サバナクロー
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「……で、なんでお前がそんな顔してんだ」
低い声が落ちてきてななしは肩を震わせた。
「そんな顔とは」
「今にも世界が終わりそうな顔だ」
「終わらないですよ、そんな大げさな」
レオナは欠伸をひとつして、視線だけを向ける。
「ため息、三回目だぞ」
「数えてたんですか」
「うるせぇから勝手に耳に入る」
「……別に、なんでもないです」
「そうかよ」
あっさり引き下がったことにななしは少しだけ拍子抜けした。
けれど数秒後に言葉が返ってくる。
「で、本当は?」
「……」
「言え」
「なんでもないって言いました」
「お前のなんでもないは大抵なんでもある時だ」
「そんなことないです」
「事実だろ」
レオナは目を閉じたまま続ける。
「抱え込む癖やめろ」
「癖じゃないです」
「じゃあ趣味か」
「そんな趣味ありません」
「なら言え」
短いやり取りのあと、ななしは小さく息を吐いた。
「……ちょっと疲れただけです」
「本当にそれだけか」
「それだけです」
「嘘だな」
即答だった。
「どうしてそう思うんですか」
「お前、今朝から一回も笑ってねぇ」
ななしは言葉を失った。
自分でも気づいていなかったことをあっさり言い当てられる。
「……観察しすぎじゃないですか」
「暇だからな」
「絶対違う」
「そうかもな」
レオナはゆっくり起き上がる。
「ほら、座れ」
「もう座ってます」
「そこじゃねぇ、こっちだ」
示された場所はすぐ隣だった。
「別にここでも」
「聞こえねぇ」
「聞こえてるじゃないですか」
「いいからおとなしく言うこと聞け」
結局ななしは隣へ移動した。
「で?」
「……ちょっと失敗しただけです」
「何を」
「いろいろ」
「便利な言葉だな、いろいろ」
「便利なんです」
「逃げ道にもなる」
図星だった。
「……頑張ったんですけど」
「……」
「ちゃんとやったつもりだったんですけど」
「……」
「なんか全部空回りした感じで」
「なるほどな」
レオナは否定しなかった。
慰めもしない。ただ話を聞いていた。
「情けないですよね」
「そんなことねぇだろ」
「でも、」
「失敗したんだろ」
「しました」
「じゃあ次のこと考えろ」
「簡単に言いますね」
「簡単だろ」
「簡単じゃないです」
「そうか?」
「落ち込む時は落ち込みます」
「知ってる」
「知ってるならもう少し優しくしてください」
「十分優しいだろ」
「どこが?」
「追い返してねぇだろ」
「基準低いですね」
「俺の基準なら高待遇だ」
少しだけ笑ってしまった。
その瞬間、レオナが目を細める。
「やっと笑ったな」
「……誘導しました?」
「さぁな」
「レオナさんって」
「なんだ」
「たまにずるいです」
「たまにじゃねぇな」
「認めるんだ」
「昔から言われる」
「自覚あるんですね」
「ある」
即答だった。
「でもお前も大概だぞ」
「わたしですか?」
「人に頼らなさすぎる」
「そんなこと」
「ある」
今度はこちらが即答される番だった。
「無理して平気な顔するな」
「無理なんて」
「してるだろ」
「……」
「できないならできないって言え」
「言えませんよ」
「なんでだ」
「迷惑かけるからです」
「誰にだよ」
「みんなに」
「自意識過剰すぎだろ」
「ひどい」
「お前が思ってるほど、周りは迷惑だと思ってねぇよ」
レオナは少しだけ眉を寄せる。
「それに、」
「?」
「迷惑かけられるの嫌なら、最初から関わらねぇ」
言葉が止まる。
「俺は面倒事嫌いだ」
「知ってます」
「お前に付き合ってる時点で察しろ」
「それ、褒めてます?」
「褒めてるだろ」
「分かりにくいです」
「お前が鈍い」
「ひどいなぁ……」
「事実だろ」
レオナは呆れたように息を吐いた。
「俺が何回気にかけてると思ってんだ」
「……え」
「落ち込んでる時も、無茶してる時も分かる」
「……」
「それで放っとけるほど器用じゃねぇんだよ」
ななしは視線を落とした。
胸の奥が騒がしい。
「なんでそんな」
「なんでだと思う」
「……分かりません」
「だろうな」
レオナは苦笑した。
「お前は本当に鈍い」
沈黙が落ちる。
重くはないが落ち着かない。
「……レオナさんは」
「あ?」
「優しいですよね」
「撤回しろ」
「なんでですか」
「面倒だ」
「でも優しいです」
「聞こえねぇな」
「優しいです」
「しつこいぞ」
「そこは認めないんですか」
「嫌だからな」
子供みたいな応酬にまた笑いがこぼれる。
「ほら」
「?」
「また笑った」
「……」
「ずっとその顔してろ」
「命令ですか?」
「お願いでもある」
珍しい言い方だった。
ななしが目を瞬く。
レオナは少しだけ視線を逸らした。
「お前が落ち込んでると、調子狂う」
「レオナさんが?」
「意外か?」
「ちょっと」
「正直だな」
「嘘ついても仕方ないですし」
「まぁな」
短く笑う。
「だから一人で抱えるな」
「……」
「辛いなら言え」
「でも」
「でもじゃねぇ」
声は強いのに不思議と怖くない。
「頼れ」
「……難しいです」
「練習しろ」
「急ですね」
「今からでもいい」
「今?」
「そうだ」
ななしは困ったように笑う。
「何を頼ればいいんですか」
「なんでもいいだろ」
「雑ですね」
「具体例が欲しいか」
「欲しいです」
「じゃあ」
レオナは少し考えて口を開いた。
「疲れたって言え」
「疲れました」
「もっと言え」
「……疲れました」
「よし」
「それで?」
「甘やかす」
「は?」
「聞こえなかったか」
「聞こえましたけど」
「なら問題ないな」
「レオナさんがそんなこと言うの、意外です」
「そうか?」
「そうですよ」
「お前な、意地張ってないで早く俺に甘やかされに来い」
時間が止まった気がした。
「……今なんて、」
「二度言わせる気か?」
「聞き間違いかと思って」
「都合の悪いことだけ聞こえなくなるな」
「だって、」
「俺は割と前からそのつもりだぞ」
「……」
「気づいてなかったのか」
「気づくわけ……ないです」
「だろうな」
レオナは呆れたように笑う。
「お前は俺のこと買いかぶりすぎだ」
「そんなこと、」
「あるだろ」
また即答だった。
「俺は好きなやつには割と甘い」
「……」
「自分でも驚くほどにな」
ななしの顔が熱くなる。
「好きなやつって」
「説明必要か?」
「……」
「お前だよ、ななし」
逃げ場がなかった。
けれど不思議と逃げたいとも思わない。
「……レオナさん、」
「なんだ」
「わたしも」
声が小さくなる。
「たぶん……同じです」
数秒の沈黙。
「たぶん?」
「……同じです」
「そうか」
レオナが笑った。
珍しく穏やかな笑い方だった。
「じゃあ決まりだな」
「何がですか」
「お前が無理した時は俺に報告しろ」
「義務なんですか」
「義務だ」
「横暴だ」
「王族だからな」
「関係あります?」
「あるだろ」
絶対ない。
「あと落ち込んだ時も来い」
「……」
「黙るな」
「頑張ります」
「頑張るな」
「え?」
「来るだけでいい」
レオナは少しだけ肩をすくめる。
「甘やかされるの苦手そうだから言っとくが、」
「はい」
「甘えるのは負けじゃねぇよ」
ななしはゆっくり瞬きをした。
今まで言われたことのない言葉だった。
「……覚えておきます」
「忘れるな」
「努力します」
「だから努力するな」
「難しいなぁ」
「難しくしてるのはお前だ」
レオナは軽く息を吐く。
「まぁいい」
「?」
「そのうち慣れる」
「何にですか」
「俺に甘やかされるのに」
「宣言するんですね」
「するだろ」
「拒否権は?」
「知らん」
「ひどい」
「いい加減、諦めろ」
「……じゃあ、少しずつお願いします」
レオナは目を細めた。
「最初からそのつもりだ」
静かな時間が流れる。
急がなくていい。
無理もしなくていい。
そう思えたのは隣にいる相手のおかげだった。
「レオナさん」
「なんだ」
「ありがとうございます」
「礼はいらねぇよ、その代わり」
「?」
「次からはもっと早く来い」
レオナは小さく笑う。
「俺は、待たされるのは嫌いなんだよ」
低い声が落ちてきてななしは肩を震わせた。
「そんな顔とは」
「今にも世界が終わりそうな顔だ」
「終わらないですよ、そんな大げさな」
レオナは欠伸をひとつして、視線だけを向ける。
「ため息、三回目だぞ」
「数えてたんですか」
「うるせぇから勝手に耳に入る」
「……別に、なんでもないです」
「そうかよ」
あっさり引き下がったことにななしは少しだけ拍子抜けした。
けれど数秒後に言葉が返ってくる。
「で、本当は?」
「……」
「言え」
「なんでもないって言いました」
「お前のなんでもないは大抵なんでもある時だ」
「そんなことないです」
「事実だろ」
レオナは目を閉じたまま続ける。
「抱え込む癖やめろ」
「癖じゃないです」
「じゃあ趣味か」
「そんな趣味ありません」
「なら言え」
短いやり取りのあと、ななしは小さく息を吐いた。
「……ちょっと疲れただけです」
「本当にそれだけか」
「それだけです」
「嘘だな」
即答だった。
「どうしてそう思うんですか」
「お前、今朝から一回も笑ってねぇ」
ななしは言葉を失った。
自分でも気づいていなかったことをあっさり言い当てられる。
「……観察しすぎじゃないですか」
「暇だからな」
「絶対違う」
「そうかもな」
レオナはゆっくり起き上がる。
「ほら、座れ」
「もう座ってます」
「そこじゃねぇ、こっちだ」
示された場所はすぐ隣だった。
「別にここでも」
「聞こえねぇ」
「聞こえてるじゃないですか」
「いいからおとなしく言うこと聞け」
結局ななしは隣へ移動した。
「で?」
「……ちょっと失敗しただけです」
「何を」
「いろいろ」
「便利な言葉だな、いろいろ」
「便利なんです」
「逃げ道にもなる」
図星だった。
「……頑張ったんですけど」
「……」
「ちゃんとやったつもりだったんですけど」
「……」
「なんか全部空回りした感じで」
「なるほどな」
レオナは否定しなかった。
慰めもしない。ただ話を聞いていた。
「情けないですよね」
「そんなことねぇだろ」
「でも、」
「失敗したんだろ」
「しました」
「じゃあ次のこと考えろ」
「簡単に言いますね」
「簡単だろ」
「簡単じゃないです」
「そうか?」
「落ち込む時は落ち込みます」
「知ってる」
「知ってるならもう少し優しくしてください」
「十分優しいだろ」
「どこが?」
「追い返してねぇだろ」
「基準低いですね」
「俺の基準なら高待遇だ」
少しだけ笑ってしまった。
その瞬間、レオナが目を細める。
「やっと笑ったな」
「……誘導しました?」
「さぁな」
「レオナさんって」
「なんだ」
「たまにずるいです」
「たまにじゃねぇな」
「認めるんだ」
「昔から言われる」
「自覚あるんですね」
「ある」
即答だった。
「でもお前も大概だぞ」
「わたしですか?」
「人に頼らなさすぎる」
「そんなこと」
「ある」
今度はこちらが即答される番だった。
「無理して平気な顔するな」
「無理なんて」
「してるだろ」
「……」
「できないならできないって言え」
「言えませんよ」
「なんでだ」
「迷惑かけるからです」
「誰にだよ」
「みんなに」
「自意識過剰すぎだろ」
「ひどい」
「お前が思ってるほど、周りは迷惑だと思ってねぇよ」
レオナは少しだけ眉を寄せる。
「それに、」
「?」
「迷惑かけられるの嫌なら、最初から関わらねぇ」
言葉が止まる。
「俺は面倒事嫌いだ」
「知ってます」
「お前に付き合ってる時点で察しろ」
「それ、褒めてます?」
「褒めてるだろ」
「分かりにくいです」
「お前が鈍い」
「ひどいなぁ……」
「事実だろ」
レオナは呆れたように息を吐いた。
「俺が何回気にかけてると思ってんだ」
「……え」
「落ち込んでる時も、無茶してる時も分かる」
「……」
「それで放っとけるほど器用じゃねぇんだよ」
ななしは視線を落とした。
胸の奥が騒がしい。
「なんでそんな」
「なんでだと思う」
「……分かりません」
「だろうな」
レオナは苦笑した。
「お前は本当に鈍い」
沈黙が落ちる。
重くはないが落ち着かない。
「……レオナさんは」
「あ?」
「優しいですよね」
「撤回しろ」
「なんでですか」
「面倒だ」
「でも優しいです」
「聞こえねぇな」
「優しいです」
「しつこいぞ」
「そこは認めないんですか」
「嫌だからな」
子供みたいな応酬にまた笑いがこぼれる。
「ほら」
「?」
「また笑った」
「……」
「ずっとその顔してろ」
「命令ですか?」
「お願いでもある」
珍しい言い方だった。
ななしが目を瞬く。
レオナは少しだけ視線を逸らした。
「お前が落ち込んでると、調子狂う」
「レオナさんが?」
「意外か?」
「ちょっと」
「正直だな」
「嘘ついても仕方ないですし」
「まぁな」
短く笑う。
「だから一人で抱えるな」
「……」
「辛いなら言え」
「でも」
「でもじゃねぇ」
声は強いのに不思議と怖くない。
「頼れ」
「……難しいです」
「練習しろ」
「急ですね」
「今からでもいい」
「今?」
「そうだ」
ななしは困ったように笑う。
「何を頼ればいいんですか」
「なんでもいいだろ」
「雑ですね」
「具体例が欲しいか」
「欲しいです」
「じゃあ」
レオナは少し考えて口を開いた。
「疲れたって言え」
「疲れました」
「もっと言え」
「……疲れました」
「よし」
「それで?」
「甘やかす」
「は?」
「聞こえなかったか」
「聞こえましたけど」
「なら問題ないな」
「レオナさんがそんなこと言うの、意外です」
「そうか?」
「そうですよ」
「お前な、意地張ってないで早く俺に甘やかされに来い」
時間が止まった気がした。
「……今なんて、」
「二度言わせる気か?」
「聞き間違いかと思って」
「都合の悪いことだけ聞こえなくなるな」
「だって、」
「俺は割と前からそのつもりだぞ」
「……」
「気づいてなかったのか」
「気づくわけ……ないです」
「だろうな」
レオナは呆れたように笑う。
「お前は俺のこと買いかぶりすぎだ」
「そんなこと、」
「あるだろ」
また即答だった。
「俺は好きなやつには割と甘い」
「……」
「自分でも驚くほどにな」
ななしの顔が熱くなる。
「好きなやつって」
「説明必要か?」
「……」
「お前だよ、ななし」
逃げ場がなかった。
けれど不思議と逃げたいとも思わない。
「……レオナさん、」
「なんだ」
「わたしも」
声が小さくなる。
「たぶん……同じです」
数秒の沈黙。
「たぶん?」
「……同じです」
「そうか」
レオナが笑った。
珍しく穏やかな笑い方だった。
「じゃあ決まりだな」
「何がですか」
「お前が無理した時は俺に報告しろ」
「義務なんですか」
「義務だ」
「横暴だ」
「王族だからな」
「関係あります?」
「あるだろ」
絶対ない。
「あと落ち込んだ時も来い」
「……」
「黙るな」
「頑張ります」
「頑張るな」
「え?」
「来るだけでいい」
レオナは少しだけ肩をすくめる。
「甘やかされるの苦手そうだから言っとくが、」
「はい」
「甘えるのは負けじゃねぇよ」
ななしはゆっくり瞬きをした。
今まで言われたことのない言葉だった。
「……覚えておきます」
「忘れるな」
「努力します」
「だから努力するな」
「難しいなぁ」
「難しくしてるのはお前だ」
レオナは軽く息を吐く。
「まぁいい」
「?」
「そのうち慣れる」
「何にですか」
「俺に甘やかされるのに」
「宣言するんですね」
「するだろ」
「拒否権は?」
「知らん」
「ひどい」
「いい加減、諦めろ」
「……じゃあ、少しずつお願いします」
レオナは目を細めた。
「最初からそのつもりだ」
静かな時間が流れる。
急がなくていい。
無理もしなくていい。
そう思えたのは隣にいる相手のおかげだった。
「レオナさん」
「なんだ」
「ありがとうございます」
「礼はいらねぇよ、その代わり」
「?」
「次からはもっと早く来い」
レオナは小さく笑う。
「俺は、待たされるのは嫌いなんだよ」
