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異世界へと放り出されたななしが手にしていたのは、ナイトレイブンカレッジの制服一式と、最低限の筆記用具だけだった。
学生としての装いは整っていても、その下に纏うべき柔らかな肌着も、眠るための寝衣も、ましてや女性としての尊厳を守るための日用品も、この男子校にはほとんど存在しない。
「……お前のその、判で押したような制服姿はもう見飽きた」
実験室で後片付けをしていたクルーウェルは、上着を脱ぎ捨てながら背後の少女を振り返った。その視線は鋭く、彼女の襟元の乱れから、昨日と同じ下着を使い回しているであろう窮状までをも見透かしているようだった。
「すみません、クルーウェル先生。洗濯して乾かしてはいるんですけど……さすがに着替えがなくて」
ななしは申し訳なさそうに、制服のスカートをぎゅっと握りしめる。この世界の通貨も、店の場所も、何が普通なのかも分からない彼女にとって、すべてが未知の領域だった。
「言い訳は聞かん。お前の生活感の欠如した佇まいは俺の審美眼に反する。……ステイだ、仔犬。今すぐ俺の車に乗れ」
「えっ、今からですか? でも先生、お仕事は……」
「終わらせた。お前をこのまま放置して、明日もその薄汚れた姿で俺の前に立つつもりか? 反吐が出る」
クルーウェルは有無を言わせぬ手つきで、彼女の手首を掴んだ。革手袋越しに伝わる強引な熱量に、ななしは瞬きを繰り返す。
「麓の街まで連れて行く。お前の生活に必要なもの、そのすべてを俺が選別してやる。感謝して従え」
「あ、ありがとうございます……! 先生、意外と優しいんですね」
「……黙れ。二度とその言葉を口にするな」
クルーウェルは忌々しげに顔を背けた。彼女の向ける純粋な信頼の眼差しが、彼の中にある教師としての仮面をわずかに歪ませる。車を走らせる道中、ななしは窓の外に広がる魔法世界の街並みに目を輝かせていた。
自分が今、この高名なファッションの権威にすべてを委ねようとしていることの危うさに、彼女は微塵も気づいていない。
「いいか、ななし。お前は俺の目の届く範囲から一歩も出るな。この街には、迷い込んだ仔犬を狙う野良犬が溢れているからな」
麓の街に到着しクルーウェルが最初に彼女を連れて行ったのは、表通りから一本裏に入った看板のない仕立屋だった。店内には上質な布地が並び、洗練された香りが漂っている。
「先生、ここ……わたしみたいな学生が入っていい場所なんですか?」
「お前が判断することではない。俺が良しと言えば、そこが居場所だ」
クルーウェルは慣れた手つきで棚からいくつかの布地を取り出し、ななしの体に合わせていく。彼は制服の上から、淡い色彩のコットンや、肌触りの良いシルクの端切れを当てては、満足げに目を細めた。
「身の回りのものと言っても、まずは素肌に触れるものからだ。……店員を呼ぶ。お前のサイズを正確に測らせ、当面必要な分をすべて包ませろ」
「ええっ! 下着まで先生が選ぶんですか!? それは流石に恥ずかしいです……」
ななしが顔を真っ赤にして抗議するが、クルーウェルは冷徹なほどに動じない。彼はむしろ、その羞恥に染まった彼女の表情を楽しむかのように、唇の端を吊り上げた。
「お前は俺の選ぶものが信用できないとでも言うのか?」
「そんなことないですけど……でも、先生にそんな負担をかけるのは」
「ステイ。俺に二度同じことを言わせるな。お前の衣食住を管理するのは、担任としての義務でもある」
店員にサイズを測らせている間、クルーウェルはカーテンの外で静かに待っていた。試着室の中から漏れ聞こえるななしの戸惑う声や、布が擦れる音。それらは彼の想像力を刺激し、同時に底知れない支配欲を呼び覚ます。
買い物が終わる頃には、カウンターには山のような包みが積み上がっていた。部屋着、外出着、そして彼女が最も必要としていた衛生用品に至るまで、クルーウェルは一切の妥協を許さなかった。
「先生、本当にこんなにたくさん…本当にありがとうございます…。お金、少しずつ必ず返しますから」
帰り際、街灯の下でななしは深々と頭を下げた。両手に抱えた紙袋の重みは、そのままこの世界での彼女の命の重みでもあった。
「……金などどうでもいいと言っただろう。お前はただ、俺が与えたものを身に纏い、正しく生きていればそれでいい」
クルーウェルは彼女の顎を指先でクイと持ち上げ、その潤んだ瞳を真正面から捉えた。彼女はまだ、自分がこの男によって飼い慣らされ始めていることに気づいていない。
「はい! クルーウェル先生の教えを守って、大事に使います」
屈託のない、あまりにも無防備な笑顔。クルーウェルは溜息をつき、その柔らかな頬を手袋を嵌めた指でゆっくりと撫でた。
「……その返事だけは、忘れるなよ」
夜の帳が降りる中、二人の影は重なり合うようにして車へと消えていった。空っぽだった彼女のクローゼットが彼の選んだ色で満たされる時、ななしはこの世界から逃げ出す術を、本当の意味で失うのかもしれなかった。
学生としての装いは整っていても、その下に纏うべき柔らかな肌着も、眠るための寝衣も、ましてや女性としての尊厳を守るための日用品も、この男子校にはほとんど存在しない。
「……お前のその、判で押したような制服姿はもう見飽きた」
実験室で後片付けをしていたクルーウェルは、上着を脱ぎ捨てながら背後の少女を振り返った。その視線は鋭く、彼女の襟元の乱れから、昨日と同じ下着を使い回しているであろう窮状までをも見透かしているようだった。
「すみません、クルーウェル先生。洗濯して乾かしてはいるんですけど……さすがに着替えがなくて」
ななしは申し訳なさそうに、制服のスカートをぎゅっと握りしめる。この世界の通貨も、店の場所も、何が普通なのかも分からない彼女にとって、すべてが未知の領域だった。
「言い訳は聞かん。お前の生活感の欠如した佇まいは俺の審美眼に反する。……ステイだ、仔犬。今すぐ俺の車に乗れ」
「えっ、今からですか? でも先生、お仕事は……」
「終わらせた。お前をこのまま放置して、明日もその薄汚れた姿で俺の前に立つつもりか? 反吐が出る」
クルーウェルは有無を言わせぬ手つきで、彼女の手首を掴んだ。革手袋越しに伝わる強引な熱量に、ななしは瞬きを繰り返す。
「麓の街まで連れて行く。お前の生活に必要なもの、そのすべてを俺が選別してやる。感謝して従え」
「あ、ありがとうございます……! 先生、意外と優しいんですね」
「……黙れ。二度とその言葉を口にするな」
クルーウェルは忌々しげに顔を背けた。彼女の向ける純粋な信頼の眼差しが、彼の中にある教師としての仮面をわずかに歪ませる。車を走らせる道中、ななしは窓の外に広がる魔法世界の街並みに目を輝かせていた。
自分が今、この高名なファッションの権威にすべてを委ねようとしていることの危うさに、彼女は微塵も気づいていない。
「いいか、ななし。お前は俺の目の届く範囲から一歩も出るな。この街には、迷い込んだ仔犬を狙う野良犬が溢れているからな」
麓の街に到着しクルーウェルが最初に彼女を連れて行ったのは、表通りから一本裏に入った看板のない仕立屋だった。店内には上質な布地が並び、洗練された香りが漂っている。
「先生、ここ……わたしみたいな学生が入っていい場所なんですか?」
「お前が判断することではない。俺が良しと言えば、そこが居場所だ」
クルーウェルは慣れた手つきで棚からいくつかの布地を取り出し、ななしの体に合わせていく。彼は制服の上から、淡い色彩のコットンや、肌触りの良いシルクの端切れを当てては、満足げに目を細めた。
「身の回りのものと言っても、まずは素肌に触れるものからだ。……店員を呼ぶ。お前のサイズを正確に測らせ、当面必要な分をすべて包ませろ」
「ええっ! 下着まで先生が選ぶんですか!? それは流石に恥ずかしいです……」
ななしが顔を真っ赤にして抗議するが、クルーウェルは冷徹なほどに動じない。彼はむしろ、その羞恥に染まった彼女の表情を楽しむかのように、唇の端を吊り上げた。
「お前は俺の選ぶものが信用できないとでも言うのか?」
「そんなことないですけど……でも、先生にそんな負担をかけるのは」
「ステイ。俺に二度同じことを言わせるな。お前の衣食住を管理するのは、担任としての義務でもある」
店員にサイズを測らせている間、クルーウェルはカーテンの外で静かに待っていた。試着室の中から漏れ聞こえるななしの戸惑う声や、布が擦れる音。それらは彼の想像力を刺激し、同時に底知れない支配欲を呼び覚ます。
買い物が終わる頃には、カウンターには山のような包みが積み上がっていた。部屋着、外出着、そして彼女が最も必要としていた衛生用品に至るまで、クルーウェルは一切の妥協を許さなかった。
「先生、本当にこんなにたくさん…本当にありがとうございます…。お金、少しずつ必ず返しますから」
帰り際、街灯の下でななしは深々と頭を下げた。両手に抱えた紙袋の重みは、そのままこの世界での彼女の命の重みでもあった。
「……金などどうでもいいと言っただろう。お前はただ、俺が与えたものを身に纏い、正しく生きていればそれでいい」
クルーウェルは彼女の顎を指先でクイと持ち上げ、その潤んだ瞳を真正面から捉えた。彼女はまだ、自分がこの男によって飼い慣らされ始めていることに気づいていない。
「はい! クルーウェル先生の教えを守って、大事に使います」
屈託のない、あまりにも無防備な笑顔。クルーウェルは溜息をつき、その柔らかな頬を手袋を嵌めた指でゆっくりと撫でた。
「……その返事だけは、忘れるなよ」
夜の帳が降りる中、二人の影は重なり合うようにして車へと消えていった。空っぽだった彼女のクローゼットが彼の選んだ色で満たされる時、ななしはこの世界から逃げ出す術を、本当の意味で失うのかもしれなかった。
