ポムフィオーレ
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昼下がりの静かな時間だった。
「やあ、ななしくん」
「ルーク先輩」
「探していたよ」
「わたしをですか?」
「もちろんだとも」
ルークは楽しそうに目を細める。
「キミはほんの少し目を離しただけで別の場所にいる」
「そんな言い方されると迷子みたいです」
「迷子か、悪くない表現だね」
くすりと笑う。
「私は追いかけるのが好きなんだ。足跡を探して気配を辿ってようやく見つける」
「それって狩人の話ですよね」
「そうとも……もっとも、最近は獲物がひとつに絞られているけれど」
「え」
「おや、分かっていなかったのかい?」
さらりと言われて言葉に詰まる。
ルークは困ったように肩を竦めた。
「私の観察が足りなかったかな」
「いや、その」
「キミはいつもそうだね」
「え?」
「逃げないのに気づかないふりをする」
視線がぶつかる。
「それはずるいよ、ななしくん」
「わたし何かしました?」
「たくさんしたさ」
即答だった。
「話しかければ返事をくれる」
「普通です」
「隣に座っても嫌な顔をしない」
「それも普通です」
「名前を呼べば振り返る」
「それは呼ばれたら振り返ります」
「ほらね」
ルークは楽しそうに笑う。
「キミにとっては普通でも、私にとっては大事件なんだ」
「大げさですよ」
「大げさではないさ」
珍しく真っ直ぐな声だった。
「好意を向ける相手というのはね、案外簡単に距離を取るものなんだ」
「……」
「嫌なら離れる。煩わしければ避ける。けれどキミはそうしない」
言葉を探しているうちに先を続けられる。
「突き放さないということは受け入れてくれるのだね?」
「それは違います」
「そうなのかい?」
「だってルーク先輩は先輩ですし」
「私なら許される?」
「そういう意味じゃなくて」
「友人なら?」
「それも違います」
「では何だろう」
返事に詰まる。
ルークは急かさなかった。
ただ待っていた。
その待ち方が妙に優しい。
「ルーク先輩と話すのは楽しいです」
「それは嬉しいね」
「でもそれとこれとは別というか」
「……恋愛感情ではないかもしれない、と」
「はい」
少し沈黙が落ちる。
困らせてしまったかと思った。
けれど、
「なるほど」
ルークはあっさり頷いた。
「では私はまだ途中なのだね」
「途中?」
「そうとも」
真面目な顔で言う。
「私は今、キミとの愛を育む途中なのさ」
「……」
「愛情は育つものだろう?」
「それはそうかもしれませんけど」
「キミが私に愛情を向ける可能性もまだ育つ途中かもしれない」
「前向きですね……」
「私は狩人だからね」
少しだけ得意げだった。
「追うことは苦にならない」
「宣言されると逃げたくなるんですけど」
「オーララ」
「冗談です」
「それなら安心したよ」
「半分くらい本当です」
「それは困ったな」
困ったと言いながら楽しそうだった。
「ちなみにキミはどういう人を好きになるんだい?」
「急ですね」
「参考資料は多い方がいい」
「資料……」
「恋をする私にとっては重要なデータだからね」
少し考える。
「優しい人ですかね」
「なるほど」
「あとちゃんと話を聞いてくれる人」
「ふむ」
「それから」
「それから?」
「押しつけがましくない人」
ルークが黙った。
「……これは難題だね」
「自覚あるんですね」
「あるとも」
即答だった。
「私は美しいと思ったものを言葉にしたいし好意も隠したくない」
「知ってます」
「独占したいと思う日もある」
「正直ですね」
「しかしキミが困る顔は見たくない」
そこで少し笑う。
「狩人にも我慢は必要ということらしい」
「ルーク先輩でも我慢するんですね」
「キミの前ではよくしているよ」
「初耳です」
「例えば今も」
「今?」
「本当はもっと近くにいたい」
言葉が止まる。
「反応に困ること言わないでください」
「言っただろう、キミの困る顔は見たくない」
「分かってます」
「ただ知っていてほしい」
ルークの声は穏やかだった。
「私がキミを見る時間はキミが思っているよりずっと長い」
「それは少し怖いです」
「おや、手厳しい」
「でも」
「でも?」
「嫌ではないです」
沈黙。
先に動いたのはルークだった。
「……ななしくん」
「はい」
「今の言葉は期待してもいいのかな」
「どうでしょう」
「曖昧だね」
「ルーク先輩だって曖昧です」
「私が?」
「好きだからってすぐ答えを求めてるわけじゃないでしょう?」
「……なるほど」
今度は本当に感心した顔をする。
「見抜かれていたようだね」
「なんとなくです」
「そうなのかい?」
ルークは小さく笑った。
「私は待っているよ」
「狩人なのに?」
「狩人だからこそだよ」
静かな声だった。
「狩りのコツは相手をよーく観察することだよ」
「でも、なんとなく分かります」
「メルシー」
「だから、先輩も勝手に答えを決めないでください」
ルークが目を瞬く。
「受け入れてくれるんだねとか、そういうの」
「……」
「わたしが決めます」
少しだけ間が空いた。
それからルークが穏やかに微笑んで言った。
「それはとても嬉しいことだね」
「嬉しいんですか?」
「もちろんだとも」
迷いなく頷く。
「キミが考えてくれるということだろう?」
「まあ、そうですけど」
「興味がなければ考える時間すら惜しいものだ」
否定できない。
「だから私は待つよ」
「長かったらどうします?」
「待つさ」
「一年とか」
「待つとも」
「三年とか」
「待ち遠しさに焦がれるね」
「十年」
「少し…長いね」
「そこは悩むんですね」
「だが待つよ」
真面目な顔だった。
「キミが振り返る可能性があるなら」
「……ずるいです」
「オーララ」
「そんなこと言われたらプレッシャーです」
「それなら訂正しよう」
ルークは少し考える。
「キミが振り返らなくても私はキミを好きでいる」
「もっと重くなりました」
「ウィ」
思わず笑ってしまう。
ルークも笑った。
しばらくそんな時間が続く。
不思議と居心地が悪くない。
「ななしくん」
「はい」
「ひとつ聞いてもいいかな」
「何ですか?」
「今日の私は何点くらいだろう」
「採点するんですか?」
「努力の成果は知りたいものさ」
少し考える。
「六十点くらい」
「オーララ、意外と高評価で嬉しいよ」
「そうですか?」
「理由を聞いても?」
「ちゃんと待つって言ってくれたので」
「なるほど」
「あと」
「あと?」
「わたしの話を聞いてくれたので」
ルークは目を細めた。
「それは嬉しい評価だ」
「残り四十点は……これから向き合います」
「では私もより真剣に向き合おう」
「具体的には?」
「まずはキミを困らせないよう努力しよう」
「ぜひお願いします」
「それから」
「それから?」
「キミが笑ってくれる回数を増やすことに専念しよう」
「割とふわっとしてるんですね」
「恋とはそういうものだろう?」
「……そう、かもしれません」
「では今日はここまでにしようか」
「……意外とあっさり帰るんですね」
「狩人は獲物との距離を測る時間も楽しむものさ」
少しだけ笑う。
「次に会う時までに、私の心臓の鼓動を早めるような加点があると嬉しいのだけど」
「保証はできません」
「それでも構わないさ」
「……? どうかしました?」
「ななしくん」
「はい?」
「キミが振り返るたび、私の世界は輝いているよ」
返事をする前に。
「ではまた」
今度こそ去っていく。
残された静けさの中でななしは息を吐いた。
六十点。
けれどたぶん。
次に会う頃にはきっと変わっている。
そんな予感だけが残っていた。
「やあ、ななしくん」
「ルーク先輩」
「探していたよ」
「わたしをですか?」
「もちろんだとも」
ルークは楽しそうに目を細める。
「キミはほんの少し目を離しただけで別の場所にいる」
「そんな言い方されると迷子みたいです」
「迷子か、悪くない表現だね」
くすりと笑う。
「私は追いかけるのが好きなんだ。足跡を探して気配を辿ってようやく見つける」
「それって狩人の話ですよね」
「そうとも……もっとも、最近は獲物がひとつに絞られているけれど」
「え」
「おや、分かっていなかったのかい?」
さらりと言われて言葉に詰まる。
ルークは困ったように肩を竦めた。
「私の観察が足りなかったかな」
「いや、その」
「キミはいつもそうだね」
「え?」
「逃げないのに気づかないふりをする」
視線がぶつかる。
「それはずるいよ、ななしくん」
「わたし何かしました?」
「たくさんしたさ」
即答だった。
「話しかければ返事をくれる」
「普通です」
「隣に座っても嫌な顔をしない」
「それも普通です」
「名前を呼べば振り返る」
「それは呼ばれたら振り返ります」
「ほらね」
ルークは楽しそうに笑う。
「キミにとっては普通でも、私にとっては大事件なんだ」
「大げさですよ」
「大げさではないさ」
珍しく真っ直ぐな声だった。
「好意を向ける相手というのはね、案外簡単に距離を取るものなんだ」
「……」
「嫌なら離れる。煩わしければ避ける。けれどキミはそうしない」
言葉を探しているうちに先を続けられる。
「突き放さないということは受け入れてくれるのだね?」
「それは違います」
「そうなのかい?」
「だってルーク先輩は先輩ですし」
「私なら許される?」
「そういう意味じゃなくて」
「友人なら?」
「それも違います」
「では何だろう」
返事に詰まる。
ルークは急かさなかった。
ただ待っていた。
その待ち方が妙に優しい。
「ルーク先輩と話すのは楽しいです」
「それは嬉しいね」
「でもそれとこれとは別というか」
「……恋愛感情ではないかもしれない、と」
「はい」
少し沈黙が落ちる。
困らせてしまったかと思った。
けれど、
「なるほど」
ルークはあっさり頷いた。
「では私はまだ途中なのだね」
「途中?」
「そうとも」
真面目な顔で言う。
「私は今、キミとの愛を育む途中なのさ」
「……」
「愛情は育つものだろう?」
「それはそうかもしれませんけど」
「キミが私に愛情を向ける可能性もまだ育つ途中かもしれない」
「前向きですね……」
「私は狩人だからね」
少しだけ得意げだった。
「追うことは苦にならない」
「宣言されると逃げたくなるんですけど」
「オーララ」
「冗談です」
「それなら安心したよ」
「半分くらい本当です」
「それは困ったな」
困ったと言いながら楽しそうだった。
「ちなみにキミはどういう人を好きになるんだい?」
「急ですね」
「参考資料は多い方がいい」
「資料……」
「恋をする私にとっては重要なデータだからね」
少し考える。
「優しい人ですかね」
「なるほど」
「あとちゃんと話を聞いてくれる人」
「ふむ」
「それから」
「それから?」
「押しつけがましくない人」
ルークが黙った。
「……これは難題だね」
「自覚あるんですね」
「あるとも」
即答だった。
「私は美しいと思ったものを言葉にしたいし好意も隠したくない」
「知ってます」
「独占したいと思う日もある」
「正直ですね」
「しかしキミが困る顔は見たくない」
そこで少し笑う。
「狩人にも我慢は必要ということらしい」
「ルーク先輩でも我慢するんですね」
「キミの前ではよくしているよ」
「初耳です」
「例えば今も」
「今?」
「本当はもっと近くにいたい」
言葉が止まる。
「反応に困ること言わないでください」
「言っただろう、キミの困る顔は見たくない」
「分かってます」
「ただ知っていてほしい」
ルークの声は穏やかだった。
「私がキミを見る時間はキミが思っているよりずっと長い」
「それは少し怖いです」
「おや、手厳しい」
「でも」
「でも?」
「嫌ではないです」
沈黙。
先に動いたのはルークだった。
「……ななしくん」
「はい」
「今の言葉は期待してもいいのかな」
「どうでしょう」
「曖昧だね」
「ルーク先輩だって曖昧です」
「私が?」
「好きだからってすぐ答えを求めてるわけじゃないでしょう?」
「……なるほど」
今度は本当に感心した顔をする。
「見抜かれていたようだね」
「なんとなくです」
「そうなのかい?」
ルークは小さく笑った。
「私は待っているよ」
「狩人なのに?」
「狩人だからこそだよ」
静かな声だった。
「狩りのコツは相手をよーく観察することだよ」
「でも、なんとなく分かります」
「メルシー」
「だから、先輩も勝手に答えを決めないでください」
ルークが目を瞬く。
「受け入れてくれるんだねとか、そういうの」
「……」
「わたしが決めます」
少しだけ間が空いた。
それからルークが穏やかに微笑んで言った。
「それはとても嬉しいことだね」
「嬉しいんですか?」
「もちろんだとも」
迷いなく頷く。
「キミが考えてくれるということだろう?」
「まあ、そうですけど」
「興味がなければ考える時間すら惜しいものだ」
否定できない。
「だから私は待つよ」
「長かったらどうします?」
「待つさ」
「一年とか」
「待つとも」
「三年とか」
「待ち遠しさに焦がれるね」
「十年」
「少し…長いね」
「そこは悩むんですね」
「だが待つよ」
真面目な顔だった。
「キミが振り返る可能性があるなら」
「……ずるいです」
「オーララ」
「そんなこと言われたらプレッシャーです」
「それなら訂正しよう」
ルークは少し考える。
「キミが振り返らなくても私はキミを好きでいる」
「もっと重くなりました」
「ウィ」
思わず笑ってしまう。
ルークも笑った。
しばらくそんな時間が続く。
不思議と居心地が悪くない。
「ななしくん」
「はい」
「ひとつ聞いてもいいかな」
「何ですか?」
「今日の私は何点くらいだろう」
「採点するんですか?」
「努力の成果は知りたいものさ」
少し考える。
「六十点くらい」
「オーララ、意外と高評価で嬉しいよ」
「そうですか?」
「理由を聞いても?」
「ちゃんと待つって言ってくれたので」
「なるほど」
「あと」
「あと?」
「わたしの話を聞いてくれたので」
ルークは目を細めた。
「それは嬉しい評価だ」
「残り四十点は……これから向き合います」
「では私もより真剣に向き合おう」
「具体的には?」
「まずはキミを困らせないよう努力しよう」
「ぜひお願いします」
「それから」
「それから?」
「キミが笑ってくれる回数を増やすことに専念しよう」
「割とふわっとしてるんですね」
「恋とはそういうものだろう?」
「……そう、かもしれません」
「では今日はここまでにしようか」
「……意外とあっさり帰るんですね」
「狩人は獲物との距離を測る時間も楽しむものさ」
少しだけ笑う。
「次に会う時までに、私の心臓の鼓動を早めるような加点があると嬉しいのだけど」
「保証はできません」
「それでも構わないさ」
「……? どうかしました?」
「ななしくん」
「はい?」
「キミが振り返るたび、私の世界は輝いているよ」
返事をする前に。
「ではまた」
今度こそ去っていく。
残された静けさの中でななしは息を吐いた。
六十点。
けれどたぶん。
次に会う頃にはきっと変わっている。
そんな予感だけが残っていた。
