ハーツラビュル
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昼休みが終わる少し前、廊下の窓から入る風が机の上のプリントを揺らした。
飛んでいきそうになったプリントを先に押さえたのはエースだった。
「危ない危ない」
「ありがとう、エース」
「貸し一個ね」
「またそういうこと言う」
「冗談だって」
軽く笑いながら紙を返してくる。
そのやり取りももう何度目か分からない。
「今日はやけに静かじゃん」
「そう?」
「いつもなら、もっと突っ込んでくる」
「そうかな?」
「そうだよ」
迷いなく返されて少しだけ笑ってしまう。
その笑顔を見たエースも満足そうに肩をすくめた。
「そろそろ次の授業はじまる」
「うん、移動しよっか」
並んで歩き始めても会話は途切れない。
他愛もない話ばかりなのに気づけば時間が過ぎていた。
◇
その日の放課後、教室に残っていたのは数人だけだった。
窓の外からは運動部の声が聞こえる。
「まだ帰らねーの?」
「今日は課題終わらせてから帰る」
「相変わらず真面目じゃん」
「エースは?」
「オレ? 今日は珍しく用事なし」
そう言って近くの席へ腰掛ける。
「だから課題に付き合ってやるよ」
「別にいいのに」
「ひど」
口では文句を言いながらも帰る気配はなく、エースも問題集を開く。
数分経っても視線を感じるので顔を上げると、退屈そうに頬杖をついていた。
「暇そう」
「うん」
「帰ってもよかったのに」
「寂しいこと言うなよ。で、あとどのくらい?」
「あとちょっと」
「じゃあ頑張れ」
「エースは課題いいの?」
「オレはお前の応援で忙しいからいいの」
「なにそれ」
応援する気があるのか分からない態度に、ななしは思わず吹き出した。
それを見てエースも満足そうに笑う。
◇
帰り道。
夕方の空を見上げながら歩いていると、前を歩く生徒たちの会話が耳に入った。
「あいつ好きな人いるらしいよ」そんな一言だけ。
意識しないようにしたのに、隣を歩くエースが気になってしまう。
「ん? どうした?」
「……ねえ、エースって――」
「なに?」
聞くつもりなんてなかった。
それでも口が動いてしまう。
「好きな人いるの?」
歩く足が一瞬だけ止まりそうになった。
すぐにエースは何事もなかったように笑う。
「あー」
考えるふりをして顎に手を当てる。
「いるよ」
胸が少しだけ苦しくなる。
聞かなきゃよかった。
そう思った次の瞬間。
「目の前にいるよ」
あまりにも軽い調子だった。
笑いながら言うから冗談にしか聞こえない。
「……え」
「びっくりした?」
エースは困った顔を見て楽しそうに笑っている。
返事ができない。
冗談だと笑えばいいのか。
本気か聞けばいいのか。
何も分からない。
「もう、からかわないで」
ようやく出た言葉はそれだけだった。
「え?」
「そういうこと言われても困る」
視線を逸らす。
鼓動だけがうるさい。
エースは笑うのをやめた。
「困る?」
「うん」
「そっか」
さっきまでの軽さが少しだけ消える。
少しだけ沈黙が続いた。
「オレさ、今の本気なんだけど」
「え?」
「冗談っぽく言えば、フラれても流せるかなって思ったんだけど」
エースは照れくさそうに頭をかく。
「そんな顔されたら、誤魔化せないじゃん」
耳まで赤くなっている。
そんな表情を見るのは初めてだった。
「オレ、本当に好きなんだよ」
「……」
「返事は今すぐじゃなくてもいい」
突然の言葉に胸が詰まり、ななしは何度も小さく息を整えた。
「わたしも」
振り絞るように呟いた一言に、エースが目を丸くする。
「……え、マジ?」
「うん」
「ちょっと、待って」
今度は彼が固まる番だった。
「ちょっと整理……いや」
「うん」
照れ隠しみたいに笑う。
「オレ、絶対振られると思ってた」
「そんなこと」
「あるって」
「だって全然分からなかったし」
「それは……」
エースは気まずそうに少しだけ視線を泳がせる。
「……断られたらどうしようって思ってたから」
「本当に?」
「オレなりに分かりやすくアプローチしてたつもりなんだけど」
「お互いに勘違いしてたってこと?」
顔を見合わせ、二人は同時に笑い声を上げた。
「そうかも」
「なんだそれ」
エースも吹き出した。
「もっと早く言えばよかった」
「言えなかったよ」
「オレも」
どちらからともなくまた笑ってしまう。
さっきまで返事に困っていたことが嘘みたいだった。
「そういえば、さっきの質問」
「うん」
「もう一回聞いて」
「え?」
「ちゃんと答えるから」
照れ笑いを浮かべる姿が少し可笑しい。
「……好きな人いるの?」
今度は少しだけ間を置いた。
「いる」
「誰?」
「ななし」
名前を呼ばれて、また足が止まる。
「今度は冗談じゃない」
「分かってる」
「ほんとに?」
「うん」
顔を上げると、エースが安心したように笑った。
「さっきより信じてもらえた?」
「最初から真面目に言ってくれたらよかったのに」
「それは無理」
「どうして?」
「恥ずかしいだろ」
即答されて、また笑ってしまう。
「おい、笑うなって」
「ごめんごめん」
「全然反省してない」
「してるよ」
「してない」
軽く言い合いながら歩幅が揃う。
もう無理に話題を探さなくても会話は自然と続いていく。
笑い合いながら歩く帰り道は、いつもより少しだけ賑やかだった。
飛んでいきそうになったプリントを先に押さえたのはエースだった。
「危ない危ない」
「ありがとう、エース」
「貸し一個ね」
「またそういうこと言う」
「冗談だって」
軽く笑いながら紙を返してくる。
そのやり取りももう何度目か分からない。
「今日はやけに静かじゃん」
「そう?」
「いつもなら、もっと突っ込んでくる」
「そうかな?」
「そうだよ」
迷いなく返されて少しだけ笑ってしまう。
その笑顔を見たエースも満足そうに肩をすくめた。
「そろそろ次の授業はじまる」
「うん、移動しよっか」
並んで歩き始めても会話は途切れない。
他愛もない話ばかりなのに気づけば時間が過ぎていた。
◇
その日の放課後、教室に残っていたのは数人だけだった。
窓の外からは運動部の声が聞こえる。
「まだ帰らねーの?」
「今日は課題終わらせてから帰る」
「相変わらず真面目じゃん」
「エースは?」
「オレ? 今日は珍しく用事なし」
そう言って近くの席へ腰掛ける。
「だから課題に付き合ってやるよ」
「別にいいのに」
「ひど」
口では文句を言いながらも帰る気配はなく、エースも問題集を開く。
数分経っても視線を感じるので顔を上げると、退屈そうに頬杖をついていた。
「暇そう」
「うん」
「帰ってもよかったのに」
「寂しいこと言うなよ。で、あとどのくらい?」
「あとちょっと」
「じゃあ頑張れ」
「エースは課題いいの?」
「オレはお前の応援で忙しいからいいの」
「なにそれ」
応援する気があるのか分からない態度に、ななしは思わず吹き出した。
それを見てエースも満足そうに笑う。
◇
帰り道。
夕方の空を見上げながら歩いていると、前を歩く生徒たちの会話が耳に入った。
「あいつ好きな人いるらしいよ」そんな一言だけ。
意識しないようにしたのに、隣を歩くエースが気になってしまう。
「ん? どうした?」
「……ねえ、エースって――」
「なに?」
聞くつもりなんてなかった。
それでも口が動いてしまう。
「好きな人いるの?」
歩く足が一瞬だけ止まりそうになった。
すぐにエースは何事もなかったように笑う。
「あー」
考えるふりをして顎に手を当てる。
「いるよ」
胸が少しだけ苦しくなる。
聞かなきゃよかった。
そう思った次の瞬間。
「目の前にいるよ」
あまりにも軽い調子だった。
笑いながら言うから冗談にしか聞こえない。
「……え」
「びっくりした?」
エースは困った顔を見て楽しそうに笑っている。
返事ができない。
冗談だと笑えばいいのか。
本気か聞けばいいのか。
何も分からない。
「もう、からかわないで」
ようやく出た言葉はそれだけだった。
「え?」
「そういうこと言われても困る」
視線を逸らす。
鼓動だけがうるさい。
エースは笑うのをやめた。
「困る?」
「うん」
「そっか」
さっきまでの軽さが少しだけ消える。
少しだけ沈黙が続いた。
「オレさ、今の本気なんだけど」
「え?」
「冗談っぽく言えば、フラれても流せるかなって思ったんだけど」
エースは照れくさそうに頭をかく。
「そんな顔されたら、誤魔化せないじゃん」
耳まで赤くなっている。
そんな表情を見るのは初めてだった。
「オレ、本当に好きなんだよ」
「……」
「返事は今すぐじゃなくてもいい」
突然の言葉に胸が詰まり、ななしは何度も小さく息を整えた。
「わたしも」
振り絞るように呟いた一言に、エースが目を丸くする。
「……え、マジ?」
「うん」
「ちょっと、待って」
今度は彼が固まる番だった。
「ちょっと整理……いや」
「うん」
照れ隠しみたいに笑う。
「オレ、絶対振られると思ってた」
「そんなこと」
「あるって」
「だって全然分からなかったし」
「それは……」
エースは気まずそうに少しだけ視線を泳がせる。
「……断られたらどうしようって思ってたから」
「本当に?」
「オレなりに分かりやすくアプローチしてたつもりなんだけど」
「お互いに勘違いしてたってこと?」
顔を見合わせ、二人は同時に笑い声を上げた。
「そうかも」
「なんだそれ」
エースも吹き出した。
「もっと早く言えばよかった」
「言えなかったよ」
「オレも」
どちらからともなくまた笑ってしまう。
さっきまで返事に困っていたことが嘘みたいだった。
「そういえば、さっきの質問」
「うん」
「もう一回聞いて」
「え?」
「ちゃんと答えるから」
照れ笑いを浮かべる姿が少し可笑しい。
「……好きな人いるの?」
今度は少しだけ間を置いた。
「いる」
「誰?」
「ななし」
名前を呼ばれて、また足が止まる。
「今度は冗談じゃない」
「分かってる」
「ほんとに?」
「うん」
顔を上げると、エースが安心したように笑った。
「さっきより信じてもらえた?」
「最初から真面目に言ってくれたらよかったのに」
「それは無理」
「どうして?」
「恥ずかしいだろ」
即答されて、また笑ってしまう。
「おい、笑うなって」
「ごめんごめん」
「全然反省してない」
「してるよ」
「してない」
軽く言い合いながら歩幅が揃う。
もう無理に話題を探さなくても会話は自然と続いていく。
笑い合いながら歩く帰り道は、いつもより少しだけ賑やかだった。
