ハーツラビュル
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放課後の静かな時間。
ななしが資料を抱えて廊下を歩いていると、後ろから聞き慣れた声がした。
「ななし」
振り返るとリドルが立っていた。
「リドル先輩。どうしたんですか?」
「キミ、ボクとの約束を忘れていたんじゃないかい?」
「約束……?」
ななしが首を傾げると、リドルは少しだけ眉を寄せた。
「昨日、資料整理を手伝ってくれると言っただろう」
「あ……!」
思い出したように声を上げる。
「ごめんなさい。完全に忘れてました」
「まったく……」
「怒ってますか?」
「怒っている……と言いたいところだけど」
リドルは小さく息を吐いた。
「キミが謝る顔を見ると、強く言えなくなる自分にも腹が立つよ」
「それって、怒ってないってことですか?」
「そういう意味ではないよ」
「じゃあ?」
「……ボクが甘いだけだ」
少し不満そうに言うリドルを見て、ななしは思わず笑った。
「リドル先輩でも、そういうことあるんですね」
「失礼だね。ボクを何だと思っているんだい?」
「何でも完璧にこなす人です」
「……」
リドルは一瞬黙った。
「それは褒め言葉なのかい?」
「はい」
「なら受け取っておくよ」
そう言ったものの、リドルの表情はどこか複雑だった。
◇
資料整理を始めてしばらく。
ななしが机の上に並んだ書類を見ながら言った。
「リドル先輩、これって日付順に並べればいいんですよね?」
「日付順だけじゃなく、内容ごとに分けたほうが後で確認しやすい」
「なるほど……」
「キミ、分からないことをそのまま進めようとする癖があるね」
「ありますか?」
「あるよ」
「気をつけます」
「……素直だね」
「え?」
「いや」
リドルは視線を書類へ戻した。
「キミはそういうところが不思議なんだ」
「どういうところですか?」
「注意されても嫌な顔をしないところ」
「注意される理由があれば、直したほうがいいかなって思うので」
「普通はそう思わない人もいるよ」
「リドル先輩は、そう思わないんですか?」
「ボク?」
リドルは少し考えるように間を置いた。
「昔のボクなら、相手の事情よりも自分の正しさばかり考えていたと思う」
「昔の……」
「今は違うよ」
「きっかけがあったんですね」
「……ああ」
リドルは答えを濁した。
けれど、その横顔は少し柔らかかった。
「キミと話していると、考え方を変えることも悪くないと思えるんだ」
「私と?」
「ああ」
「私、そんな大したことしてませんよ」
「そういうところだよ」
「?」
「自分が誰かに影響を与えていることに気づいていないところ」
リドルの言葉に、ななしは黙った。
普段なら迷いなく言葉を返す彼が、少しだけ言葉を選んでいるように見えた。
◇
数日後。
ななしは偶然、リドルが一人で作業しているところを見かけた。
声をかけようとした時、リドルが机の上に置かれた小さなメモを見ていることに気づく。
そこには以前、ななしが渡した簡単な確認事項が書かれていた。
「リドル先輩、それ……」
「!」
リドルが振り返る。
「キミ、いつからいたんだい」
「今来たところです」
「……見たのかい?」
「少しだけ」
リドルはメモを手に取った。
「これは捨て忘れていただけだよ」
「でも、持っていたんですよね」
「……」
「大事なものだったんですか?」
「違う」
即答だった。
けれど、その後に続いた言葉は少し違った。
「……違う、はずだった」
「リドル先輩?」
「キミは覚えているかい」
「何をですか?」
「これを渡した時のこと」
ななしは少し考えて頷く。
「覚えてます。リドル先輩、忙しそうだったから」
「あの時、ボクは余裕がなかった」
「そうでしたね」
「でもキミは、何も聞かずにこれを渡してきた」
「迷惑かなと思ったんですけど」
「逆だよ」
リドルは静かに言った。
「とても助かった」
「……」
「ボクはね、誰かに頼ることが苦手だった」
「知っています」
「知っていたのかい?」
「なんとなくです」
「なんとなくで分かるものなのか」
「リドル先輩、全部自分でできちゃうので」
リドルは少し困ったように笑った。
「キミには敵わないな」
◇
その日の帰り道。
二人で歩く時間は、いつもより長く感じられた。
「ななし」
「はい」
「キミは、ボクのことをどう思っている?」
突然の質問に、ななしは足を止めた。
「どうって……」
「そのままの意味だよ」
「真面目で、厳しい人です」
「それだけかい?」
「あと、優しい人です」
「……」
リドルが少し驚いた顔をする。
「優しい?」
「はい」
「ボクが?」
「はい」
「キミは変わっているね」
「よく言われます」
「褒めているわけじゃないよ」
「分かってます」
「……本当に調子が狂うな」
リドルは小さく呟いた。
「ボクは、キミが思っている以上にキミのことを見ている」
「え?」
「授業中、眠そうにしていたことも」
「なんだかちょっと恥ずかしいです」
「誰かの手伝いばかりして、自分のことを後回しにしていることも」
「リドル先輩……」
「気づいたら、目で追っていた」
リドルは足を止める。
「最初は気になっただけだった」
「……」
「でも、いつの間にか違っていた」
静かな声だった。
「キミが誰かと話しているだけで気になった。楽しそうにしていると安心した。逆に、困っている顔を見ると放っておけなかった」
ななしは何も言えなかった。
「ボクは、自分がここまで誰かに執着するなんて思っていなかったよ」
「執着……」
「そう」
リドルは真っ直ぐななしを見る。
「キミが思っている以上に、ボクはキミのことを特別に思っているよ」
「……」
「困らせたいわけじゃない」
「はい」
「ただ、隠しているほうが無理だと思った」
「リドル先輩が、そんなこと言うなんて」
「ボクだって驚いている」
「いつからですか?」
「さあ」
「分からないんですか?」
「分からない」
リドルは少し笑った。
「気づいた時には、もう遅かった」
「……リドル先輩は、私にどうしてほしいんですか?」
ななしが尋ねると、リドルは少しだけ目を伏せた。
「本当なら、ボクだけを見てほしいと言いたい」
「……」
「でも、そんなことを命令する権利はない」
「リドル先輩」
「ボクは寮長だ。規則を守らせる立場でもある。でも、これは規則じゃない」
「……」
「キミの気持ちは、キミ自身が決めるものだから」
その言葉を聞いて、ななしは少し笑った。
「リドル先輩らしいですね」
「何がだい?」
「ちゃんと私のことを考えてくれるところ」
「……」
「でも、私もリドル先輩といる時間は好きです」
リドルの表情が変わる。
「それは……期待していい言葉かい?」
「はい」
「……困ったね」
「困ってますか?」
「嬉しすぎて困っている」
珍しく素直な言葉だった。
「ボクはもっと余裕のある告白をするつもりだった」
「そうなんですか?」
「完璧な場所を選んで、完璧な言葉を考えて」
「でも?」
「全部無駄になった」
「どうしてですか?」
「キミを前にすると、予定通りにいかないからだよ」
ななしは笑った。
リドルも小さく笑う。
「ななし」
「はい」
「これからも、ボクのそばにいてくれるかい?」
「はい」
「……ありがとう」
「こちらこそ」
「ひとつ言っておくけれど」
「なんですか?」
「ボクは簡単には諦めないよ」
「分かっています」
「分かっている?」
「だってリドル先輩ですから」
「それはどういう意味だい」
「一度決めたことは曲げない人なので」
「……否定できないね」
二人の間に、穏やかな時間が流れる。
厳しい規則を大切にする彼が、自分にだけ見せる少し不器用な表情。
それを知っていることが、ななしには少し嬉しかった。
ななしが資料を抱えて廊下を歩いていると、後ろから聞き慣れた声がした。
「ななし」
振り返るとリドルが立っていた。
「リドル先輩。どうしたんですか?」
「キミ、ボクとの約束を忘れていたんじゃないかい?」
「約束……?」
ななしが首を傾げると、リドルは少しだけ眉を寄せた。
「昨日、資料整理を手伝ってくれると言っただろう」
「あ……!」
思い出したように声を上げる。
「ごめんなさい。完全に忘れてました」
「まったく……」
「怒ってますか?」
「怒っている……と言いたいところだけど」
リドルは小さく息を吐いた。
「キミが謝る顔を見ると、強く言えなくなる自分にも腹が立つよ」
「それって、怒ってないってことですか?」
「そういう意味ではないよ」
「じゃあ?」
「……ボクが甘いだけだ」
少し不満そうに言うリドルを見て、ななしは思わず笑った。
「リドル先輩でも、そういうことあるんですね」
「失礼だね。ボクを何だと思っているんだい?」
「何でも完璧にこなす人です」
「……」
リドルは一瞬黙った。
「それは褒め言葉なのかい?」
「はい」
「なら受け取っておくよ」
そう言ったものの、リドルの表情はどこか複雑だった。
◇
資料整理を始めてしばらく。
ななしが机の上に並んだ書類を見ながら言った。
「リドル先輩、これって日付順に並べればいいんですよね?」
「日付順だけじゃなく、内容ごとに分けたほうが後で確認しやすい」
「なるほど……」
「キミ、分からないことをそのまま進めようとする癖があるね」
「ありますか?」
「あるよ」
「気をつけます」
「……素直だね」
「え?」
「いや」
リドルは視線を書類へ戻した。
「キミはそういうところが不思議なんだ」
「どういうところですか?」
「注意されても嫌な顔をしないところ」
「注意される理由があれば、直したほうがいいかなって思うので」
「普通はそう思わない人もいるよ」
「リドル先輩は、そう思わないんですか?」
「ボク?」
リドルは少し考えるように間を置いた。
「昔のボクなら、相手の事情よりも自分の正しさばかり考えていたと思う」
「昔の……」
「今は違うよ」
「きっかけがあったんですね」
「……ああ」
リドルは答えを濁した。
けれど、その横顔は少し柔らかかった。
「キミと話していると、考え方を変えることも悪くないと思えるんだ」
「私と?」
「ああ」
「私、そんな大したことしてませんよ」
「そういうところだよ」
「?」
「自分が誰かに影響を与えていることに気づいていないところ」
リドルの言葉に、ななしは黙った。
普段なら迷いなく言葉を返す彼が、少しだけ言葉を選んでいるように見えた。
◇
数日後。
ななしは偶然、リドルが一人で作業しているところを見かけた。
声をかけようとした時、リドルが机の上に置かれた小さなメモを見ていることに気づく。
そこには以前、ななしが渡した簡単な確認事項が書かれていた。
「リドル先輩、それ……」
「!」
リドルが振り返る。
「キミ、いつからいたんだい」
「今来たところです」
「……見たのかい?」
「少しだけ」
リドルはメモを手に取った。
「これは捨て忘れていただけだよ」
「でも、持っていたんですよね」
「……」
「大事なものだったんですか?」
「違う」
即答だった。
けれど、その後に続いた言葉は少し違った。
「……違う、はずだった」
「リドル先輩?」
「キミは覚えているかい」
「何をですか?」
「これを渡した時のこと」
ななしは少し考えて頷く。
「覚えてます。リドル先輩、忙しそうだったから」
「あの時、ボクは余裕がなかった」
「そうでしたね」
「でもキミは、何も聞かずにこれを渡してきた」
「迷惑かなと思ったんですけど」
「逆だよ」
リドルは静かに言った。
「とても助かった」
「……」
「ボクはね、誰かに頼ることが苦手だった」
「知っています」
「知っていたのかい?」
「なんとなくです」
「なんとなくで分かるものなのか」
「リドル先輩、全部自分でできちゃうので」
リドルは少し困ったように笑った。
「キミには敵わないな」
◇
その日の帰り道。
二人で歩く時間は、いつもより長く感じられた。
「ななし」
「はい」
「キミは、ボクのことをどう思っている?」
突然の質問に、ななしは足を止めた。
「どうって……」
「そのままの意味だよ」
「真面目で、厳しい人です」
「それだけかい?」
「あと、優しい人です」
「……」
リドルが少し驚いた顔をする。
「優しい?」
「はい」
「ボクが?」
「はい」
「キミは変わっているね」
「よく言われます」
「褒めているわけじゃないよ」
「分かってます」
「……本当に調子が狂うな」
リドルは小さく呟いた。
「ボクは、キミが思っている以上にキミのことを見ている」
「え?」
「授業中、眠そうにしていたことも」
「なんだかちょっと恥ずかしいです」
「誰かの手伝いばかりして、自分のことを後回しにしていることも」
「リドル先輩……」
「気づいたら、目で追っていた」
リドルは足を止める。
「最初は気になっただけだった」
「……」
「でも、いつの間にか違っていた」
静かな声だった。
「キミが誰かと話しているだけで気になった。楽しそうにしていると安心した。逆に、困っている顔を見ると放っておけなかった」
ななしは何も言えなかった。
「ボクは、自分がここまで誰かに執着するなんて思っていなかったよ」
「執着……」
「そう」
リドルは真っ直ぐななしを見る。
「キミが思っている以上に、ボクはキミのことを特別に思っているよ」
「……」
「困らせたいわけじゃない」
「はい」
「ただ、隠しているほうが無理だと思った」
「リドル先輩が、そんなこと言うなんて」
「ボクだって驚いている」
「いつからですか?」
「さあ」
「分からないんですか?」
「分からない」
リドルは少し笑った。
「気づいた時には、もう遅かった」
「……リドル先輩は、私にどうしてほしいんですか?」
ななしが尋ねると、リドルは少しだけ目を伏せた。
「本当なら、ボクだけを見てほしいと言いたい」
「……」
「でも、そんなことを命令する権利はない」
「リドル先輩」
「ボクは寮長だ。規則を守らせる立場でもある。でも、これは規則じゃない」
「……」
「キミの気持ちは、キミ自身が決めるものだから」
その言葉を聞いて、ななしは少し笑った。
「リドル先輩らしいですね」
「何がだい?」
「ちゃんと私のことを考えてくれるところ」
「……」
「でも、私もリドル先輩といる時間は好きです」
リドルの表情が変わる。
「それは……期待していい言葉かい?」
「はい」
「……困ったね」
「困ってますか?」
「嬉しすぎて困っている」
珍しく素直な言葉だった。
「ボクはもっと余裕のある告白をするつもりだった」
「そうなんですか?」
「完璧な場所を選んで、完璧な言葉を考えて」
「でも?」
「全部無駄になった」
「どうしてですか?」
「キミを前にすると、予定通りにいかないからだよ」
ななしは笑った。
リドルも小さく笑う。
「ななし」
「はい」
「これからも、ボクのそばにいてくれるかい?」
「はい」
「……ありがとう」
「こちらこそ」
「ひとつ言っておくけれど」
「なんですか?」
「ボクは簡単には諦めないよ」
「分かっています」
「分かっている?」
「だってリドル先輩ですから」
「それはどういう意味だい」
「一度決めたことは曲げない人なので」
「……否定できないね」
二人の間に、穏やかな時間が流れる。
厳しい規則を大切にする彼が、自分にだけ見せる少し不器用な表情。
それを知っていることが、ななしには少し嬉しかった。
