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「……ジャミル先輩」
「なんだ」
「今ちょっと機嫌悪いですか」
「別に」
「絶対悪いですよね」
「そう見えるならそうなんだろ」
「認めるんですね」
「面倒だからな」
机に頬杖をついたジャミルは視線だけを寄越した。
「で、用件は」
「これなんですけど」
差し出された紙を受け取り、ざっと目を通す。
「……ああ、この前のやつか」
「ジャミル先輩なら分かるかなって」
「分かるだろ、こんなの」
「わたしには難しいんです」
「努力しろ」
「してます」
「足りないな」
「ひどい」
「事実だろ」
ため息をつきながらも、ジャミルは椅子を引いた。
「座れ」
「いいんですか」
「聞きに来たんじゃないのか」
「ありがとうございます」
ななしはジャミルの隣に腰掛ける。
紙の上を指先が移動する。
「ここはこうだ」
「ん?」
「それでこの式を使う」
「なるほど……?」
「分かってない顔だな」
「ちょっとだけ」
「どの辺がだ」
「全部です」
「帰れ」
「帰りません」
即答するとジャミルは呆れたように眉を寄せた。
「図太いな」
「褒め言葉として受け取ります」
「誰も褒めてない」
それでも説明は続いた。
途中で何度か質問を挟みながら、やり取りを進めていく。
「……あ、分かりました」
「本当か」
「たぶん」
「信用ならないな」
「今のは本当に大丈夫です」
「ならいい」
紙をまとめようとしたところでジャミルが口を開いた。
「お前、毎回同じところで躓くな」
「そうなんですよ」
「そこを先に復習しろ」
「ジャミル先輩、また教えてくれますか」
「断る」
「即答」
「自力でやれ」
「困った時だけでいいので」
「……」
「先輩?」
「お前は困ってなくても来るだろ」
「否定できないです」
「だろうな」
小さく笑われる。
その表情が珍しくて、思わず目を見開いた。
「なんだ」
「いや、今笑ったなって」
「笑うくらいする」
「なんか得した気分です」
「安いな」
「お得なんです」
「変なやつ」
そう言った声は、少しだけ柔らかかった。
◇
「ジャミル先輩」
「またか」
「またです」
「今回はなんだ」
「これです」
「……お前、本当に毎回来るな」
「嫌ですか」
「……嫌なら追い返してる」
「じゃあセーフですね」
「勝手に判断するな」
受け取った紙を見てジャミルが眉をひそめる。
「これ、1年生はまだ習ってないだろ」
「先にやってみようかなって」
「珍しいな」
「褒めてます?」
「……少しだけな」
「やった」
「調子に乗るな」
けれどその日の説明はいつもより長かった。
質問が終わってもジャミルは席を立たない。
「……先輩?」
「なんだ」
「今日は帰らないんですか」
「帰る」
「でも動かないですよね」
「少し休憩してるだけだ」
「疲れてます?」
「別に」
「それ便利な言葉ですね」
「お前が色々聞きすぎなんだ」
「気になりますから」
「気にする必要はない」
「あります」
「ない」
「あります」
「……頑固だな」
「ジャミル先輩ほどじゃないです」
「俺を基準にするな」
沈黙が落ちる。
先に口を開いたのはジャミルだった。
「お前、」
「はい」
「誰にでもこんな感じなのか」
「こんな感じ、とは」
「気軽に話しかけて、頼って、世話を焼こうとする」
「うーん」
ななしは少し考える。
「ジャミル先輩だからかもしれません」
「……は?」
「だって頼りになりますし」
「他にもいるだろ」
「でもジャミル先輩です」
「意味が分からないな」
「わたしもです」
「なんだそれ」
ジャミルは視線を逸らした。
「変なこと言うな」
「変でした?」
「変だ」
「すみません」
「謝るな」
「どっちですか」
「……知らない」
その返事が妙に人間らしくて少しだけ笑ってしまった。
◇
「ジャミル先輩!」
「声がでかい」
「見てください」
「なんだ」
「ちゃんと解けました」
「……本当だな」
「すごくないですか」
「俺が教えたからな」
「自分の手柄にしましたね」
「事実だろ」
「半分くらいはわたしの努力です」
「三割だな」
「減った」
「妥当だろ」
「厳しい」
「甘やかした覚えはない」
「でも教えてくれます」
「……」
「ジャミル先輩?」
「お前、たまに変なところで真っ直ぐだな」
「そうですか?」
「そうだよ」
ぽつりと落ちた言葉。
ジャミルはすぐに話を切り替えた。
「次の問題やるぞ」
「あ、誤魔化しましたね」
「やらなくていいのか?」
「やります」
「なら集中しろ」
「はい」
その日の横顔はいつも通りだった。
◇
「……で?」
「で?」
「なんでいるんだ」
「会いに来ました」
「帰れ」
「まだ何もしてません」
「十分しただろ」
「顔見ただけです」
「それが問題なんだよ」
「ひどい」
ジャミルは深いため息をついた。
「お前、最近距離感がおかしいぞ」
「そうですか?」
「近い」
「いつもこんなもんじゃないですか」
「近い」
「普通です」
「普通じゃない」
「ジャミル先輩が遠いんですよ」
言った瞬間、空気が止まった。
「……それ、本気で言ってるのか」
「え」
「いや、いい」
「気になります」
「気にするな」
「気になります」
「今日はやけに食い下がるな」
「だって」
言葉が続かない。
ジャミルは小さく息を吐いた。
「お前は……」
「はい」
「俺が誰にでもこうしてると思うか」
「……違うんですか」
「違う」
「でもジャミル先輩、優しいですし」
「優しくない」
「優しいです」
「買い被るな」
「買い被ってません」
「俺はお前が思ってるような人間じゃない」
「わたしが思ってるジャミル先輩ってどんな人ですか」
「知らない」
「知らないのに否定するんですか」
「……」
ジャミルが言葉を失う。
「少なくとも、わたしは助けてもらってます」
「それは」
「何回も教えてくれましたし」
「それは成績が危なかったからだろ」
「ジャミル先輩はわたしを見捨てませんでした」
「……」
静かな沈黙。
「そういうところ、優しいと思います」
ジャミルは顔をしかめた。
「面倒なやつだな」
「よく言われます」
「褒めてない」
「知ってます」
「……本当に分かってるのか」
「はい」
「ならいい」
けれどその声は、少しだけ苦しそうだった。
その日を境にジャミルは少し距離を取るようになった。
◇
「ジャミル先輩」
「なんだ」
「最近避けてます?」
「避けてない」
「目が合わないです」
「偶然だろ」
「三日連続です」
「偶然だな」
「無理があります」
「そうか」
「そうです」
沈黙が続く。
「……なんでですか」
「なんでもない」
「ありますよね」
「ない」
「ジャミル先輩」
「……」
「怒らせましたか」
「違う」
「じゃあ何ですか」
ジャミルは目を閉じた。
「俺の問題だ」
「それなら聞けません」
「聞くな」
「でも気になります」
「だからお前は」
言葉が止まる。
しばらくしてジャミルは苦笑した。
「本当に困るな」
「困らせてます?」
「ああ」
「ごめんなさい」
「謝る必要はない」
「でも」
「俺が勝手に困ってるだけだ」
「……?」
「お前は何もしてない」
ジャミルは視線を逸らした。
「何もしてないのに困るんだよ」
「意味が分かりません」
「分からなくていい」
「気になります」
「知ってる」
「教えてください」
「断る」
「ケチ」
「そういう問題じゃない」
「じゃあ何ですか」
「……言えるわけないだろ」
小さすぎる声だった。
◇
季節が少し進む。
「ジャミル先輩」
「なんだ」
「これ」
「……菓子?」
「お礼です」
「何の」
「いつものです」
「別にいらない」
「受け取ってください」
「押しつけか」
「感謝です」
「強引な感謝だな」
「食べてくださいね」
「……分かった」
受け取った箱を見下ろす。
「お前」
「はい」
「こういうこと、あんまりするな」
「嫌でした?」
「違う」
「ならいいです」
「よくない」
「なんでですか」
「勘違いするだろ」
「何をですか」
ジャミルが黙る。
「……なんでもない」
「またそれです」
「それで終わりだ」
「終わりません」
「終われ」
「嫌です」
「頑固」
「ジャミル先輩に言われたくないです」
ふっと笑う。
その笑顔を見て、ジャミルは観念したように肩を落とした。
「本当にずるいな」
「わたしですか?」
「お前以外誰がいる」
「心当たりないです」
「だろうな」
「教えてくださいよ」
「教えない」
「なんでですか」
「知らなくていい」
「知りたいです」
「……」
長い沈黙。
「俺がお前を好きだからだよ」
時間が止まった。
「……え?」
「聞こえなかったなら忘れろ」
「いやばっちりきこえてます」
「忘れろって言っただろ」
「好きって」
「そうだよ」
ジャミルは笑った。
諦めたような笑い方だった。
「だから……距離を取ってた」
「……」
「お前は何も悪くない」
「でも」
「俺の問題だって言っただろ」
「ジャミル先輩」
「返事はいらない」
「え」
「困らせたいわけじゃない」
「でも」
「聞かなかったことにしてくれていい」
「無理です」
「……だろうな」
「そんなの無理です」
ジャミルは目を閉じた。
「そう言うと思った」
「ジャミル先輩」
「なんだ」
「わたし、いっぱい頼りました」
「ああ」
「会いにも来ました」
「知ってる」
「それでも嫌な顔しませんでした」
「してただろ」
「してません」
「してた」
「してません」
思わず笑う。
ジャミルも少しだけ笑った。
「……ジャミル先輩」
「ん?」
「わたし、もう少しだけ考えてもいいですか」
「ああ」
「逃げたりしません」
「知ってる」
「待ってくれますか」
「待つよ」
「長いかもしれません」
「別にいい」
「本当ですか」
「俺は今までだって十分長かった」
静かな声だった。
「だから今さらだ」
「……ずるいです」
「どっちがだよ」
「ジャミル先輩です」
「そうかもな」
◇
その日の帰り際。
「ジャミル先輩」
「なんだ」
「明日も話しかけます」
「好きにしろ」
「避けないでくださいね」
「努力する」
「努力なんですか」
「保証はできない」
「じゃあ毎日確認します」
「面倒だな」
「知ってます」
「……本当に」
ジャミルは苦笑する。
「お前には敵わない」
「勝負してたんですか」
「ずっと負けてるよ」
「気づきませんでした」
「だろうな」
その声はどこか穏やかだった。
「じゃあまた明日です」
「ああ」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
去っていく背中を見送りながらジャミルは小さく息を吐く。
言わないままで終わるつもりだった。
後輩のままでいてくれればいいと思っていた。
それなのに。
「……本当に困るな」
誰に聞かせるでもなく零す。
けれどその表情は不思議なくらい晴れていた。
「なんだ」
「今ちょっと機嫌悪いですか」
「別に」
「絶対悪いですよね」
「そう見えるならそうなんだろ」
「認めるんですね」
「面倒だからな」
机に頬杖をついたジャミルは視線だけを寄越した。
「で、用件は」
「これなんですけど」
差し出された紙を受け取り、ざっと目を通す。
「……ああ、この前のやつか」
「ジャミル先輩なら分かるかなって」
「分かるだろ、こんなの」
「わたしには難しいんです」
「努力しろ」
「してます」
「足りないな」
「ひどい」
「事実だろ」
ため息をつきながらも、ジャミルは椅子を引いた。
「座れ」
「いいんですか」
「聞きに来たんじゃないのか」
「ありがとうございます」
ななしはジャミルの隣に腰掛ける。
紙の上を指先が移動する。
「ここはこうだ」
「ん?」
「それでこの式を使う」
「なるほど……?」
「分かってない顔だな」
「ちょっとだけ」
「どの辺がだ」
「全部です」
「帰れ」
「帰りません」
即答するとジャミルは呆れたように眉を寄せた。
「図太いな」
「褒め言葉として受け取ります」
「誰も褒めてない」
それでも説明は続いた。
途中で何度か質問を挟みながら、やり取りを進めていく。
「……あ、分かりました」
「本当か」
「たぶん」
「信用ならないな」
「今のは本当に大丈夫です」
「ならいい」
紙をまとめようとしたところでジャミルが口を開いた。
「お前、毎回同じところで躓くな」
「そうなんですよ」
「そこを先に復習しろ」
「ジャミル先輩、また教えてくれますか」
「断る」
「即答」
「自力でやれ」
「困った時だけでいいので」
「……」
「先輩?」
「お前は困ってなくても来るだろ」
「否定できないです」
「だろうな」
小さく笑われる。
その表情が珍しくて、思わず目を見開いた。
「なんだ」
「いや、今笑ったなって」
「笑うくらいする」
「なんか得した気分です」
「安いな」
「お得なんです」
「変なやつ」
そう言った声は、少しだけ柔らかかった。
◇
「ジャミル先輩」
「またか」
「またです」
「今回はなんだ」
「これです」
「……お前、本当に毎回来るな」
「嫌ですか」
「……嫌なら追い返してる」
「じゃあセーフですね」
「勝手に判断するな」
受け取った紙を見てジャミルが眉をひそめる。
「これ、1年生はまだ習ってないだろ」
「先にやってみようかなって」
「珍しいな」
「褒めてます?」
「……少しだけな」
「やった」
「調子に乗るな」
けれどその日の説明はいつもより長かった。
質問が終わってもジャミルは席を立たない。
「……先輩?」
「なんだ」
「今日は帰らないんですか」
「帰る」
「でも動かないですよね」
「少し休憩してるだけだ」
「疲れてます?」
「別に」
「それ便利な言葉ですね」
「お前が色々聞きすぎなんだ」
「気になりますから」
「気にする必要はない」
「あります」
「ない」
「あります」
「……頑固だな」
「ジャミル先輩ほどじゃないです」
「俺を基準にするな」
沈黙が落ちる。
先に口を開いたのはジャミルだった。
「お前、」
「はい」
「誰にでもこんな感じなのか」
「こんな感じ、とは」
「気軽に話しかけて、頼って、世話を焼こうとする」
「うーん」
ななしは少し考える。
「ジャミル先輩だからかもしれません」
「……は?」
「だって頼りになりますし」
「他にもいるだろ」
「でもジャミル先輩です」
「意味が分からないな」
「わたしもです」
「なんだそれ」
ジャミルは視線を逸らした。
「変なこと言うな」
「変でした?」
「変だ」
「すみません」
「謝るな」
「どっちですか」
「……知らない」
その返事が妙に人間らしくて少しだけ笑ってしまった。
◇
「ジャミル先輩!」
「声がでかい」
「見てください」
「なんだ」
「ちゃんと解けました」
「……本当だな」
「すごくないですか」
「俺が教えたからな」
「自分の手柄にしましたね」
「事実だろ」
「半分くらいはわたしの努力です」
「三割だな」
「減った」
「妥当だろ」
「厳しい」
「甘やかした覚えはない」
「でも教えてくれます」
「……」
「ジャミル先輩?」
「お前、たまに変なところで真っ直ぐだな」
「そうですか?」
「そうだよ」
ぽつりと落ちた言葉。
ジャミルはすぐに話を切り替えた。
「次の問題やるぞ」
「あ、誤魔化しましたね」
「やらなくていいのか?」
「やります」
「なら集中しろ」
「はい」
その日の横顔はいつも通りだった。
◇
「……で?」
「で?」
「なんでいるんだ」
「会いに来ました」
「帰れ」
「まだ何もしてません」
「十分しただろ」
「顔見ただけです」
「それが問題なんだよ」
「ひどい」
ジャミルは深いため息をついた。
「お前、最近距離感がおかしいぞ」
「そうですか?」
「近い」
「いつもこんなもんじゃないですか」
「近い」
「普通です」
「普通じゃない」
「ジャミル先輩が遠いんですよ」
言った瞬間、空気が止まった。
「……それ、本気で言ってるのか」
「え」
「いや、いい」
「気になります」
「気にするな」
「気になります」
「今日はやけに食い下がるな」
「だって」
言葉が続かない。
ジャミルは小さく息を吐いた。
「お前は……」
「はい」
「俺が誰にでもこうしてると思うか」
「……違うんですか」
「違う」
「でもジャミル先輩、優しいですし」
「優しくない」
「優しいです」
「買い被るな」
「買い被ってません」
「俺はお前が思ってるような人間じゃない」
「わたしが思ってるジャミル先輩ってどんな人ですか」
「知らない」
「知らないのに否定するんですか」
「……」
ジャミルが言葉を失う。
「少なくとも、わたしは助けてもらってます」
「それは」
「何回も教えてくれましたし」
「それは成績が危なかったからだろ」
「ジャミル先輩はわたしを見捨てませんでした」
「……」
静かな沈黙。
「そういうところ、優しいと思います」
ジャミルは顔をしかめた。
「面倒なやつだな」
「よく言われます」
「褒めてない」
「知ってます」
「……本当に分かってるのか」
「はい」
「ならいい」
けれどその声は、少しだけ苦しそうだった。
その日を境にジャミルは少し距離を取るようになった。
◇
「ジャミル先輩」
「なんだ」
「最近避けてます?」
「避けてない」
「目が合わないです」
「偶然だろ」
「三日連続です」
「偶然だな」
「無理があります」
「そうか」
「そうです」
沈黙が続く。
「……なんでですか」
「なんでもない」
「ありますよね」
「ない」
「ジャミル先輩」
「……」
「怒らせましたか」
「違う」
「じゃあ何ですか」
ジャミルは目を閉じた。
「俺の問題だ」
「それなら聞けません」
「聞くな」
「でも気になります」
「だからお前は」
言葉が止まる。
しばらくしてジャミルは苦笑した。
「本当に困るな」
「困らせてます?」
「ああ」
「ごめんなさい」
「謝る必要はない」
「でも」
「俺が勝手に困ってるだけだ」
「……?」
「お前は何もしてない」
ジャミルは視線を逸らした。
「何もしてないのに困るんだよ」
「意味が分かりません」
「分からなくていい」
「気になります」
「知ってる」
「教えてください」
「断る」
「ケチ」
「そういう問題じゃない」
「じゃあ何ですか」
「……言えるわけないだろ」
小さすぎる声だった。
◇
季節が少し進む。
「ジャミル先輩」
「なんだ」
「これ」
「……菓子?」
「お礼です」
「何の」
「いつものです」
「別にいらない」
「受け取ってください」
「押しつけか」
「感謝です」
「強引な感謝だな」
「食べてくださいね」
「……分かった」
受け取った箱を見下ろす。
「お前」
「はい」
「こういうこと、あんまりするな」
「嫌でした?」
「違う」
「ならいいです」
「よくない」
「なんでですか」
「勘違いするだろ」
「何をですか」
ジャミルが黙る。
「……なんでもない」
「またそれです」
「それで終わりだ」
「終わりません」
「終われ」
「嫌です」
「頑固」
「ジャミル先輩に言われたくないです」
ふっと笑う。
その笑顔を見て、ジャミルは観念したように肩を落とした。
「本当にずるいな」
「わたしですか?」
「お前以外誰がいる」
「心当たりないです」
「だろうな」
「教えてくださいよ」
「教えない」
「なんでですか」
「知らなくていい」
「知りたいです」
「……」
長い沈黙。
「俺がお前を好きだからだよ」
時間が止まった。
「……え?」
「聞こえなかったなら忘れろ」
「いやばっちりきこえてます」
「忘れろって言っただろ」
「好きって」
「そうだよ」
ジャミルは笑った。
諦めたような笑い方だった。
「だから……距離を取ってた」
「……」
「お前は何も悪くない」
「でも」
「俺の問題だって言っただろ」
「ジャミル先輩」
「返事はいらない」
「え」
「困らせたいわけじゃない」
「でも」
「聞かなかったことにしてくれていい」
「無理です」
「……だろうな」
「そんなの無理です」
ジャミルは目を閉じた。
「そう言うと思った」
「ジャミル先輩」
「なんだ」
「わたし、いっぱい頼りました」
「ああ」
「会いにも来ました」
「知ってる」
「それでも嫌な顔しませんでした」
「してただろ」
「してません」
「してた」
「してません」
思わず笑う。
ジャミルも少しだけ笑った。
「……ジャミル先輩」
「ん?」
「わたし、もう少しだけ考えてもいいですか」
「ああ」
「逃げたりしません」
「知ってる」
「待ってくれますか」
「待つよ」
「長いかもしれません」
「別にいい」
「本当ですか」
「俺は今までだって十分長かった」
静かな声だった。
「だから今さらだ」
「……ずるいです」
「どっちがだよ」
「ジャミル先輩です」
「そうかもな」
◇
その日の帰り際。
「ジャミル先輩」
「なんだ」
「明日も話しかけます」
「好きにしろ」
「避けないでくださいね」
「努力する」
「努力なんですか」
「保証はできない」
「じゃあ毎日確認します」
「面倒だな」
「知ってます」
「……本当に」
ジャミルは苦笑する。
「お前には敵わない」
「勝負してたんですか」
「ずっと負けてるよ」
「気づきませんでした」
「だろうな」
その声はどこか穏やかだった。
「じゃあまた明日です」
「ああ」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
去っていく背中を見送りながらジャミルは小さく息を吐く。
言わないままで終わるつもりだった。
後輩のままでいてくれればいいと思っていた。
それなのに。
「……本当に困るな」
誰に聞かせるでもなく零す。
けれどその表情は不思議なくらい晴れていた。
