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冷え込みが厳しくなってきた夜のオンボロ寮は、隙間風が肌を刺す。
ベッドでは丸くなって眠るグリムの、規則正しい寝息が聞こえていた。
古びたベッドで毛布をかぶり直したところで、カチャリと静かな金属音が入口から響いた。
ドアが開く音がして、暗闇の中に人影が立ち現れる。
足音を隠そうともせず近づいてくるそのシルエットには、見覚えがあった。
「……鍵、かかってましたよね?」
「私、鍵開け得意なので」
「そういうことじゃないんですけど……」
「今日は一段と冷えるので、■■■くんの様子を見に来てあげたのです。私、優しいので」
「だからって勝手に入ってこないでください。一応、私も女なんですけど」
「私のことは親代わりみたいなものだと思ってください」
「普通の父親なら、もう少し遠慮するもんだと思うんですけど」
溜息をつきながら体を起こそうとした瞬間、大きな黒い影がぐっと距離を詰めてきた。
手袋に包まれた指先が、こちらの頬にそっと触れてくる。
ひんやりとした革の質感が皮膚に伝わり、思わず肩が跳ねた。
「つれないことを言わないでください」
「本当に大丈夫なんで」
押し返そうと胸元に手を添えるが、ビクともしない。
むしろこちらの動きを楽しむかのように、するりと長い腕が背中に回され、そのまま引き寄せられた。
「……あの、本当に離れてください」
「離れないと言ったら、どうするおつもりで?」
「……」
「魔法も使えない貴方が、この私を力ずくで追い出せるとでも?」
耳元で囁く声はいつもの調子の抜けたものではなく、どこか低く響いていた。
首筋に触れる息の感触に、うなじの毛が逆立つ。
「……グリムが起きちゃいます」
すぐ横で毛布にくるまっているグリムに目をやると、小さく身震いをして寝返りを打っただけだった。
それを見たクロウリーは、仮面の奥で目を細めた。
「グリムくんを起こしたくないのなら、あなたが大きな声を出さなければ済む話ではありませんか?」
「……そういう問題じゃありません」
指先が、顎から首元へと滑り落ちていく。
服の襟ぐりをなぞるその手つきは、とても親を名乗る者のものではなかった。
「親がこんな風に子供の体に触るんですか?」
「過保護な親心ですよ。貴方が心配で夜も眠れないのです」
「言ってることとやってることが、全く噛み合ってません」
身を捩って逃げようとするものの、長躯がそれを許さないようにのしかかってくる。
身動きが取れないまま、耳の奥で自分の脈の音だけが響いていた。
「温めるだけで済ませてあげますから」
「……その言い方がすでに怪しいって言ってるんです」
「私を信用できないのですか? こんなにも親切で、生徒思いの私を?」
見上げると、仮面の裏側で細められた視線とぶつかった。
その奥に何があるのか、やっぱり少しも読めなかった。
「信用できる要素がひとつもないです」
「■■■くんは冷たいですねえ」
背中に回された腕の力は、強くなる一方だった。
胸元に顔を埋められるような格好になり、くすぐったいような妙な感覚が広がる。
「手、どけてください」
「嫌です、と言ったら?」
「……グリムが起きたらどう説明するんですか」
「学園長が添い寝のサービスをしているとでも言っておけばいいでしょう」
「自分のベッドで寝てください!」
思わず少し声が大きくなると、足元近くで寝ていたグリムが耳をぴんと立てて体を揺らした。
息を呑んで固まるこちらに対し、クロウリーは声を出さずにくくっと肩を揺らして笑っている。
幸いグリムはそのまま再び寝言を呟いて丸まり、深い眠りに戻っていった。
「ほら、静かにしないと起きちゃいますよ」
ぬけぬけと言い放つ口元が、耳たぶのすぐ近くで動く。
首筋から頭の先まで、鳥肌が立つのを誤魔化すように、強く彼の肩を突いた。
「これもすべて、あなたのためなんですよ?」
「嘘ばっかり……っ」
少しだけ強く睨みつけると、クロウリーは笑った。
暗闇の中で、仮面の奥の瞳が一瞬だけ妖しく光った気がした。
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