ディアソムニア
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静まり返った室内で規則的な時計の針の音だけが響いていた。
少し前に降っていた雨はすっかり上がり、濡れた窓ガラスに街灯の光が鈍く乱反射している。
シルバーは膝の上に置いた己の指先をじっと見つめたまま、しばらく口を開かなかった。
普段から無口な性格ではあるものの、今夜の静けさにはどこか普段と違う緊張感が漂っている。
「シルバー先輩、どうかしたんですか」
「……何でもない、と言えば嘘になるな」
低い声が静寂に溶けていく。
シルバーはゆっくりと胸の息を吐き出すと、身を乗り出すようにして距離を詰めてきた。
膝同士が軽く触れ合う位置まで近づき、彼は伸ばした指先で頬にそっと触れた。
指先はわずかに冷たく、けれど肌が接触した部分からじんわりと熱が伝わってくる。
「……少し、熱があるのかもしれない」
「熱……? 体調が悪いんですか?」
「いや、そういう熱ではない」
苦笑交じりに短く否定すると、シルバーは触れていた指を滑らせ、後頭部を支えるように優しく添えた。
逃げ道を塞ぐような動きではあるものの、そこに強引な力強さは感じられない。
「お前とこうして近くにいると、胸のあたりが酷く騒がしくなる」
「シルバー先輩……」
「触れてもいいか? ……断られても、今日は諦められそうにない」
まっすぐに見つめ返してくる眼差しは、いつもの穏やかな微睡みではなく確かな熱量が宿っていた。
誠実でまっすぐな言葉だけに、拒絶の余地を与えないような強い意思が感じられる。
思わず呼吸を詰まらせた。
返事をする前に、シルバーの顔がゆっくりと近づいてくる。
「断るなら、今のうちだ」
囁くような声が耳元に届き、思わず肩が跳ねた。
言葉を返そうとした瞬間、唇の上に柔らかい感触が重なった。
唇は軽く触れただけだった。
一度離れた影は、こちらの反応を確かめるように僅かな隙間を空けて止まる。
「……嫌なら、俺を押し返してくれ」
息がかかるほどの距離で落とされた言葉に、ゆっくりと首を横に振った。
押し返すどころか、彼の衣服の裾をぎゅっと掴み返す。
その小さな抵抗のなさを読み取ったのか、シルバーの胸から小さな吐息が漏れた。
「■■■……」
二度目の口づけは、先ほどよりも深かった
重ねられた唇から伝わる体温が、全身の力を抜いていく。
シルバーは支えていた手で頭部を優しく包み込み、引き寄せる力を強めた。
背中に回された腕が体をしっかりと抱き留め、密着した胸元から彼の鼓動が直接響いてくる。
「ん……」
かすかな声が漏れると、シルバーは一度唇を離し額を寄せる。
互いの息が乱れ、重なり合う。
「驚かせたか」
「少し……」
「すまない」
「シルバー先輩、すごく真剣な顔をしていたから」
「……お前の前では、いつも余裕がないな」
自嘲するように微笑むと、彼は親指で目元を優しく撫でた。
そのまま頬、顎へと指を滑らせ首筋に触れる。
温かな指先が肌を辿るたびに、小さな鳥肌が立った。
「お前に触れるときが一番緊張する」
「緊張?」
「力を込めれば壊してしまいそうだ」
「そんな簡単に壊れないですよ」
「そうか……」
シルバーは再び顔を寄せ、今度は耳の下から首筋にかけて唇を寄せてきた。
そっと落とされる熱に肩を竦める。
「シルバー先輩……くすぐったいです」
「すまない。……だが、やめられそうにない」
言葉とは裏腹に、その動作はどこまでも丁寧だった。
髪に埋もれた指先がゆっくりと動き、優しく撫で上げていく。
普段の立ち振る舞いからは想像もつかないほど、情熱的な触れ方だった。
「……ずっと、こうしてみたかった」
囁かれた言葉に、掴んでいた彼の服をさらに強く握り締めた。
「わたしもです」
「お前のその言葉だけで、胸がいっぱいになる」
シルバーは身体を引き離すと、今度は正面からしっかりと抱きしめてきた。
視界が彼の胸元で埋まり、包み込まれるような感覚に包まれる。
規則正しく耳に届く鼓動と、背中を撫でる手のひらの温もりが心地いい。
「夢なら覚めてほしくないと思う」
「夢じゃないですよ。ちゃんと、ここにいます」
「ああ。お前の体温が、ちゃんとここにある」
「先輩の体温も伝わってきます」
「……もう誤魔化せないな」
指先が唇に触れ、ゆっくりと撫でる。
「もう少しだけ、こうしていてもいいか」
「はい」
「引き返せなくなっても、後悔させない」
寄り添う二人の影が、室内の灯りに静かに映っていた。