サバナクロー
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夕暮れ時の窓の外では部活動に励む生徒たちの喧騒が遠く響いている。しかし厚手のカーテンに遮られた室内は、まるで時の流れから取り残された沈没船のようであった。
夕闇が迫る寝室には規則正しい呼吸音と、時折聞こえる「ふなっ」という小さな声が響いていた。ななしは熱に浮かされた意識の底で、ずっと自分の額を撫でている柔らかくて少し不器用な感触を感じていた。
「子分、大丈夫か? オレ様、冷たいタオル持ってきてやったんだゾ」
グリムの声は普段の威勢の良さが消え、不安で震えている。
学園での目まぐるしい日々に無理がたたり、高熱となって噴出したのだ。グリムは自分がしっかりしなければとばかりに、朝から何度も往復し水を持ってきたりタオルを持ってきたりと、慣れない看病に奔走していた。
「……ありがとう、グリム。……もう、大丈夫だよ。グリムにも感染っちゃう……」
「でも子分、全然熱が引かないんだゾ……」
グリムの短い前足がななしの布団をぎゅっと握りしめる。その健気な姿に胸が熱くなるが言葉を返す気力も湧かない。
その時、ギィ……と建付けの悪いドアが開いた。
「……おい毛玉。根詰めてやってると思えば、そんな情けねぇ声出すんじゃねぇよ」
現れたのはサバナクロー寮長レオナ・キングスカラーだった。
「レオナ! オレ様、今はななしの看病で忙しいんだゾ!」
「わかってる。お前の必死な足音が外まで響いてきたんだよ。……ほら、これ持ってろ」
レオナはグリムの頭に、ぽんと大きな掌を置いた。それは決して乱暴なものではなく、グリムを落ち着かせるような不思議な安心感があった。
彼はグリムに高級ツナ缶を差し出す。
「これを食って、お前も力をつけろ。看病してる側が倒れたら元も子もねえ。……ななしの方は、俺が代わってやる」
「……レオナ……。わかったんだゾ。オレ様これ食って、もっと強くなってまた子分を看病するんだゾ!」
グリムはレオナの気遣いを受け取り少しだけ安心したように部屋の隅でツナ缶を開封し始めた。レオナはそれを見届けてから、ゆっくりとベッドサイドへ歩み寄る。
「……ななし。……起きてるか」
レオナの掌が額に触れる。
グリムの小さな前足とは違う、広くて熱い大人の男性の掌。
「……レオナ、さん。……ごめんなさい、こんな……」
「お前はいつもそうだ。空気を読んで他人に迷惑かけないように、自分の苦労を隠しやがる。……そんなに一人で背負って、何が楽しい」
レオナは不機嫌そうに呟きながらも手際よく新しいタオルを絞り彼女の顔の汗を拭き取る。
「いいか。今この部屋にいるのは、お前を心配して走り回った毛玉と、暇つぶしに来た俺だけだ」
レオナは彼女の背中に手を差し入れ上半身を軽く抱き起こした。
「ほら、これ飲め。味は保証しねぇが、効き目は確かだ」
差し出されたコップをレオナの大きな手が支える。ゆっくりと喉を潤す間も彼の視線はずっとななしを捉えて離さない。
「……レオナさん、優しい、ですね……」
「……熱で脳みそが沸いたか。俺はただ、お前がボロボロになってるのが気に入らねぇだけだ。……ななし、お前は少し自分を大事にすることを覚えろ」
レオナは彼女を再び横たわらせるとベッドの端に腰掛けた。そして布団の上から彼女を包み込むようにして、その大きな腕を回した。
「……寝ろ。毛玉も俺も、ここにいる。……お前が起きた時に最初に見える景色は俺たちだ。それで文句ねぇだろ」
「……はい……ありがとうございます」
レオナの一定な鼓動が背中越しに伝わってくる。
部屋の隅ではグリムがツナ缶を食べ終え丸くなって幸せそうに鼻提灯を膨らませていた。
一生懸命なグリムと強引で不器用なレオナ。二人に守られているという実感が、ななしの心を解きほぐしていく。
「……ななし……。……おやすみ」
レオナの低い囁きが髪を撫でる指先と共に耳元に届く。ななしは、もう誰の目も気にすることなく安らかな眠りへと落ちていった。
◇
翌朝、熱が引いて目を覚ましたななしが見たのは彼女の腕の中で寝息を立てるグリムと、その横で彼女の手を握って眠っているレオナの姿だった。
「ふなっ……ななし、元気になったか……?」
「うん、グリムのおかげだよ。ありがとう」
その声にレオナが片目を開ける。
「……チッ、うるせぇ毛玉だ。……草食動物も顔色が戻ったな。……飯、作らせるから待ってろ」
レオナは照れ隠しにグリムの頭を軽く小突くと、足早に部屋を出て行った。オンボロ寮にいつもの、けれど昨日より少しだけ温かい朝が訪れていた。
夕闇が迫る寝室には規則正しい呼吸音と、時折聞こえる「ふなっ」という小さな声が響いていた。ななしは熱に浮かされた意識の底で、ずっと自分の額を撫でている柔らかくて少し不器用な感触を感じていた。
「子分、大丈夫か? オレ様、冷たいタオル持ってきてやったんだゾ」
グリムの声は普段の威勢の良さが消え、不安で震えている。
学園での目まぐるしい日々に無理がたたり、高熱となって噴出したのだ。グリムは自分がしっかりしなければとばかりに、朝から何度も往復し水を持ってきたりタオルを持ってきたりと、慣れない看病に奔走していた。
「……ありがとう、グリム。……もう、大丈夫だよ。グリムにも感染っちゃう……」
「でも子分、全然熱が引かないんだゾ……」
グリムの短い前足がななしの布団をぎゅっと握りしめる。その健気な姿に胸が熱くなるが言葉を返す気力も湧かない。
その時、ギィ……と建付けの悪いドアが開いた。
「……おい毛玉。根詰めてやってると思えば、そんな情けねぇ声出すんじゃねぇよ」
現れたのはサバナクロー寮長レオナ・キングスカラーだった。
「レオナ! オレ様、今はななしの看病で忙しいんだゾ!」
「わかってる。お前の必死な足音が外まで響いてきたんだよ。……ほら、これ持ってろ」
レオナはグリムの頭に、ぽんと大きな掌を置いた。それは決して乱暴なものではなく、グリムを落ち着かせるような不思議な安心感があった。
彼はグリムに高級ツナ缶を差し出す。
「これを食って、お前も力をつけろ。看病してる側が倒れたら元も子もねえ。……ななしの方は、俺が代わってやる」
「……レオナ……。わかったんだゾ。オレ様これ食って、もっと強くなってまた子分を看病するんだゾ!」
グリムはレオナの気遣いを受け取り少しだけ安心したように部屋の隅でツナ缶を開封し始めた。レオナはそれを見届けてから、ゆっくりとベッドサイドへ歩み寄る。
「……ななし。……起きてるか」
レオナの掌が額に触れる。
グリムの小さな前足とは違う、広くて熱い大人の男性の掌。
「……レオナ、さん。……ごめんなさい、こんな……」
「お前はいつもそうだ。空気を読んで他人に迷惑かけないように、自分の苦労を隠しやがる。……そんなに一人で背負って、何が楽しい」
レオナは不機嫌そうに呟きながらも手際よく新しいタオルを絞り彼女の顔の汗を拭き取る。
「いいか。今この部屋にいるのは、お前を心配して走り回った毛玉と、暇つぶしに来た俺だけだ」
レオナは彼女の背中に手を差し入れ上半身を軽く抱き起こした。
「ほら、これ飲め。味は保証しねぇが、効き目は確かだ」
差し出されたコップをレオナの大きな手が支える。ゆっくりと喉を潤す間も彼の視線はずっとななしを捉えて離さない。
「……レオナさん、優しい、ですね……」
「……熱で脳みそが沸いたか。俺はただ、お前がボロボロになってるのが気に入らねぇだけだ。……ななし、お前は少し自分を大事にすることを覚えろ」
レオナは彼女を再び横たわらせるとベッドの端に腰掛けた。そして布団の上から彼女を包み込むようにして、その大きな腕を回した。
「……寝ろ。毛玉も俺も、ここにいる。……お前が起きた時に最初に見える景色は俺たちだ。それで文句ねぇだろ」
「……はい……ありがとうございます」
レオナの一定な鼓動が背中越しに伝わってくる。
部屋の隅ではグリムがツナ缶を食べ終え丸くなって幸せそうに鼻提灯を膨らませていた。
一生懸命なグリムと強引で不器用なレオナ。二人に守られているという実感が、ななしの心を解きほぐしていく。
「……ななし……。……おやすみ」
レオナの低い囁きが髪を撫でる指先と共に耳元に届く。ななしは、もう誰の目も気にすることなく安らかな眠りへと落ちていった。
◇
翌朝、熱が引いて目を覚ましたななしが見たのは彼女の腕の中で寝息を立てるグリムと、その横で彼女の手を握って眠っているレオナの姿だった。
「ふなっ……ななし、元気になったか……?」
「うん、グリムのおかげだよ。ありがとう」
その声にレオナが片目を開ける。
「……チッ、うるせぇ毛玉だ。……草食動物も顔色が戻ったな。……飯、作らせるから待ってろ」
レオナは照れ隠しにグリムの頭を軽く小突くと、足早に部屋を出て行った。オンボロ寮にいつもの、けれど昨日より少しだけ温かい朝が訪れていた。
