サバナクロー
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薄暗い夕暮れ時の植物園は外の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
熱帯特有の湿った空気が、肌をじっとりと撫でる。
身体をカウチソファに横たえ、レオナは気怠げに片目を開けた。
「何の用だ」
「あの、ラギー先輩からこれを届けるように頼まれて……」
「あいつ、また押し付けやがったな」
レオナは上半身をのっそりと起こし長い足を床に下ろした。
それだけで、周囲の空気が一気に張り詰めるような圧倒的な存在感があった。
彼は長い指先で髪をかき上げ、鼻を鳴らす。
「そこに置いとけ。……で、お前はもう帰るのか?」
「はい、お邪魔みたいですし、もう寮に戻ろうかと……」
引き返そうとすると、伸びて来た足に邪魔される。
「待てよ。誰が帰っていいっつった」
「えっ……でも、レオナさん、眠いんじゃ」
「お前が来たら目が冴えちまった。責任、取ってかねえとなぁ?」
にやりと笑みを浮かべる。
思わず一歩後ずさりしたが、背中に冷たい壁が当たった。
逃げ場は最初から用意されていない。
◇
ゆっくりと立ち上がったレオナは音もなく距離を詰めてきた。
彼の影が全身をすっぽりと覆い隠す。
「なんだ、その顔。食ってやろうってわけじゃねえよ。……まだな」
「レオナさん、顔が近いです……」
「近いのが嫌なら、自分から離れりゃいいだろ。できるもんならな」
挑発するような低い囁きが耳元をくすぐる。
心臓がトクトクと早鐘を打ち始めた。
その音が彼に聞こえてしまっているのではないかと不安になるほど、二人の距離は縮まっている。
レオナは大きな手のひらで背後の壁を叩いた。
鈍い音が響き逃げ道を完全に塞がれる。
「そんなに怯えるなよ。優しくしてやるって言ってるだろ」
「……いつも意地悪ばかりするじゃないですか」
「おいおい、心外だな。俺がいつお前に酷いことをした?」
「今だって、こうして無理やり引き留めてます」
「お前が俺に構ってほしい顔をしてたから、付き合ってやってるだけだ」
傲慢極まりない言い分に抗議の視線を向けた。
しかしレオナはそれを愉しむように、ふっと口元を緩める。
彼の指先が頬をそっとなぞった。
ごつごつとした男らしい指先が柔らかい肌の上を滑っていく。
「……お前、耳まで真っ赤だぜ」
「それは、レオナさんが急に驚かせるからで……」
「素直に、俺に触られて緊張してると言やあ可愛いものを」
レオナは腰へと手を回し引き寄せた。
逆らう隙など与えられないほどの確かな力強さだった。
「あの、レオナさん、これ以上は……」
「これ以上? まだ何もしてねえよ」
「でも、ここ、誰かが来たら……」
「来ねえよ。ラギーも空気を読む程度には賢いからな」
退路の遮断され、小さく溜息をついた。
観念したようなその様子を見てレオナの瞳の奥が怪しく光る。
「ようやく観念したか?」
「……レオナさんには敵いません」
「よく分かってるじゃねえか。お前はただ、俺の言う通りに動いてりゃいいんだよ」
重なる距離。
レオナの息が肌にかかる。
香水ではない、彼自身の体温の混ざった独特の香りが鼻腔をくすぐり、思考を鈍らせていく。
レオナの唇がゆっくりと額、そして目元へと落とされた。
軽いリップ音に心臓が跳ねる。
「……まだ足りねえ。もっと近くに来い、■■■」
「レオナ、さ……」
名前を呼ぶ唇を塞ぐように、彼は自らの唇を重ねた。
深く、驚くほどに優しく。
捕食者が獲物を慈しむような、ひどく甘やかで甘美な時間が静まり返った植物園の中に溶けていった。