ディアソムニア
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ナイトレイブンカレッジの夜は常に神秘と静寂に支配されている。特に、ディアソムニア寮の周辺は、外の世界とは切り離されたような独特の時間を刻んでいた。
その夜、ななしはリリア・ヴァンルージュに招かれ、彼の私室にいた。部屋を照らすのは数本のキャンドルと、怪しくも美しい燐光を放つ魔法石のランプのみ。影が壁に長く伸び、幻想的な空間を作り出している。
「そんなに端の方に座らずともよい。わしは取って食いはせぬ」
リリアはソファの真ん中を叩き、隣へ来るよう促す。ななしは背筋を正し、少し緊張した面持ちで彼の隣へと腰を下ろした。
「……すみません、リリア先輩。なんだか、夜に先輩のお部屋に伺うのは、いつまでも慣れなくて」
「くく、真面目なお主らしい。だが、今宵は学園の任務も寮の仕事も関係ない。ただの、わしとお主の語らいの時間ではないか」
リリアは、細くしなやかな指先でななしの柔らかな髪を掬い上げた。彼の動作はどこまでも優雅で、それでいて慈しみに満ちている。その瞳は闇の中でも爛々と輝き、彼女のすべてを見透かしているかのようだった。
ななしは、リリアに対して憧れ以上の……言葉にするにはあまりにも恐れ多い、深い思慕を抱いていた。彼は時に、悪戯好きな子供のように振る舞い、時に戦場を知る武人のように峻厳で、そして今のようになによりも深い愛を向けてくれる。
その愛は、男女の情愛を超えた、魂の深淵に触れるような重みを持っていた。
「ななしよ。お主の魂は、相変わらず澄んでおるな。この学園の濁った空気の中でも、決して色を失わぬ」
「そうですか? わたしは、ただ一生懸命やっているだけで……」
「その一生懸命さが、わしには眩しい。何も持たぬ身でありながら、前を向き続けるその強さが」
リリアの言葉は、嘘偽りのない本心だった。
長い時を生き、数多の別れと血の歴史を見てきた彼にとって、ななしという存在は、乾いた大地に降る慈雨に等しい。彼は、彼女を甘やかし、守り、そしてその輝きを誰にも触れさせたくないという、深い独占欲と寵愛を抱いていた。
「……リリア先輩のそういう言い方、少し、ずるいです」
「おや、わし何か悪いことを言ったか?」
「そうやって、わたしが特別な存在みたいに言うから……。期待して、舞い上がって、胸が苦しくなるんです」
ななしは、膝の上で拳をぎゅっと握りしめた。
彼女は、自分の感情に対しても誠実でありたいと願っていた。
だが、リリアを前にすると、その心は常に翻弄されてしまう。
リリアは楽しげに目を細めると、彼女の手を優しく解き、自らの掌で包み込んだ。彼の肌は少し冷たいが、そこから伝わってくる熱は、おそろしく温かかった。
「舞い上がればよいではないか。わしがお主を特別視しておるのは事実じゃ。……マレウスやシルバー、セベクに向けるものとは違う、この胸の騒ぎ。これをお主は、何と呼びたい?」
「それは……。わ、わたしには、わかりません」
「素直ではないのう。だが、そういうところも好ましい」
リリアは、そのままななしの体を自分の方へと引き寄せた。
抗う間もなく、彼女の頭はリリアの肩へと預けられる。近距離で感じるリリアの気配。彼の纏う夜の森のような香りが、彼女の思考を麻痺させていく。
「リリア、先輩……」
「わしはな、ななし。お主をこうして腕の中に閉じ込めている時が、一番心が安らぐのだ。お主の小さな心拍が、わしの古い鼓動を呼び覚ましてくれる」
リリアの唇が、ななしの耳元を掠める。
吐息と共に紡がれる言葉は、甘い毒のように彼女の全身に回っていった。
彼は、彼女を壊したいわけではない。ただ、その短い生涯のすべてを、自分という存在で塗り潰してしまいたいと願っていた。それは、慈悲の皮を被った、究極の我欲であった。
「お主の未来も、その真面目な心も、わしがすべて預かろう。お主がこの世界で道に迷わぬよう、わしが永遠の灯火となってやろう」
「それは……ずっと、一緒にいてくれるっていう、意味ですか?」
ななしが不安げに問い返すと、リリアは彼女の顎を持ち上げ、瞳を真っ直ぐにぶつけた。
そこにあるのは、底知れない慈愛。
「当然だ。妖精の時間は長い。お主が白髪になり、その瞳が曇る時まで……いや、お主の魂が次なる場所へ向かうその瞬間まで、わしはお主を愛で続けよう。……わしが認めた、唯一の寵愛者じゃからな」
リリアは優しく、けれど拒絶を許さない力強さで、ななしの唇を塞いだ。深く、深い。それは契約の接吻に似ていた。
ななしの脳内には、目眩のような多幸感が広がり、彼女は彼の胸元に縋り付く。
「ん、……ふ、ぁ……リリア、先輩」
「よい。もっとわしを求めよ。お主のその震えも、熱も、すべてわしが喰らってやろう」
リリアは、彼女の背中を優しく撫でながら、心の中で自嘲気味に笑った。かつて戦場を駆けた自分が、一人の人間の少女にこれほどまでに執着し、その小さな命を守ることに執念を燃やしている。
だがこの心地よい重みこそが、今の彼にとっての真実だった。
夜の帳が、二人をさらに深く包み込んでいく。
キャンドルの火が揺れ、影が一つに重なる。
リリアの私室は外界の時間を拒絶し、二人だけの永遠を紡ぎ続けていた。
「ななし。わしの可愛い、ななし……」
何度も繰り返される名前。
それは祝福であり、呪いでもあった。
少女は知らぬ間に深淵の住人の腕に囚われ、その絶対的な寵愛の中に溶けていく。だが、彼女がその幸福から逃げ出したいと願う日は、きっと永遠に訪れない。
リリアは満足げに微笑むと、眠たげな瞳をした彼女を抱き上げ、さらに深く夜の闇へと誘っていった。
その夜、ななしはリリア・ヴァンルージュに招かれ、彼の私室にいた。部屋を照らすのは数本のキャンドルと、怪しくも美しい燐光を放つ魔法石のランプのみ。影が壁に長く伸び、幻想的な空間を作り出している。
「そんなに端の方に座らずともよい。わしは取って食いはせぬ」
リリアはソファの真ん中を叩き、隣へ来るよう促す。ななしは背筋を正し、少し緊張した面持ちで彼の隣へと腰を下ろした。
「……すみません、リリア先輩。なんだか、夜に先輩のお部屋に伺うのは、いつまでも慣れなくて」
「くく、真面目なお主らしい。だが、今宵は学園の任務も寮の仕事も関係ない。ただの、わしとお主の語らいの時間ではないか」
リリアは、細くしなやかな指先でななしの柔らかな髪を掬い上げた。彼の動作はどこまでも優雅で、それでいて慈しみに満ちている。その瞳は闇の中でも爛々と輝き、彼女のすべてを見透かしているかのようだった。
ななしは、リリアに対して憧れ以上の……言葉にするにはあまりにも恐れ多い、深い思慕を抱いていた。彼は時に、悪戯好きな子供のように振る舞い、時に戦場を知る武人のように峻厳で、そして今のようになによりも深い愛を向けてくれる。
その愛は、男女の情愛を超えた、魂の深淵に触れるような重みを持っていた。
「ななしよ。お主の魂は、相変わらず澄んでおるな。この学園の濁った空気の中でも、決して色を失わぬ」
「そうですか? わたしは、ただ一生懸命やっているだけで……」
「その一生懸命さが、わしには眩しい。何も持たぬ身でありながら、前を向き続けるその強さが」
リリアの言葉は、嘘偽りのない本心だった。
長い時を生き、数多の別れと血の歴史を見てきた彼にとって、ななしという存在は、乾いた大地に降る慈雨に等しい。彼は、彼女を甘やかし、守り、そしてその輝きを誰にも触れさせたくないという、深い独占欲と寵愛を抱いていた。
「……リリア先輩のそういう言い方、少し、ずるいです」
「おや、わし何か悪いことを言ったか?」
「そうやって、わたしが特別な存在みたいに言うから……。期待して、舞い上がって、胸が苦しくなるんです」
ななしは、膝の上で拳をぎゅっと握りしめた。
彼女は、自分の感情に対しても誠実でありたいと願っていた。
だが、リリアを前にすると、その心は常に翻弄されてしまう。
リリアは楽しげに目を細めると、彼女の手を優しく解き、自らの掌で包み込んだ。彼の肌は少し冷たいが、そこから伝わってくる熱は、おそろしく温かかった。
「舞い上がればよいではないか。わしがお主を特別視しておるのは事実じゃ。……マレウスやシルバー、セベクに向けるものとは違う、この胸の騒ぎ。これをお主は、何と呼びたい?」
「それは……。わ、わたしには、わかりません」
「素直ではないのう。だが、そういうところも好ましい」
リリアは、そのままななしの体を自分の方へと引き寄せた。
抗う間もなく、彼女の頭はリリアの肩へと預けられる。近距離で感じるリリアの気配。彼の纏う夜の森のような香りが、彼女の思考を麻痺させていく。
「リリア、先輩……」
「わしはな、ななし。お主をこうして腕の中に閉じ込めている時が、一番心が安らぐのだ。お主の小さな心拍が、わしの古い鼓動を呼び覚ましてくれる」
リリアの唇が、ななしの耳元を掠める。
吐息と共に紡がれる言葉は、甘い毒のように彼女の全身に回っていった。
彼は、彼女を壊したいわけではない。ただ、その短い生涯のすべてを、自分という存在で塗り潰してしまいたいと願っていた。それは、慈悲の皮を被った、究極の我欲であった。
「お主の未来も、その真面目な心も、わしがすべて預かろう。お主がこの世界で道に迷わぬよう、わしが永遠の灯火となってやろう」
「それは……ずっと、一緒にいてくれるっていう、意味ですか?」
ななしが不安げに問い返すと、リリアは彼女の顎を持ち上げ、瞳を真っ直ぐにぶつけた。
そこにあるのは、底知れない慈愛。
「当然だ。妖精の時間は長い。お主が白髪になり、その瞳が曇る時まで……いや、お主の魂が次なる場所へ向かうその瞬間まで、わしはお主を愛で続けよう。……わしが認めた、唯一の寵愛者じゃからな」
リリアは優しく、けれど拒絶を許さない力強さで、ななしの唇を塞いだ。深く、深い。それは契約の接吻に似ていた。
ななしの脳内には、目眩のような多幸感が広がり、彼女は彼の胸元に縋り付く。
「ん、……ふ、ぁ……リリア、先輩」
「よい。もっとわしを求めよ。お主のその震えも、熱も、すべてわしが喰らってやろう」
リリアは、彼女の背中を優しく撫でながら、心の中で自嘲気味に笑った。かつて戦場を駆けた自分が、一人の人間の少女にこれほどまでに執着し、その小さな命を守ることに執念を燃やしている。
だがこの心地よい重みこそが、今の彼にとっての真実だった。
夜の帳が、二人をさらに深く包み込んでいく。
キャンドルの火が揺れ、影が一つに重なる。
リリアの私室は外界の時間を拒絶し、二人だけの永遠を紡ぎ続けていた。
「ななし。わしの可愛い、ななし……」
何度も繰り返される名前。
それは祝福であり、呪いでもあった。
少女は知らぬ間に深淵の住人の腕に囚われ、その絶対的な寵愛の中に溶けていく。だが、彼女がその幸福から逃げ出したいと願う日は、きっと永遠に訪れない。
リリアは満足げに微笑むと、眠たげな瞳をした彼女を抱き上げ、さらに深く夜の闇へと誘っていった。
