ポムフィオーレ
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放課後のポムフィオーレ寮、ヴィルの自室。
鏡張りのドレッサーの前、ななしは背筋を伸ばして椅子に座る。目の前には整然と並べられた無数のブラシと宝石のように輝くアイシャドウパレット。
何かと理由をつけ、放課後こうしてななしへのメイク指導をするのはこれで何度目だろうか。
「……背中が丸まっているわよ。美しさは姿勢から。忘れたの?」
背後からヴィルの鋭い声が飛ぶ。
ヴィルはななしの肩に手を置き、不格好な姿勢を矯正させる。鏡越しに視線が絡むと、彼は満足げに口角を上げた。
「今日のテーマは透明感よ。アンタの肌は悪くないけれど、生かしきれていないわ。素材を殺すのは料理でもメイクでも悪だと知りなさい」
ヴィルの指先がななしの頬に触れる。繊細で迷いのない手つき。パレットから選ばれたのは淡いラベンダー色のベースカラーだった。
「いい?ななし。この色は肌のくすみを飛ばす魔法よ。でも、塗りすぎればただの不自然な顔色になる。何事も節度が大事なの」
ブラシが瞼を撫でるたびヴィルの顔が至近距離まで近づく。完璧に整えられた睫毛の先、凛とした香水の匂い。ななしを見つめるその瞳は真剣そのもので、射すくめられるような圧がある。
「……ヴィル先輩」
「何かしら。動かないで、アイラインが歪むわ」
「いえ……先輩、今日は一段と厳しい気がして」
ななしの言葉にヴィルの手が一瞬だけ止まる。
鏡の中の彼は、ふっと不敵な笑みを浮かべた。
「当然でしょう?明日は他寮との合同交流会。アンタ、またあの野蛮な連中や騒がしい連中に囲まれるつもり?」
「それは、避けては通れないというか……」
「だから言っているの。ななしが最高に輝いていれば、雑音なんて寄ってこない。アタシが手をかけた逸材だって、分からせてやらなきゃいけないんだから」
仕上げのリップグロスがななしの唇に乗せられる。ヴィルは最後に髪を整えると満足げに一歩引いた。
「さあ、見なさい」
鏡の中にいたのはななしであって、ななしではない誰か。不自然に塗り固められたわけではない。素材の良さが最大限に引き出され、内側から発光しているような完成体がそこにある。
「……すごい」
「ななしのポテンシャルを、アタシが少し引き出しただけよ。感謝なさい」
ななしは呆然と自分の顔を見つめる。
ヴィルは美しさを教えると言いながら、ななしの元の造形を一切否定しなかった。コンプレックスに思っていた部分さえ、魅力的に見えるように仕立て上げている。
「ヴィル先輩、ありがとうございます。なんだか自分に自信が持てそうです」
ななしが振り返って笑うと、ヴィルは一瞬言葉を失ったように目を見開く。夕暮れの光が窓から差し込み、彼の美しい顔を半分だけオレンジ色に染めた。
「……そう。ならいいわ。その顔を忘れないことね」
彼はそっけなく言い放ち、ドレッサーのブラシを片付け始める。その背中が、いつもより少しだけ強張っていることにななしは気づかない。
「先輩?」
「……アンタは本当に、無自覚なんだから」
小さな呟き。
ヴィルは愛用しているブラシの毛先を、必要以上に念入りに整える。
美しくしたのは自分。
自信を与えたのも自分。
その輝きを本当は誰にも見せたくないと思っているのが自分であることも、彼は自覚している。
「ヴィル先輩、何か言いましたか?」
「……何でもないわ。ほら、もうすぐ夕食の時間よ。早く帰りなさい。せっかくのメイクを、汗で台無しにしないこと」
追い立てるような言葉とは裏腹に、彼はななしが部屋を出るまでその視線を背中に焼き付けていた。
鏡に残されたのは完璧な教育者としての表情。
そして、その裏側に隠した泥臭い独占欲。
「……アンタが一番綺麗よ。アタシがそう決めたんだから」
誰もいなくなった部屋で彼は自分に言い聞かせるように静かに呟いた。
鏡張りのドレッサーの前、ななしは背筋を伸ばして椅子に座る。目の前には整然と並べられた無数のブラシと宝石のように輝くアイシャドウパレット。
何かと理由をつけ、放課後こうしてななしへのメイク指導をするのはこれで何度目だろうか。
「……背中が丸まっているわよ。美しさは姿勢から。忘れたの?」
背後からヴィルの鋭い声が飛ぶ。
ヴィルはななしの肩に手を置き、不格好な姿勢を矯正させる。鏡越しに視線が絡むと、彼は満足げに口角を上げた。
「今日のテーマは透明感よ。アンタの肌は悪くないけれど、生かしきれていないわ。素材を殺すのは料理でもメイクでも悪だと知りなさい」
ヴィルの指先がななしの頬に触れる。繊細で迷いのない手つき。パレットから選ばれたのは淡いラベンダー色のベースカラーだった。
「いい?ななし。この色は肌のくすみを飛ばす魔法よ。でも、塗りすぎればただの不自然な顔色になる。何事も節度が大事なの」
ブラシが瞼を撫でるたびヴィルの顔が至近距離まで近づく。完璧に整えられた睫毛の先、凛とした香水の匂い。ななしを見つめるその瞳は真剣そのもので、射すくめられるような圧がある。
「……ヴィル先輩」
「何かしら。動かないで、アイラインが歪むわ」
「いえ……先輩、今日は一段と厳しい気がして」
ななしの言葉にヴィルの手が一瞬だけ止まる。
鏡の中の彼は、ふっと不敵な笑みを浮かべた。
「当然でしょう?明日は他寮との合同交流会。アンタ、またあの野蛮な連中や騒がしい連中に囲まれるつもり?」
「それは、避けては通れないというか……」
「だから言っているの。ななしが最高に輝いていれば、雑音なんて寄ってこない。アタシが手をかけた逸材だって、分からせてやらなきゃいけないんだから」
仕上げのリップグロスがななしの唇に乗せられる。ヴィルは最後に髪を整えると満足げに一歩引いた。
「さあ、見なさい」
鏡の中にいたのはななしであって、ななしではない誰か。不自然に塗り固められたわけではない。素材の良さが最大限に引き出され、内側から発光しているような完成体がそこにある。
「……すごい」
「ななしのポテンシャルを、アタシが少し引き出しただけよ。感謝なさい」
ななしは呆然と自分の顔を見つめる。
ヴィルは美しさを教えると言いながら、ななしの元の造形を一切否定しなかった。コンプレックスに思っていた部分さえ、魅力的に見えるように仕立て上げている。
「ヴィル先輩、ありがとうございます。なんだか自分に自信が持てそうです」
ななしが振り返って笑うと、ヴィルは一瞬言葉を失ったように目を見開く。夕暮れの光が窓から差し込み、彼の美しい顔を半分だけオレンジ色に染めた。
「……そう。ならいいわ。その顔を忘れないことね」
彼はそっけなく言い放ち、ドレッサーのブラシを片付け始める。その背中が、いつもより少しだけ強張っていることにななしは気づかない。
「先輩?」
「……アンタは本当に、無自覚なんだから」
小さな呟き。
ヴィルは愛用しているブラシの毛先を、必要以上に念入りに整える。
美しくしたのは自分。
自信を与えたのも自分。
その輝きを本当は誰にも見せたくないと思っているのが自分であることも、彼は自覚している。
「ヴィル先輩、何か言いましたか?」
「……何でもないわ。ほら、もうすぐ夕食の時間よ。早く帰りなさい。せっかくのメイクを、汗で台無しにしないこと」
追い立てるような言葉とは裏腹に、彼はななしが部屋を出るまでその視線を背中に焼き付けていた。
鏡に残されたのは完璧な教育者としての表情。
そして、その裏側に隠した泥臭い独占欲。
「……アンタが一番綺麗よ。アタシがそう決めたんだから」
誰もいなくなった部屋で彼は自分に言い聞かせるように静かに呟いた。
