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「アズール先輩」
「なんですか」
「お願いがあるんですけど」
アズールのペン先が止まった。
「先に申し上げておきますが、僕は慈善事業をしているわけではありません」
「まだ内容言ってませんよね?」
「経験則です」
即答だった。
「あなたのお願いは大抵、僕に負担が発生しますから」
「今回は普通のお願いです」
「その台詞を信用していいと思ったことがありません」
「ひどいです」
「……それで?」
「授業休んじゃって、ノート貸してほしいんです」
「ああ、なるほど……この前の合同授業ですか」
アズールは小さく頷く。
「お断りします」
「早い!」
「貸し借りには責任が伴いますので」
「ちゃんと返しますって」
「返却されることと、僕の労力に対価が支払われることは別問題です」
「対価?」
「ええ」
アズールは微笑む。
「僕のノートの評判は知ってますよね」
「自分で言うんだ……」
「事実ですので」
さらりと言い切られた。
「じゃあ、何を払えばいいんですか」
「そうですね、」
アズールは少し考える。
「今度、新作メニューの感想を聞かせてください」
「え?」
「試作品の評価は多い方が助かります」
「それだけ?」
「不満ですか?」
「いや、もっと大変なこと言われるかと」
「失礼ですね」
アズールは肩を竦める。
「あなたから高額な対価を取ったところで、回収不能債権になる未来しか見えません」
「信用されてるのかされてないのか分からない」
「信用していますよ」
さらりと返される。
「だからこそ後払いでも構わないんです」
ななしは目を瞬いた。
「……じゃあ契約成立?」
「ええ」
アズールは鞄からノートを取り出した。
「期限は明日までです」
「はい」
「感想は正直にお願いします」
「厳しかったら?」
「改善材料になります」
「甘かったら?」
「商品化を検討します」
「商売人だ」
「褒め言葉として受け取っておきます」
差し出されたノートを受け取る。
「ただし、」
「まだあるんですか?」
「もし気に入ったなら、また付き合ってください」
「試食に?」
「ええ、継続的なモニター契約ということで」
「便利に使われてる……?」
「お互い利益があるでしょう?」
「まあ……確かに」
「契約成立ですね」
どこか満足そうに笑う姿を見ていると。
本当に欲しかったのは感想なのかそれとも別のものだったのか。
この時のななしにはまだ分からなかった。
◇
「では、感想を聞かせてください」
「早いです」
「当然です」
ノートを返した途端、アズールは当然の権利のようにそう言った。
「ではまず味の方から」
「食レポですか?」
「参考意見です」
「ええと……美味しかったです」
「雑ですね」
「まだ一口目の感想なんです!」
「なるほど」
アズールはメモを取る。
「ちなみに甘さは?」
「ちょうどいいくらいでした」
「もう少し強くしても?」
「わたしは好きです」
「そうですか」
真剣な顔で頷く。
「食感は?」
「そこまで細かく聞くんですか?」
「仕事ですから」
「アズール先輩って本当に仕事好きですよね」
「嫌いなことをここまでやりませんよ」
さらりと返される。
「それに、あなたの感想は信用できますし」
「そんなに?」
「媚びませんからね」
「褒めてる?」
「褒めています」
珍しく即答だった。
◇
「というわけで第二回です」
「というわけで?」
「試作品評価会です」
「契約は一回じゃなかったんですか?」
「継続的なモニター契約と言ったはずですが」
「聞いた気がする……」
アズールは涼しい顔をしている。
「なお更新は自動です」
「怖い契約だなあ」
「契約書にはきちんと記載していましたが」
「解約希望は?」
「受理するとは言っていません」
「横暴だ」
アズールが小さく笑う。
「ですが安心してください」
「はい?」
「今回も報酬は支払います」
「報酬?」
「ノートを貸した時はあなたが債務者でしたが、今回は僕が依頼人です」
「依頼人」
「ですから対価を支払う義務があります」
「なにくれるんですか?」
「そうですね、一つお願いを聞きましょうか」
「お願い?」
「妥当な範囲なら」
「本当に?」
「契約ですので」
その瞬間、少しだけ嫌な予感がした。
◇
「アズール先輩、お願いがあります」
「……どうぞ」
「来週の課題、手伝ってください」
「却下です」
「早い!」
「不正行為への加担は契約対象外です」
「手伝いだから不正じゃないです、たぶん」
「内容次第です」
「厳しい」
「当然でしょう」
アズールは紅茶を飲む。
「他には?」
「……じゃあ、一緒にご飯食べてください」
アズールの動きが止まった。
「それだけですか?」
「ダメです?」
「いえ」
「……安いですね」
「そうですか?」
「もっと高額請求されると思っていました」
「アズール先輩相手にそんなことしません」
「どうしてです?」
「なんとなく?」
「……あなたは時々、商売人泣かせですね」
「褒めてます?」
「半分くらいは」
「……ところで、」
「はい」
「あなたは他の人にもこういうお願いをするんですか?」
「どれです?」
「食事に誘うとか」
「しませんけど」
「……そうですか」
「アズール先輩は?」
「しませんね」
「忙しいから?」
「それもありますが」
アズールは少しだけ視線を逸らした。
「必要がありませんので」
「今は?」
「ありますよ」
「へえ」
「目の前に」
ななしは瞬きをする。
「……試作品の感想係?」
「そういうことにしておきましょう」
「誤魔化しました?」
「企業秘密です」
◇
「アズール先輩」
「なんですか」
「最近思ったんですけど」
「はい」
「わたしへの条件、緩くないですか?」
アズールが目を細める。
「急にどうしました」
「だって普通もっと契約っぽいこと言いません?」
「例えば?」
「タダ働きとか?」
「しますよ」
「するんだ」
アズールは少し笑った。
「ですが、あなた相手にまで損得勘定だけ持ち込むほど無粋ではありません」
「意外」
「失礼ですね」
「だってアズール先輩ですよ?」
その返事がおかしくて笑う。
アズールも少しだけ笑った。
「それに、」
「?」
「あなたのお願いは回収の見込みがありますから」
「回収見込み?」
「ええ、あなたは必ずお礼を言うでしょう」
返事ができなかった。
アズールは続ける。
「約束も守りますし、安心して貸せるんです」
「……信用されてるんだ」
「今さらですか?」
「今さらでした」
アズールは肩を竦める。
「僕は信用できない相手に時間を使いませんよ」
◇
「アズール先輩」
「はい」
「お願いがあります」
「またですか」
「またです」
アズールは呆れたように笑った。
「どうぞ」
「もし迷惑だったら言ってください」
「はい?」
「わたし、いっぱいお願いしてるから」
少しだけ沈黙の後、アズールは静かに笑った。
「心配しなくて結構です」
「でも」
「あなたのわがままなんて、最初から全部織り込み済みですから」
「……え?」
「あなたが何か頼むたびに断る理由を考えるんですが」
「はい」
「毎回見つからないんですよ」
アズールは困ったように笑う。
「経営者としては由々しき事態ですね」
「それって」
「さて、次のお願いはなんです?」
「え?」
「まだあるんでしょう?」
「……あります」
「でしょうね、ゆっくりお伺いするとしましょう」
その表情は契約成立の時よりずっと優しかった。
「なんですか」
「お願いがあるんですけど」
アズールのペン先が止まった。
「先に申し上げておきますが、僕は慈善事業をしているわけではありません」
「まだ内容言ってませんよね?」
「経験則です」
即答だった。
「あなたのお願いは大抵、僕に負担が発生しますから」
「今回は普通のお願いです」
「その台詞を信用していいと思ったことがありません」
「ひどいです」
「……それで?」
「授業休んじゃって、ノート貸してほしいんです」
「ああ、なるほど……この前の合同授業ですか」
アズールは小さく頷く。
「お断りします」
「早い!」
「貸し借りには責任が伴いますので」
「ちゃんと返しますって」
「返却されることと、僕の労力に対価が支払われることは別問題です」
「対価?」
「ええ」
アズールは微笑む。
「僕のノートの評判は知ってますよね」
「自分で言うんだ……」
「事実ですので」
さらりと言い切られた。
「じゃあ、何を払えばいいんですか」
「そうですね、」
アズールは少し考える。
「今度、新作メニューの感想を聞かせてください」
「え?」
「試作品の評価は多い方が助かります」
「それだけ?」
「不満ですか?」
「いや、もっと大変なこと言われるかと」
「失礼ですね」
アズールは肩を竦める。
「あなたから高額な対価を取ったところで、回収不能債権になる未来しか見えません」
「信用されてるのかされてないのか分からない」
「信用していますよ」
さらりと返される。
「だからこそ後払いでも構わないんです」
ななしは目を瞬いた。
「……じゃあ契約成立?」
「ええ」
アズールは鞄からノートを取り出した。
「期限は明日までです」
「はい」
「感想は正直にお願いします」
「厳しかったら?」
「改善材料になります」
「甘かったら?」
「商品化を検討します」
「商売人だ」
「褒め言葉として受け取っておきます」
差し出されたノートを受け取る。
「ただし、」
「まだあるんですか?」
「もし気に入ったなら、また付き合ってください」
「試食に?」
「ええ、継続的なモニター契約ということで」
「便利に使われてる……?」
「お互い利益があるでしょう?」
「まあ……確かに」
「契約成立ですね」
どこか満足そうに笑う姿を見ていると。
本当に欲しかったのは感想なのかそれとも別のものだったのか。
この時のななしにはまだ分からなかった。
◇
「では、感想を聞かせてください」
「早いです」
「当然です」
ノートを返した途端、アズールは当然の権利のようにそう言った。
「ではまず味の方から」
「食レポですか?」
「参考意見です」
「ええと……美味しかったです」
「雑ですね」
「まだ一口目の感想なんです!」
「なるほど」
アズールはメモを取る。
「ちなみに甘さは?」
「ちょうどいいくらいでした」
「もう少し強くしても?」
「わたしは好きです」
「そうですか」
真剣な顔で頷く。
「食感は?」
「そこまで細かく聞くんですか?」
「仕事ですから」
「アズール先輩って本当に仕事好きですよね」
「嫌いなことをここまでやりませんよ」
さらりと返される。
「それに、あなたの感想は信用できますし」
「そんなに?」
「媚びませんからね」
「褒めてる?」
「褒めています」
珍しく即答だった。
◇
「というわけで第二回です」
「というわけで?」
「試作品評価会です」
「契約は一回じゃなかったんですか?」
「継続的なモニター契約と言ったはずですが」
「聞いた気がする……」
アズールは涼しい顔をしている。
「なお更新は自動です」
「怖い契約だなあ」
「契約書にはきちんと記載していましたが」
「解約希望は?」
「受理するとは言っていません」
「横暴だ」
アズールが小さく笑う。
「ですが安心してください」
「はい?」
「今回も報酬は支払います」
「報酬?」
「ノートを貸した時はあなたが債務者でしたが、今回は僕が依頼人です」
「依頼人」
「ですから対価を支払う義務があります」
「なにくれるんですか?」
「そうですね、一つお願いを聞きましょうか」
「お願い?」
「妥当な範囲なら」
「本当に?」
「契約ですので」
その瞬間、少しだけ嫌な予感がした。
◇
「アズール先輩、お願いがあります」
「……どうぞ」
「来週の課題、手伝ってください」
「却下です」
「早い!」
「不正行為への加担は契約対象外です」
「手伝いだから不正じゃないです、たぶん」
「内容次第です」
「厳しい」
「当然でしょう」
アズールは紅茶を飲む。
「他には?」
「……じゃあ、一緒にご飯食べてください」
アズールの動きが止まった。
「それだけですか?」
「ダメです?」
「いえ」
「……安いですね」
「そうですか?」
「もっと高額請求されると思っていました」
「アズール先輩相手にそんなことしません」
「どうしてです?」
「なんとなく?」
「……あなたは時々、商売人泣かせですね」
「褒めてます?」
「半分くらいは」
「……ところで、」
「はい」
「あなたは他の人にもこういうお願いをするんですか?」
「どれです?」
「食事に誘うとか」
「しませんけど」
「……そうですか」
「アズール先輩は?」
「しませんね」
「忙しいから?」
「それもありますが」
アズールは少しだけ視線を逸らした。
「必要がありませんので」
「今は?」
「ありますよ」
「へえ」
「目の前に」
ななしは瞬きをする。
「……試作品の感想係?」
「そういうことにしておきましょう」
「誤魔化しました?」
「企業秘密です」
◇
「アズール先輩」
「なんですか」
「最近思ったんですけど」
「はい」
「わたしへの条件、緩くないですか?」
アズールが目を細める。
「急にどうしました」
「だって普通もっと契約っぽいこと言いません?」
「例えば?」
「タダ働きとか?」
「しますよ」
「するんだ」
アズールは少し笑った。
「ですが、あなた相手にまで損得勘定だけ持ち込むほど無粋ではありません」
「意外」
「失礼ですね」
「だってアズール先輩ですよ?」
その返事がおかしくて笑う。
アズールも少しだけ笑った。
「それに、」
「?」
「あなたのお願いは回収の見込みがありますから」
「回収見込み?」
「ええ、あなたは必ずお礼を言うでしょう」
返事ができなかった。
アズールは続ける。
「約束も守りますし、安心して貸せるんです」
「……信用されてるんだ」
「今さらですか?」
「今さらでした」
アズールは肩を竦める。
「僕は信用できない相手に時間を使いませんよ」
◇
「アズール先輩」
「はい」
「お願いがあります」
「またですか」
「またです」
アズールは呆れたように笑った。
「どうぞ」
「もし迷惑だったら言ってください」
「はい?」
「わたし、いっぱいお願いしてるから」
少しだけ沈黙の後、アズールは静かに笑った。
「心配しなくて結構です」
「でも」
「あなたのわがままなんて、最初から全部織り込み済みですから」
「……え?」
「あなたが何か頼むたびに断る理由を考えるんですが」
「はい」
「毎回見つからないんですよ」
アズールは困ったように笑う。
「経営者としては由々しき事態ですね」
「それって」
「さて、次のお願いはなんです?」
「え?」
「まだあるんでしょう?」
「……あります」
「でしょうね、ゆっくりお伺いするとしましょう」
その表情は契約成立の時よりずっと優しかった。
