サバナクロー
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夜も深くなった頃、ななしは静かな廊下を歩いていた。
用事を済ませた帰り道だったはずなのに、なぜか足取りは遅くなっている。
理由は分かっていた。
「……こんなところで何してんだ」
突然聞こえた声に、ななしは足を止めた。
振り返ると、壁にもたれたレオナがいた。
「レオナさん……」
「呼んだだけでそんな顔すんなよ。別に取って食いやしねぇ」
「びっくりしただけです」
「へぇ」
レオナは面白そうに目を細めた。
「俺がいると思わなかったか」
「はい」
「正直だな」
そう言いながらレオナはその場を動かなかった。
ななしも立ち去る理由を探していたが見つからない。
◇
「……眠れねぇのか」
「少しだけです」
「嘘つけ」
「なんで分かるんですか」
「顔見りゃ分かる」
ぶっきらぼうな言葉なのに、不思議と冷たく感じなかった。
レオナはいつもそうだった。
興味がないような態度を取るくせに、細かい変化にはすぐ気づく。
「レオナさんは?」
「俺?」
「眠れないんですか」
「俺は昼寝しすぎただけだ」
「それ、いつものことじゃないですか」
「言うようになったな」
少し笑った声がして、ななしは思わず顔を上げた。
「……今、笑いました?」
「何だよ」
「珍しいなって」
「失礼な奴だな」
「すみません」
「謝るくらいなら最初から言うな」
そう言いながら、レオナはななしの近くまで歩いてきた。
距離が近くなる。
それだけで、さっきまで普通だったはずの空気が変わった。
「レオナさん?」
「何だ」
「近いです」
「そうか?」
「はい」
「お前が逃げねぇからだろ」
「逃げた方がいいんですか」
問いかけると、レオナは少し黙った。
「……さあな」
いつもの余裕のある声とは違う響きだった。
◇
「お前」
「はい」
「俺の前だと妙に無防備だな」
「そんなつもりは……」
「そういうところだ」
レオナは小さく息を吐いた。
「自覚ねぇなら余計に困る」
「困るんですか?」
「ああ」
「どうして」
「聞くな」
「気になります」
「面倒な奴だな」
呆れたように言いながら、レオナの表情はどこか優しかった。
「……ななし」
名前を呼ばれて、胸が跳ねる。
「はい」
「こっち見ろ」
言われるまま顔を上げる。
その瞬間、レオナとの距離がさらに縮まった。
「レオナさん……」
「嫌なら言え」
低い声だった。
からかうような響きではない。
ちゃんと確認する声だった。
ななしが何も言わずにいると、レオナは静かに視線を向けた。
次の瞬間、優しく触れるような口づけが落ちた。
◇
最初は、触れるだけの確かめるような口づけだった。
けれど唇が離れたあとも、レオナはすぐには身を引かなかった。
近い距離のまま互いの呼吸が混ざる。
からかうような言葉も、いつもの余裕もない。
ただ静かに、ななしの反応を見つめていた。
「顔、赤いぞ」
「……レオナさんのせいです」
「俺のせいにすんな」
「だって……」
言葉が続かない。
レオナはそんな様子を見て、少し楽しそうに笑った。
「珍しいな」
「何がですか」
「お前がそんな顔するの」
「見ないでください」
「無理だな」
「どうして」
「見てぇだろ」
あまりにも自然に言われて、何も返せなくなる。
レオナは普段、欲しいものを隠さない。
でも今だけは、その言葉の奥にある気持ちが少しだけ見えた気がした。
「……俺が近づくと、そんなに困るか」
「……困ります」
「嫌か」
「嫌じゃないです」
「じゃあ何だ」
「……緊張します」
その答えに、レオナは少し驚いたような顔をした。
「緊張?」
「しますよ」
「俺相手に?」
「はい」
「変な奴だな」
「レオナさんだからです」
一瞬、沈黙が落ちた。
レオナは視線を逸らし低く笑った。
「そういうこと平気で言うから困るんだよ」
「本当のことです」
「分かってる」
その返事は、いつもより少しだけ柔らかかった。
◇
「ななし」
「はい」
「俺のこと、怖くねぇのか」
突然の問いだった。
「怖くないです」
「普通はもう少し警戒するだろ」
「レオナさんが思っているより、わたしはレオナさんを見ています」
「……」
「優しいところも知っています」
「買いかぶりすぎだ」
「そうですか?」
「ああ」
「でも、わたしはそう思っています」
レオナはしばらく何も言わなかった。
やがて、少しだけ困ったように笑う。
「敵わねぇな」
「え?」
「何でもねぇ」
そう言って、レオナはまたななしへ向き直った。
「今日はもう戻れ」
「レオナさんは?」
「俺はもう少しここにいる」
「寂しくないですか」
「……」
「わたし、変なこと言いました?」
「いや」
レオナは小さく首を振った。
「お前は本当に調子狂わせるな」
「すみません」
「だから謝るなって」
「はい」
「でも……嫌じゃねぇ」
その一言が、何より嬉しかった。
「また話してもいいですか」
「勝手にしろ」
「それ、いいって意味ですよね」
「好きに受け取れ」
「じゃあ、いいって受け取ります」
「……生意気になったな」
「レオナさんのせいです」
「俺のせいばっかりだな」
そう言いながら、レオナは穏やかに笑っていた。
その表情を見られたことが、ななしには何より特別だった。
用事を済ませた帰り道だったはずなのに、なぜか足取りは遅くなっている。
理由は分かっていた。
「……こんなところで何してんだ」
突然聞こえた声に、ななしは足を止めた。
振り返ると、壁にもたれたレオナがいた。
「レオナさん……」
「呼んだだけでそんな顔すんなよ。別に取って食いやしねぇ」
「びっくりしただけです」
「へぇ」
レオナは面白そうに目を細めた。
「俺がいると思わなかったか」
「はい」
「正直だな」
そう言いながらレオナはその場を動かなかった。
ななしも立ち去る理由を探していたが見つからない。
◇
「……眠れねぇのか」
「少しだけです」
「嘘つけ」
「なんで分かるんですか」
「顔見りゃ分かる」
ぶっきらぼうな言葉なのに、不思議と冷たく感じなかった。
レオナはいつもそうだった。
興味がないような態度を取るくせに、細かい変化にはすぐ気づく。
「レオナさんは?」
「俺?」
「眠れないんですか」
「俺は昼寝しすぎただけだ」
「それ、いつものことじゃないですか」
「言うようになったな」
少し笑った声がして、ななしは思わず顔を上げた。
「……今、笑いました?」
「何だよ」
「珍しいなって」
「失礼な奴だな」
「すみません」
「謝るくらいなら最初から言うな」
そう言いながら、レオナはななしの近くまで歩いてきた。
距離が近くなる。
それだけで、さっきまで普通だったはずの空気が変わった。
「レオナさん?」
「何だ」
「近いです」
「そうか?」
「はい」
「お前が逃げねぇからだろ」
「逃げた方がいいんですか」
問いかけると、レオナは少し黙った。
「……さあな」
いつもの余裕のある声とは違う響きだった。
◇
「お前」
「はい」
「俺の前だと妙に無防備だな」
「そんなつもりは……」
「そういうところだ」
レオナは小さく息を吐いた。
「自覚ねぇなら余計に困る」
「困るんですか?」
「ああ」
「どうして」
「聞くな」
「気になります」
「面倒な奴だな」
呆れたように言いながら、レオナの表情はどこか優しかった。
「……ななし」
名前を呼ばれて、胸が跳ねる。
「はい」
「こっち見ろ」
言われるまま顔を上げる。
その瞬間、レオナとの距離がさらに縮まった。
「レオナさん……」
「嫌なら言え」
低い声だった。
からかうような響きではない。
ちゃんと確認する声だった。
ななしが何も言わずにいると、レオナは静かに視線を向けた。
次の瞬間、優しく触れるような口づけが落ちた。
◇
最初は、触れるだけの確かめるような口づけだった。
けれど唇が離れたあとも、レオナはすぐには身を引かなかった。
近い距離のまま互いの呼吸が混ざる。
からかうような言葉も、いつもの余裕もない。
ただ静かに、ななしの反応を見つめていた。
「顔、赤いぞ」
「……レオナさんのせいです」
「俺のせいにすんな」
「だって……」
言葉が続かない。
レオナはそんな様子を見て、少し楽しそうに笑った。
「珍しいな」
「何がですか」
「お前がそんな顔するの」
「見ないでください」
「無理だな」
「どうして」
「見てぇだろ」
あまりにも自然に言われて、何も返せなくなる。
レオナは普段、欲しいものを隠さない。
でも今だけは、その言葉の奥にある気持ちが少しだけ見えた気がした。
「……俺が近づくと、そんなに困るか」
「……困ります」
「嫌か」
「嫌じゃないです」
「じゃあ何だ」
「……緊張します」
その答えに、レオナは少し驚いたような顔をした。
「緊張?」
「しますよ」
「俺相手に?」
「はい」
「変な奴だな」
「レオナさんだからです」
一瞬、沈黙が落ちた。
レオナは視線を逸らし低く笑った。
「そういうこと平気で言うから困るんだよ」
「本当のことです」
「分かってる」
その返事は、いつもより少しだけ柔らかかった。
◇
「ななし」
「はい」
「俺のこと、怖くねぇのか」
突然の問いだった。
「怖くないです」
「普通はもう少し警戒するだろ」
「レオナさんが思っているより、わたしはレオナさんを見ています」
「……」
「優しいところも知っています」
「買いかぶりすぎだ」
「そうですか?」
「ああ」
「でも、わたしはそう思っています」
レオナはしばらく何も言わなかった。
やがて、少しだけ困ったように笑う。
「敵わねぇな」
「え?」
「何でもねぇ」
そう言って、レオナはまたななしへ向き直った。
「今日はもう戻れ」
「レオナさんは?」
「俺はもう少しここにいる」
「寂しくないですか」
「……」
「わたし、変なこと言いました?」
「いや」
レオナは小さく首を振った。
「お前は本当に調子狂わせるな」
「すみません」
「だから謝るなって」
「はい」
「でも……嫌じゃねぇ」
その一言が、何より嬉しかった。
「また話してもいいですか」
「勝手にしろ」
「それ、いいって意味ですよね」
「好きに受け取れ」
「じゃあ、いいって受け取ります」
「……生意気になったな」
「レオナさんのせいです」
「俺のせいばっかりだな」
そう言いながら、レオナは穏やかに笑っていた。
その表情を見られたことが、ななしには何より特別だった。
