サバナクロー
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「ラギー先輩」
昼休みが終わる少し前、中庭のベンチに声をかけると、もたれかかっていたラギーが面倒そうに片目だけを開けた。
「ななしくん、どうかした?」
「これ、お昼を作りすぎてしまって」
差し出された包みを目にしたラギーは、体を起こす前に可笑しそうに口元を緩める。
「また?」
「またって」
「三回目ッスよ」
「偶然です」
まっすぐ見つめられ、気まずさに思わず視線を泳がせた。
「まあ、オレとしてはありがたい限りなんですけど」
「……本当に偶然です」
「じゃ、遠慮なくいただきまーす」
包みを受け取る指先がかすかに触れ、そのまま慣れた手つきで解かれていく。一口食べると、満足そうに丸い耳がぴょこりと揺れた。
「めっちゃうまいッス」
「よかったです」
「作りすぎる才能あるんスね」
「そういうことにしてください」
綺麗に平らげられていくお弁当箱を前に、胸の内でそっと安堵の息をついた。
◇
「はい、あげる」
「……なんですか?」
「ジュース」
放課後、人通りのまばらになった売店の前で冷えた缶を差し出される。
「今日はオレのおごり」
「え! ラギー先輩が!?」
「ちょっと、言い方。昼のお礼ッス」
「別にそんなつもりじゃ」
「知ってる。でもオレが返したいだけ」
半ば押しつけられるように渡され、断りきれずに受け取った。
手のひらにひんやりとした冷たさが伝わる。
「ありがとうございます」
「律儀ッスねぇ」
「?」
「いや、なんでもないッス」
首をかしげて聞き返しても、ラギーはひらひらと手を振ってはぐらかすだけだった。
◇
「また手伝ってるんですか」
「まあね〜」
廊下で山積みの段ボールを抱えたラギーが、苦笑混じりに肩をすくめる。
「バイトッスから」
「手伝いますよ」
「重いよ?」
「大丈夫です」
返事を待たずに上から箱を持ち上げると、予想以上のズシリとした重さに腕が細かく震えた。
「あーもう、無理しない」
「できます」
「できますって顔じゃないッス」
「すみません」
「謝んなくていいって」
見かねたラギーの手がすぐに伸びてきて、結局半分以上の重さを持ち替えられてしまう。
「ななしくんって、オレ相手でも損得考えないんスか?」
「考えますよ」
「へぇ」
「ラギー先輩が困っていたら手伝います」
「それ、損得じゃなくない?」
「……そう、でしょうか」
「少なくともオレは割と計算して動くタイプなんだけど」
軽やかに笑う声の裏に、どこかほんの少しだけ寂しげな響きが混ざっていた。
◇
「ラギー先輩」
声をかけて近寄ろうとした瞬間、遠くから名前を呼ぶ声が響き、ラギーはそのまま走って行ってしまった。
「ごめん! またあとで!」
手を振って走り去る後ろ姿を、ただ見送るしかできない。
しかし、その「あとで」が訪れることはなかった。
翌日も、その翌日も。
雑用に追われたり、レオナに呼び出されたり、寮の頼まれ事をこなしていたり。
「先輩、最近忙しそうですね」
校舎の角ですれ違いざま、ようやくかけることができたのは、そんな一言だけだった。
「まーね」
「無理はしないでください」
「大丈夫ッス」
足を止めることすらない短いやり取り。
そのまま遠ざかっていく背中を見つめながら、引き止めるための言葉を探すものの、足がすくんで動かなかった。
◇
放課後、人気のない校舎裏のベンチで膝を抱えていると、落ち葉を踏む足音がゆっくり近づいてきた。
「見つけた」
見上げると、少し息を乱したラギーが立っていた。
「探してたんですか」
「うん」
ラギーは隣へ腰を下ろし、深く息を吐き出す。
「オレ、最近避けられてる?」
「えっ」
「違う?」
「違います」
迷わず即答すると、ラギーはどこかホッとしたように肩の力を抜いた。
「そっか、よかった」
「先輩、忙しそうでしたから」
「うん、結構忙しかった」
「ですよね……」
「でもさ、なーんか効率悪いんだよねぇ」
「効率? 何がですか」
「ななしくんのこと」
予想外の言葉に、思わず息をのむ。
「オレ、基本は得するほうしか選ばないんスよ」
「……知ってます」
「時間も手間も無駄にしたくないし」
「はい」
「なのにさ、ななしくんが見えると寄っちゃうし」
「……」
「話しかけられなくても姿だけ確認して安心してるし」
じわじわと耳の奥が熱くなっていくのを感じた。ラギーは困ったように頭をガシガシとかく。
「損得勘定が狂うんだよねぇ」
軽口のような言い方なのに、細められた瞳だけは少しも笑っていなかった。
「計算しても、全然合わないんだよね」
「ラギー先輩」
「本当ならさ、もっと割のいい相手探したほうが得なんスよ」
「そうだったんですね……」
胸の奥がキュッと締め付けられ、気づけば言葉が口をついて出ていた。
「わたし、お弁当を作るたびに今日はやめとこうかなって考えるんです」
「うん」
「でも気づくと作っています」
「……」
「会えない日が続くと、少しだけ寂しくて」
最後まで聞くと、ラギーは耐えかねたように額を押さえた。
「あーもう」
「どうしました?」
「ますます計算狂う」
呆れたように笑ったかと思えば、深く大きなため息をつく。
「困ったなぁ」
「困りますか?」
「困る」
少しの静寂のあと、ラギーは降参したように肩をすくめた。
「でもさ、損するって分かってても手放したくないことくらいあるんスよ」
まっすぐ注がれる視線に、胸の奥がじんわりと熱を帯びる。
「ななしくん」
「はい」
「オレと付き合ってくれる?」
「……それって、恋人になるってことですか?」
「それ以外に何かある?」
「いや、先輩のことだから『ちょっとそこまで付き合って』とか……」
「オレ、一世一代の告白だったんスけど」
「……」
「で、返事は?」
「あの、わたしでよければ……よろしくお願いします」
「……あー、よかったぁ」
額に手を当てたまま、安堵したようにラギーが笑う。
「断られたらどうしようかと思ったッス」
「なんだか意外です」
「オレだって怖いもんは怖いんスよ」
照れ隠しのようにふいと横を向く。
その耳先がほんのり赤くなっているのが可笑しくて小さく笑うと、ラギーもつられて破顔した。
「これからは、作りすぎたって言い訳しなくていいッスね」
「……そうですね」
「じゃあ遠慮なく期待してよーっと」
「毎日は作りませんよ」
「えー」
「たまにです」
「それでも十分」
満足そうに笑うラギーにつられて、思わず吹き出してしまう。
並んで歩き出す二人を、夕暮れの風がそっと追い越していった。
昼休みが終わる少し前、中庭のベンチに声をかけると、もたれかかっていたラギーが面倒そうに片目だけを開けた。
「ななしくん、どうかした?」
「これ、お昼を作りすぎてしまって」
差し出された包みを目にしたラギーは、体を起こす前に可笑しそうに口元を緩める。
「また?」
「またって」
「三回目ッスよ」
「偶然です」
まっすぐ見つめられ、気まずさに思わず視線を泳がせた。
「まあ、オレとしてはありがたい限りなんですけど」
「……本当に偶然です」
「じゃ、遠慮なくいただきまーす」
包みを受け取る指先がかすかに触れ、そのまま慣れた手つきで解かれていく。一口食べると、満足そうに丸い耳がぴょこりと揺れた。
「めっちゃうまいッス」
「よかったです」
「作りすぎる才能あるんスね」
「そういうことにしてください」
綺麗に平らげられていくお弁当箱を前に、胸の内でそっと安堵の息をついた。
◇
「はい、あげる」
「……なんですか?」
「ジュース」
放課後、人通りのまばらになった売店の前で冷えた缶を差し出される。
「今日はオレのおごり」
「え! ラギー先輩が!?」
「ちょっと、言い方。昼のお礼ッス」
「別にそんなつもりじゃ」
「知ってる。でもオレが返したいだけ」
半ば押しつけられるように渡され、断りきれずに受け取った。
手のひらにひんやりとした冷たさが伝わる。
「ありがとうございます」
「律儀ッスねぇ」
「?」
「いや、なんでもないッス」
首をかしげて聞き返しても、ラギーはひらひらと手を振ってはぐらかすだけだった。
◇
「また手伝ってるんですか」
「まあね〜」
廊下で山積みの段ボールを抱えたラギーが、苦笑混じりに肩をすくめる。
「バイトッスから」
「手伝いますよ」
「重いよ?」
「大丈夫です」
返事を待たずに上から箱を持ち上げると、予想以上のズシリとした重さに腕が細かく震えた。
「あーもう、無理しない」
「できます」
「できますって顔じゃないッス」
「すみません」
「謝んなくていいって」
見かねたラギーの手がすぐに伸びてきて、結局半分以上の重さを持ち替えられてしまう。
「ななしくんって、オレ相手でも損得考えないんスか?」
「考えますよ」
「へぇ」
「ラギー先輩が困っていたら手伝います」
「それ、損得じゃなくない?」
「……そう、でしょうか」
「少なくともオレは割と計算して動くタイプなんだけど」
軽やかに笑う声の裏に、どこかほんの少しだけ寂しげな響きが混ざっていた。
◇
「ラギー先輩」
声をかけて近寄ろうとした瞬間、遠くから名前を呼ぶ声が響き、ラギーはそのまま走って行ってしまった。
「ごめん! またあとで!」
手を振って走り去る後ろ姿を、ただ見送るしかできない。
しかし、その「あとで」が訪れることはなかった。
翌日も、その翌日も。
雑用に追われたり、レオナに呼び出されたり、寮の頼まれ事をこなしていたり。
「先輩、最近忙しそうですね」
校舎の角ですれ違いざま、ようやくかけることができたのは、そんな一言だけだった。
「まーね」
「無理はしないでください」
「大丈夫ッス」
足を止めることすらない短いやり取り。
そのまま遠ざかっていく背中を見つめながら、引き止めるための言葉を探すものの、足がすくんで動かなかった。
◇
放課後、人気のない校舎裏のベンチで膝を抱えていると、落ち葉を踏む足音がゆっくり近づいてきた。
「見つけた」
見上げると、少し息を乱したラギーが立っていた。
「探してたんですか」
「うん」
ラギーは隣へ腰を下ろし、深く息を吐き出す。
「オレ、最近避けられてる?」
「えっ」
「違う?」
「違います」
迷わず即答すると、ラギーはどこかホッとしたように肩の力を抜いた。
「そっか、よかった」
「先輩、忙しそうでしたから」
「うん、結構忙しかった」
「ですよね……」
「でもさ、なーんか効率悪いんだよねぇ」
「効率? 何がですか」
「ななしくんのこと」
予想外の言葉に、思わず息をのむ。
「オレ、基本は得するほうしか選ばないんスよ」
「……知ってます」
「時間も手間も無駄にしたくないし」
「はい」
「なのにさ、ななしくんが見えると寄っちゃうし」
「……」
「話しかけられなくても姿だけ確認して安心してるし」
じわじわと耳の奥が熱くなっていくのを感じた。ラギーは困ったように頭をガシガシとかく。
「損得勘定が狂うんだよねぇ」
軽口のような言い方なのに、細められた瞳だけは少しも笑っていなかった。
「計算しても、全然合わないんだよね」
「ラギー先輩」
「本当ならさ、もっと割のいい相手探したほうが得なんスよ」
「そうだったんですね……」
胸の奥がキュッと締め付けられ、気づけば言葉が口をついて出ていた。
「わたし、お弁当を作るたびに今日はやめとこうかなって考えるんです」
「うん」
「でも気づくと作っています」
「……」
「会えない日が続くと、少しだけ寂しくて」
最後まで聞くと、ラギーは耐えかねたように額を押さえた。
「あーもう」
「どうしました?」
「ますます計算狂う」
呆れたように笑ったかと思えば、深く大きなため息をつく。
「困ったなぁ」
「困りますか?」
「困る」
少しの静寂のあと、ラギーは降参したように肩をすくめた。
「でもさ、損するって分かってても手放したくないことくらいあるんスよ」
まっすぐ注がれる視線に、胸の奥がじんわりと熱を帯びる。
「ななしくん」
「はい」
「オレと付き合ってくれる?」
「……それって、恋人になるってことですか?」
「それ以外に何かある?」
「いや、先輩のことだから『ちょっとそこまで付き合って』とか……」
「オレ、一世一代の告白だったんスけど」
「……」
「で、返事は?」
「あの、わたしでよければ……よろしくお願いします」
「……あー、よかったぁ」
額に手を当てたまま、安堵したようにラギーが笑う。
「断られたらどうしようかと思ったッス」
「なんだか意外です」
「オレだって怖いもんは怖いんスよ」
照れ隠しのようにふいと横を向く。
その耳先がほんのり赤くなっているのが可笑しくて小さく笑うと、ラギーもつられて破顔した。
「これからは、作りすぎたって言い訳しなくていいッスね」
「……そうですね」
「じゃあ遠慮なく期待してよーっと」
「毎日は作りませんよ」
「えー」
「たまにです」
「それでも十分」
満足そうに笑うラギーにつられて、思わず吹き出してしまう。
並んで歩き出す二人を、夕暮れの風がそっと追い越していった。
