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放課後の廊下は、西日が長く伸びて静けさに満ちていた。
まばらな人影も消え失せ、残されたのは窓から差し込むオレンジ色の光だけ。
手元にあるプリントの束を抱え直し、ゆっくりと歩みを進めていた。
すると背後から、不意に大きな影が覆いかぶさる。
「あー、見っけ」
独特の気怠げな、けれど弾んだ声が頭上から降ってきた。
「フロイド先輩。お疲れ様です」
「ねぇ、何してんの? それ頼まれたやつ?」
「はい。学園長室まで運ぶところで」
「ふーん。じゃあさ、オレが半分持ってあげる」
「え、悪いですよ」
「いーのいーの、その代わり終わったらちょっと付き合ってよ」
言うが早いか、腕からプリントの大半をひょいと奪い取られた。
「ほら、早く行こ〜」
その後ろ姿を追うように、歩調を早めた。
◇
無事に用事を済ませた後、連れて行かれたのは使われていない空き教室だった。
埃っぽい空気の中に夕日が斜めに差し込んで、机の影を長く床に落としている。
フロイドは教室の隅にある机に腰掛け、長い脚をぶらぶらと揺らしていた。
その前に立ち、なんとなく居心地の悪さを感じながら彼を見つめる。
「あの、何するんですか?」
「んー? ただ小エビちゃんと一緒にいたかっただけ」
片手を伸ばされ、制服の袖を軽く引っ張られた。
引き寄せられるままに一歩進むと、顔がぐっと近づいてくる。
「ねえ、小エビちゃん」
「なんですか?」
「キスしていい?」
あまりにも唐突な問いかけに、思考が一瞬止まる。
フロイドの顔は真面目とも、ふざけているともつかない、妙にまっすぐな熱を帯びていた。
からかわれているわけではないのだと、その視線が伝えてくる。
胸が大きく脈打った。
恥ずかしさが一気にこみ上げてきたが、拒む理由などどこにもない。
視線を少し泳がせたあと、小さく頷いた。
「……いいですよ」
その返事を聞いた瞬間、フロイドの口元が緩んだ。
楽しげな、それでいてどこか危うい光を孕んだ笑みだった。
「あは、いいんだ」
大きな手が頬を包み込んでくる。
ひんやりとした指先の感触が肌に触れた直後、視界が彼の影で覆われた。
重なった唇は驚くほど柔らかかった。
最初は触れるだけの確かめるような軽いキス。
一度唇を離され、反応を見るように小さく笑われた。
「ねえ、もう一回」
今度は隙を与える間もなく深い口づけが降ってきた。
押し当てられる熱が、じわじわと身体の奥へと染み込んでいく。
呼吸が少しずつ荒くなっていくのが、すぐ近くで聞こえた。
「ん……っ、」
かすかな吐息が漏れる。
手が頬から首筋、そして背中へと回り、身体を強く抱き寄せられた。
机に腰掛けた彼と机の間に挟まれるような形でふたりの隙間が完全に埋まる。
大きな体に包み込まれ、周囲のすべてが彼の熱だけで満たされていくようだった。
「……は、ぁ」
何度も角度を変え、深く唇が重ねられる。
息苦しさに小さく身体を震わせると、宥めるように優しく誘い込まれた。
「フロ、イ、ド先輩……っ」
「ん、何?」
「苦し……」
「ちゃんと息して、ほら」
言いながらも唇を離してくれない。
むしろさらに強く縛り付けるようにして口づけを繰り返された。
指先が、背中の生地越しに強く熱を伝えてくる。
「……これ、めちゃくちゃ気持ちいい……」
喉から掠れた声が漏れる。
いつもの軽薄なトーンは完全に消え失せ、低く湿った響きが鼓膜を震わせた。
「小エビちゃんやばい。これ止めらんないわ」
「え……?」
「もっと、頂戴」
その言葉に従う余裕などなかった。
再び塞がれた視界の中で、与えられる熱に翻弄されるしかなかった。
大きな手が髪を掬い上げ、頭の後ろを固定される。
逃げることなど最初から考えていなかったが、それすら許さない強固さだった。
◇
どれほどの時間が経ったのだろう。
窓の外のオレンジ色は次第に濃い紫へと移り変わり始めている。
それでも熱は冷めるどころか、さらに勢いを増して侵食してきた。
「ん……、あ……」
限界を迎えて胸元をきゅっと掴むと、その小さな抵抗を察したのか名残惜しそうにゆっくりと唇が離された。
細い銀の糸が伸びて切れる。
「はぁ、はぁ……っ、」
大きく息を吸い込み、肩を激しく上下させる。
フロイドはその様子をじっと見つめていた。
額には、うっすらと汗が滲んでいる。
「……もう限界? オレ、全然足りないんだけど」
指先で、赤く腫れた唇をそっと撫でられた。
「フロイド先輩、もう暗くなって、きました、し……」
必死に紡いだ言葉も、彼の前では届かない。
嬉しそうに目を細められ、額に自分の額を押し当てられた。
「暗くなったら、もっと誰も来ないじゃん。ね?」
その悪戯っぽい、けれど強引な響きにもう何も言い返せなかった。
ただ胸元に顔を埋めることしかできない。
「あは、かわいい。じゃあ、仕切り直しね」
腕が再び強く身体を抱きしめてくる。
今度はもっと深い熱の中へ、静かに沈んでいった。