ディアソムニア
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放課後、馬術部の厩舎裏。
シルバーは手入れを終えた愛馬を送り出した後、備え付けのベンチでななしと隣り合っていた。
「シルバー先輩、また眠いですか?」
ななしの声に、シルバーはゆっくりと瞬きをした。意識が微睡みの淵を漂うのは、彼にとって日常の光景だ。だが隣にななしがいる時は、いつもより少しだけ意識の繋ぎ止め方が強くなる。
「……いや、大丈夫だ。少し風が心地よかっただけだ」
シルバーは、無意識に落ちそうになる首を支える。
そんな彼を心配そうに見上げていたななしが不意に手を伸ばした。彼の前髪にかかっていた藁の屑を指先で器用につまみ取る。
「あ、取れました。馬の手入れの時に付いたんですね」
至近距離。
ななしの指先が、一瞬だけシルバーの額に触れた。ただそれだけの出来事。
「……あ、ああ。すまない」
シルバーは自分の声がわずかに掠れたことに戸惑う。触れられた場所がじわじわと熱を持っているような錯覚に陥った。
シルバーにとって、ななしは守るべき対象だった。魔法が使えない身でありながら、この異世界の学園で懸命に生きるその姿。それはどこか幼い頃の自分が抱いていた、騎士道精神を刺激するものだと思っていた。
だが、最近はどうも様子が違う。
「シルバー先輩? 顔が赤いですよ。やっぱり具合が悪いんじゃ……」
覗き込んでくる瞳が、シルバーの困惑をありのままに映し出していた。
その瞬間シルバーの胸の内で、今まで聞いたことのないような大きな音が鳴る。それはセベクの怒鳴り声よりも、ディアソムニアの鐘の音よりも、鮮明に鼓膜を揺らした。
不整脈だろうか。
それとも、何かの呪詛か。
シルバーは自らの胸に手を当て、速まる鼓動を必死に抑え込もうとする。
「シルバー先輩?」
「……っ、いや。本当に、何でもない。少し、驚いただけだ」
「驚いた?本当に大丈夫ですか?」
首を傾げるななし。その無防備な仕草さえ、今のシルバーには眩しすぎて、直視することができない。
「……お前は、いつもそうだな」
シルバーは、逃げるように視線を空へ向けた。
夕暮れ、カラスが空を横切る。いつもなら、このまま深い眠りに落ちてしまうはずの穏やかな時間。それなのに、今は眠気など微塵も感じていなかった。
「いつも、俺の心に迷いなく踏み込んでくる」
「えっ……あ、すみません!迷惑ですよね」
「……迷惑ではない。ただ、ななしが近くにいると俺は俺がわからなくなる」
ななしを強く引き寄せたいという欲求が確実に芽生え始めていた。
シルバーは、自覚する。
この胸の痛みも熱も不自然なほどの覚醒も。
すべては目の前のななしに対するごくありふれた、けれど彼にとっては初めての感情なのだと。
「シルバー先輩?」
「……ななし。次からは、あまり無防備に近づかないでくれ」
「えっ……」
ショックを受けたような顔をするななしの頭に、シルバーはそっと、しかし力強く手を置いた。
「……今の言葉の意味は、また今度ちゃんと説明する」
名前の付けられないほどに切実な恋の兆し。
木漏れ日の中、シルバーの瞳は微睡みから完全に覚めた鋭い光を宿していた。
シルバーは手入れを終えた愛馬を送り出した後、備え付けのベンチでななしと隣り合っていた。
「シルバー先輩、また眠いですか?」
ななしの声に、シルバーはゆっくりと瞬きをした。意識が微睡みの淵を漂うのは、彼にとって日常の光景だ。だが隣にななしがいる時は、いつもより少しだけ意識の繋ぎ止め方が強くなる。
「……いや、大丈夫だ。少し風が心地よかっただけだ」
シルバーは、無意識に落ちそうになる首を支える。
そんな彼を心配そうに見上げていたななしが不意に手を伸ばした。彼の前髪にかかっていた藁の屑を指先で器用につまみ取る。
「あ、取れました。馬の手入れの時に付いたんですね」
至近距離。
ななしの指先が、一瞬だけシルバーの額に触れた。ただそれだけの出来事。
「……あ、ああ。すまない」
シルバーは自分の声がわずかに掠れたことに戸惑う。触れられた場所がじわじわと熱を持っているような錯覚に陥った。
シルバーにとって、ななしは守るべき対象だった。魔法が使えない身でありながら、この異世界の学園で懸命に生きるその姿。それはどこか幼い頃の自分が抱いていた、騎士道精神を刺激するものだと思っていた。
だが、最近はどうも様子が違う。
「シルバー先輩? 顔が赤いですよ。やっぱり具合が悪いんじゃ……」
覗き込んでくる瞳が、シルバーの困惑をありのままに映し出していた。
その瞬間シルバーの胸の内で、今まで聞いたことのないような大きな音が鳴る。それはセベクの怒鳴り声よりも、ディアソムニアの鐘の音よりも、鮮明に鼓膜を揺らした。
不整脈だろうか。
それとも、何かの呪詛か。
シルバーは自らの胸に手を当て、速まる鼓動を必死に抑え込もうとする。
「シルバー先輩?」
「……っ、いや。本当に、何でもない。少し、驚いただけだ」
「驚いた?本当に大丈夫ですか?」
首を傾げるななし。その無防備な仕草さえ、今のシルバーには眩しすぎて、直視することができない。
「……お前は、いつもそうだな」
シルバーは、逃げるように視線を空へ向けた。
夕暮れ、カラスが空を横切る。いつもなら、このまま深い眠りに落ちてしまうはずの穏やかな時間。それなのに、今は眠気など微塵も感じていなかった。
「いつも、俺の心に迷いなく踏み込んでくる」
「えっ……あ、すみません!迷惑ですよね」
「……迷惑ではない。ただ、ななしが近くにいると俺は俺がわからなくなる」
ななしを強く引き寄せたいという欲求が確実に芽生え始めていた。
シルバーは、自覚する。
この胸の痛みも熱も不自然なほどの覚醒も。
すべては目の前のななしに対するごくありふれた、けれど彼にとっては初めての感情なのだと。
「シルバー先輩?」
「……ななし。次からは、あまり無防備に近づかないでくれ」
「えっ……」
ショックを受けたような顔をするななしの頭に、シルバーはそっと、しかし力強く手を置いた。
「……今の言葉の意味は、また今度ちゃんと説明する」
名前の付けられないほどに切実な恋の兆し。
木漏れ日の中、シルバーの瞳は微睡みから完全に覚めた鋭い光を宿していた。
