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「小エビちゃーん」
背後から声がかけられ、振り返る前に肩へ重みが乗る。
「うわっ」
「なに驚いてんの」
「フロイド先輩でしたか……」
「オレ以外に誰がいるワケ?」
ひょいと覗き込まれる。
逃げるほどでもない距離だがとても近い。
近いけれど、フロイドはいつもこうだった。
基本、誰にでも近い。
だから気にするだけ無駄だと何度も思った。
「小エビちゃん今日ヒマ?」
「今からですか?」
「うん」
「課題が……」
「じゃあ終わったら」
「終わるの遅いですよ」
「待ってる」
「悪いので大丈夫です」
「えー」
不満そうに唇を尖らせる。
本気なのか冗談なのか分からない顔。
「冷たいなぁ小エビちゃん」
「普通です」
「普通ってもっと優しくない?」
「基準がおかしいんです」
「オレの?」
「フロイド先輩です」
「へぇ」
くすくす笑う。
何が面白いのか分からない。
けれど機嫌が良さそうだからそれでいいのだろう。
「じゃあ終わるまで待ってるねぇ」
「だから待たなくていいですって」
「待つ」
「……勝手ですね」
「うん」
否定すらしない。
◇
課題を終えるまでフロイドは待っていた。
窓際の席に座って足をぶらぶら揺らしている。
「終わった?」
「終わりましたけど……本当にいたんですね」
「オレ嘘つかないよぉ」
「いや、結構つきますよね」
「あはっ、バレてる」
フロイドがへらへらと笑う。
呆れる。
でも少しだけ嬉しい。
待っていたと言われることに慣れていないからだ。
「で?」
「で、とは?」
「遊ぼうよ」
「今からですか?」
「今から」
「帰ります」
「帰る前にちょっとだけ」
「ちょっとだけって言って長いんですよね」
「今日は短いよぉ」
「信用がないんです」
「ひどーい」
そう言いながら、もう隣を歩いている。
断る隙もない。
「小エビちゃんさぁ」
「なんですか」
「最近オレのこと避けてる?」
足が止まりそうになる。
「避けてません」
「ふぅん」
「本当に」
「じゃあなんで?」
「なんでって……」
「前はもっと話してくれたじゃん」
図星だった。
意識していたつもりはない。
けれど結果として距離を取っていた。
理由は簡単だ。
フロイドと話す時間が増えるほど勝手に期待してしまうから。
気まぐれに構われるたび勘違いしそうになるから。
「別に変わってませんよ」
「変わったよ」
即答だった。
「オレ分かるもん」
「……」
「小エビちゃん、最近すぐ逃げる」
逃げていた。
否定できない。
「嫌われたのかと思った」
「違います」
思わず強く返す。
フロイドが目を丸くした。
「嫌いじゃ、ないです」
「うん」
「嫌いじゃないですけど……」
続きが出てこない。
言えるはずがない。
好きだから距離を取っていたなんて。
そんなの一番知られたくない。
「ふぅん」
フロイドが覗き込む。
「じゃあ好き?」
「……」
「沈黙ってことはあってる?」
「違います」
「じゃあ嫌い?」
「……それも、違います」
「なにそれ」
笑う声。
からかわれている。
いつものことだ。
分かっているのに心臓だけが勝手に騒ぐ。
「小エビちゃんってめんどくさいねぇ」
「フロイド先輩には言われたくないです」
「あはは確かに」
並んで歩く。
少しだけ沈黙。
珍しいと思った。
フロイドが黙ることはあまりない。
「オレさ」
「はい」
「最近ちょっとイライラしてた」
「どうしてですか」
「小エビちゃんが逃げるから」
「それはわたしのせいなんですか?」
「うん」
あまりにも即答で困る。
「見つけてもすぐどっか行くし」
「偶然です」
「偶然じゃないよ」
「……」
「ジェイドにも言われたもん」
「なんて?」
「『嫌われたのではありませんか?』って」
思わず笑ってしまう。
言いそうだ。
とても。
「で、オレ考えたんだよねぇ」
「はい」
「何したら嫌われるかなって」
「いっぱいあると思います」
「えっ」
「急に捕まえたり」
「うん」
「距離近かったり」
「うん」
「振り回したり」
「うん」
「……全部してますね」
「してる」
反省する様子はない。
「でも嫌いじゃないんでしょ?」
「……」
「図星だ」
嬉しそうに笑う。
ずるい。
そんな顔をされたら誤魔化せない。
「フロイド先輩は、」
「ん?」
「わたしのこと好きなんですか」
言ってしまった。
勢いだった。
後悔は一秒後にやってきた。
終わった。
絶対笑われる。
「好きだよぉ」
あっさり返ってくる。
「後輩として?」
「小エビちゃんとして」
「答えになってません」
「なってるよ」
フロイドが首を傾げる。
「小エビちゃんはオレのことどう思ってんの?」
「先に聞いたのはわたしです」
「ずるーい」
「真似です」
「オレの?」
「そうです」
ふっと笑う声。
「好きだよ」
今度は少しだけ静かだった。
「会うと嬉しいし」
「……」
「見つけると追いかけたくなるし」
「……」
「他のヤツといるとつまんない」
胸が苦しくなる。
冗談みたいな口調なのに。
全部本当だと分かる声だった。
「オレねぇ」
フロイドが言う。
「ずっと分かんなかったんだよ」
「何がですか」
「なんでこんな気になるんだろって」
視線が合う。
逃げられなかった。
「小エビちゃんが笑うと嬉しいし」
「……」
「無視されるとムカつくし」
「……」
「他のヤツと仲良くしてんの見ると面白くない」
困ったように笑う。
そんな顔をするんだと思った。
「ジェイドにそれ言ったらさ」
「はい」
「『それは恋では?』だって」
「ジェイド先輩……」
「余計なお世話だよねぇ」
「でも」
「うん?」
「それ、私も一緒です」
フロイドが瞬く。
珍しく言葉が止まった。
「小エビちゃん」
「……」
「今のもう一回」
「……嫌です」
「えー」
「恥ずかしいので」
「オレは聞きたい」
「無理です」
「ケチ」
「ケチで結構です」
「じゃあさ」
「はい」
「逃げるのやめてよ」
真っ直ぐだった。
冗談じゃない。
気まぐれでもない。
「オレ頑張るから」
「……何をですか」
「小エビちゃんが逃げなくて済むように」
予想していなかった言葉だった。
フロイドはもっと自分勝手な人だと思っていた。
思っていたのに。
「すぐには無理かもしれません」
「うん」
「たまに逃げるかもしれません」
「追いかける」
「それはやめてください」
「あはは」
笑う。
いつもの笑い方。
けれど少しだけ違って聞こえた。
「じゃあ約束ねぇ」
「約束?」
「逃げるならちゃんと言う」
「……分かりました」
「オレも気まぐれで終わらせない」
心臓が跳ねる。
「それも約束」
「……はい」
「よし」
満足そうに笑う。
「じゃあ小エビちゃん」
「なんですか」
「明日も話そ」
「……はい」
「明後日も」
「はい」
「その次も」
「多いですね」
「だって好きだもん」
さらりと言う。
本当にずるい。
「小エビちゃんもそのうち言ってよ」
「何をですか」
「好きって」
「言いません」
「言ってよ」
「言いません」
「賭ける?」
「賭けません」
「つまんないの」
笑い声が響く。
その隣で小さく息を吐く。
逃げる理由はまだ消えない。
けれど。
追いつかれるのを期待している。
「小エビちゃん」
「はい?」
「顔赤い」
「気のせいです」
「気のせいじゃないよ」
「見ないでください」
「無理」
「フロイド先輩」
「んー?」
「……ずるいです」
「今更?」
楽しそうに笑う声。
その声を聞きながら。
たぶん明日も、また見つかるんだろうなと思った。
背後から声がかけられ、振り返る前に肩へ重みが乗る。
「うわっ」
「なに驚いてんの」
「フロイド先輩でしたか……」
「オレ以外に誰がいるワケ?」
ひょいと覗き込まれる。
逃げるほどでもない距離だがとても近い。
近いけれど、フロイドはいつもこうだった。
基本、誰にでも近い。
だから気にするだけ無駄だと何度も思った。
「小エビちゃん今日ヒマ?」
「今からですか?」
「うん」
「課題が……」
「じゃあ終わったら」
「終わるの遅いですよ」
「待ってる」
「悪いので大丈夫です」
「えー」
不満そうに唇を尖らせる。
本気なのか冗談なのか分からない顔。
「冷たいなぁ小エビちゃん」
「普通です」
「普通ってもっと優しくない?」
「基準がおかしいんです」
「オレの?」
「フロイド先輩です」
「へぇ」
くすくす笑う。
何が面白いのか分からない。
けれど機嫌が良さそうだからそれでいいのだろう。
「じゃあ終わるまで待ってるねぇ」
「だから待たなくていいですって」
「待つ」
「……勝手ですね」
「うん」
否定すらしない。
◇
課題を終えるまでフロイドは待っていた。
窓際の席に座って足をぶらぶら揺らしている。
「終わった?」
「終わりましたけど……本当にいたんですね」
「オレ嘘つかないよぉ」
「いや、結構つきますよね」
「あはっ、バレてる」
フロイドがへらへらと笑う。
呆れる。
でも少しだけ嬉しい。
待っていたと言われることに慣れていないからだ。
「で?」
「で、とは?」
「遊ぼうよ」
「今からですか?」
「今から」
「帰ります」
「帰る前にちょっとだけ」
「ちょっとだけって言って長いんですよね」
「今日は短いよぉ」
「信用がないんです」
「ひどーい」
そう言いながら、もう隣を歩いている。
断る隙もない。
「小エビちゃんさぁ」
「なんですか」
「最近オレのこと避けてる?」
足が止まりそうになる。
「避けてません」
「ふぅん」
「本当に」
「じゃあなんで?」
「なんでって……」
「前はもっと話してくれたじゃん」
図星だった。
意識していたつもりはない。
けれど結果として距離を取っていた。
理由は簡単だ。
フロイドと話す時間が増えるほど勝手に期待してしまうから。
気まぐれに構われるたび勘違いしそうになるから。
「別に変わってませんよ」
「変わったよ」
即答だった。
「オレ分かるもん」
「……」
「小エビちゃん、最近すぐ逃げる」
逃げていた。
否定できない。
「嫌われたのかと思った」
「違います」
思わず強く返す。
フロイドが目を丸くした。
「嫌いじゃ、ないです」
「うん」
「嫌いじゃないですけど……」
続きが出てこない。
言えるはずがない。
好きだから距離を取っていたなんて。
そんなの一番知られたくない。
「ふぅん」
フロイドが覗き込む。
「じゃあ好き?」
「……」
「沈黙ってことはあってる?」
「違います」
「じゃあ嫌い?」
「……それも、違います」
「なにそれ」
笑う声。
からかわれている。
いつものことだ。
分かっているのに心臓だけが勝手に騒ぐ。
「小エビちゃんってめんどくさいねぇ」
「フロイド先輩には言われたくないです」
「あはは確かに」
並んで歩く。
少しだけ沈黙。
珍しいと思った。
フロイドが黙ることはあまりない。
「オレさ」
「はい」
「最近ちょっとイライラしてた」
「どうしてですか」
「小エビちゃんが逃げるから」
「それはわたしのせいなんですか?」
「うん」
あまりにも即答で困る。
「見つけてもすぐどっか行くし」
「偶然です」
「偶然じゃないよ」
「……」
「ジェイドにも言われたもん」
「なんて?」
「『嫌われたのではありませんか?』って」
思わず笑ってしまう。
言いそうだ。
とても。
「で、オレ考えたんだよねぇ」
「はい」
「何したら嫌われるかなって」
「いっぱいあると思います」
「えっ」
「急に捕まえたり」
「うん」
「距離近かったり」
「うん」
「振り回したり」
「うん」
「……全部してますね」
「してる」
反省する様子はない。
「でも嫌いじゃないんでしょ?」
「……」
「図星だ」
嬉しそうに笑う。
ずるい。
そんな顔をされたら誤魔化せない。
「フロイド先輩は、」
「ん?」
「わたしのこと好きなんですか」
言ってしまった。
勢いだった。
後悔は一秒後にやってきた。
終わった。
絶対笑われる。
「好きだよぉ」
あっさり返ってくる。
「後輩として?」
「小エビちゃんとして」
「答えになってません」
「なってるよ」
フロイドが首を傾げる。
「小エビちゃんはオレのことどう思ってんの?」
「先に聞いたのはわたしです」
「ずるーい」
「真似です」
「オレの?」
「そうです」
ふっと笑う声。
「好きだよ」
今度は少しだけ静かだった。
「会うと嬉しいし」
「……」
「見つけると追いかけたくなるし」
「……」
「他のヤツといるとつまんない」
胸が苦しくなる。
冗談みたいな口調なのに。
全部本当だと分かる声だった。
「オレねぇ」
フロイドが言う。
「ずっと分かんなかったんだよ」
「何がですか」
「なんでこんな気になるんだろって」
視線が合う。
逃げられなかった。
「小エビちゃんが笑うと嬉しいし」
「……」
「無視されるとムカつくし」
「……」
「他のヤツと仲良くしてんの見ると面白くない」
困ったように笑う。
そんな顔をするんだと思った。
「ジェイドにそれ言ったらさ」
「はい」
「『それは恋では?』だって」
「ジェイド先輩……」
「余計なお世話だよねぇ」
「でも」
「うん?」
「それ、私も一緒です」
フロイドが瞬く。
珍しく言葉が止まった。
「小エビちゃん」
「……」
「今のもう一回」
「……嫌です」
「えー」
「恥ずかしいので」
「オレは聞きたい」
「無理です」
「ケチ」
「ケチで結構です」
「じゃあさ」
「はい」
「逃げるのやめてよ」
真っ直ぐだった。
冗談じゃない。
気まぐれでもない。
「オレ頑張るから」
「……何をですか」
「小エビちゃんが逃げなくて済むように」
予想していなかった言葉だった。
フロイドはもっと自分勝手な人だと思っていた。
思っていたのに。
「すぐには無理かもしれません」
「うん」
「たまに逃げるかもしれません」
「追いかける」
「それはやめてください」
「あはは」
笑う。
いつもの笑い方。
けれど少しだけ違って聞こえた。
「じゃあ約束ねぇ」
「約束?」
「逃げるならちゃんと言う」
「……分かりました」
「オレも気まぐれで終わらせない」
心臓が跳ねる。
「それも約束」
「……はい」
「よし」
満足そうに笑う。
「じゃあ小エビちゃん」
「なんですか」
「明日も話そ」
「……はい」
「明後日も」
「はい」
「その次も」
「多いですね」
「だって好きだもん」
さらりと言う。
本当にずるい。
「小エビちゃんもそのうち言ってよ」
「何をですか」
「好きって」
「言いません」
「言ってよ」
「言いません」
「賭ける?」
「賭けません」
「つまんないの」
笑い声が響く。
その隣で小さく息を吐く。
逃げる理由はまだ消えない。
けれど。
追いつかれるのを期待している。
「小エビちゃん」
「はい?」
「顔赤い」
「気のせいです」
「気のせいじゃないよ」
「見ないでください」
「無理」
「フロイド先輩」
「んー?」
「……ずるいです」
「今更?」
楽しそうに笑う声。
その声を聞きながら。
たぶん明日も、また見つかるんだろうなと思った。
