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「小エビちゃん」
名前を呼ばれて振り向くと、すぐ近くにフロイドがいた。
「びっくりしました……」
「なにそれ。オレが声かけたらダメ?」
「そういう意味じゃなくて」
答えようとした瞬間、彼は少しだけ首を傾げる。
「今日さぁ、ずっとオレ避けてね?」
「避けてません」
「へぇ」
短く笑った声に返事が詰まる。
否定したのに信じてもらえていないらしい。
「だって、全然目合わねーし」
「気のせいです」
「ふーん」
軽く返されたその一言とは裏腹に、見逃してくれる気配はなかった。
◇
歩みを進めるうちに、人影は自然と少なくなっていった。
その途端、フロイドは歩幅を緩めて隣へ並んだ。
「で?」
「……なんですか」
「なんで避けんの?」
「だから避けてないですってば」
「じゃあこっち見てよ」
言われるまま視線を向ける。
目が合った途端、彼は楽しそうに笑う。
「……フロイド先輩」
「んー?」
「わたしのこと、からかってますよね?」
「うん、ちょっとだけ」
そのちょっとが信用できない。
ななしが引き返そうと体を動かした、その時だった。
「えっ」
手首をそっと掴まれる。
力は強くないし、痛むほどでもない。
「フロイド先輩……」
「なに?」
「手、離してください……」
「なんで? 嫌?」
「……嫌というか」
言葉を探している間も、指先は手首に添えられたままだ。
締めつけるような強さはないものの、ななしは動くことができないでいた。
「嫌なら逃げればいーじゃん」
さらりと笑う。
その言葉とは裏腹に、手首を支える手は少しだけ位置を変え、親指の腹が脈打つ皮膚を優しく擦りあげた。
乱暴さはない。
それでも、逃がさないという意思だけは肌越しにはっきり伝わってきた。
「……逃げられないです」
「なんで?」
「なんでって……」
「じゃあ試してみる?」
挑発するような口調。
けれど表情はどこか面白がっている。
ななしが小さく息をつくと、フロイドは肩を揺らした。
「小エビちゃんって素直だよね」
「今の会話でそうなります?」
「なるなる」
納得のいかない様子で眉を寄せる彼女を、フロイドは楽しそうに眺めてまた笑う。
「その顔かわいー」
「褒めてもだめです」
「えー、なんで?」
「離してください」
「やだ」
即答だった。
◇
二人の間に少しだけ沈黙が訪れる。
視線を逸らそうとするななしより早く、フロイドのほうが距離を詰めた。
「小エビちゃん、なんで逃げないの?」
「……」
「オレ、別にそんな強く掴んでなくね?」
「……それは先輩が…」
言い返そうとした声は最後まで続かなかった。
頬に互いの熱い吐息がかかる距離まで縮まり、フロイドが喉の奥で低く笑う。
「オレ?」
「……っ、逃げられません……」
「そっか」
短い返事と同時に、すっと顎を掬い上げられた。
拒む隙も与えられないまま、ゆっくりと唇が重ねられる。
「……ん……っ」
逃げ場を塞ぐように深く重ねられた唇。
ほんの一瞬のようでいて、痺れるような熱を残す濃厚な口づけだった。
離れ際に、フロイドの舌先がななしの唇の端を優しく撫で上げる。
「……っ」
何が起きたのか理解が追いつかず、濡れた唇のまま立ち尽くしてしまう。
言葉を探している間に、フロイドは少しだけ顔を離した。
「小エビちゃんが固まった」
「……だって、急すぎます」
「別に急じゃなくね?」
フロイドの指先が、掴んだままの手首の内側をゆっくりとなぞる。
その密やかな手触りに、ぞくっと背筋が跳ねた。
「急ですよ……っ」
赤くなる頬を見つけ、彼は面白そうに目を細める。
「怒った?」
「……怒るというか」
「困った?」
「……困りました」
「あはっ」
笑い声が近い。
フロイドの背が高いせいで、すっぽりと彼の影に閉じ込められているような錯覚に陥る。
「困った顔、めっちゃ可愛くて興奮する」
「……っ」
「……ねえ、もう一回する?」
「なんでそうなるんですか」
「えー、別にいいじゃん。次はもっと長いの」
「よくないです……」
「ほんとに?」
「……」
「ねえ、小エビちゃん」
「……はい」
「今、手離したら逃げる?」
「……わからないです」
フロイドは少し考えるようにななしを見た。
「じゃあ次は」
「次?」
「逃げられたら抱きついちゃえばいいし」
「それ宣言ですか」
「うん」
悪びれる様子は少しもない。
彼女が苦笑すると、フロイドは満足そうに笑った。
「その顔ならオレのこと避けてないって信じよっかな」
「最初から信じてください……」
「それはオレの気分次第」
彼は軽く身をかがめ、耳元に吐息を吹きかけるようにして口角を上げる。
ふたたび並んで歩き出すと、先ほどまでの近すぎる距離が嘘みたいに、いつもの軽い空気へ戻っていった。
名前を呼ばれて振り向くと、すぐ近くにフロイドがいた。
「びっくりしました……」
「なにそれ。オレが声かけたらダメ?」
「そういう意味じゃなくて」
答えようとした瞬間、彼は少しだけ首を傾げる。
「今日さぁ、ずっとオレ避けてね?」
「避けてません」
「へぇ」
短く笑った声に返事が詰まる。
否定したのに信じてもらえていないらしい。
「だって、全然目合わねーし」
「気のせいです」
「ふーん」
軽く返されたその一言とは裏腹に、見逃してくれる気配はなかった。
◇
歩みを進めるうちに、人影は自然と少なくなっていった。
その途端、フロイドは歩幅を緩めて隣へ並んだ。
「で?」
「……なんですか」
「なんで避けんの?」
「だから避けてないですってば」
「じゃあこっち見てよ」
言われるまま視線を向ける。
目が合った途端、彼は楽しそうに笑う。
「……フロイド先輩」
「んー?」
「わたしのこと、からかってますよね?」
「うん、ちょっとだけ」
そのちょっとが信用できない。
ななしが引き返そうと体を動かした、その時だった。
「えっ」
手首をそっと掴まれる。
力は強くないし、痛むほどでもない。
「フロイド先輩……」
「なに?」
「手、離してください……」
「なんで? 嫌?」
「……嫌というか」
言葉を探している間も、指先は手首に添えられたままだ。
締めつけるような強さはないものの、ななしは動くことができないでいた。
「嫌なら逃げればいーじゃん」
さらりと笑う。
その言葉とは裏腹に、手首を支える手は少しだけ位置を変え、親指の腹が脈打つ皮膚を優しく擦りあげた。
乱暴さはない。
それでも、逃がさないという意思だけは肌越しにはっきり伝わってきた。
「……逃げられないです」
「なんで?」
「なんでって……」
「じゃあ試してみる?」
挑発するような口調。
けれど表情はどこか面白がっている。
ななしが小さく息をつくと、フロイドは肩を揺らした。
「小エビちゃんって素直だよね」
「今の会話でそうなります?」
「なるなる」
納得のいかない様子で眉を寄せる彼女を、フロイドは楽しそうに眺めてまた笑う。
「その顔かわいー」
「褒めてもだめです」
「えー、なんで?」
「離してください」
「やだ」
即答だった。
◇
二人の間に少しだけ沈黙が訪れる。
視線を逸らそうとするななしより早く、フロイドのほうが距離を詰めた。
「小エビちゃん、なんで逃げないの?」
「……」
「オレ、別にそんな強く掴んでなくね?」
「……それは先輩が…」
言い返そうとした声は最後まで続かなかった。
頬に互いの熱い吐息がかかる距離まで縮まり、フロイドが喉の奥で低く笑う。
「オレ?」
「……っ、逃げられません……」
「そっか」
短い返事と同時に、すっと顎を掬い上げられた。
拒む隙も与えられないまま、ゆっくりと唇が重ねられる。
「……ん……っ」
逃げ場を塞ぐように深く重ねられた唇。
ほんの一瞬のようでいて、痺れるような熱を残す濃厚な口づけだった。
離れ際に、フロイドの舌先がななしの唇の端を優しく撫で上げる。
「……っ」
何が起きたのか理解が追いつかず、濡れた唇のまま立ち尽くしてしまう。
言葉を探している間に、フロイドは少しだけ顔を離した。
「小エビちゃんが固まった」
「……だって、急すぎます」
「別に急じゃなくね?」
フロイドの指先が、掴んだままの手首の内側をゆっくりとなぞる。
その密やかな手触りに、ぞくっと背筋が跳ねた。
「急ですよ……っ」
赤くなる頬を見つけ、彼は面白そうに目を細める。
「怒った?」
「……怒るというか」
「困った?」
「……困りました」
「あはっ」
笑い声が近い。
フロイドの背が高いせいで、すっぽりと彼の影に閉じ込められているような錯覚に陥る。
「困った顔、めっちゃ可愛くて興奮する」
「……っ」
「……ねえ、もう一回する?」
「なんでそうなるんですか」
「えー、別にいいじゃん。次はもっと長いの」
「よくないです……」
「ほんとに?」
「……」
「ねえ、小エビちゃん」
「……はい」
「今、手離したら逃げる?」
「……わからないです」
フロイドは少し考えるようにななしを見た。
「じゃあ次は」
「次?」
「逃げられたら抱きついちゃえばいいし」
「それ宣言ですか」
「うん」
悪びれる様子は少しもない。
彼女が苦笑すると、フロイドは満足そうに笑った。
「その顔ならオレのこと避けてないって信じよっかな」
「最初から信じてください……」
「それはオレの気分次第」
彼は軽く身をかがめ、耳元に吐息を吹きかけるようにして口角を上げる。
ふたたび並んで歩き出すと、先ほどまでの近すぎる距離が嘘みたいに、いつもの軽い空気へ戻っていった。
