サバナクロー
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昼下がりの静かな時間だった。
机に突っ伏したまま顔を上げないレオナを見て「また寝てる」と小さく笑ったななしは、読みかけの本を閉じて椅子にもたれた。
少し前まで交わしていた会話も止まり、部屋には紙をめくる音すらない。
眠気が移ったのか目を閉じたのはほんの一瞬のつもりだった。
◇
「……おい」
肩を軽くつつかれる。
「ん……」
「おい、起きろ」
「あと少しだけ……」
「その少しが長ぇんだよ」
ゆっくりとまぶたを開くと、すぐ近くにレオナがいた。
「……レオナ先輩」
「やっと起きたか」
「ごめんなさい、寝ちゃってた」
「見りゃ分かる」
欠伸をこらえながら姿勢を起こす。
本は膝から滑り落ちかけ、レオナが拾い上げて机へ放っていた。
「ありがとうございます」
「礼ならいらねぇ」
「じゃあ何か欲しいものあります?」
「ある」
「えっ」
即答だった。
少しだけ身構えたななしを見てレオナは口元だけ笑う。
「反応がおもしれぇな」
「……からかいましたね」
「半分な」
「半分?」
「もう半分は本気だ」
「結局どっちなんですか」
「考えとけ」
そう言って椅子に深く座り直す。
ななしはじっと見つめた。
「……何だ」
「レオナ先輩も寝てましたよね」
「寝てたな」
「わたしだけみたいな言い方でした」
「俺は先に起きた」
「ずるい理屈です」
「勝った方が正しい」
「そんな勝負してません」
小さく笑う声が返ってくる。
「そういや、お前の寝顔」
「はい?」
「ブサイクだったぞ」
「……は?」
「聞こえなかったか」
「聞こえましたけど」
「じゃあいいだろ」
「よくないです」
思わず身を乗り出す。
「仮にも恋人相手にそんなこと言います?」
「事実を言ったまでだろ」
「開き直らないでください」
「事実だしな」
「どうブサイクだったんですか」
「聞くのか」
「聞きます」
レオナは面倒そうに顎へ手を添えた。
「口開いてた」
「うそ」
「少しな」
「……」
「それと寝言」
「最悪」
「眉も寄ってた」
「夢見てたのかも」
「何と戦ってた」
「知りませんよ」
頬を膨らませるとレオナは吹き出した。
「そこだ」
「何ですか」
「今も似た顔してる」
「笑わないでください」
「無理な話だ」
「本当最悪」
「そんな顔して怒るからだ」
「もう」
抗議しながらも笑われている理由が分かってしまう。
レオナが本気で悪口を言う時の空気ではないからこそ悔しい。
◇
「顔がいい人にはわからないですよね」
「あ?」
「レオナ先輩の寝顔だって、しょっちゅう見てますし」
「で?」
「かわいいです」
「……何て?」
「かわいいです」
「もう一回言ってみろ」
「かわいいです」
「言うじゃねぇか」
「だって本当ですし」
「どこが」
「寝てる時って少し力が抜けてるじゃないですか」
「それで」
「いつもより近寄りやすい感じがして」
「……」
「あと」
「まだあるのか」
「たまに髪が顔にかかってるので、触りたくなります」
「触ったのか」
「起きなかったですよ」
「触ったんだな」
「謝ります」
「素直だな」
「怒ります?」
「別に」
レオナは椅子へ背中を預けた。
「俺も一応、気付いてたぞ」
「えっ」
「全部じゃねぇけど」
「起きてたんですか?」
「半分」
「それ反則です」
「寝ぼけてただけだ」
「じゃあ最初から言ってください」
「言ったら面白くねぇ」
「またそれですか」
ななしは小さく息をついた。
「でも、ブサイクは傷つきます」
「傷ついたか」
「だいぶ」
「悪かった」
素直な謝罪に今度はななしが目を丸くする。
「……そんなに驚くな」
「もっとからかわれると思ってました」
「そこまで性格悪くねぇよ」
「……そうですね」
「何だその間は」
「……」
「言え」
「傷ついたので仕返しです」
「だから悪かったって」
笑いが重なる。
少ししてからレオナは肘をつき、じっとななしを見た。
「ブサイクって言ったのは撤回する」
「ほんとですか」
「ああ、訂正してやる」
「お願いします」
「締まりのねぇ顔」
「あんまり変わらないような?」
「事実だからな」
「やっぱり変わってないです」
「でも、安心して寝てる顔だった」
最後の一言だけ、声色が違った。
「……」
「俺の前で警戒してねぇってことだろ」
「それは……」
「悪い気はしなかった」
照れ隠しなのか、最後だけ少し早口だった。
ななしは笑ってしまう。
「何笑ってる」
「レオナ先輩、やっぱり」
「おい、調子に乗るな」
「だって今――」
「言うな」
「照れて」
「言うなって」
額を軽く押される。
強くはない。
距離を作るというより笑い過ぎるなという程度の力加減だった。
◇
「じゃあ今度からは寝顔を見ても何も言わないでください」
「無理だな」
「どうしてですか」
「からかえる」
「それ理由になります?」
「十分だろ」
「ひどい恋人です」
「そうか?」
「少なくとも優しくはないです」
「寝癖くらいは直してやる」
「それは優しいです」
「口開いてたら閉じてやる」
「聞かなかったことにします」
「眉寄ってたら」
「そこも放っておいてください」
「面白ぇから観察する」
「本当最悪」
また笑う。
何度目か分からないやり取りだった。
「じゃあわたしも」
「何だ」
「レオナ先輩が寝てたら観察します」
「好きにしろ」
「髪も直します」
「勝手にしろ」
「寝癖がすごかったら笑います」
「それは許さん」
「さっき自分で言ったのに」
「俺はいいんだよ」
「ずるいです」
「俺だからな」
「横暴です」
「今さらだろ」
言い返せない。
本人も自覚があるらしい。
「でも、寝顔がかわいいのは本当です」
「まだ言うか」
「何回でも言います」
「……勝手にしろ」
そっぽを向いた横顔の耳がほんの少しだけ赤く見えた。
それを指摘する勇気はなかった。
代わりに小さく笑うと、レオナは面倒そうに片目だけこちらへ向ける。
「次寝る時は変な顔すんなよ」
「努力しても寝顔は作れません」
「じゃあ期待しねぇ」
「でも、レオナ先輩が隣にいたら、たぶんまた安心して寝ちゃいます」
「……困った奴だな」
そう言いながらも、その声は少しも迷惑そうではなかった。
「寝るならちゃんと寄れ」
「え?」
「肩くらい貸してやる」
「レオナ先輩」
「その代わり、次もブサイクだったら笑う」
「やっぱり優しくないです」
「そういう男だ」
「知ってます」
「それでもいいんだろ」
「はい」
短い返事にレオナは満足そうに目を閉じた。
「じゃあ少し寝る」
「またですか」
「眠い」
「しょうがないですね」
「お前も寝るか」
「寝たらまたブサイクって言われます」
「保証はしねぇ」
「……それでも」
ななしは苦笑して椅子を寄せる。
「隣なら安心して眠れます」
「そうか」
それだけ答えたレオナは、もう眠気に負け始めていた。
少ししてななしも本を閉じ、静かに目を閉じる。
「おやすみなさい」
返事はなかった。
けれどそのまま訪れるはずだった静寂は、すっと頬に触れた大きな手のひらによって破られる。
「ん……?」
驚いてまぶたを開けた瞬間にはもう、視界がレオナの顔で覆われていた。
重なる唇からじんわりと熱が伝わってくる。
触れるだけの優しくて短いキス。
あまりの突然さに固まっていると、離れたレオナが可笑しそうに口元を緩めた。
「……な、なんですか急に」
「ブサイクって言った詫びだ」
「なっ……!」
真っ赤になって抗議すると、レオナは満足そうに笑みを浮かべ、今度はぐっと首の後ろを引き寄せて、逃がさないように少し深めのキスを落とした。
吐息が混ざり合うほどの距離で、低い声が耳元に降ってくる。
「文句言うなら、もっとしてやろうか?」
「……意地悪」
これ以上弄ばれないよう、真っ赤になった顔を隠すように彼の肩へおでこを預けた。
レオナの手が、あきれ混じりの優しさで頭をポンポンと撫でる。
「おやすみ」
その声を聞きながら、今度こそななしは幸せな気持ちで静かに目を閉じた。
机に突っ伏したまま顔を上げないレオナを見て「また寝てる」と小さく笑ったななしは、読みかけの本を閉じて椅子にもたれた。
少し前まで交わしていた会話も止まり、部屋には紙をめくる音すらない。
眠気が移ったのか目を閉じたのはほんの一瞬のつもりだった。
◇
「……おい」
肩を軽くつつかれる。
「ん……」
「おい、起きろ」
「あと少しだけ……」
「その少しが長ぇんだよ」
ゆっくりとまぶたを開くと、すぐ近くにレオナがいた。
「……レオナ先輩」
「やっと起きたか」
「ごめんなさい、寝ちゃってた」
「見りゃ分かる」
欠伸をこらえながら姿勢を起こす。
本は膝から滑り落ちかけ、レオナが拾い上げて机へ放っていた。
「ありがとうございます」
「礼ならいらねぇ」
「じゃあ何か欲しいものあります?」
「ある」
「えっ」
即答だった。
少しだけ身構えたななしを見てレオナは口元だけ笑う。
「反応がおもしれぇな」
「……からかいましたね」
「半分な」
「半分?」
「もう半分は本気だ」
「結局どっちなんですか」
「考えとけ」
そう言って椅子に深く座り直す。
ななしはじっと見つめた。
「……何だ」
「レオナ先輩も寝てましたよね」
「寝てたな」
「わたしだけみたいな言い方でした」
「俺は先に起きた」
「ずるい理屈です」
「勝った方が正しい」
「そんな勝負してません」
小さく笑う声が返ってくる。
「そういや、お前の寝顔」
「はい?」
「ブサイクだったぞ」
「……は?」
「聞こえなかったか」
「聞こえましたけど」
「じゃあいいだろ」
「よくないです」
思わず身を乗り出す。
「仮にも恋人相手にそんなこと言います?」
「事実を言ったまでだろ」
「開き直らないでください」
「事実だしな」
「どうブサイクだったんですか」
「聞くのか」
「聞きます」
レオナは面倒そうに顎へ手を添えた。
「口開いてた」
「うそ」
「少しな」
「……」
「それと寝言」
「最悪」
「眉も寄ってた」
「夢見てたのかも」
「何と戦ってた」
「知りませんよ」
頬を膨らませるとレオナは吹き出した。
「そこだ」
「何ですか」
「今も似た顔してる」
「笑わないでください」
「無理な話だ」
「本当最悪」
「そんな顔して怒るからだ」
「もう」
抗議しながらも笑われている理由が分かってしまう。
レオナが本気で悪口を言う時の空気ではないからこそ悔しい。
◇
「顔がいい人にはわからないですよね」
「あ?」
「レオナ先輩の寝顔だって、しょっちゅう見てますし」
「で?」
「かわいいです」
「……何て?」
「かわいいです」
「もう一回言ってみろ」
「かわいいです」
「言うじゃねぇか」
「だって本当ですし」
「どこが」
「寝てる時って少し力が抜けてるじゃないですか」
「それで」
「いつもより近寄りやすい感じがして」
「……」
「あと」
「まだあるのか」
「たまに髪が顔にかかってるので、触りたくなります」
「触ったのか」
「起きなかったですよ」
「触ったんだな」
「謝ります」
「素直だな」
「怒ります?」
「別に」
レオナは椅子へ背中を預けた。
「俺も一応、気付いてたぞ」
「えっ」
「全部じゃねぇけど」
「起きてたんですか?」
「半分」
「それ反則です」
「寝ぼけてただけだ」
「じゃあ最初から言ってください」
「言ったら面白くねぇ」
「またそれですか」
ななしは小さく息をついた。
「でも、ブサイクは傷つきます」
「傷ついたか」
「だいぶ」
「悪かった」
素直な謝罪に今度はななしが目を丸くする。
「……そんなに驚くな」
「もっとからかわれると思ってました」
「そこまで性格悪くねぇよ」
「……そうですね」
「何だその間は」
「……」
「言え」
「傷ついたので仕返しです」
「だから悪かったって」
笑いが重なる。
少ししてからレオナは肘をつき、じっとななしを見た。
「ブサイクって言ったのは撤回する」
「ほんとですか」
「ああ、訂正してやる」
「お願いします」
「締まりのねぇ顔」
「あんまり変わらないような?」
「事実だからな」
「やっぱり変わってないです」
「でも、安心して寝てる顔だった」
最後の一言だけ、声色が違った。
「……」
「俺の前で警戒してねぇってことだろ」
「それは……」
「悪い気はしなかった」
照れ隠しなのか、最後だけ少し早口だった。
ななしは笑ってしまう。
「何笑ってる」
「レオナ先輩、やっぱり」
「おい、調子に乗るな」
「だって今――」
「言うな」
「照れて」
「言うなって」
額を軽く押される。
強くはない。
距離を作るというより笑い過ぎるなという程度の力加減だった。
◇
「じゃあ今度からは寝顔を見ても何も言わないでください」
「無理だな」
「どうしてですか」
「からかえる」
「それ理由になります?」
「十分だろ」
「ひどい恋人です」
「そうか?」
「少なくとも優しくはないです」
「寝癖くらいは直してやる」
「それは優しいです」
「口開いてたら閉じてやる」
「聞かなかったことにします」
「眉寄ってたら」
「そこも放っておいてください」
「面白ぇから観察する」
「本当最悪」
また笑う。
何度目か分からないやり取りだった。
「じゃあわたしも」
「何だ」
「レオナ先輩が寝てたら観察します」
「好きにしろ」
「髪も直します」
「勝手にしろ」
「寝癖がすごかったら笑います」
「それは許さん」
「さっき自分で言ったのに」
「俺はいいんだよ」
「ずるいです」
「俺だからな」
「横暴です」
「今さらだろ」
言い返せない。
本人も自覚があるらしい。
「でも、寝顔がかわいいのは本当です」
「まだ言うか」
「何回でも言います」
「……勝手にしろ」
そっぽを向いた横顔の耳がほんの少しだけ赤く見えた。
それを指摘する勇気はなかった。
代わりに小さく笑うと、レオナは面倒そうに片目だけこちらへ向ける。
「次寝る時は変な顔すんなよ」
「努力しても寝顔は作れません」
「じゃあ期待しねぇ」
「でも、レオナ先輩が隣にいたら、たぶんまた安心して寝ちゃいます」
「……困った奴だな」
そう言いながらも、その声は少しも迷惑そうではなかった。
「寝るならちゃんと寄れ」
「え?」
「肩くらい貸してやる」
「レオナ先輩」
「その代わり、次もブサイクだったら笑う」
「やっぱり優しくないです」
「そういう男だ」
「知ってます」
「それでもいいんだろ」
「はい」
短い返事にレオナは満足そうに目を閉じた。
「じゃあ少し寝る」
「またですか」
「眠い」
「しょうがないですね」
「お前も寝るか」
「寝たらまたブサイクって言われます」
「保証はしねぇ」
「……それでも」
ななしは苦笑して椅子を寄せる。
「隣なら安心して眠れます」
「そうか」
それだけ答えたレオナは、もう眠気に負け始めていた。
少ししてななしも本を閉じ、静かに目を閉じる。
「おやすみなさい」
返事はなかった。
けれどそのまま訪れるはずだった静寂は、すっと頬に触れた大きな手のひらによって破られる。
「ん……?」
驚いてまぶたを開けた瞬間にはもう、視界がレオナの顔で覆われていた。
重なる唇からじんわりと熱が伝わってくる。
触れるだけの優しくて短いキス。
あまりの突然さに固まっていると、離れたレオナが可笑しそうに口元を緩めた。
「……な、なんですか急に」
「ブサイクって言った詫びだ」
「なっ……!」
真っ赤になって抗議すると、レオナは満足そうに笑みを浮かべ、今度はぐっと首の後ろを引き寄せて、逃がさないように少し深めのキスを落とした。
吐息が混ざり合うほどの距離で、低い声が耳元に降ってくる。
「文句言うなら、もっとしてやろうか?」
「……意地悪」
これ以上弄ばれないよう、真っ赤になった顔を隠すように彼の肩へおでこを預けた。
レオナの手が、あきれ混じりの優しさで頭をポンポンと撫でる。
「おやすみ」
その声を聞きながら、今度こそななしは幸せな気持ちで静かに目を閉じた。
