ディアソムニア
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「……ひどい顔だな」
声に反応して顔が上がる。
そこに立っていたのはマレウスだった。
「ツノ太郎……」
マレウスはそのまま隣へ立つ。
その影が地面を長く覆い夜の静寂が二人の間を満たしていく。
言葉はなく、ただ風の音だけが通り過ぎていった。
「……何かあったのか」
「……別に、なにもないよ」
「別にという顔ではないな」
「……」
「黙ってしまうのか?」
「意味わかんない」
「お前が教えてくれなければ、僕にもわからない」
平然と返される。
「だが、気になる」
「……何が?」
「お前が泣いている理由だ」
「泣いてないし」
「そうか……、なら今見えているのは雨か」
「そう、雨だよ」
「ならば傘を用意しないとな」
ななしの肩がわずかに揺れる。
「笑ったな」
「笑わせたのはツノ太郎でしょ」
「それなら成果はあった」
再び沈黙が落ちる。
だが先ほどまでのものとは少し違っていた。
「……誰かに振られたか?」
「なんでそうなるの」
「人間が流す涙の理由としては有力だと聞いた」
「誰に聞いたの、それ」
「リリアが教えてくれた」
「……振られてないよ」
「ではヒトの子が振ったのか」
「ツノ太郎ってそういう話するんだね」
「難しいな、ヒトの子の感情は」
呆れたような声が返る。
マレウスは小さく肩を竦めた。
「話したくないなら無理には聞かない」
「聞かないの?」
「聞いてほしいのか?」
「そういうわけじゃないけど」
「なら待とう」
「待つ?」
「ああ、お前が話したくなるまで待とう」
「そっか、ありがとう」
「人の時間など、瞬きのうちだ」
◇
「……頑張ったんだけどね」
ななしの小さな声が落ちる。
マレウスは何も言わない。
「ちゃんとやったつもりだった」
「……」
「なのに、全部意味なかったみたいで」
「そうか」
返ってくるのは短い相槌だけだった。
急かすことも否定することもない。
「わたしがいなくても同じだったんだなって思った」
「……」
「誰かに必要とされたいって思うのって重いのかな」
「なぜだ?」
「重いでしょ、普通」
「僕はそうは思わない」
「ツノ太郎だからだよ」
「そうかもしれないな」
マレウスはあっさり認める。
「僕は意外と欲深いからな」
「そうなの?」
「気に入ったものは、この手の中に留めておきたい」
「なんかちょっと物騒」
「否定はしない」
わずかな沈黙のあとななしが口を開く。
「なんかね、疲れちゃった」
その言葉にマレウスの視線が向く。
「結果が出なかったなら尚更だろうな」
「……」
「だが、結果が出なかったことと意味がなかったことは別だ」
「でも、」
「少なくとも僕はそう思わない」
マレウスは続ける。
「そして誰かに必要とされたいのなら、僕が必要としている」
ななしが目を瞬く。
「え?」
「聞こえなかったか?」
「いや、そうじゃなくて」
「僕はお前を必要としている」
「そういうの、さらっと言わないでよ」
「事実を言っただけだ」
「そういう問題じゃないの」
「やはりヒトの子は難しいな」
マレウスは少し考えるように目を細めた。
「もしも」
ななしがぽつりと呟く。
「もしも誰かの代わりだったとしても?」
「どういう意味だ」
「会いたい人がいるけど会えなくて、寂しいから別の誰かで埋めるとか」
マレウスは少しだけ考える。
「利用してるみたいで嫌だなって」
「そうか」
再び沈黙が続くが、やがてマレウスが口を開く。
「僕は構わない」
「え?」
「お前が泣き止むのなら、僕を都合のいい身代わりにしても構わない」
「ちゃんと意味分かってる?」
「もちろんだ」
「分かってないよ」
「理解したうえで言っている」
マレウスの声は静かだった。
「会いたい誰かがいるなら、僕をその代わりにしてもいい」
「そんなことできない」
「なぜだ」
「失礼じゃん」
「僕は許可している」
「そういう問題じゃないの」
「……そうか」
マレウスは少しだけ視線を落とした。
「では言い方を変えよう」
「?」
「お前が悲しい時に隣にいる権利を僕にくれ」
ななしは返事をしない。
「誰かの代わりでもいい」
「よくないよ」
「最初はそれでも構わない」
マレウスは続ける。
「いつか僕自身を見てもらえるなら」
「ずるい」
「何がだ」
「そういうこと言うの」
「本音なのだが」
「なおさらずるい」
ななしが視線を逸らす。
マレウスは小さく首を傾げた。
「泣き止まなかったな」
「誰のせいだと思ってるの」
「僕か?」
「ツノ太郎」
「なんだ」
「わたし、別に好きな人がいたわけじゃない」
「そうなのか?」
「うん」
「それは安心した」
「ツノ太郎」
「なんだ」
「ありがとう」
「礼を言われることはしていない」
「したよ」
マレウスは少しだけ目を細める。
「なら、次もそうしよう」
「次?」
「お前が困った時だ」
「いっぱい来るかもよ」
「構わない」
「夜中でも?」
「いつでも呼ぶといい」
「忙しくても?」
「ああ」
「わたしだいぶ面倒な奴だよ」
「それは否定しない」
「ちょっとは否定してよ」
「だが、必ず会いに行く」
間を置いてマレウスが続ける。
「だから安心しろ」
「何を?」
「お前が泣く場所くらい、僕が用意する」
声に反応して顔が上がる。
そこに立っていたのはマレウスだった。
「ツノ太郎……」
マレウスはそのまま隣へ立つ。
その影が地面を長く覆い夜の静寂が二人の間を満たしていく。
言葉はなく、ただ風の音だけが通り過ぎていった。
「……何かあったのか」
「……別に、なにもないよ」
「別にという顔ではないな」
「……」
「黙ってしまうのか?」
「意味わかんない」
「お前が教えてくれなければ、僕にもわからない」
平然と返される。
「だが、気になる」
「……何が?」
「お前が泣いている理由だ」
「泣いてないし」
「そうか……、なら今見えているのは雨か」
「そう、雨だよ」
「ならば傘を用意しないとな」
ななしの肩がわずかに揺れる。
「笑ったな」
「笑わせたのはツノ太郎でしょ」
「それなら成果はあった」
再び沈黙が落ちる。
だが先ほどまでのものとは少し違っていた。
「……誰かに振られたか?」
「なんでそうなるの」
「人間が流す涙の理由としては有力だと聞いた」
「誰に聞いたの、それ」
「リリアが教えてくれた」
「……振られてないよ」
「ではヒトの子が振ったのか」
「ツノ太郎ってそういう話するんだね」
「難しいな、ヒトの子の感情は」
呆れたような声が返る。
マレウスは小さく肩を竦めた。
「話したくないなら無理には聞かない」
「聞かないの?」
「聞いてほしいのか?」
「そういうわけじゃないけど」
「なら待とう」
「待つ?」
「ああ、お前が話したくなるまで待とう」
「そっか、ありがとう」
「人の時間など、瞬きのうちだ」
◇
「……頑張ったんだけどね」
ななしの小さな声が落ちる。
マレウスは何も言わない。
「ちゃんとやったつもりだった」
「……」
「なのに、全部意味なかったみたいで」
「そうか」
返ってくるのは短い相槌だけだった。
急かすことも否定することもない。
「わたしがいなくても同じだったんだなって思った」
「……」
「誰かに必要とされたいって思うのって重いのかな」
「なぜだ?」
「重いでしょ、普通」
「僕はそうは思わない」
「ツノ太郎だからだよ」
「そうかもしれないな」
マレウスはあっさり認める。
「僕は意外と欲深いからな」
「そうなの?」
「気に入ったものは、この手の中に留めておきたい」
「なんかちょっと物騒」
「否定はしない」
わずかな沈黙のあとななしが口を開く。
「なんかね、疲れちゃった」
その言葉にマレウスの視線が向く。
「結果が出なかったなら尚更だろうな」
「……」
「だが、結果が出なかったことと意味がなかったことは別だ」
「でも、」
「少なくとも僕はそう思わない」
マレウスは続ける。
「そして誰かに必要とされたいのなら、僕が必要としている」
ななしが目を瞬く。
「え?」
「聞こえなかったか?」
「いや、そうじゃなくて」
「僕はお前を必要としている」
「そういうの、さらっと言わないでよ」
「事実を言っただけだ」
「そういう問題じゃないの」
「やはりヒトの子は難しいな」
マレウスは少し考えるように目を細めた。
「もしも」
ななしがぽつりと呟く。
「もしも誰かの代わりだったとしても?」
「どういう意味だ」
「会いたい人がいるけど会えなくて、寂しいから別の誰かで埋めるとか」
マレウスは少しだけ考える。
「利用してるみたいで嫌だなって」
「そうか」
再び沈黙が続くが、やがてマレウスが口を開く。
「僕は構わない」
「え?」
「お前が泣き止むのなら、僕を都合のいい身代わりにしても構わない」
「ちゃんと意味分かってる?」
「もちろんだ」
「分かってないよ」
「理解したうえで言っている」
マレウスの声は静かだった。
「会いたい誰かがいるなら、僕をその代わりにしてもいい」
「そんなことできない」
「なぜだ」
「失礼じゃん」
「僕は許可している」
「そういう問題じゃないの」
「……そうか」
マレウスは少しだけ視線を落とした。
「では言い方を変えよう」
「?」
「お前が悲しい時に隣にいる権利を僕にくれ」
ななしは返事をしない。
「誰かの代わりでもいい」
「よくないよ」
「最初はそれでも構わない」
マレウスは続ける。
「いつか僕自身を見てもらえるなら」
「ずるい」
「何がだ」
「そういうこと言うの」
「本音なのだが」
「なおさらずるい」
ななしが視線を逸らす。
マレウスは小さく首を傾げた。
「泣き止まなかったな」
「誰のせいだと思ってるの」
「僕か?」
「ツノ太郎」
「なんだ」
「わたし、別に好きな人がいたわけじゃない」
「そうなのか?」
「うん」
「それは安心した」
「ツノ太郎」
「なんだ」
「ありがとう」
「礼を言われることはしていない」
「したよ」
マレウスは少しだけ目を細める。
「なら、次もそうしよう」
「次?」
「お前が困った時だ」
「いっぱい来るかもよ」
「構わない」
「夜中でも?」
「いつでも呼ぶといい」
「忙しくても?」
「ああ」
「わたしだいぶ面倒な奴だよ」
「それは否定しない」
「ちょっとは否定してよ」
「だが、必ず会いに行く」
間を置いてマレウスが続ける。
「だから安心しろ」
「何を?」
「お前が泣く場所くらい、僕が用意する」
