ハーツラビュル
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甘く香ばしい焼き菓子の香りが、ハーツラビュル寮の広々とした厨房に満ちていく。
大きな窓から差し込む柔らかな午後の光が、作業台に並んだ真っ赤なイチゴを艶やかに照らしていた。
隣で手際よくタルト生地を伸ばす先輩の横顔に、思わず見とれてしまう。
きっちりとエプロンを締め、迷いなく手先を動かす姿は、普段の面倒見がいい先輩というよりも、どこか遠い大人びた男性に見えた。
「……ん、どうした? 俺の顔に何かついてるか?」
先輩は手を止めることなく、こちらに向けて優しく微笑んだ。
すべてを見透かしているような余裕のある態度に心臓が跳ね、慌てて首を振る。
先輩は喉の奥で短く笑うと、型に生地を丁寧に敷き詰め、余分な端をペティナイフで鮮やかに切り落としていった。
「ほら、こっち来い」
作業台を叩く音に促され、隣へと距離を詰める。
ボウルいっぱいに練り上げられた、バニラビーンズが黒くきらめくカスタードクリームが目の前に置かれた。
ずっしりと重みのある絞り袋を手渡される。
背後からぴったりと寄り添う気配がした。
気づいた時には、手の上に大きな手が重ねられている。
背中に触れる胸板の厚み、指先からダイレクトに伝わる体温。
耳元で響く息遣いの近さに、心臓がうるさいほど拍動を強めた。
「力加減はこう……円を描くように、焦らなくていい」
低く響く声が耳の奥をくすぐる。
重ねられた掌は驚くほど厚く頼もしく、震える手を導きながら、滑らかなクリームを黄金色のタルト台へと美しく広げていく。
視界の端で揺れる髪の隙間から男らしいフェイスラインが見えて、息をするのも忘れるほど身体を強ばらせてしまった。
「……そんなに緊張しなくても大丈夫だぞ」
動揺を楽しんでいるかのように、わざと顔をぎりぎりまで近づけて悪戯っぽく笑われた。
至近距離でまっすぐ見つめられる。
仕上げ用に用意されていた大粒のイチゴが一粒指先で摘み上げられ、口元へとそっと運ばれてきた。
「俺が温室で手をかけて育てたものだから、味は保証するよ」
戸惑いながらもそっと口を開いて頬張ると、弾けるような甘酸っぱい果汁が一瞬で口いっぱいに広がった。
先輩は満足そうに目を細めると、唇に小さく残った果汁を親指の腹で拭い、そのまま自分の口元へ運んで舐めとる。
あまりにも自然な仕草に、胸が締め付けられる。
「美味いだろ? ……お前が俺の作ったものでそんな風に顔を綻ばせてくれると、作った甲斐があったって思えるよ。さあ、最後にお前がイチゴを飾って完成だ」
頭をポンと撫でられ、温かくて甘い、どこか独占欲の滲む眼差しと視線が交差した。
広いキッチンに流れるふたりだけの静かな時間。
外から聞こえてくる寮生たちの騒がしい声さえ、今は遠い出来事のように溶けて消えていった。