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「ななしさんは、本当に誰にでも親切ですね」
そう言ったジェイドの声は、いつも通り穏やかだった。
けれど、ななしは少しだけ首を傾げる。
「そうですか? 普通だと思うんですけど」
「普通、ですか」
ジェイドは繰り返すように呟いて、手元のカップへ視線を落とした。
「ジェイド先輩?」
「いえ、何でもありません」
そう答えたジェイドは、いつものように綺麗な笑顔を浮かべた。
ななしは、その表情の奥にあるものに気付かなかった。
◇
ジェイドはななしをよく見ていた。
どんな時に笑うのか。
誰と話す時に声が弾むのか。
誰から頼られると、少し困ったような顔をするのか。
気付けば、そんな細かな変化まで覚えていた。
最初はただの興味だった。
面白い人だと思った。
特別な力があるわけでもない。
危険なことを一人で乗り越えるような強さがあるわけでもない。
それでも、なぜか目で追ってしまう。
「ジェイド先輩、これ手伝ってもらってもいいですか?」
「もちろんです」
「ありがとうございます」
「ななしさんに頼られるのは嬉しいです」
「え?」
「いえ、こちらの話です」
また誤魔化した。
本当は嬉しいだけではない。
誰かに頼られているななしを見るたび、胸の奥がざわつく。
自分以外の誰かに向けられる笑顔。
自分以外の誰かへ向ける優しい声。
それら全部が、少しずつジェイドの余裕を奪っていった。
◇
「ななしさん、今日は楽しそうでしたね」
「そうですか?」
「ええ。あの方と随分お話しされていましたから」
「ああ、手伝ってくれたお礼をしてました」
「お礼、ですか」
ジェイドは静かに笑った。
「ななしさんは、そうやって誰かに優しくするのですね」
「ジェイド先輩?」
「僕には、少し不思議に感じます」
「何がですか?」
「どうしてそんなに簡単に、他の方へ好意を向けられるのか」
その言葉に、ななしは黙った。
ジェイドが冗談を言っているようには見えなかったからだ。
「ジェイド先輩、怒ってます?」
「怒る理由などありません」
「でも……」
「ななしさん」
名前を呼ばれ、ななしは思わず姿勢を正した。
「僕は、あなたの優しさを否定したいわけではありません」
「じゃあ」
「ただ……」
ジェイドは少しだけ目を伏せた。
「僕以外の方へ向ける時間があることを、面白くないと思っています」
あまりにも真っ直ぐな言葉だった。
普段なら上手く隠してしまう人が、隠しきれずに零したような言葉。
「……ジェイド先輩が、そんなこと言うなんて思わなかったです」
「僕もです」
「自分で言って驚いてるんですか?」
「ええ。かなり」
そう言いながら、ジェイドは笑った。
けれど、その笑顔にはいつもの余裕が少なかった。
◇
「ななしさん」
「はい」
「もし僕が、もっと早くあなたと出会っていたら」
「?」
「今より少しは、独占欲を抑えられていたのでしょうか」
「独占欲?」
聞き返した瞬間、ジェイドは小さく息を吐いた。
「隠すつもりだったのですが」
「……」
「僕は、ななしさんが思っているより欲深いですよ」
「ジェイド先輩が?」
「はい」
穏やかで丁寧な言葉遣い。
いつものジェイド。
なのに言葉だけがひどく熱を持っていた。
「誰かと楽しそうに話している姿を見ると安心します」
「安心?」
「あなたが笑っているからです」
「それは、いいことですよね?」
「ですが同時に思ってしまう」
ジェイドはななしを見る。
「その笑顔を僕だけに向けてくれたら、と」
「ジェイド先輩……」
「困らせたいわけではありません」
「はい」
「ただ、僕の知らないところであなたが誰かの大切な存在になっていくのが、耐え難いのです」
その言葉は、少し子どもっぽいほど真っ直ぐだった。
普段のジェイドからは想像できない表情だった。
「僕はずるいですね」
「そんなことないです」
「ありますよ」
ジェイドはすぐに答えた。
「あなたに優しくされるたび、もっと欲しくなってしまう」
「……」
「少し話せただけで嬉しいと思うのに、次にはもっと長く話したいと思う」
「ジェイド先輩」
「他の方へ向ける笑顔を見ると、その相手が羨ましくなる」
ジェイドの声は、いつもより少し低かった。
「僕だけを見てほしいと思ってしまう」
ななしは何も言わずにジェイドを見る。
「でも、そんなことを言えばあなたを困らせるでしょう?」
「……少しびっくりしました」
「でしょうね」
「ジェイド先輩がそんなふうに思ってくれてたこと、知らなかったから」
ジェイドの表情がわずかに変わった。
「嫌では、ないのですか?」
「嫌だったら、こんなに話してないです」
その返事を聞いた瞬間、ジェイドは目を細めた。
「困りました」
「え?」
「今ので、さらに欲が出てしまいました」
「欲?」
「はい」
ジェイドは少し近付く。
「もっとあなたの時間をいただきたくなりました」
「……」
「もっと僕を頼ってほしい」
「ジェイド先輩」
「もっと僕のことを知ってほしい」
優しい声。
けれど、その言葉には隠しきれない熱があった。
「そして」
一瞬だけ、ジェイドは言葉を止める。
「いつか、僕以外では物足りないと思っていただけたら嬉しいですね」
「それ、本気ですか?」
「もちろんです」
「怖いこと言ってる自覚ありますか?」
「ありますよ」
ジェイドは微笑んだ。
「ななしさんの前では格好をつけても仕方がありませんから」
◇
それからのジェイドは以前よりも素直になった。
もちろん、普段の余裕ある態度は変わらない。
誰に対しても礼儀正しい。
けれど、ななしに向ける言葉だけは少し違った。
「ななしさん、今日は僕と過ごしていただけますか?」
「予定を聞く前に誘うんですね」
「はい。断られる可能性も考えましたが」
「一応考えたんですね」
「ですが、聞かずに後悔するよりは良いかと思いまして」
「ジェイド先輩らしくないですね」
「そうですか?」
「いつもなら全部計算してそう」
「そんなことはないです」
そう言いながらも、ジェイドは楽しそうだった。
「でも、前より今のジェイド先輩の方が……少し近く感じます」
「……」
「ジェイド先輩?」
「申し訳ありません」
「何が?」
「少し整理する時間が必要でした」
「そんなに?」
「そんなに、です」
ジェイドは小さく笑う。
「ななしさん」
「はい」
「僕はきっと、これからも嫉妬します」
「はい」
「あなたが誰かに優しくするたび、同じことを思うかもしれません」
「……」
「ですが……」
ジェイドは穏やかに続ける。
「そのたびに、僕があなたを大切に思っていることだけは伝えます」
「ジェイド先輩」
「ですから、覚悟してください」
「何の?」
「僕が、簡単にはあなたを諦めないということです」
冗談のような口調。
けれど、その表情には隠しきれない想いが滲んでいた。
ななしは思わず笑う。
「本当に独占欲強いですね」
「ええ」
「即答なんですね」
ジェイドは迷わず答えた。
「僕は、自分でも困るくらい欲張りなのかもしれませんね」
その言葉を聞いて、ななしはまた笑った。
そしてジェイドは、その笑顔を見ながら思う。
他の誰かではなく、自分の隣で見せてほしい。
ジェイドは隣で笑うななしを見つめながら、胸の奥に残った想いを隠した。
けれど今は、それでいいと思えた。
それでも、今はこの距離を大切にしたいと思った。
「ななしさん」
「なんですか?」
「これからも、僕を頼ってくださると嬉しいです」
「……努力します」
「努力、ですか」
「ジェイド先輩、欲張りだから」
「ふふ」
ジェイドは嬉しそうに笑った。
「それなら、僕も努力しましょう」
「何を?」
「あなたが、僕の隣を選び続けたいと思えるように」
その言葉は静かだった。
けれど確かな約束のようにななしの胸に残った。
そう言ったジェイドの声は、いつも通り穏やかだった。
けれど、ななしは少しだけ首を傾げる。
「そうですか? 普通だと思うんですけど」
「普通、ですか」
ジェイドは繰り返すように呟いて、手元のカップへ視線を落とした。
「ジェイド先輩?」
「いえ、何でもありません」
そう答えたジェイドは、いつものように綺麗な笑顔を浮かべた。
ななしは、その表情の奥にあるものに気付かなかった。
◇
ジェイドはななしをよく見ていた。
どんな時に笑うのか。
誰と話す時に声が弾むのか。
誰から頼られると、少し困ったような顔をするのか。
気付けば、そんな細かな変化まで覚えていた。
最初はただの興味だった。
面白い人だと思った。
特別な力があるわけでもない。
危険なことを一人で乗り越えるような強さがあるわけでもない。
それでも、なぜか目で追ってしまう。
「ジェイド先輩、これ手伝ってもらってもいいですか?」
「もちろんです」
「ありがとうございます」
「ななしさんに頼られるのは嬉しいです」
「え?」
「いえ、こちらの話です」
また誤魔化した。
本当は嬉しいだけではない。
誰かに頼られているななしを見るたび、胸の奥がざわつく。
自分以外の誰かに向けられる笑顔。
自分以外の誰かへ向ける優しい声。
それら全部が、少しずつジェイドの余裕を奪っていった。
◇
「ななしさん、今日は楽しそうでしたね」
「そうですか?」
「ええ。あの方と随分お話しされていましたから」
「ああ、手伝ってくれたお礼をしてました」
「お礼、ですか」
ジェイドは静かに笑った。
「ななしさんは、そうやって誰かに優しくするのですね」
「ジェイド先輩?」
「僕には、少し不思議に感じます」
「何がですか?」
「どうしてそんなに簡単に、他の方へ好意を向けられるのか」
その言葉に、ななしは黙った。
ジェイドが冗談を言っているようには見えなかったからだ。
「ジェイド先輩、怒ってます?」
「怒る理由などありません」
「でも……」
「ななしさん」
名前を呼ばれ、ななしは思わず姿勢を正した。
「僕は、あなたの優しさを否定したいわけではありません」
「じゃあ」
「ただ……」
ジェイドは少しだけ目を伏せた。
「僕以外の方へ向ける時間があることを、面白くないと思っています」
あまりにも真っ直ぐな言葉だった。
普段なら上手く隠してしまう人が、隠しきれずに零したような言葉。
「……ジェイド先輩が、そんなこと言うなんて思わなかったです」
「僕もです」
「自分で言って驚いてるんですか?」
「ええ。かなり」
そう言いながら、ジェイドは笑った。
けれど、その笑顔にはいつもの余裕が少なかった。
◇
「ななしさん」
「はい」
「もし僕が、もっと早くあなたと出会っていたら」
「?」
「今より少しは、独占欲を抑えられていたのでしょうか」
「独占欲?」
聞き返した瞬間、ジェイドは小さく息を吐いた。
「隠すつもりだったのですが」
「……」
「僕は、ななしさんが思っているより欲深いですよ」
「ジェイド先輩が?」
「はい」
穏やかで丁寧な言葉遣い。
いつものジェイド。
なのに言葉だけがひどく熱を持っていた。
「誰かと楽しそうに話している姿を見ると安心します」
「安心?」
「あなたが笑っているからです」
「それは、いいことですよね?」
「ですが同時に思ってしまう」
ジェイドはななしを見る。
「その笑顔を僕だけに向けてくれたら、と」
「ジェイド先輩……」
「困らせたいわけではありません」
「はい」
「ただ、僕の知らないところであなたが誰かの大切な存在になっていくのが、耐え難いのです」
その言葉は、少し子どもっぽいほど真っ直ぐだった。
普段のジェイドからは想像できない表情だった。
「僕はずるいですね」
「そんなことないです」
「ありますよ」
ジェイドはすぐに答えた。
「あなたに優しくされるたび、もっと欲しくなってしまう」
「……」
「少し話せただけで嬉しいと思うのに、次にはもっと長く話したいと思う」
「ジェイド先輩」
「他の方へ向ける笑顔を見ると、その相手が羨ましくなる」
ジェイドの声は、いつもより少し低かった。
「僕だけを見てほしいと思ってしまう」
ななしは何も言わずにジェイドを見る。
「でも、そんなことを言えばあなたを困らせるでしょう?」
「……少しびっくりしました」
「でしょうね」
「ジェイド先輩がそんなふうに思ってくれてたこと、知らなかったから」
ジェイドの表情がわずかに変わった。
「嫌では、ないのですか?」
「嫌だったら、こんなに話してないです」
その返事を聞いた瞬間、ジェイドは目を細めた。
「困りました」
「え?」
「今ので、さらに欲が出てしまいました」
「欲?」
「はい」
ジェイドは少し近付く。
「もっとあなたの時間をいただきたくなりました」
「……」
「もっと僕を頼ってほしい」
「ジェイド先輩」
「もっと僕のことを知ってほしい」
優しい声。
けれど、その言葉には隠しきれない熱があった。
「そして」
一瞬だけ、ジェイドは言葉を止める。
「いつか、僕以外では物足りないと思っていただけたら嬉しいですね」
「それ、本気ですか?」
「もちろんです」
「怖いこと言ってる自覚ありますか?」
「ありますよ」
ジェイドは微笑んだ。
「ななしさんの前では格好をつけても仕方がありませんから」
◇
それからのジェイドは以前よりも素直になった。
もちろん、普段の余裕ある態度は変わらない。
誰に対しても礼儀正しい。
けれど、ななしに向ける言葉だけは少し違った。
「ななしさん、今日は僕と過ごしていただけますか?」
「予定を聞く前に誘うんですね」
「はい。断られる可能性も考えましたが」
「一応考えたんですね」
「ですが、聞かずに後悔するよりは良いかと思いまして」
「ジェイド先輩らしくないですね」
「そうですか?」
「いつもなら全部計算してそう」
「そんなことはないです」
そう言いながらも、ジェイドは楽しそうだった。
「でも、前より今のジェイド先輩の方が……少し近く感じます」
「……」
「ジェイド先輩?」
「申し訳ありません」
「何が?」
「少し整理する時間が必要でした」
「そんなに?」
「そんなに、です」
ジェイドは小さく笑う。
「ななしさん」
「はい」
「僕はきっと、これからも嫉妬します」
「はい」
「あなたが誰かに優しくするたび、同じことを思うかもしれません」
「……」
「ですが……」
ジェイドは穏やかに続ける。
「そのたびに、僕があなたを大切に思っていることだけは伝えます」
「ジェイド先輩」
「ですから、覚悟してください」
「何の?」
「僕が、簡単にはあなたを諦めないということです」
冗談のような口調。
けれど、その表情には隠しきれない想いが滲んでいた。
ななしは思わず笑う。
「本当に独占欲強いですね」
「ええ」
「即答なんですね」
ジェイドは迷わず答えた。
「僕は、自分でも困るくらい欲張りなのかもしれませんね」
その言葉を聞いて、ななしはまた笑った。
そしてジェイドは、その笑顔を見ながら思う。
他の誰かではなく、自分の隣で見せてほしい。
ジェイドは隣で笑うななしを見つめながら、胸の奥に残った想いを隠した。
けれど今は、それでいいと思えた。
それでも、今はこの距離を大切にしたいと思った。
「ななしさん」
「なんですか?」
「これからも、僕を頼ってくださると嬉しいです」
「……努力します」
「努力、ですか」
「ジェイド先輩、欲張りだから」
「ふふ」
ジェイドは嬉しそうに笑った。
「それなら、僕も努力しましょう」
「何を?」
「あなたが、僕の隣を選び続けたいと思えるように」
その言葉は静かだった。
けれど確かな約束のようにななしの胸に残った。
