スカラビア
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宴の賑わいが遠くから聞こえてくる。
喧騒から少し離れた廊下で、ジャミルはななしの腕をそっとつかんだ。
「……ジャミル先輩?」
戸惑うななしに返事をすることなく、そのまま近くの空き部屋へ入る。
扉が閉まり、小さく鍵の音だけが響いた。
「先輩……どうしたんですか?」
問いかけられても、ジャミルはすぐには答えない。
しばらくななしを見つめてから、小さく口を開いた。
「……あいつと、ずいぶん楽しそうに話してたな」
「え?」
「カリムと、何を話してた」
ななしは少し考えてから答える。
「今日の料理のことです。それから、宴の準備が大変でしたねって」
「……それだけか」
「はい。それだけですけど……」
短い返事を聞いても、ジャミルの表情は晴れない。
視線を落としたまま、小さく息をついた。
「……頭では分かってる」
「先輩?」
「ただ話していただけだってことくらい」
自嘲するように笑う。
「それでも、お前があいつに笑いかけてるのを見ると、妙に落ち着かなくなる」
ななしは目を丸くした。
「落ち着かなくなるんですか?」
「ああ、我ながら面倒な話だ」
重苦しい沈黙の中に、ジャミルの吐き出す低い吐息だけが落ちる。
「お前は悪くない」
「でも……」
「勝手に比べてるのは俺だ」
苦笑しながら肩を落とす。
「比べても意味がないって分かってるのにな」
ななしはゆっくり首を振った。
「少しだけ、わたしの話も聞いてもらえますか?」
「ああ」
「カリム先輩は、大切な先輩です」
「……そうだな」
「でも、ジャミル先輩とは違います」
その言葉に、ジャミルがゆっくり顔を上げた。
「違う?」
「はい」
まっすぐ視線を合わせる。
「心配してくれるのも、叱ってくれるのも、ちゃんと見てくれるのも、ジャミル先輩だからです」
思わずジャミルが笑う。
「そんなこと言われると、調子が狂うな」
「本当のことです」
「俺はそんな立派な人間じゃない」
「知ってます」
即答され、ジャミルは思わず眉を上げた。
「嫉妬もするし、意地も張るし」
「……そこまで言うか」
「自覚ないんですか?」
ななしは優しく笑う。
「でも、ちゃんと向き合おうとしてくれるところが、ジャミル先輩らしいです」
しばらく言葉が途切れる。
やがてジャミルは照れくさそうに笑った。
「参った」
「何がですか?」
「今日は問い詰めてやるつもりだった」
「そうなんですね」
「もう少し格好よく決める予定だったんだが」
「全然そんなふうには見えませんでしたよ」
「結局、お前には全部お見通しだったみたいだ」
「ジャミル先輩、案外隠すの苦手ですよね」
「それは認めたくない」
そう言いながらも、さっきまで張り詰めていた空気はもうなかった。
「一つだけ約束してほしい」
ジャミルが静かに口を開く。
「何ですか?」
「また俺が勝手に思い込んでたら、そのときもちゃんと話してくれ」
ななしは迷わず頷く。
「もちろんです」
「それと……」
少しだけ視線を逸らす。
「俺にも、今日みたいに笑ってくれ」
ななしはきょとんとした表情になる。
「今日も笑ってましたよ?」
「違う」
茶化すような気配の微塵もない、あまりに真面目な声に思わず言葉を呑む。
「カリムに向ける笑顔とは、少し違う」
「そうなんですか?」
「ああ」
あまりにも真面目な返事に、ななしは思わず吹き出した。
「それなら、先輩だけに見せる笑顔を考えておきます」
「……それはずるい」
照れ隠しのように笑うジャミルへ、ななしも笑顔を返す。
「だって、ジャミル先輩相手ですから」
「……本当、敵わないな」
鍵を開ける前に、一度だけななしへ向き直る。
「……ななし、ありがとう」
穏やかな表情を浮かべたまま扉を開けると、再び宴の賑わいが耳に届く。
二人は並んで部屋を後にし、そのまま人の輪の中へ戻っていった。
喧騒から少し離れた廊下で、ジャミルはななしの腕をそっとつかんだ。
「……ジャミル先輩?」
戸惑うななしに返事をすることなく、そのまま近くの空き部屋へ入る。
扉が閉まり、小さく鍵の音だけが響いた。
「先輩……どうしたんですか?」
問いかけられても、ジャミルはすぐには答えない。
しばらくななしを見つめてから、小さく口を開いた。
「……あいつと、ずいぶん楽しそうに話してたな」
「え?」
「カリムと、何を話してた」
ななしは少し考えてから答える。
「今日の料理のことです。それから、宴の準備が大変でしたねって」
「……それだけか」
「はい。それだけですけど……」
短い返事を聞いても、ジャミルの表情は晴れない。
視線を落としたまま、小さく息をついた。
「……頭では分かってる」
「先輩?」
「ただ話していただけだってことくらい」
自嘲するように笑う。
「それでも、お前があいつに笑いかけてるのを見ると、妙に落ち着かなくなる」
ななしは目を丸くした。
「落ち着かなくなるんですか?」
「ああ、我ながら面倒な話だ」
重苦しい沈黙の中に、ジャミルの吐き出す低い吐息だけが落ちる。
「お前は悪くない」
「でも……」
「勝手に比べてるのは俺だ」
苦笑しながら肩を落とす。
「比べても意味がないって分かってるのにな」
ななしはゆっくり首を振った。
「少しだけ、わたしの話も聞いてもらえますか?」
「ああ」
「カリム先輩は、大切な先輩です」
「……そうだな」
「でも、ジャミル先輩とは違います」
その言葉に、ジャミルがゆっくり顔を上げた。
「違う?」
「はい」
まっすぐ視線を合わせる。
「心配してくれるのも、叱ってくれるのも、ちゃんと見てくれるのも、ジャミル先輩だからです」
思わずジャミルが笑う。
「そんなこと言われると、調子が狂うな」
「本当のことです」
「俺はそんな立派な人間じゃない」
「知ってます」
即答され、ジャミルは思わず眉を上げた。
「嫉妬もするし、意地も張るし」
「……そこまで言うか」
「自覚ないんですか?」
ななしは優しく笑う。
「でも、ちゃんと向き合おうとしてくれるところが、ジャミル先輩らしいです」
しばらく言葉が途切れる。
やがてジャミルは照れくさそうに笑った。
「参った」
「何がですか?」
「今日は問い詰めてやるつもりだった」
「そうなんですね」
「もう少し格好よく決める予定だったんだが」
「全然そんなふうには見えませんでしたよ」
「結局、お前には全部お見通しだったみたいだ」
「ジャミル先輩、案外隠すの苦手ですよね」
「それは認めたくない」
そう言いながらも、さっきまで張り詰めていた空気はもうなかった。
「一つだけ約束してほしい」
ジャミルが静かに口を開く。
「何ですか?」
「また俺が勝手に思い込んでたら、そのときもちゃんと話してくれ」
ななしは迷わず頷く。
「もちろんです」
「それと……」
少しだけ視線を逸らす。
「俺にも、今日みたいに笑ってくれ」
ななしはきょとんとした表情になる。
「今日も笑ってましたよ?」
「違う」
茶化すような気配の微塵もない、あまりに真面目な声に思わず言葉を呑む。
「カリムに向ける笑顔とは、少し違う」
「そうなんですか?」
「ああ」
あまりにも真面目な返事に、ななしは思わず吹き出した。
「それなら、先輩だけに見せる笑顔を考えておきます」
「……それはずるい」
照れ隠しのように笑うジャミルへ、ななしも笑顔を返す。
「だって、ジャミル先輩相手ですから」
「……本当、敵わないな」
鍵を開ける前に、一度だけななしへ向き直る。
「……ななし、ありがとう」
穏やかな表情を浮かべたまま扉を開けると、再び宴の賑わいが耳に届く。
二人は並んで部屋を後にし、そのまま人の輪の中へ戻っていった。
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