その他
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
今日はいつもより少しだけ冷えていた。
窓の外には霧が立ち込め、蔦の絡まった庭先がぼんやりと白く霞んでいる。
そんな静寂の中で一人、カチカチと自身の指を鳴らしながらソファーに腰掛けていた。
その隣には穏やかな寝息を立てている■■■の姿がある。
「……やれやれ。こんな無防備な姿を晒すとは、危機感というものが足りていないのではありませんか」
あきれたように呟く。
彼女の頭が睡魔に耐えかねたように、ゆっくりと傾いてくる。
コトリ、と軽い衝撃が伝わった瞬間、スカリーは反射的に体を硬直させた。
彼女の温もりを感じるたびに胸の奥にあるはずのない鼓動が跳ねるような錯覚を覚える。
髪の毛が首筋に触れ、くすぐったいような、それでいて離れがたいような感覚を運んできた。
しばらくの間、置物のようにじっとしていたが我慢できずに彼女の頬に手を伸ばす。
指先から伝わる体温は、ひどく眩しく同時に壊れ物のように儚いものに感じられた。
「……スカリー、さん……?」
不意に■■■が目を開けた。
意識がまだ夢の境界にあるのか、その瞳は焦点が定まっていない。
「ああ、おはようございます」
「おはようではありません。まだ夜の帳が下りたばかりですよ」
「……なんだか、すごく落ち着きますね」
「■■■さんは課題の途中で舟を漕いでしまったようです」
努めて冷静な声を出し、少しだけ突き放すように肩を揺らした。
しかし彼女は離れるどころか、さらに密着するように腕に縋り付く。
「スカリーさんの隣、ひんやりしてて気持ちいい」
「我輩はゴーストなのだから、当たり前です」
「でも今のスカリーさんは……すごく、温かい気がします」
彼女はそう言って、こちらの顔をじっと見上げた。
その真っ直ぐな瞳には、邪気も計算も一切含まれていない。
ただ純粋に我輩という存在を肯定し、慕ってくれている。
彼女のこういうところが恐ろしいと思う。
「……我輩がどのような気持ちでここに座っているか」
「え?」
「■■■さんは、これっぽっちも分かっておられないようだ」
「何か困らせることしちゃいましたか?」
不安そうに眉を下げる■■■に対して深い溜息をついた。
ここで突き放すのは容易だ。
しかし我輩の手は、彼女の乱れた髪に伸びてしまう。
「困っていますとも」
「そうなんですか?」
「我輩の理性が、いつまで持ち堪えられるかという問題でね」
「理性?」
首を傾げる■■■の額に自身の額をコツンとぶつけた。
至近距離で視線が絡み合う。
彼女の瞳の中に戸惑いと、それから少しずつ熱を帯びていく色が混ざり合うのを我輩は見逃さなかった。
「我輩は生者ではないですが、欲がないわけではないのです」
彼女の手をとり自身の頬に添えさせる。
拒絶することなく、そっと手のひらを受け入れてくれる。
「……もっと知りたいです」
「我輩をですか?」
「はい。欲張りなところも、意地悪なところも、全部教えてください」
■■■の唇から零れた言葉に目を大きく見開く。
彼女は自分の言葉がどれほどの破壊力を持っているか理解していないのだろう。
だが、その純粋さゆえの残酷さが今の自分には何よりも愛おしかった。
「……後悔しても知りませんよ」
「しませんよ」
即答され、思わず笑った。
一人の男としての独占欲に満ちた笑顔だっただろうと思う。
ゆっくりと顔を近づけ、彼女の唇に触れるか触れないかの距離で止まる。
■■■は逃げることなくそっと目を閉じた。
「我輩の名前を、もう一度呼んでくださいますか?」
「……スカリーさん」
応えるように、閉じ込めるように唇を重ねた。
窓の外では霧がさらに深まり、二人だけの時間を外界から遮断していく。
オンボロ寮の談話室に灯る微かな火影の中で、衣擦れの音と甘い吐息だけが静かに溶け合っていった。