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今日はいつもより少しだけ冷えていた。
窓の外には霧が立ち込め、蔦の絡まった庭先がぼんやりと白く霞んでいる。そんな静寂の中でスカリーは一人、カチカチと自身の指の骨を鳴らしながらソファーに腰掛けていた。
その隣には穏やかな寝息を立てているななしの姿がある。
「……やれやれ。こんな無防備な姿を晒すとは、危機感というものが足りていないのではありませんか、ななしさんは」
スカリーはあきれたように呟きつつも、その視線は隠しようもなく柔らかい。彼女の頭が睡魔に耐えかねたように、ゆっくりとスカリーの肩の方へ傾いてくる。コトリ、と軽い衝撃が伝わった瞬間、スカリーは反射的に体を硬直させた。
(我輩としたことが、動揺しすぎであろう)
生身の体を持たないはずの彼だが、彼女の温もりを感じるたびに胸の奥にあるはずのない鼓動が跳ねるような錯覚を覚える。ななしの髪が彼の首筋に触れ、くすぐったいような、それでいて離れがたいような感覚を運んできた。
しばらくの間、スカリーは置物のようにじっとしていたが、やがて意を決したように細い指先を彼女の頬へと伸ばす。
指先から伝わる体温は、彼にとってはひどく眩しく同時に壊れ物のように儚いものに感じられた。
「……スカリー、さん……?」
不意にななしが薄目を開けた。
意識がまだ夢の境界にあるのか、その瞳は潤んでいて焦点が定まっていない。彼女は自分の頭がスカリーの肩に乗っていることに気づくと、驚くどころか安心したようにふにゃりと頬を緩めた。
「ああ、おはようございます。……なんだか、すごく落ち着きますね」
「おはようではありません。まだ夜の帳が下りたばかり、ななしさんは課題の途中で舟を漕いでしまったようです」
スカリーは努めて冷静な声を出し、少しだけ彼女を突き放すように肩を揺らした。しかしななしは離れるどころか、さらに密着するように彼の腕に縋り付く。
「えへへ、すみません。スカリーさんの隣、ひんやりしてて気持ちいいから……つい」
「我輩はゴーストなのだから、当たり前です」
「でも今のスカリーさんは……すごく、温かい気がします」
ななしはそう言って、スカリーの顔をじっと見上げた。
その真っ直ぐな瞳には、邪気も計算も一切含まれていない。ただ純粋に彼という存在を肯定し、慕っている光景がそこにはあった。
スカリーは彼女のこういうところが恐ろしいと思う。
自分がどれほど彼女に対して執着し、特別な感情を抱いているかを。それを微塵も察することなく、無自覚にパーソナルスペースを侵食してくる。
「……ななしさんは本当に鈍い。我輩がどのような気持ちでここに座っているか、これっぽっちも分かっておられないようだ」
「えっ? 何か困らせることしちゃいましたか?」
不安そうに眉を下げるななしに対し、スカリーは深い溜息をついた。ここで突き放すのは容易だ。しかし彼の手は勝手に、彼女の乱れた髪を耳にかけるという甘い動作を選んでしまう。
「困っていますとも。我輩の理性が、いつまで持ち堪えられるかという問題でね」
「りせい……?」
首を傾げるななしの額にスカリーは自身の額をコツンとぶつけた。至近距離で視線が絡み合う。彼女の瞳の中に戸惑いと、それから少しずつ熱を帯びていく色が混ざり合うのを彼は見逃さなかった。
「ななしさん。我輩は生者ではないが、欲がないわけではないのです」
スカリーの声は普段の快活なトーンとは異なり、低く甘く這うような響きを持っていた。彼は彼女の手をとり自身の頬に添えさせる。彼女は拒絶することなく、そっと手のひらを重ねた。
「……スカリーさんのこと、もっと知りたいです。欲張りなところも、意地悪なところも」
ななしの唇から零れた言葉にスカリーの瞳が大きく見開かれる。
彼女は自分の言葉がどれほどの破壊力を持っているか理解していないのだろう。だが、その純粋さゆえの残酷さが今のスカリーには何よりも愛おしかった。
「……後悔しても知りませんよ。我輩は一度捕まえた獲物は、死んでも離さない主義ですから」
スカリーは笑った。それはいつものような笑みではなく、一人の男としての独占欲に満ちた笑みだった。
彼はゆっくりと顔を近づけ、彼女の唇に触れるか触れないかの距離で止まる。ななしは逃げることなくそっと目を閉じた。
「我輩の名前を、もう一度呼んでくださいますか?」
「……スカリーさん」
囁くような声に応えるように、スカリーは深く彼女を閉じ込めるように唇を重ねた。
窓の外では霧がさらに深まり、二人だけの時間を外界から遮断していく。オンボロ寮の談話室に灯る微かな火影の中で、衣擦れの音と甘い吐息だけが静かに溶け合っていった。
窓の外には霧が立ち込め、蔦の絡まった庭先がぼんやりと白く霞んでいる。そんな静寂の中でスカリーは一人、カチカチと自身の指の骨を鳴らしながらソファーに腰掛けていた。
その隣には穏やかな寝息を立てているななしの姿がある。
「……やれやれ。こんな無防備な姿を晒すとは、危機感というものが足りていないのではありませんか、ななしさんは」
スカリーはあきれたように呟きつつも、その視線は隠しようもなく柔らかい。彼女の頭が睡魔に耐えかねたように、ゆっくりとスカリーの肩の方へ傾いてくる。コトリ、と軽い衝撃が伝わった瞬間、スカリーは反射的に体を硬直させた。
(我輩としたことが、動揺しすぎであろう)
生身の体を持たないはずの彼だが、彼女の温もりを感じるたびに胸の奥にあるはずのない鼓動が跳ねるような錯覚を覚える。ななしの髪が彼の首筋に触れ、くすぐったいような、それでいて離れがたいような感覚を運んできた。
しばらくの間、スカリーは置物のようにじっとしていたが、やがて意を決したように細い指先を彼女の頬へと伸ばす。
指先から伝わる体温は、彼にとってはひどく眩しく同時に壊れ物のように儚いものに感じられた。
「……スカリー、さん……?」
不意にななしが薄目を開けた。
意識がまだ夢の境界にあるのか、その瞳は潤んでいて焦点が定まっていない。彼女は自分の頭がスカリーの肩に乗っていることに気づくと、驚くどころか安心したようにふにゃりと頬を緩めた。
「ああ、おはようございます。……なんだか、すごく落ち着きますね」
「おはようではありません。まだ夜の帳が下りたばかり、ななしさんは課題の途中で舟を漕いでしまったようです」
スカリーは努めて冷静な声を出し、少しだけ彼女を突き放すように肩を揺らした。しかしななしは離れるどころか、さらに密着するように彼の腕に縋り付く。
「えへへ、すみません。スカリーさんの隣、ひんやりしてて気持ちいいから……つい」
「我輩はゴーストなのだから、当たり前です」
「でも今のスカリーさんは……すごく、温かい気がします」
ななしはそう言って、スカリーの顔をじっと見上げた。
その真っ直ぐな瞳には、邪気も計算も一切含まれていない。ただ純粋に彼という存在を肯定し、慕っている光景がそこにはあった。
スカリーは彼女のこういうところが恐ろしいと思う。
自分がどれほど彼女に対して執着し、特別な感情を抱いているかを。それを微塵も察することなく、無自覚にパーソナルスペースを侵食してくる。
「……ななしさんは本当に鈍い。我輩がどのような気持ちでここに座っているか、これっぽっちも分かっておられないようだ」
「えっ? 何か困らせることしちゃいましたか?」
不安そうに眉を下げるななしに対し、スカリーは深い溜息をついた。ここで突き放すのは容易だ。しかし彼の手は勝手に、彼女の乱れた髪を耳にかけるという甘い動作を選んでしまう。
「困っていますとも。我輩の理性が、いつまで持ち堪えられるかという問題でね」
「りせい……?」
首を傾げるななしの額にスカリーは自身の額をコツンとぶつけた。至近距離で視線が絡み合う。彼女の瞳の中に戸惑いと、それから少しずつ熱を帯びていく色が混ざり合うのを彼は見逃さなかった。
「ななしさん。我輩は生者ではないが、欲がないわけではないのです」
スカリーの声は普段の快活なトーンとは異なり、低く甘く這うような響きを持っていた。彼は彼女の手をとり自身の頬に添えさせる。彼女は拒絶することなく、そっと手のひらを重ねた。
「……スカリーさんのこと、もっと知りたいです。欲張りなところも、意地悪なところも」
ななしの唇から零れた言葉にスカリーの瞳が大きく見開かれる。
彼女は自分の言葉がどれほどの破壊力を持っているか理解していないのだろう。だが、その純粋さゆえの残酷さが今のスカリーには何よりも愛おしかった。
「……後悔しても知りませんよ。我輩は一度捕まえた獲物は、死んでも離さない主義ですから」
スカリーは笑った。それはいつものような笑みではなく、一人の男としての独占欲に満ちた笑みだった。
彼はゆっくりと顔を近づけ、彼女の唇に触れるか触れないかの距離で止まる。ななしは逃げることなくそっと目を閉じた。
「我輩の名前を、もう一度呼んでくださいますか?」
「……スカリーさん」
囁くような声に応えるように、スカリーは深く彼女を閉じ込めるように唇を重ねた。
窓の外では霧がさらに深まり、二人だけの時間を外界から遮断していく。オンボロ寮の談話室に灯る微かな火影の中で、衣擦れの音と甘い吐息だけが静かに溶け合っていった。
