オクタビネル
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
人通りの途絶えた廊下の窓辺で、だらりとこちらに寄りかかる姿があった。
長身を丸めるようにして、こちらの頭上に顎が乗せられる。
ずっしりとした重みが肩に伝わり、首筋のあたりで気だるそうな吐息がこぼれた。
「ねえ、小エビちゃん」
「なんですか?」
「オレの好きなとこ、10個言って」
「……え、なんですか急に」
降って湧いたような突拍子のない要求に、思わず見上げると視線がぶつかる。
薄く唇を歪め、ニヤニヤしながらこちらを見下ろしていた。
「いいから言って」
「……めんどくさい彼女みたいなこと言いますね」
「いいから早く」
首元に回された腕にぎゅっと力が込められ、思わず苦笑いが漏れた。
冗談めかした言い方だが、この「早く」は本気だ。
今すぐ乗ってやらないと、後が面倒になる。
「分かりましたから、腕緩めてください。苦しいです」
「んー、1個言ったら1ミリゆるめてあげる」
「絶対ミリ単位で測ってないですよねそれ」
小さくため息をつき、頭の中で指を折り始める。
10個という数字は思いのほか多い。
けれど、日頃から振り回されているおかげで、思い当たる節がないわけでもなかった。
「……じゃあ1個目。背が高くてスタイルがいいところ」
「ふーん。まあまあじゃん? 次」
「2個目。バスケやってるとき、すごくかっこいいところ」
「当たり前でしょ〜、オレ上手いし。もっと他のは?」
乗っかられていた重みが、ほんのわずかだけ軽くなった気がした。
また余計なことを言い出しそうだと思いながらも、素直に言葉を続ける。
「3個目。気分が良いときに、鼻歌歌いながら楽しそうにしてるところ」
「あは、見てんだ? 小エビちゃんオレのこと大好きじゃん」
「そりゃあ、これだけ目立ってたら目に入りますよ」
「言い訳がヘタクソ〜」
楽しそうに喉を鳴らす音が耳元で弾ける。
髪の毛を撫でつける指先は、思いのほか優しくてくすぐったい。
「4個目。表情豊かなところ」
「ん? オレそんなに表情変わってる?」
「してますよ。楽しい時とめんどくさい時、一瞬で分かるくらい違います」
「そりゃ良いことじゃん。裏表ないってことでしょ」
誇らしげに胸を張る姿に、ふっと肩の力が抜けていく。
気まぐれで身勝手で、何を考えているのか分からないことも多いけれど、こういうところは、嫌いじゃない。
「5個目。たまに、すごく優しいところ」
「たまに? オレいっつも優しいじゃん」
「気分で放置したり噛みつこうとしてくるの誰ですか」
「そうだっけ?」
「そうですよ!」
腕の拘束が少しずつ解け、背中に回される手つきが変わっていく。
抱え込むような形から、そっと寄り添うような触れ方に変わっていくのが分かった。
「あと5個ちゃんと言えんの? 詰まったら最初からやり直しね」
「そんな理不尽なルール追加しないでください」
「ほら、6個目は?」
急かされるように腰を突かれ、まぶたを伏せて次の言葉を探す。
普段は言わないような気恥ずかしいフレーズばかりが頭に浮かんで、頬がじわりと火照っていくのを感じた。
「6個目……話すとき、ちゃんと目線を合わせてくれるところ」
「……ん」
「屈んで話を聞いてくれるの結構好きです」
言い終えると、上からの視線がふっと動きを止めた。
返ってくる軽口を予想していただけに、何も返ってこないことに、少しだけ不安になる。
横顔を盗み見ようと顔を上げかけたところで、ぐっと顎を固められた。
「……7個目は?」
「……照れてます?」
「あ? 照れてねぇし」
「はいはい。7個目、手が大きくて温かいところ」
重ねられた指先を軽く握り返すと、手がぴくりと跳ねた後、そのまま指を絡めてしれっと握り返してきた。
「8個目。自分の好きにすごく素直で、真っ直ぐなところ」
「まあ、嫌なもんは嫌だし、欲しいもんは欲しいし」
「そうやって誤魔化さないところは、ちょっと羨ましいって思います」
「素直に尊敬してますって言いなよ」
からかうような口調に戻ったことに安堵しながら、絡められた指に少しだけ力を込める。
残りはあと2個だ。
「9個目。なんだかんだで、約束は絶対に破らないところ」
「えー? オレ気分のらなきゃ破るよ?」
「いいえ、私との約束は破ったことないです」
「そうだっけ?」
「あとで行くって言ったら絶対に放置しないし、やるって言ったことは面倒くさそうにしながらも最後までやってくれます」
思い返せば、いつもそうだった。
どれだけ不機嫌そうにしていても、どれだけ退屈そうにしていても、私に投げかけた言葉を投げ出すような真似だけは一度だってされたことがない。
「……ふーん」
「……で、最後の10個目なんですけど」
そこで言葉を区切り、ゆっくりと向き直るように体を回した。
目の前に、屈み込んだ顔が近づいていた。
からかうような笑みを浮かべてはいるものの、その奥にわずかな緊張が滲んでいるように見えた。
「……私が好きって言うと、すっごく嬉しそうな顔をするところ」
その瞬間、瞳がわずかに丸くなった。
一瞬だけ固まった後、視線を泳がせ、片手で顔の下半分を覆ってしまう。
「……はぁ? なにそれ」
「今もすごく分かりやすいですよ」
口元を隠したまま低く唸る声が、いつもより少しだけ上ずっていた。
いつも優位に立って弄んでくる人が、こうして言葉に詰まっている姿を見ていると、思わず目が離せなくなる。
「言いましたよ10個。約束通り腕、離してください」
「やだ」
「えぇ……嘘つき」
「10個言ったらゆるめるって言ったけど、離すとは言ってない」
すかさず言い返され、呆れて息を吐く。
隠していた手が払われ、そのまま勢いよく抱きすくめられた。
正面から閉じ込められ、胸元にすっぽりと埋もれる形になる。
「調子乗ってんじゃねえよ」
「フロイド先輩が言えって言ったんじゃないですか」
「言ったけどさぁ……そんな直球で返してくるとは思わないじゃん」
頭の上から降ってくる声は、どこか甘えて拗ねているようだった。
背中に回された腕が強くなり、身動きが取れなくなる。
「……ねえ」
「なんですか?」
「お返し」
「お返し?」
唐突な言葉に首をかしげると、首筋に鼻先が擦り付けられ、低く囁かれる。
「オレが小エビちゃんの好きなとこ、10個言ってあげよっか」
「……えっ、いいです。恥ずかしい」
「オレばっかり言わされてズルいじゃん」
「言い出したのフロイド先輩じゃないですか!」
焦って身を引こうとしたが、がっしりと腰を抱え込まれていて一歩も動けない。
耳元でくすくすと笑う声が聞こえ、唇が近づいてくる。
「1個目。ちっちゃくて可愛いところ」
「先輩からしたら、ほとんどの人間は小さいですよ」
「2個目。逃げ出さないでちゃんと側にいるところ」
「逃げられないだけです」
「3個目。美味いもん食わせると、すっごい幸せそうに微笑むところ」
私の抗議なんて耳に入っていないかのように、指を折りながら耳元で言葉を紡いでいく。
いつの間にか笑いを含んでいた声が低くなり、掠れた声が鼓膜を揺らした。
「4個目。オレの顔、じーっと見て固まるところ」
「それは……急に寄ってくるからです」
「5個目。他の奴と話してると、分かりやすく寂しそうな顔するところ」
「寂しそうな顔、してます?」
「してる。オレが見逃すわけないじゃん」
次々と落とされる言葉に、今度は私のほうが耐えられなくなりそうだった。
顔から耳まで一気に火がついたようで、うまく言葉が出てこない。
「6個目。意地張りながらも、ちゃんとオレのこと頼ってくるところ」
「7個目。泣きそうな顔しながらも、オレの手を握り返してくるところ」
「……もう、もう大丈夫です、十分伝わりましたから」
「ダメ。10個言う」
大きな手が髪に潜り込み、後頭部にそっと添えられる。
至近距離で、まっすぐな言葉が次々と落ちてくる。
「8個目。オレの我儘に、呆れながらも付き合ってくれるところ」
「9個目。ギュッてすると、ちゃんと温かいところ」
ひとつ言葉を重ねるたびに、距離が縮まる。
吐息が唇をかすめるほどの近さで、最後のひとつが囁かれた。
「10個目。……オレのこと好きでいてくれるところ」
「……ズルいです、そういうの」
「ズルい? オレ、本当のことしか言ってないじゃん」
近づいた唇の間隙を埋めるように、ゆっくりと顔が近づいてくる。
やがて触れた唇から伝わる熱が、二人の間をゆっくりと満たしていった。
1/19ページ