サバナクロー
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昼下がりの風には、まだ熱が残っていた。木の葉が重たく擦れ合う音が、低く広い部屋の天井へと吸い込まれていく。
ソファに深く体を沈めたレオナは、片腕で額を覆ったまま動きを見せない。規則的な呼吸の音が聞こえていたが、それが本物の眠りでないことくらい、そばに立つななしにはすぐに分かった。
「……レオナさん、起きてますよね」
差し出したトレーの上で、冷えたグラスが小さく音を立てる。氷が溶けてカランと響いても、レオナはピクリとも動かない。
「起きろって言われて起きるようなタマに見えるかよ」
額を覆っていた腕がわずかに上がり、半開きの目がななしを捉えた。低い声には隠しきれない怠惰と、どこか煙に巻くような響きが混ざっている。
「また留年しますよ」
「……あー、うるせぇ」
「心配して言ってるのに」
ななしは小さく息を吐くと、トレーを近くのテーブルへ下ろした。グラスの表面を伝う水滴がテーブルの木目を濡らしていく。逃げようとする背中に低く抑えられた声が引っかかった。
「おい、待てよ」
「……なんですか」
「どこ行くんだよ」
「戻りますよ。授業がありますから」
「誰も帰っていいなんて言ってねぇぞ」
レオナは体をゆっくりと起こすと、ソファの空いたスペースを叩いた。長い髪の隙間から覗く視線には、どこか退屈を紛らわせたいような、それでいて妙に居座る威圧感がある。
ななしは一瞬だけ躊躇したが、断りきれずに促された場所へ腰を下ろした。ソファのシートが沈み込み、二人の距離が急激に縮まる。
「……何か用ですか?」
「お前が勝手に来たんだろ」
「飲み物を持ってきただけです」
「じゃあ用は終わってねぇな。俺が飲んでねぇ」
「今すぐ飲んでください」
「注文が多いな、お前は」
レオナは鼻で笑うと、テーブルのグラスに手を伸ばすこともせず、ただななしの顔をじっと見つめた。至近距離で見つめ返されると、胸の奥が不規則に跳ねる。
お互いに口に出したことはないが、ただの学園の先輩と後輩という枠組みからは、とっくにはみ出していることくらい分かっていた。言葉にしないギリギリの境界線をなぞるような時間が、ここ最近ずっと続いている。
「レオナさん」
「あ?」
「……離れてくれませんか。近いんですけど」
「俺がどこに座ろうと勝手だろ」
「どんどん詰めて座ってるのはレオナさんです」
「文句があるなら退けばいいだろ」
そう言いながら、レオナの大きな手がななしの肩に置かれた。退くための隙間すら塞ぐように、指の先が制服の布地を掴んでいる。
「……ずるいです」
「なんとでも言え」
短い沈黙が流れた。部屋を抜ける風の音だけが、二人の間に漂う熱を揺らしていく。
レオナの顔が、ゆっくりと近づいてきた。鼻先が触れそうな距離で、彼の息遣いがななしの頬を撫でる。
「……逃げねぇのか」
「どうせ逃げたって、追いかけてくるでしょう」
「当たり前だろ。捕まえるまでやめねぇよ」
冗談めかした言い方の中に、揺るぎない重さが混ざっていた。レオナの指先が肩から滑り、あごのラインを撫で上げて止まる。皮膚が直接触れ合った場所から熱が伝わっていく。
「ななし」
囁くような言葉と同時に唇が重なった。
触れるだけの静かなキスだった。柔らかい圧力が一度だけかかり、すぐに離れる。それだけで頭の中の温度が一気に跳ね上がった。
ななしが目を開けると、すぐ目の前にレオナの顔があった。彼はどこか吐き捨てるように短く息を吐いた。
「……あー、クソ」
「なんですか……」
「一回で済むわけねぇだろ、バカが」
掠れた声が聞こえた瞬間、視界が大きく揺れた。
あごを固定していた手に力が入り、引き寄せられる。二度目のキスは先ほどとは全く異なる荒々しさで覆いかぶさってきた。
「ん、っ……!?」
隙間を埋めるように深く強く貪られる。唇を割り開かれ、容赦なく落ちてくる熱の塊に息を吸うタイミングすら見失った。
重なる角度を変えながら、逃げ場をなくすように何度も唇を塞がれる。喉の奥から洩れた小さな声は、そのままレオナの口内へと吸い上げられて消えた。
肩を掴む彼の腕には先ほどまでの怠惰な力感など微塵もない。骨の形を感じるほどの強さで抱き寄せられ、身体ごと彼の中に引きずり込まれるような錯覚に陥る。
「……っ、れお……な、さん……」
「動くなつってんだろ……」
唇がわずかに離れても吐息が触れ合う距離のまま、すぐにまた深く塞がれた。深く打ち込まれるような熱の渦に、頭の中が真っ白になる。
舌先が撫で上げるたび、背筋を鋭い痺れが駆け抜けた。膝の力が抜け、座っているはずの腰が砕けるように崩れかける。自分の体重を支えることができず、ただレオナの衣類を必死に掴むことしかできない。
「……ッ、は……」
繰り返されるキスの合間に、ようやくわずかな空気を吸い込む。熱く湿った呼吸が交差し視界が乱れた。
「ずいぶん余裕ねぇな」
「……レオナさんこそ」
「ハッ、違いねぇ」
耳元で、低く掠れた声が落ちる。あざ笑うような言葉とは裏腹に、腰を支える彼の腕は、しっかりと身体を固定して離さなかった。
◇
どれほどの時間が過ぎたのか分からなかった。
身体をソファに預けたまま、ななしは荒い息を整えようと深く胸を上下させていた。唇は熱を持ち、わずかに痺れた感覚が残っている。
すぐ隣ではレオナが背もたれに深く頭を預け、天井を仰いでいた。髪が乱れ肩が大きく上下している。その横顔には、いつもの余裕ぶった笑みはない。
「お前、本当に余計なマネばっかりするな」
「わたしが、何をしたっていうんですか……」
かすれた声で言い返すと、レオナは腕を外してこちらを睨みつけた。だが、その瞳の奥には揺らぐ熱がまだくっきりと残っている。
「煽っといて忘れたとは言わせねぇぞ」
「そんなつもり、ありませんでした……」
「無自覚なのが一番タチ悪いんだよ」
レオナは大きな溜息をつくと、投げ出していた手を伸ばし、乱れたななしの髪を乱暴になでつけた。その手つきは先ほどまでの激しさが嘘のように、不器用な優しさを孕んでいる。
「次からは、ちゃんと覚悟して来い」
「……次もあるんですか」
「当たり前だろ。逃げられると思うな」
乱暴な言い回しだったが、差し出された大きな手が頼りなく揺れるななしの手を包み込んだ。掴まれた指先から、確かに熱が伝わってくる。
「授業、遅刻しますよ」
「……どうでもいい。お前も休め」
「横暴です」
「うるせぇ。静かにしてろ」
引き寄せられるまま胸元に顔を埋めると、強く規則的な脈打つ音が聞こえた。レオナはそれ以上何も言わず、ただ深く抱きかかえる腕に力を込めた。
午後の日差しが少しずつ低くなっていく。部屋を満たす熱気は、引き潮のようにゆっくりと落ち着きを見せ始めていた。
ソファに深く体を沈めたレオナは、片腕で額を覆ったまま動きを見せない。規則的な呼吸の音が聞こえていたが、それが本物の眠りでないことくらい、そばに立つななしにはすぐに分かった。
「……レオナさん、起きてますよね」
差し出したトレーの上で、冷えたグラスが小さく音を立てる。氷が溶けてカランと響いても、レオナはピクリとも動かない。
「起きろって言われて起きるようなタマに見えるかよ」
額を覆っていた腕がわずかに上がり、半開きの目がななしを捉えた。低い声には隠しきれない怠惰と、どこか煙に巻くような響きが混ざっている。
「また留年しますよ」
「……あー、うるせぇ」
「心配して言ってるのに」
ななしは小さく息を吐くと、トレーを近くのテーブルへ下ろした。グラスの表面を伝う水滴がテーブルの木目を濡らしていく。逃げようとする背中に低く抑えられた声が引っかかった。
「おい、待てよ」
「……なんですか」
「どこ行くんだよ」
「戻りますよ。授業がありますから」
「誰も帰っていいなんて言ってねぇぞ」
レオナは体をゆっくりと起こすと、ソファの空いたスペースを叩いた。長い髪の隙間から覗く視線には、どこか退屈を紛らわせたいような、それでいて妙に居座る威圧感がある。
ななしは一瞬だけ躊躇したが、断りきれずに促された場所へ腰を下ろした。ソファのシートが沈み込み、二人の距離が急激に縮まる。
「……何か用ですか?」
「お前が勝手に来たんだろ」
「飲み物を持ってきただけです」
「じゃあ用は終わってねぇな。俺が飲んでねぇ」
「今すぐ飲んでください」
「注文が多いな、お前は」
レオナは鼻で笑うと、テーブルのグラスに手を伸ばすこともせず、ただななしの顔をじっと見つめた。至近距離で見つめ返されると、胸の奥が不規則に跳ねる。
お互いに口に出したことはないが、ただの学園の先輩と後輩という枠組みからは、とっくにはみ出していることくらい分かっていた。言葉にしないギリギリの境界線をなぞるような時間が、ここ最近ずっと続いている。
「レオナさん」
「あ?」
「……離れてくれませんか。近いんですけど」
「俺がどこに座ろうと勝手だろ」
「どんどん詰めて座ってるのはレオナさんです」
「文句があるなら退けばいいだろ」
そう言いながら、レオナの大きな手がななしの肩に置かれた。退くための隙間すら塞ぐように、指の先が制服の布地を掴んでいる。
「……ずるいです」
「なんとでも言え」
短い沈黙が流れた。部屋を抜ける風の音だけが、二人の間に漂う熱を揺らしていく。
レオナの顔が、ゆっくりと近づいてきた。鼻先が触れそうな距離で、彼の息遣いがななしの頬を撫でる。
「……逃げねぇのか」
「どうせ逃げたって、追いかけてくるでしょう」
「当たり前だろ。捕まえるまでやめねぇよ」
冗談めかした言い方の中に、揺るぎない重さが混ざっていた。レオナの指先が肩から滑り、あごのラインを撫で上げて止まる。皮膚が直接触れ合った場所から熱が伝わっていく。
「ななし」
囁くような言葉と同時に唇が重なった。
触れるだけの静かなキスだった。柔らかい圧力が一度だけかかり、すぐに離れる。それだけで頭の中の温度が一気に跳ね上がった。
ななしが目を開けると、すぐ目の前にレオナの顔があった。彼はどこか吐き捨てるように短く息を吐いた。
「……あー、クソ」
「なんですか……」
「一回で済むわけねぇだろ、バカが」
掠れた声が聞こえた瞬間、視界が大きく揺れた。
あごを固定していた手に力が入り、引き寄せられる。二度目のキスは先ほどとは全く異なる荒々しさで覆いかぶさってきた。
「ん、っ……!?」
隙間を埋めるように深く強く貪られる。唇を割り開かれ、容赦なく落ちてくる熱の塊に息を吸うタイミングすら見失った。
重なる角度を変えながら、逃げ場をなくすように何度も唇を塞がれる。喉の奥から洩れた小さな声は、そのままレオナの口内へと吸い上げられて消えた。
肩を掴む彼の腕には先ほどまでの怠惰な力感など微塵もない。骨の形を感じるほどの強さで抱き寄せられ、身体ごと彼の中に引きずり込まれるような錯覚に陥る。
「……っ、れお……な、さん……」
「動くなつってんだろ……」
唇がわずかに離れても吐息が触れ合う距離のまま、すぐにまた深く塞がれた。深く打ち込まれるような熱の渦に、頭の中が真っ白になる。
舌先が撫で上げるたび、背筋を鋭い痺れが駆け抜けた。膝の力が抜け、座っているはずの腰が砕けるように崩れかける。自分の体重を支えることができず、ただレオナの衣類を必死に掴むことしかできない。
「……ッ、は……」
繰り返されるキスの合間に、ようやくわずかな空気を吸い込む。熱く湿った呼吸が交差し視界が乱れた。
「ずいぶん余裕ねぇな」
「……レオナさんこそ」
「ハッ、違いねぇ」
耳元で、低く掠れた声が落ちる。あざ笑うような言葉とは裏腹に、腰を支える彼の腕は、しっかりと身体を固定して離さなかった。
◇
どれほどの時間が過ぎたのか分からなかった。
身体をソファに預けたまま、ななしは荒い息を整えようと深く胸を上下させていた。唇は熱を持ち、わずかに痺れた感覚が残っている。
すぐ隣ではレオナが背もたれに深く頭を預け、天井を仰いでいた。髪が乱れ肩が大きく上下している。その横顔には、いつもの余裕ぶった笑みはない。
「お前、本当に余計なマネばっかりするな」
「わたしが、何をしたっていうんですか……」
かすれた声で言い返すと、レオナは腕を外してこちらを睨みつけた。だが、その瞳の奥には揺らぐ熱がまだくっきりと残っている。
「煽っといて忘れたとは言わせねぇぞ」
「そんなつもり、ありませんでした……」
「無自覚なのが一番タチ悪いんだよ」
レオナは大きな溜息をつくと、投げ出していた手を伸ばし、乱れたななしの髪を乱暴になでつけた。その手つきは先ほどまでの激しさが嘘のように、不器用な優しさを孕んでいる。
「次からは、ちゃんと覚悟して来い」
「……次もあるんですか」
「当たり前だろ。逃げられると思うな」
乱暴な言い回しだったが、差し出された大きな手が頼りなく揺れるななしの手を包み込んだ。掴まれた指先から、確かに熱が伝わってくる。
「授業、遅刻しますよ」
「……どうでもいい。お前も休め」
「横暴です」
「うるせぇ。静かにしてろ」
引き寄せられるまま胸元に顔を埋めると、強く規則的な脈打つ音が聞こえた。レオナはそれ以上何も言わず、ただ深く抱きかかえる腕に力を込めた。
午後の日差しが少しずつ低くなっていく。部屋を満たす熱気は、引き潮のようにゆっくりと落ち着きを見せ始めていた。
