るな!」
「いいじゃん、研究だろ? 例えばどんなの?」
エースの問いかけに、指をあごに当てて考え込む。
「やっぱり王道は服を消す魔法かなぁ。でも、それだと捕まっちゃうから……」
「気づくの早いな」
「じゃあ、相手が自分に対して欲情しちゃう魔法とか? 惚れ薬の魔法版みたいな……あ」
手をポンと叩いた。
「ジャミル先輩のユニーク魔法とか、まさにその部類じゃない? 俺を好きになれって命令したら、抗えないわけでしょ」
「ぶっ……!!」
エースが派手にむせた。
デュースに至っては顔が真っ赤になり、ガタガタと椅子を鳴らす。
「バ、バイパー先輩を引き合いに出すな! 失礼だろう!」
「でも、洗脳って究極のエロ要素じゃない?」
「お前は何を言ってるんだ……」
「意識ごと乗っ取るんだよ? 嫌がることも、無理やり気持ちよくさせることも、自由自在ってことでしょ」
その言葉に、二人は言葉を失った。
「よくそんな真顔で言えるな。あの人が聞いたら、マジで埋められるぞ」
「え、学術的な仮説だよ?」
「仮説じゃねーよ! それ、もはや薄い本のネタだろ!」
エースは顔を覆っていた手を離すが、その頬はまだ赤い。
デュースは深呼吸を繰り返しながら、なんとか言葉を絞り出した。
「バイパー先輩に限ってそんなことするはず……」
「でも無意識に発動してたら怖くない? 色っぽいなって思った瞬間、相手が脱ぎだしちゃうとか」
「……想像しただけで胃が痛くなる」
デュースが机を叩いて抗議する。
しかし、探究心は止まらない。
「特定の部位の感度を数千倍に引き上げる魔法とかもありそうじゃない?」
「……■■■、マジで言ってる?」
「指先が触れるだけで、腰が抜けちゃうやつ」
エースの目が、心なしか座っている。
「強い欲望があれば、ユニーク魔法に進化してもおかしくないと思うんだよね」
「……お前の脳内、どうなってんの」
「エースはどう思う?」
「どう思うかって……。そりゃ男なら一回くらいは、そういう無敵の能力を夢見る時期もあるだろうけどさ。クラスメイトに昼間からプレゼンされるとは思わねーわ」
エースは椅子に深く背中を預け、天井を仰いだ。
「これ倫理規定的にアウトじゃねーの」
「ローズハート寮長に聞かれたら首はねられるぞ」
「だから最初に下世話な話って言ったじゃない」
「……まあ、そうだけど」
「煩悩が魔法になるかどうか、知りたかっただけなんだけど」
無垢な好奇心が、二人を追い詰めていく。
デュースは赤くなった顔のまま、なぜか真剣な考察を始めた。
「……待てよ。もしその魔法が、医療用として開発されていたとしたら」
「は?」
「麻痺した神経を刺激する目的の魔法が、転じてエロい方面に……」
「デュース、お前も大概だな」
「違う! 僕は真摯に答えようとしているだけだ!」
デュースは鼻息荒く向き直る。
「いいか、■■■。もしそんな魔法が実在したとしても、非常に高度な魔力コントロールが必要なはずだ」
「なんで?」
「相手をただ苦痛に陥れるだけの呪いになりかねないからだ」
「あ、なるほど。気持ちよくさせるのも使い手の技術次第ってこと?」
「……ッ。そう、いうことになるのかもしれない、が……!」
デュースは自分の発言の破廉恥さに気づき、耳まで赤くして黙り込んだ。
エースは笑い飛ばそうとしたが、ふと自分の脳裏にも妙に具体的な光景が浮かびかけていることに気づき、慌てて頭を振った。
「じゃあさ、逆に二人がもし相手をえっちな気分にさせる魔法を使えるとしたら、どんな名前にする?」
「「……っ!」」
デュースが変な声を上げて椅子から転げ落ちそうになった。
エースも耳まで真っ赤に染め、手元のトランプをぐちゃぐちゃにかき混ぜる。
「それは流石に、質問が攻めすぎだろ……!」
「えー、気になるじゃん。デュース、なんかかっこいい名前考えてよ」
「……『
「ださっ! デュース、今のクソださいからな!」
「うるさい、エース! お前ならどうなんだ!」
「オレ? ……そうだな。『
「意味深すぎて逆に怖いよ。なんか食べられちゃいそう」
エースとデュースは顔を見合わせ、同時に深い溜息をついた。
「……■■■」
「なに? デュース」
「この話は終わりにしよう。これ以上続けると理性が削れる」
「オレも。今日の晩飯の味がしなくなりそうだわ」
「……今夜、夢に見そうだし」
エースが立ち上がり、頭を軽く小突いた。
「いいか、ジャミル先輩の前で今の話は絶対すんな」
「えー、せっかくいい仮説だと思ったのに」
「全然いい仮説じゃねーよ!」
エースはそう言うと、わざとらしく大きなため息をついた。
だが、その目はまだ逸れたままだった。
「じゃあ、そろそろご飯にしよう? お腹空いちゃった」
「切り替え早……」
先に談話室を出ようと歩き出した後ろ姿を見ながら、エースとデュースは再び視線を交わした。
「……なあ、デュース」
「なんだ」
「服が透ける魔法……お前、一瞬想像しただろ」
「お前こそ、何か良からぬことを考えていただろ」
二人の少年は同時に沈黙し顔を背けた。
オンボロ寮の廊下に、無邪気な足音が響いている。
今夜の夕食は、二人ともあまり喉を通らなさそうだった。