イグニハイド
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薄暗い部屋のなかで、液晶画面だけが青白い光を放っていた。
電子音の微かな唸りが室内に満ちている。
イデアは机に向かったままキーボードを叩く手を止めた。
椅子の背もたれに深く身体を預け、長い指で髪を雑に掻き上げる。
青い髪が彼の動きに合わせてゆらりと揺れた。
「……イデア先輩、そろそろ休憩にしませんか」
イデアはびくりと肩を揺らした。
ゆっくりと首だけをこちらへ向ける。
「あー、いや、別に休憩とか別に必要ないっていうか」
「でも、もう何時間も画面を見っぱなしですよ」
イデアは露骨に視線を泳がせ、縮こまるように背中を丸める。
「距離の詰め方が陰キャの許容値を超えてるって気付いてほしいんだが」
「そろそろ慣れてくださいよ」
「僕みたいな陰キャにそんなに近付いたら、心肺停止レベルのデバフがかかるから」
「いつも大げさすぎです。ただ心配してるだけなのに」
少し呆れたように笑いながら、イデアの椅子の肘置きにそっと手を置いた。
部屋の空気が心なしか重くなったように感じられた。
イデアは観念したように息を吐き出し、完全に画面から身体を反転させる。
見上げる形になったイデアの視線が真っ直ぐ向いた。
いつもならすぐに逸らしてしまうはずの視線が、不思議と外れない。
小首を傾げると、イデアの喉が小さく動いた。
「いや、別に。ただ、■■■氏ってさ」
イデアの言葉が途切れる。
彼は何かを言いかけるように唇を動かしたが、結局そのまま押し黙ってしまった。
「なんですか?」
「……いや、なんでもない。なんでもないけど」
室内の電子音が急に大きく聞こえるような錯覚に陥る。
「あの、さあ……キス、していい?」
唐突な言葉だった。
ボソボソとした呟きのような声だったが、静かな部屋にはっきりと響いた。
まさかイデアの口からそんな要求が飛び出すとは思っていなかった。
「……いいですよ」
その返事を聞いた瞬間、イデアの表情が微かに強張った。
イデアは椅子の座面で少しだけ身を乗り出した。
しかし、そこから動きが止まってしまう。
「……へ? 本当にいいわけ? 冗談とかじゃなくて?」
「冗談でこんなこと言いません」
「いやだって、僕みたいなのと付き合ってる時点で■■■氏の正気を疑うレベルなのに、その、こういうイベントを自主的に回収しようとするとか、死亡フラグの可能性すら微レ存」
「イデア先輩、喋ると雰囲気壊れます」
少し拗ねたように言うと、イデアは言葉を詰まらせた。
彼は前髪を軽く払い、今度こそ迷いを消したような顔になる。
じりじりと距離が縮まり、お互いの息遣いが届くほどの近さになった。
イデアの手が躊躇いがちに頬へと伸びる。
指先が肌に触れるか触れないかの距離でピタリと止まった。
「……ごめん」
「なんで謝るんですか?」
「止められなかったらごめん」
「え――」
言葉を返す前にイデアの顔が迫った。
重なった唇は驚くほど柔らかく熱かった。
いつも冷え切っているように見える彼の身体から、これほど強い熱が発せられていることが信じられないくらいだった。
一度触れ合った唇が、わずかに離れる。
しかしイデアは解放してくれなかった。
今度は躊躇うことなく、深く確かめるように何度も唇を重ねていく。
背中にイデアの腕が回り、強く引き寄せられた。
逃がさないとでも言うように、彼の指先が衣服をぎゅっと掴む。
「ん……っ、イデア、先輩」
息が苦しくなって小さく声を漏らすと、イデアはさらに深く口づけを強めてきた。
普段の気弱で引きこもりがちな姿からは想像もつかないような執着に満ちた強引さだった。
液晶画面の青い光が激しく重なり合う二人の影を壁に大きく映し出している。
イデアの呼吸が荒くなり、首筋に額を押し当てた。
熱い息が肌に当たり身震いした。
「■■■氏が悪いんだよ」
そう言いながらイデアは再び顔を覗き込む。
その表情には、どこか酷く歪んだ独占欲のようなものが滲んでいた。
「やっぱり止められそうにないや」
呟きと共に再び唇が塞がれた。
部屋のなかの温度が電子の海に溶けていくように上がっていくのを、二人はただ感じていた。