イグニハイド
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「頼んでた資料、そこに置いといて」
「はい、ここに置いておきますね」
ななしは手にした書類の束をデスクの端へ揃えて置いた。
部屋の重苦しい空気にも特に気にした様子を見せず、軽く息を吐く。
「これで今日の分は終わりですか?」
「うん、まあ……。あとは僕が一人で処理するし」
「わかりました」
「君はもう戻っていいよ」
「それじゃあ、失礼します」
ななしが荷物をまとめて立ち上がろうとした時、スマートフォンが短い通知音を鳴らした。
「あ、エースからだ」
「……ふーん」
イデアは椅子をわずかに回転させ、意地悪く目を細めた。
「……相変わらず忙しそうっすな」
「そう、なんですかね?」
「……人付き合いも大変でしょ」
「先輩こそ、寮長だし忙しいんじゃないですか?」
「拙者はまあ…、基本引きこもりですし」
「そこは忙しさと関係ないのでは?」
「僕みたいな日陰者と君は住む世界が違うからね」
投げかけられる少しばかり刺々しい言葉。
イデアは露骨に視線を逸らしてモニターを睨みつけている。
「そんな言い方しなくてもいいじゃないですか」
「いやいや事実でしょ?」
イデアの口調には隠しきれない不機嫌さが混ざっていた。
キーボードを叩く強さが先ほどよりも明らかに増している。
「僕なんかより陽キャと一緒の方がいいんでしょ」
ぼそりと呟かれた一言は、部屋の静寂の中にくっきりと落ちた。
「……はい?」
ななしは聞き返したが、イデアは頑なにこちらを見ようとしない。
重苦しい沈黙だけが二人の間に落ちる。
イデアは膝の上に置いた自分の手に力を込め、溜め息をひとつ吐き出した。
「聞こえなかったならいいよ。どうせ僕の独り言だし」
「独り言にしては、すごく嫌な感じの言い方でしたけど」
「だって事実でしょ」
「……それ、本気で言ってます?」
「言ってるよ。明るくて話が面白くて、君にお似合いだよ」
ななしはデスクに歩み寄り、イデアの顔を覗き込もうとした。
イデアは逃げるように椅子の角度を変え背中を向けてしまう。
「イデア先輩、なんでそんなに怒ってるんですか」
「怒ってないし。ただの客観的な事実の指摘なんですが?」
「そうやって決めつけないでください」
「いやいや、誰が見たって僕よりあっちといる方が楽しいでしょ」
自虐的な言葉を並べるイデアの肩が微かに震えている。
ななしは困惑しながらも、引き下がる気にはなれなかった。
「楽しいとか楽しくないとか、そういう問題じゃありません」
「じゃあどういう問題なのさ」
不機嫌さを隠そうともしないイデアの態度に部屋の空気は重く沈む。
ななしは深く息を吸い込み、イデアの椅子の背もたれに手をかけた。
「わたしの気持ちを、先輩が勝手に決めつけないでください」
真っ直ぐな言葉を受け止めたイデアの背中が、ぴくりと跳ねる。
「……別に現実を見て言ってるだけだし」
「全部先輩の思い込みです」
強気な返答に焦れを切らしたのか、イデアはゆっくりと椅子ごとこちらへ振り向いた。
フードの陰から投げかけられる視線には、困惑と苛立ちが入り交じっている。
「思い込みって……じゃあ何?」
「先輩、本当にわからないんですか?」
「はぁ? 君は僕と一緒にいて楽しいとでも言うわけ?」
「はい。そうですけど?」
「……っ」
予想外の即答だったのか、イデアは喉を鳴らして言葉を詰まらせた。
「はぁ!?」
「わかってくれました?」
「そういう気を持たせるような言い方、やめてくださらんか?」
「気を持たせるとかじゃなくて、本当のこと言ってるだけです」
ななしは逃げないようにイデアの目をじっと見つめ返す。
「わたしが一緒にいたいのはイデア先輩なんです」
「……な、何言っちゃってんの君は。頭でも打った?」
「大真面目です」
「嘘だね。拙者みたいな陰キャと一緒にいて得することなんて何一つないし」
イデアは自虐の盾を必死に掲げようとする。
けれどその声は、どこか自信なさげに震えていた。
「損とか得とかで一緒にいるわけじゃないです」
「……っ、だから、そういうのを勘違いするだろ……」
絞り出すようなイデアの呟きに、ななしは首を傾げた。
「勘違いって、何をですか?」
イデアは頭を抱えるようにして深くフードを被り直し、顔を覆い隠してしまった。
「……僕が君のこと、特別だと思ってたらどうするわけ」
「え……?」
「あんな陽キャと仲良くしてるの見たらイライラするし、僕の知らない話で笑ってたら面白くないし……そういうの、無自覚に煽ってくるの卑怯でしょ」
ボソボソと洩らされる本音は嫉妬そのものだった。
思いがけない告白のような言葉に、ななしの胸がトクンと大きく跳ね上がる。
「それって、わたしと同じってことですか?」
「は? 同じって……君、さっきから何言ってるか分かって……」
イデアが指の隙間から恐る恐る顔を上げ、ななしの表情を伺う。
真っ赤になった顔で自分を見つめるななしの姿を見て、イデアの動きが完全に止まった。
「……え、待って。冗談じゃないの?」
「冗談でこんな恥ずかしいこと言えません……!」
部屋の中に、急激に熱を帯びた沈黙が流れる。
イデアは口元を押さえたまま、目を丸くして固まっていた。
「……マジで? 君、僕のこと……?」
「だから、最初からそう言ってます」
照れくささに耐えかねてななしが視線を下げると、イデアの大きな手がそっと伸びてきて彼女の袖口を遠慮がちに引っ張った。
「……戻るの、もう少し後にすれば?」
「……えっ」
「今は……僕の相手してよ」
気まずそうに横を向いたイデアの耳元は、髪の隙間から覗くほど赤く染まっていた。
ななしは胸の奥が温かくなるのを感じながら小さく頷いた。
「はい、ここに置いておきますね」
ななしは手にした書類の束をデスクの端へ揃えて置いた。
部屋の重苦しい空気にも特に気にした様子を見せず、軽く息を吐く。
「これで今日の分は終わりですか?」
「うん、まあ……。あとは僕が一人で処理するし」
「わかりました」
「君はもう戻っていいよ」
「それじゃあ、失礼します」
ななしが荷物をまとめて立ち上がろうとした時、スマートフォンが短い通知音を鳴らした。
「あ、エースからだ」
「……ふーん」
イデアは椅子をわずかに回転させ、意地悪く目を細めた。
「……相変わらず忙しそうっすな」
「そう、なんですかね?」
「……人付き合いも大変でしょ」
「先輩こそ、寮長だし忙しいんじゃないですか?」
「拙者はまあ…、基本引きこもりですし」
「そこは忙しさと関係ないのでは?」
「僕みたいな日陰者と君は住む世界が違うからね」
投げかけられる少しばかり刺々しい言葉。
イデアは露骨に視線を逸らしてモニターを睨みつけている。
「そんな言い方しなくてもいいじゃないですか」
「いやいや事実でしょ?」
イデアの口調には隠しきれない不機嫌さが混ざっていた。
キーボードを叩く強さが先ほどよりも明らかに増している。
「僕なんかより陽キャと一緒の方がいいんでしょ」
ぼそりと呟かれた一言は、部屋の静寂の中にくっきりと落ちた。
「……はい?」
ななしは聞き返したが、イデアは頑なにこちらを見ようとしない。
重苦しい沈黙だけが二人の間に落ちる。
イデアは膝の上に置いた自分の手に力を込め、溜め息をひとつ吐き出した。
「聞こえなかったならいいよ。どうせ僕の独り言だし」
「独り言にしては、すごく嫌な感じの言い方でしたけど」
「だって事実でしょ」
「……それ、本気で言ってます?」
「言ってるよ。明るくて話が面白くて、君にお似合いだよ」
ななしはデスクに歩み寄り、イデアの顔を覗き込もうとした。
イデアは逃げるように椅子の角度を変え背中を向けてしまう。
「イデア先輩、なんでそんなに怒ってるんですか」
「怒ってないし。ただの客観的な事実の指摘なんですが?」
「そうやって決めつけないでください」
「いやいや、誰が見たって僕よりあっちといる方が楽しいでしょ」
自虐的な言葉を並べるイデアの肩が微かに震えている。
ななしは困惑しながらも、引き下がる気にはなれなかった。
「楽しいとか楽しくないとか、そういう問題じゃありません」
「じゃあどういう問題なのさ」
不機嫌さを隠そうともしないイデアの態度に部屋の空気は重く沈む。
ななしは深く息を吸い込み、イデアの椅子の背もたれに手をかけた。
「わたしの気持ちを、先輩が勝手に決めつけないでください」
真っ直ぐな言葉を受け止めたイデアの背中が、ぴくりと跳ねる。
「……別に現実を見て言ってるだけだし」
「全部先輩の思い込みです」
強気な返答に焦れを切らしたのか、イデアはゆっくりと椅子ごとこちらへ振り向いた。
フードの陰から投げかけられる視線には、困惑と苛立ちが入り交じっている。
「思い込みって……じゃあ何?」
「先輩、本当にわからないんですか?」
「はぁ? 君は僕と一緒にいて楽しいとでも言うわけ?」
「はい。そうですけど?」
「……っ」
予想外の即答だったのか、イデアは喉を鳴らして言葉を詰まらせた。
「はぁ!?」
「わかってくれました?」
「そういう気を持たせるような言い方、やめてくださらんか?」
「気を持たせるとかじゃなくて、本当のこと言ってるだけです」
ななしは逃げないようにイデアの目をじっと見つめ返す。
「わたしが一緒にいたいのはイデア先輩なんです」
「……な、何言っちゃってんの君は。頭でも打った?」
「大真面目です」
「嘘だね。拙者みたいな陰キャと一緒にいて得することなんて何一つないし」
イデアは自虐の盾を必死に掲げようとする。
けれどその声は、どこか自信なさげに震えていた。
「損とか得とかで一緒にいるわけじゃないです」
「……っ、だから、そういうのを勘違いするだろ……」
絞り出すようなイデアの呟きに、ななしは首を傾げた。
「勘違いって、何をですか?」
イデアは頭を抱えるようにして深くフードを被り直し、顔を覆い隠してしまった。
「……僕が君のこと、特別だと思ってたらどうするわけ」
「え……?」
「あんな陽キャと仲良くしてるの見たらイライラするし、僕の知らない話で笑ってたら面白くないし……そういうの、無自覚に煽ってくるの卑怯でしょ」
ボソボソと洩らされる本音は嫉妬そのものだった。
思いがけない告白のような言葉に、ななしの胸がトクンと大きく跳ね上がる。
「それって、わたしと同じってことですか?」
「は? 同じって……君、さっきから何言ってるか分かって……」
イデアが指の隙間から恐る恐る顔を上げ、ななしの表情を伺う。
真っ赤になった顔で自分を見つめるななしの姿を見て、イデアの動きが完全に止まった。
「……え、待って。冗談じゃないの?」
「冗談でこんな恥ずかしいこと言えません……!」
部屋の中に、急激に熱を帯びた沈黙が流れる。
イデアは口元を押さえたまま、目を丸くして固まっていた。
「……マジで? 君、僕のこと……?」
「だから、最初からそう言ってます」
照れくささに耐えかねてななしが視線を下げると、イデアの大きな手がそっと伸びてきて彼女の袖口を遠慮がちに引っ張った。
「……戻るの、もう少し後にすれば?」
「……えっ」
「今は……僕の相手してよ」
気まずそうに横を向いたイデアの耳元は、髪の隙間から覗くほど赤く染まっていた。
ななしは胸の奥が温かくなるのを感じながら小さく頷いた。
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