ハーツラビュル
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「ななし、まだ残っていたのかい?」
振り返ると、そこにはリドルが立っていた。
机の上に広げたノートを見下ろしながら、ななしは少しだけ肩を揺らす。
「リドル先輩こそ。もう寮に戻ったと思っていました」
「ボクは寮長だからね。最後まで確認することがあるんだよ。それに……」
リドルは言葉を止めて、机の上を見る。
「キミがここにいる気がした」
「どうしてですか?」
「どうしても何もないよ」
「?」
「キミはいつも、終わったと思ったことでも気になったら確認するだろう?」
「……見られていましたか」
「分かるんだ」
そう言ってリドルは小さく息をついた。
以前なら、その仕草は注意をされる前触れだったかもしれない。
けれど今のリドルが向ける視線には、責めるような厳しさよりも、心配する気持ちの方が強く滲んでいた。
「また無理をしていたね」
「そんなつもりはなかったんですけど」
「キミはいつもそう言う」
「本当にそう思っているんです」
「そこが問題なんだよ」
リドルは椅子の向かい側に腰掛ける。
「自分では大丈夫だと思っているから、限界まで頑張ってしまう」
「……リドル先輩も似たようなところがありますよね」
「ボクが?」
「はい。周りのことよく見てます」
一瞬、リドルは言葉を失った。
「キミは時々、鋭いことを言うね」
「リドル先輩のことを見ているので」
その一言で、リドルの表情が少しだけ変わった。
普段は誰よりも堂々としていて、何事にも迷いがないように見える彼。
けれどななしの前では時折、隠していた感情が表に出る。
「……ボクのことを見ている、か」
「変でしたか?」
「いや」
リドルは視線を逸らした。
「嬉しかっただけだよ」
その言葉は小さかった。
けれど、ななしにはきちんと届いた。
◇
互いの気持ちを伝え合ってから、少し時間が経った。
それでも、リドルの几帳面なところは変わらない。
約束の時間には必ず早く来るし、予定を立てる時も細かいところまで確認する。
「この後の予定だけど、無理はないかい?」
「大丈夫です」
「本当に?」
「……少しだけ疲れてます」
「ほら」
リドルは呆れたように笑う。
「キミはすぐに隠そうとする」
「隠しているつもりは」
「つもりがないところまで含めてだよ」
ななしが困ったように笑うと、リドルも表情を和らげた。
「でも、そういうところも嫌いじゃない」
「え?」
「何度も言わせないでくれるかな」
「聞きたいです」
「……キミは本当に」
リドルは小さくため息をつく。
「調子がいいね」
「リドル先輩だからです」
「そういうことを平然と言えるところ、変わらないね」
「変わらない?」
「覚えていないのかい?」
リドルは静かに微笑んだ。
「キミは初めてボクに意見した時もそうだった」
「怒られると思っていました」
「当然だろうね。あの頃のボクは……」
そこでリドルは言葉を止める。
「……今よりずっと余裕がなかった」
「でも、今は違います」
「そうかな」
「違います」
迷いなく返されて、リドルは少し驚いた顔をする。
「キミはそういうところがあるね」
「どこですか?」
「ボクが自分で気づいていないことを、簡単に言ってしまうところ」
「嫌ですか?」
「まさか」
リドルは静かに首を横に振る。
「むしろ、キミにしか言えないこともある」
◇
ある日のことだった。
ななしは珍しく落ち込んでいた。
「どうしよう……」
「ななし」
「リドル先輩」
「顔を上げて」
「でも」
「ボクは怒っているわけじゃないよ」
リドルは真剣な表情で言う。
「誰にでも失敗はある。大事なのは、その後どうするかだ」
「……はい」
「それに」
リドルは少しだけ視線を柔らかくする。
「キミが自分を責めすぎるところも、ボクは知っている」
「そんなに分かりやすいですか?」
「ボクにはね」
「リドル先輩には、ですか」
「そうだよ」
その答えが、なぜか胸に残った。
誰かに見抜かれることは、以前なら少し怖かったかもしれない。
でも今は違う。
リドルが見ているのは、欠点を探すためではないと分かっているから。
「リドル先輩」
「何だい?」
「私の面倒なところも、知っていますよね」
「もちろん」
「嫌になりませんか?」
リドルは少し驚いた後、困ったように笑った。
「ななし」
「はい」
「キミのそういうところ、ボクだけが知っていればそれでいいよ」
「……」
「誰にでも見せる必要なんてない」
「リドル先輩」
「キミが頑張っていることも、無理をしてしまうことも、不安になることも」
リドルは一つずつ言葉を選ぶ。
「ボクは知っている」
「……ありがとうございます」
「礼を言うところじゃないよ」
「でも、嬉しかったので」
「なら、いい」
リドルは少し照れたように目を逸らした。
「ボクだって、キミに知られていることがあるからね」
「リドル先輩のことですか?」
「そう」
「例えば?」
「言わない」
「教えてください」
「駄目だよ」
「気になります」
「キミは本当に……」
そう言いながらも、リドルの声はどこか楽しそうだった。
◇
夕方になり、二人は並んで歩いていた。
「リドル先輩」
「何だい?」
「昔のリドル先輩に会ったら、今のことを信じてもらえないかもしれませんね」
「どうして?」
「こんな風に話しているところです」
リドルは少し考える。
「確かに、そうかもしれない」
「やっぱり」
「でも……昔のボクも、きっと変わることを望んでいたんだと思う」
「……」
「ただ、その方法が分からなかっただけで」
ななしは隣を見る。
リドルの横顔は、以前よりずっと穏やかだった。
「キミと出会えてよかった」
「私もです」
「即答なんだね」
「本当のことなので」
「そういうところだよ」
「また言われました」
「褒めているんだ」
「分かりにくいです」
「ボクとしてはかなり素直に言っているつもりだけど」
「じゃあ、もっと分かりやすくしてください」
リドルは少し黙る。
そして、小さく笑った。
「キミは欲張りだね」
「駄目ですか?」
「いいや」
リドルはななしを見る。
「キミになら、いくらでも言ってあげるよ」
その言葉にななしは笑った。
リドルは誰よりも規則を大切にする。
間違いを見逃さない。
自分にも他人にも厳しい。
けれど、そんな彼が自分だけに見せる表情がある。
弱さも、迷いも、少しの甘えも。
それを知っていることが、ななしには何より嬉しかった。
「リドル先輩」
「なんだい?」
「これからも、私のことを見ていてください」
「当たり前だろう?」
リドルは迷わず答える。
「ボクがそうしたいと思っているからね」
その言葉は華やかな約束よりもずっと確かなものだった。
二人だけが分かる距離で、ゆっくりと時間が流れていく。
振り返ると、そこにはリドルが立っていた。
机の上に広げたノートを見下ろしながら、ななしは少しだけ肩を揺らす。
「リドル先輩こそ。もう寮に戻ったと思っていました」
「ボクは寮長だからね。最後まで確認することがあるんだよ。それに……」
リドルは言葉を止めて、机の上を見る。
「キミがここにいる気がした」
「どうしてですか?」
「どうしても何もないよ」
「?」
「キミはいつも、終わったと思ったことでも気になったら確認するだろう?」
「……見られていましたか」
「分かるんだ」
そう言ってリドルは小さく息をついた。
以前なら、その仕草は注意をされる前触れだったかもしれない。
けれど今のリドルが向ける視線には、責めるような厳しさよりも、心配する気持ちの方が強く滲んでいた。
「また無理をしていたね」
「そんなつもりはなかったんですけど」
「キミはいつもそう言う」
「本当にそう思っているんです」
「そこが問題なんだよ」
リドルは椅子の向かい側に腰掛ける。
「自分では大丈夫だと思っているから、限界まで頑張ってしまう」
「……リドル先輩も似たようなところがありますよね」
「ボクが?」
「はい。周りのことよく見てます」
一瞬、リドルは言葉を失った。
「キミは時々、鋭いことを言うね」
「リドル先輩のことを見ているので」
その一言で、リドルの表情が少しだけ変わった。
普段は誰よりも堂々としていて、何事にも迷いがないように見える彼。
けれどななしの前では時折、隠していた感情が表に出る。
「……ボクのことを見ている、か」
「変でしたか?」
「いや」
リドルは視線を逸らした。
「嬉しかっただけだよ」
その言葉は小さかった。
けれど、ななしにはきちんと届いた。
◇
互いの気持ちを伝え合ってから、少し時間が経った。
それでも、リドルの几帳面なところは変わらない。
約束の時間には必ず早く来るし、予定を立てる時も細かいところまで確認する。
「この後の予定だけど、無理はないかい?」
「大丈夫です」
「本当に?」
「……少しだけ疲れてます」
「ほら」
リドルは呆れたように笑う。
「キミはすぐに隠そうとする」
「隠しているつもりは」
「つもりがないところまで含めてだよ」
ななしが困ったように笑うと、リドルも表情を和らげた。
「でも、そういうところも嫌いじゃない」
「え?」
「何度も言わせないでくれるかな」
「聞きたいです」
「……キミは本当に」
リドルは小さくため息をつく。
「調子がいいね」
「リドル先輩だからです」
「そういうことを平然と言えるところ、変わらないね」
「変わらない?」
「覚えていないのかい?」
リドルは静かに微笑んだ。
「キミは初めてボクに意見した時もそうだった」
「怒られると思っていました」
「当然だろうね。あの頃のボクは……」
そこでリドルは言葉を止める。
「……今よりずっと余裕がなかった」
「でも、今は違います」
「そうかな」
「違います」
迷いなく返されて、リドルは少し驚いた顔をする。
「キミはそういうところがあるね」
「どこですか?」
「ボクが自分で気づいていないことを、簡単に言ってしまうところ」
「嫌ですか?」
「まさか」
リドルは静かに首を横に振る。
「むしろ、キミにしか言えないこともある」
◇
ある日のことだった。
ななしは珍しく落ち込んでいた。
「どうしよう……」
「ななし」
「リドル先輩」
「顔を上げて」
「でも」
「ボクは怒っているわけじゃないよ」
リドルは真剣な表情で言う。
「誰にでも失敗はある。大事なのは、その後どうするかだ」
「……はい」
「それに」
リドルは少しだけ視線を柔らかくする。
「キミが自分を責めすぎるところも、ボクは知っている」
「そんなに分かりやすいですか?」
「ボクにはね」
「リドル先輩には、ですか」
「そうだよ」
その答えが、なぜか胸に残った。
誰かに見抜かれることは、以前なら少し怖かったかもしれない。
でも今は違う。
リドルが見ているのは、欠点を探すためではないと分かっているから。
「リドル先輩」
「何だい?」
「私の面倒なところも、知っていますよね」
「もちろん」
「嫌になりませんか?」
リドルは少し驚いた後、困ったように笑った。
「ななし」
「はい」
「キミのそういうところ、ボクだけが知っていればそれでいいよ」
「……」
「誰にでも見せる必要なんてない」
「リドル先輩」
「キミが頑張っていることも、無理をしてしまうことも、不安になることも」
リドルは一つずつ言葉を選ぶ。
「ボクは知っている」
「……ありがとうございます」
「礼を言うところじゃないよ」
「でも、嬉しかったので」
「なら、いい」
リドルは少し照れたように目を逸らした。
「ボクだって、キミに知られていることがあるからね」
「リドル先輩のことですか?」
「そう」
「例えば?」
「言わない」
「教えてください」
「駄目だよ」
「気になります」
「キミは本当に……」
そう言いながらも、リドルの声はどこか楽しそうだった。
◇
夕方になり、二人は並んで歩いていた。
「リドル先輩」
「何だい?」
「昔のリドル先輩に会ったら、今のことを信じてもらえないかもしれませんね」
「どうして?」
「こんな風に話しているところです」
リドルは少し考える。
「確かに、そうかもしれない」
「やっぱり」
「でも……昔のボクも、きっと変わることを望んでいたんだと思う」
「……」
「ただ、その方法が分からなかっただけで」
ななしは隣を見る。
リドルの横顔は、以前よりずっと穏やかだった。
「キミと出会えてよかった」
「私もです」
「即答なんだね」
「本当のことなので」
「そういうところだよ」
「また言われました」
「褒めているんだ」
「分かりにくいです」
「ボクとしてはかなり素直に言っているつもりだけど」
「じゃあ、もっと分かりやすくしてください」
リドルは少し黙る。
そして、小さく笑った。
「キミは欲張りだね」
「駄目ですか?」
「いいや」
リドルはななしを見る。
「キミになら、いくらでも言ってあげるよ」
その言葉にななしは笑った。
リドルは誰よりも規則を大切にする。
間違いを見逃さない。
自分にも他人にも厳しい。
けれど、そんな彼が自分だけに見せる表情がある。
弱さも、迷いも、少しの甘えも。
それを知っていることが、ななしには何より嬉しかった。
「リドル先輩」
「なんだい?」
「これからも、私のことを見ていてください」
「当たり前だろう?」
リドルは迷わず答える。
「ボクがそうしたいと思っているからね」
その言葉は華やかな約束よりもずっと確かなものだった。
二人だけが分かる距離で、ゆっくりと時間が流れていく。
