ポムフィオーレ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「ななし、その顔は何?」
鏡の前で髪を整えていたヴィルは、振り返ることなく問いかけた。
「え?」
「今、アタシのことを見ていたでしょう」
「見ていましたけど……」
「でしょうね」
ヴィルは満足したように微笑む。
けれど、その表情の奥にあるものを、ななしは最近少しだけ分かるようになっていた。
綺麗で隙がなくて、いつでも自分を律しているヴィル。
周囲から向けられる視線にも、期待にも、評価にも慣れているように見える。
けれど時々、ほんの一瞬だけ、自分に向けられる視線だけが違っている気がした。
「何か言いたそうね」
「……ヴィル先輩って、やっぱりすごいなって思っていました」
「それだけ?」
「それだけです」
「そう」
ヴィルは鏡越しにななしを見る。
「アンタ、最近そればかりね」
「何がですか?」
「アタシを褒める時に、少し距離を置くところ」
「距離なんて置いてないです」
「置いているわ」
即答されて、ななしは言葉に詰まった。
「綺麗だとかすごいとか、そういうことを言う時のアンタ、まるで観客みたい」
「そんなつもりは……」
「ないでしょうね」
ヴィルは椅子から立ち上がり、ゆっくり近づいてくる。
「だから余計に気になるの」
◇
その日は、ヴィルの手伝いで衣装の整理をしていた。
並べられた布地や小物は、どれも丁寧に管理されている。
少しでも扱いが雑ならすぐに分かってしまうほど、ヴィルは細かな部分まで目を配っていた。
「そこ、もう少し右」
「ここですか?」
「……やればできるじゃない」
「ありがとうございます」
「褒めたわけじゃないわ」
「え?」
「事実を言っただけ」
そう言いながらも、ヴィルの口元は少し緩んでいた。
ななしが笑うと、ヴィルは一瞬だけ視線を逸らす。
その変化に気づいてしまった。
「ヴィル先輩」
「何?」
「怒ってますか?」
「どうしてそうなるのよ」
「なんとなく……」
「曖昧ね」
「でも、最近少し変だなって」
ヴィルの手が止まった。
「変?」
「距離が近い時があると思ったら、急に冷たくなる時があって」
「……」
「私、何かしましたか?」
しばらく沈黙が落ちる。
ヴィルは整理しかけていた衣装を置き、ななしへ向き直った。
「アンタは本当に、そういうところが鈍いわね」
「すみません」
「謝るところじゃないでしょう」
少し困ったように笑って、ヴィルはため息をついた。
「アタシが何を言っても、どうせまた綺麗な言葉だと思うんでしょうね」
「そんなこと……」
「あるわ」
声は静かだった。
けれど、その言葉にはいつもの余裕がなかった。
「アタシがアンタを気にかけるのも全部いつもの調子だと思っている」
「……」
怒ったわけではない。
むしろ、傷ついたように見えた。
「……そう」
「ヴィル先輩?」
「やっぱりそう見えるのね」
「違います。だってヴィル先輩は、本当に周りをよく見ているから」
「でもアンタは、その中の一人だと思っている」
「……」
「アタシがアンタのことだけ、特別扱いしているなんて考えもしない」
ヴィルは視線を落とした。
普段なら絶対に見せないような、迷う仕草だった。
「ヴィル先輩」
名前を呼ぶと、ヴィルは顔を上げた。
「私、分かっていなかったです」
「何を?」
「ヴィル先輩が、そんなふうに思っていたこと」
「でしょうね」
「でも……」
ななしは少し考えてから言葉を続けた。
「演技だとは思っていません」
「……」
「ヴィル先輩が、誰にも見えないところで努力していることも知っています」
「知ったようなことを言うのね」
「……気をつけます」
「返事だけは素直なのね」
ヴィルは眉を寄せた。
「アンタはすぐ引く」
「え?」
「アタシが少し強く言えば、すぐに自分が悪いと思う。そういうところが腹立たしいの」
「……」
「もっと言い返せばいいのに」
「ヴィル先輩相手にですか?」
「そうよ」
「それは……難しいです」
「でしょうね」
ヴィルは小さく笑った。
その笑顔はいつもの自信に満ちたものではなく、少しだけ素直だった。
「ななし」
「はい」
「アタシの言葉がすべて演技に見える?」
「見えません」
「本当に?」
「はい」
ヴィルはじっとななしを見る。
「じゃあ、この剥き出しの執着も嘘だと言ってみなさいよ」
息を止めるほど真っ直ぐな声だった。
「……」
「言えないでしょう?」
「言えません」
「どうして?」
「ヴィル先輩が、そんな顔をしているからです」
「どんな顔?」
「苦しそうな顔してます」
ヴィルは目を伏せた。
「最悪ね」
「え?」
「アンタに見抜かれるなんて」
「嫌でしたか?」
「嫌なら、こんな話はしていないわ」
ヴィルは一歩近づく。
「アタシはね、アンタにだけは変な誤解をされたくなかった」
「……」
「周りがどう思おうと、アタシが積み重ねてきたものを理解されなくても、仕方ないと思っている」
「……」
「でも、アンタにまで同じように見られるのは嫌だった」
その言葉に、ななしの胸が強く揺れた。
「ヴィル先輩」
「何?」
「私も、ヴィル先輩のことをちゃんと見たいです」
「今までは見ていなかったみたいな言い方ね」
「そうかもしれません」
「正直ね」
「でも、これからは」
ヴィルは少し目を細める。
「これからは?」
「悩んだり、怒ったりするヴィル先輩も知りたいです」
「欲張りね」
「だめですか?」
「……」
ヴィルはしばらく黙った。
そして、小さく息を吐く。
「本当に、アンタは困るわね」
「すみません」
「だから謝らないでって言っているでしょう」
「はい」
「返事だけはいいのよね」
そう言いながら、ヴィルは笑った。
「ななし」
「はい」
「アタシは簡単な人間じゃないわ」
「知っています」
「面倒だと思うかもしれない」
「思いません」
「即答なのね」
「ヴィル先輩だからです」
ヴィルの表情がわずかに揺れる。
「……そういうところよ」
「何がですか?」
「そうやって、アタシが欲しい言葉を何気なく渡してくるところ」
「欲しい言葉だったんですか?」
「さあ?」
ヴィルは顔を背けた。
「でも、悪い気はしないわ」
「よかったです」
「それに」
「はい」
「アンタがアタシを見てくれるなら、もう少し素直になってあげる」
「本当ですか?」
「何よ、その疑う顔」
「だってヴィル先輩ですよ?」
「失礼ね」
「すみません」
「また謝った」
二人の間に小さな笑いが落ちた。
ヴィルはその空気を確かめるように、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「アタシのことを勝手に遠い場所の人間みたいに扱わないで」
「……」
「アンタの前では、少しくらい格好悪いところを見せてもいいと思っているから」
「ヴィル先輩」
「だから、これからもちゃんと見ていなさい」
「はい」
「返事だけじゃなくて、覚えておいて」
「覚えておきます」
ヴィルは満足そうに頷いた。
「ならいいわ」
完璧な姿を崩さないヴィルが、ほんの少しだけ見せた弱さ。
その瞬間をななしは大切に胸へしまった。
ヴィルもまた、誰にも見せなかった一面を見せられる相手がいることを、静かに感じていた。
鏡の前で髪を整えていたヴィルは、振り返ることなく問いかけた。
「え?」
「今、アタシのことを見ていたでしょう」
「見ていましたけど……」
「でしょうね」
ヴィルは満足したように微笑む。
けれど、その表情の奥にあるものを、ななしは最近少しだけ分かるようになっていた。
綺麗で隙がなくて、いつでも自分を律しているヴィル。
周囲から向けられる視線にも、期待にも、評価にも慣れているように見える。
けれど時々、ほんの一瞬だけ、自分に向けられる視線だけが違っている気がした。
「何か言いたそうね」
「……ヴィル先輩って、やっぱりすごいなって思っていました」
「それだけ?」
「それだけです」
「そう」
ヴィルは鏡越しにななしを見る。
「アンタ、最近そればかりね」
「何がですか?」
「アタシを褒める時に、少し距離を置くところ」
「距離なんて置いてないです」
「置いているわ」
即答されて、ななしは言葉に詰まった。
「綺麗だとかすごいとか、そういうことを言う時のアンタ、まるで観客みたい」
「そんなつもりは……」
「ないでしょうね」
ヴィルは椅子から立ち上がり、ゆっくり近づいてくる。
「だから余計に気になるの」
◇
その日は、ヴィルの手伝いで衣装の整理をしていた。
並べられた布地や小物は、どれも丁寧に管理されている。
少しでも扱いが雑ならすぐに分かってしまうほど、ヴィルは細かな部分まで目を配っていた。
「そこ、もう少し右」
「ここですか?」
「……やればできるじゃない」
「ありがとうございます」
「褒めたわけじゃないわ」
「え?」
「事実を言っただけ」
そう言いながらも、ヴィルの口元は少し緩んでいた。
ななしが笑うと、ヴィルは一瞬だけ視線を逸らす。
その変化に気づいてしまった。
「ヴィル先輩」
「何?」
「怒ってますか?」
「どうしてそうなるのよ」
「なんとなく……」
「曖昧ね」
「でも、最近少し変だなって」
ヴィルの手が止まった。
「変?」
「距離が近い時があると思ったら、急に冷たくなる時があって」
「……」
「私、何かしましたか?」
しばらく沈黙が落ちる。
ヴィルは整理しかけていた衣装を置き、ななしへ向き直った。
「アンタは本当に、そういうところが鈍いわね」
「すみません」
「謝るところじゃないでしょう」
少し困ったように笑って、ヴィルはため息をついた。
「アタシが何を言っても、どうせまた綺麗な言葉だと思うんでしょうね」
「そんなこと……」
「あるわ」
声は静かだった。
けれど、その言葉にはいつもの余裕がなかった。
「アタシがアンタを気にかけるのも全部いつもの調子だと思っている」
「……」
怒ったわけではない。
むしろ、傷ついたように見えた。
「……そう」
「ヴィル先輩?」
「やっぱりそう見えるのね」
「違います。だってヴィル先輩は、本当に周りをよく見ているから」
「でもアンタは、その中の一人だと思っている」
「……」
「アタシがアンタのことだけ、特別扱いしているなんて考えもしない」
ヴィルは視線を落とした。
普段なら絶対に見せないような、迷う仕草だった。
「ヴィル先輩」
名前を呼ぶと、ヴィルは顔を上げた。
「私、分かっていなかったです」
「何を?」
「ヴィル先輩が、そんなふうに思っていたこと」
「でしょうね」
「でも……」
ななしは少し考えてから言葉を続けた。
「演技だとは思っていません」
「……」
「ヴィル先輩が、誰にも見えないところで努力していることも知っています」
「知ったようなことを言うのね」
「……気をつけます」
「返事だけは素直なのね」
ヴィルは眉を寄せた。
「アンタはすぐ引く」
「え?」
「アタシが少し強く言えば、すぐに自分が悪いと思う。そういうところが腹立たしいの」
「……」
「もっと言い返せばいいのに」
「ヴィル先輩相手にですか?」
「そうよ」
「それは……難しいです」
「でしょうね」
ヴィルは小さく笑った。
その笑顔はいつもの自信に満ちたものではなく、少しだけ素直だった。
「ななし」
「はい」
「アタシの言葉がすべて演技に見える?」
「見えません」
「本当に?」
「はい」
ヴィルはじっとななしを見る。
「じゃあ、この剥き出しの執着も嘘だと言ってみなさいよ」
息を止めるほど真っ直ぐな声だった。
「……」
「言えないでしょう?」
「言えません」
「どうして?」
「ヴィル先輩が、そんな顔をしているからです」
「どんな顔?」
「苦しそうな顔してます」
ヴィルは目を伏せた。
「最悪ね」
「え?」
「アンタに見抜かれるなんて」
「嫌でしたか?」
「嫌なら、こんな話はしていないわ」
ヴィルは一歩近づく。
「アタシはね、アンタにだけは変な誤解をされたくなかった」
「……」
「周りがどう思おうと、アタシが積み重ねてきたものを理解されなくても、仕方ないと思っている」
「……」
「でも、アンタにまで同じように見られるのは嫌だった」
その言葉に、ななしの胸が強く揺れた。
「ヴィル先輩」
「何?」
「私も、ヴィル先輩のことをちゃんと見たいです」
「今までは見ていなかったみたいな言い方ね」
「そうかもしれません」
「正直ね」
「でも、これからは」
ヴィルは少し目を細める。
「これからは?」
「悩んだり、怒ったりするヴィル先輩も知りたいです」
「欲張りね」
「だめですか?」
「……」
ヴィルはしばらく黙った。
そして、小さく息を吐く。
「本当に、アンタは困るわね」
「すみません」
「だから謝らないでって言っているでしょう」
「はい」
「返事だけはいいのよね」
そう言いながら、ヴィルは笑った。
「ななし」
「はい」
「アタシは簡単な人間じゃないわ」
「知っています」
「面倒だと思うかもしれない」
「思いません」
「即答なのね」
「ヴィル先輩だからです」
ヴィルの表情がわずかに揺れる。
「……そういうところよ」
「何がですか?」
「そうやって、アタシが欲しい言葉を何気なく渡してくるところ」
「欲しい言葉だったんですか?」
「さあ?」
ヴィルは顔を背けた。
「でも、悪い気はしないわ」
「よかったです」
「それに」
「はい」
「アンタがアタシを見てくれるなら、もう少し素直になってあげる」
「本当ですか?」
「何よ、その疑う顔」
「だってヴィル先輩ですよ?」
「失礼ね」
「すみません」
「また謝った」
二人の間に小さな笑いが落ちた。
ヴィルはその空気を確かめるように、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「アタシのことを勝手に遠い場所の人間みたいに扱わないで」
「……」
「アンタの前では、少しくらい格好悪いところを見せてもいいと思っているから」
「ヴィル先輩」
「だから、これからもちゃんと見ていなさい」
「はい」
「返事だけじゃなくて、覚えておいて」
「覚えておきます」
ヴィルは満足そうに頷いた。
「ならいいわ」
完璧な姿を崩さないヴィルが、ほんの少しだけ見せた弱さ。
その瞬間をななしは大切に胸へしまった。
ヴィルもまた、誰にも見せなかった一面を見せられる相手がいることを、静かに感じていた。
1/21ページ
