イグニハイド
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「イデア先輩」
「ひぃ!」
「……そんなに驚かなくても」
「いや、だって急に話しかけられると心臓がですね」
「ごめんなさい」
「いや謝られると僕が悪い人みたいになるからやめてくだされ」
早口で返したあと、イデアはこほんと咳払いをした。
「それで、用件は」
「この前貸してもらったゲーム、返そうと思って」
「あ、ああ」
差し出されたケースを受け取る指先が少しだけ触れる。
互いに反射みたいに距離を取ってしまい、数秒の沈黙が流れた。
「面白かったです」
「ほんと?」
「はい」
「行き詰まるところとか無かった?」
「ラスボスだけ何回も負けました」
「あそこは初見殺しだから仕方ないですぞ」
言い終えてからイデアは顔を伏せる。
「ふふ」
小さく笑う声が聞こえた。
その笑顔を見るたび、胸の鼓動が少しだけ速くなる。
ゲームの高難易度イベントより攻略が難しい相手だと、イデアは密かに思っていた。
◇
「イデア先輩」
「ん」
「今日、少し元気ないですか」
「え?」
予想外の言葉だった。
「別に……」
「そうですか」
そこで話は終わるはずだった。
それなのに彼女は少し考えてから続ける。
「無理しないでくださいね」
「……僕が?」
「他にいます?」
「僕みたいな陰キャが無理も何も……普段通りですぞ」
「そういうの関係ありますか?」
返事に詰まる。
最近眠れていないし、作業も進まない。
家族のこと、学業のこと、山積みの予定。
誰かに話すほどではないと思って積み重ねたものが少しだけ息苦しかった。
それでも誤魔化す癖は抜けない。
「……大丈夫だから」
そう返した瞬間、ななしは困ったように笑う。
その笑顔がどこかぎこちなかった。
◇
「今日はここなんですね」
「ん」
並んで座る。
会話は途切れ途切れだった。
沈黙が苦痛ではない相手は珍しい。
「イデア先輩」
「……はい」
「またオススメのゲームがあったら貸して欲しいです」
「……探しておく」
「楽しみにしてますね」
イデアが少し笑うとななしも笑う。
でもその笑顔は前よりずっと弱かった。
「……」
「どうかしました?」
「……いや」
言葉が出ない。
ちゃんと笑っているのに目元だけ少し疲れて見えた。
誰かを安心させるための笑顔。
そんなものを自分は何度も画面越しで見てきた。
だから気づいてしまった。
「ななし氏……その……」
喉が詰まる。
こんなことを言う資格なんてあるのか。
迷っているうちにななしが首をかしげた。
「……無理して笑わなくていいよ」
静かな声だった。
「え?」
「僕の前でくらい、弱音吐けば」
彼女は瞬きを繰り返す。
「……そんな顔、してます?」
「……してる」
「……」
最後まで続かなかった。
笑おうとした口元が震える。
「……」
「ほら、やっぱり無理してる」
しばらく黙ったあと、ななしは小さく息を吐く。
「実は最近、失敗ばっかりで」
ぽつりと零れた。
「頑張っても空回りして、でも迷惑かけたくなくて」
言葉は止まらなくなった。
聞いていたイデアは途中で何も挟まない。
否定もしなければ励ましもしない。
全部聞き終えてからゆっくり口を開く。
「……それ、しんどいでしょ」
「……でも」
「でもじゃない」
イデアにしては珍しく少し強い口調だった。
「頑張ってる人ほど、そういうの隠しちゃうから」
「……」
「僕も似たようなことするし」
照れくさそうに頭をかく。
「だから分かった」
「ありがとうございます」
「……お礼とかいいから」
「ふふ」
「その笑い方なら安心」
「それはどういう意味ですか」
「今のは自然だったから」
「わたしたち、似たもの同士なんですかね」
照れたように視線を逸らしたななしを見てイデアも少しだけ笑った。
◇
それ以来、二人で話す時間が増えた。
ゲームの話や好きな音楽、他愛ない失敗談。
「えっ、そのイベント知らない」
「配信限定でした」
「うわ完全に見逃した」
「あとで送りましょうか?」
「神」
「大げさです」
そんなやり取りを重ねるたび、緊張は少しずつ薄れていく。
それでも近づきすぎると鼓動だけは落ち着かなかった。
◇
「イデア先輩」
「はい」
「今日、元気ないですね」
「え、分かるの」
「分かります」
「ななし氏はエスパー?」
「違います、でも今度はわたしの番ですね」
「ななし氏の番?」
「話してください」
イデアは苦笑した。
「僕の話なんて面白くないですぞ」
「面白いかどうかじゃなくて、聞きたいんです」
その一言に負けた。
「……ちょっと疲れただけ」
「うん」
「でも思うように進まなくて」
「うん」
彼女は急かさず、評価もせずただ頷く。
その姿が不思議と心地よかった。
「……情けないですな」
「そんなことないです」
「いやあります」
「ありませんよ」
即答だった。
「イデア先輩が話してくれて嬉しかったです」
「嬉しい……か」
「頼ってもらえた気がしたから」
その言葉だけで胸がいっぱいになる。
こんなふうに思う相手は初めてだった。
ゲームのクリア画面を見た時とも違う。
欲しかった限定グッズが届いた時とも違う。
名前を呼ばれるだけで嬉しい。
笑ってくれるだけで安心する。
「……それ反則」
「え?」
「いや独り言」
顔を隠すように俯く。
耳まで熱い。
ななしも理由が分かったらしく同じように頬を赤くしていた。
◇
帰り道。
少しだけ歩幅が揃う。
「ななし氏」
「はい」
「また落ち込んだら、ちゃんと言って」
「イデア先輩も、一人で抱え込まないでください」
「努力します」
「努力じゃなくて約束です」
「……はい」
照れ笑いが重なる。
ほんの少しだけ距離が縮まった気がした。
まだ恋だとは口にできない。
それでも、お互いを見つめる時間は少しずつ増えていた。
次に名前を呼ぶ時は、今日より自然に笑える気がする。
そんな予感を胸に二人はゆっくり並んで歩いていった。
「ひぃ!」
「……そんなに驚かなくても」
「いや、だって急に話しかけられると心臓がですね」
「ごめんなさい」
「いや謝られると僕が悪い人みたいになるからやめてくだされ」
早口で返したあと、イデアはこほんと咳払いをした。
「それで、用件は」
「この前貸してもらったゲーム、返そうと思って」
「あ、ああ」
差し出されたケースを受け取る指先が少しだけ触れる。
互いに反射みたいに距離を取ってしまい、数秒の沈黙が流れた。
「面白かったです」
「ほんと?」
「はい」
「行き詰まるところとか無かった?」
「ラスボスだけ何回も負けました」
「あそこは初見殺しだから仕方ないですぞ」
言い終えてからイデアは顔を伏せる。
「ふふ」
小さく笑う声が聞こえた。
その笑顔を見るたび、胸の鼓動が少しだけ速くなる。
ゲームの高難易度イベントより攻略が難しい相手だと、イデアは密かに思っていた。
◇
「イデア先輩」
「ん」
「今日、少し元気ないですか」
「え?」
予想外の言葉だった。
「別に……」
「そうですか」
そこで話は終わるはずだった。
それなのに彼女は少し考えてから続ける。
「無理しないでくださいね」
「……僕が?」
「他にいます?」
「僕みたいな陰キャが無理も何も……普段通りですぞ」
「そういうの関係ありますか?」
返事に詰まる。
最近眠れていないし、作業も進まない。
家族のこと、学業のこと、山積みの予定。
誰かに話すほどではないと思って積み重ねたものが少しだけ息苦しかった。
それでも誤魔化す癖は抜けない。
「……大丈夫だから」
そう返した瞬間、ななしは困ったように笑う。
その笑顔がどこかぎこちなかった。
◇
「今日はここなんですね」
「ん」
並んで座る。
会話は途切れ途切れだった。
沈黙が苦痛ではない相手は珍しい。
「イデア先輩」
「……はい」
「またオススメのゲームがあったら貸して欲しいです」
「……探しておく」
「楽しみにしてますね」
イデアが少し笑うとななしも笑う。
でもその笑顔は前よりずっと弱かった。
「……」
「どうかしました?」
「……いや」
言葉が出ない。
ちゃんと笑っているのに目元だけ少し疲れて見えた。
誰かを安心させるための笑顔。
そんなものを自分は何度も画面越しで見てきた。
だから気づいてしまった。
「ななし氏……その……」
喉が詰まる。
こんなことを言う資格なんてあるのか。
迷っているうちにななしが首をかしげた。
「……無理して笑わなくていいよ」
静かな声だった。
「え?」
「僕の前でくらい、弱音吐けば」
彼女は瞬きを繰り返す。
「……そんな顔、してます?」
「……してる」
「……」
最後まで続かなかった。
笑おうとした口元が震える。
「……」
「ほら、やっぱり無理してる」
しばらく黙ったあと、ななしは小さく息を吐く。
「実は最近、失敗ばっかりで」
ぽつりと零れた。
「頑張っても空回りして、でも迷惑かけたくなくて」
言葉は止まらなくなった。
聞いていたイデアは途中で何も挟まない。
否定もしなければ励ましもしない。
全部聞き終えてからゆっくり口を開く。
「……それ、しんどいでしょ」
「……でも」
「でもじゃない」
イデアにしては珍しく少し強い口調だった。
「頑張ってる人ほど、そういうの隠しちゃうから」
「……」
「僕も似たようなことするし」
照れくさそうに頭をかく。
「だから分かった」
「ありがとうございます」
「……お礼とかいいから」
「ふふ」
「その笑い方なら安心」
「それはどういう意味ですか」
「今のは自然だったから」
「わたしたち、似たもの同士なんですかね」
照れたように視線を逸らしたななしを見てイデアも少しだけ笑った。
◇
それ以来、二人で話す時間が増えた。
ゲームの話や好きな音楽、他愛ない失敗談。
「えっ、そのイベント知らない」
「配信限定でした」
「うわ完全に見逃した」
「あとで送りましょうか?」
「神」
「大げさです」
そんなやり取りを重ねるたび、緊張は少しずつ薄れていく。
それでも近づきすぎると鼓動だけは落ち着かなかった。
◇
「イデア先輩」
「はい」
「今日、元気ないですね」
「え、分かるの」
「分かります」
「ななし氏はエスパー?」
「違います、でも今度はわたしの番ですね」
「ななし氏の番?」
「話してください」
イデアは苦笑した。
「僕の話なんて面白くないですぞ」
「面白いかどうかじゃなくて、聞きたいんです」
その一言に負けた。
「……ちょっと疲れただけ」
「うん」
「でも思うように進まなくて」
「うん」
彼女は急かさず、評価もせずただ頷く。
その姿が不思議と心地よかった。
「……情けないですな」
「そんなことないです」
「いやあります」
「ありませんよ」
即答だった。
「イデア先輩が話してくれて嬉しかったです」
「嬉しい……か」
「頼ってもらえた気がしたから」
その言葉だけで胸がいっぱいになる。
こんなふうに思う相手は初めてだった。
ゲームのクリア画面を見た時とも違う。
欲しかった限定グッズが届いた時とも違う。
名前を呼ばれるだけで嬉しい。
笑ってくれるだけで安心する。
「……それ反則」
「え?」
「いや独り言」
顔を隠すように俯く。
耳まで熱い。
ななしも理由が分かったらしく同じように頬を赤くしていた。
◇
帰り道。
少しだけ歩幅が揃う。
「ななし氏」
「はい」
「また落ち込んだら、ちゃんと言って」
「イデア先輩も、一人で抱え込まないでください」
「努力します」
「努力じゃなくて約束です」
「……はい」
照れ笑いが重なる。
ほんの少しだけ距離が縮まった気がした。
まだ恋だとは口にできない。
それでも、お互いを見つめる時間は少しずつ増えていた。
次に名前を呼ぶ時は、今日より自然に笑える気がする。
そんな予感を胸に二人はゆっくり並んで歩いていった。
