ハーツラビュル
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オンボロ寮のななしと出会ってからオレの日常は騒がしくなった。魔法も使えない、異世界から来たっていうヘンテコな境遇のくせに、いつも一生懸命で明るい。
「……はぁ。オレ、何やってんだか」
放課後の廊下。窓から差し込む夕日は驚くほど赤かった。
自覚してしまった。アイツの笑った顔とか困った時に眉を寄せる癖とか、全部がやけに可愛く見える。つまりオレはななしのことが好きらしい。
「エース? どうしたの、そんなところで立ち止まって」
後ろから声をかけられ心臓が跳ね上がる。
振り返ると、そこにはお目当ての――そして今一番顔を合わせるのが気まずい――ななしが立っていた。
「あー……いや、別に? ちょうどななしのアホ面が浮かんだから、噂をすればなんとやら、って感じ」
「ひどいなー。せっかく一緒に帰ろうと思って探してたのに」
ななしが頬を膨らませる。
その仕草すら今のオレには直撃する。
ここで素直に「オレも会いたかった」なんて言えるわけがない。
そんなキャラじゃないし、何よりみんなでバカ騒ぎできる関係を壊したくなかった。
もし想いを伝えて気まずくなって、アイツの隣にいられなくなるくらいなら、このまま意地悪な友だちポジションを守り抜くほうがよっぽど賢い選択だ。
「へーへー、そりゃ光栄。じゃあ、一緒に帰ってやるよ」
「うん、一緒に帰ろ」
ななしがふにゃりと笑う。
その笑顔を見るたび、胸の奥がギュッとなる。
バレるな。絶対にこの感情は顔に出すなよ、オレ。
・
数日後。
ハーツラビュル寮の中庭。
オレはななしとデュースと一緒に課題を片付けていた……はずだった。
「――あはは! デュース、綴りまた間違えてるよ」
「なっ……! ななし、笑うな。これはその、ペンが滑っただけで……!」
「またペンが滑ったの? 前も同じこと言ってた気がするけど」
楽しそうに笑い合う二人。
ななしはデュースのノートを覗き込むようにして距離が近い。デュースもデュースで顔を赤くしながらも、どこか嬉しそうにななしに教えを請うている。
(……チッ。なにあれ、仲良すぎじゃね?)
胸の奥にドロりとした不快な感情が広がる。
ただの友だち。アイツらはただの友だちだって頭ではわかってる。
デュースがななしを異性として意識してる様子は今のところないし、ななしだって恋愛に関しては鈍感なほう。
だけど、アイツの隣にいるのはオレだという独占欲が喉の奥までせり上がってくる。
「おい、デュース。おまえ、いつまで経っても進歩ねーな。そんなんじゃリドル寮長に首をはねられるぜ?」
わざと茶化すように割り込む。
二人の視線がオレに集まる。
「エース。おまえだってさっきからペンが止まってるじゃないか……もしかして、どこか具合でも悪いのか?」
デュースが真面目な顔で聞いてくる。
そういう無自覚なところが一番ムカつくんだ。
「元気すぎて困ってるっつーの……ななし、おまえも。デュースにつきっきりになってないで、オレのこの問題教えろよ」
「え? エースならこれくらい、一人で解けるでしょ?」
「解けませーん。あーもう全然わかんない。ほら、こっち来て教えろってば」
強引にななしの腕を引いて自分の隣に座らせる。
ななしは「ええっ」と驚きながらもオレの隣に収まった。鼻先をかすめるシャンプーの匂い。それだけで、さっきまでのイライラが少しだけ静まる。
「……もう、エースはわがままだなあ。どれ? どこがわからないの?」
覗き込んできたななしの顔が近い。
長い睫毛も透き通った瞳も、全部オレのものにしたい。
「……やっぱいい。今の、自力で解けそう」
「えっ、何それ! 呼んどいてひどくない!?」
「あはは、わりぃ。ななしが困ってる顔、面白かったからつい」
わざと意地悪く笑って自分の本心を隠す。
これ以上近くにいたら本当のことを言ってしまいそうだった。奥手なななしを怖がらせたくないし、この心地いい日常を失いたくない。ヘタレだって笑いたきゃ笑えばいい。オレは今の関係を守るのに必死だった。
・
夕暮れ時。
デュースは部活、グリムは食堂に吸い込まれていき、偶然にもオレとななしは二人きりになった。人気のない廊下を二人並んで歩く。
「……ねえ、エース」
不意にななしが足を止めた。
「ん? なに」
「最近のエース、なんだか変だよ」
心臓がドクンと大きく脈打つ。
まさか、バレた?
「変って……。オレはいつも通りだろ。おまえの目、節穴なんじゃねーの?」
「そういう、すぐ意地悪言うところはいつも通りなんだけど……でも時々、すごく怖い顔で私を見てる時があるし。今日だってデュースと話してた時、急に機嫌悪くなったでしょ?」
ななしが不安そうにオレの顔色をうかがう。
こいつ、こういう時だけ変に鋭い。
恋愛には疎いくせにオレの感情の変化には敏感だ。
「……別に、機嫌悪くなってねーよ。デュースがあんまりにもバカだったから呆れてただけだろ」
「本当に? 嘘ついてない?」
「ついてねーよ」
嘘だ。大嘘だ。
本当はデュースに嫉妬して独り占めしたくてたまらなかった。ななしの真っ直ぐな瞳に見つめられると隠し事が全部暴かれてしまいそうで、オレは堪らず視線を逸らした。
「……ななし」
「なに?」
「おまえさ……デュースのこと、どう思ってるわけ?」
思わず聞きたくなかった言葉が口から滑り落ちた。デュースを牽制したいのか、それともななしの気持ちを確かめたいのか自分でもわからない。
「え? デュース? 大事な友だちだよ。エースと同じくらい大切に思ってる」
「……同じくらい、かよ」
その答えに安堵とそれ以上の落胆が混ざる。オレはアイツと同じ「友だち」の枠の中にしっかり収まっているらしい。安全圏だけど一番遠い場所。
「……あー、もう。おまえ本当にわかってねーのな」
「え? 何が?」
きょとんとするななしを見ていたら、なんだか急に全部が馬鹿らしくなった。壊したくない。失いたくない。そうやって予防線を張ってる自分も。何も気づかずに「友だち」なんて言うこいつも。
「――わかんなくていいよ。……今は、まだ」
オレはななしとの距離を詰めた。
ななしが驚いて少しだけ身を引く。
その肩をオレは逃がさないように掴んだ。
「え、エース……?」
「いいか、ななし。オレ、おまえが思ってるほど優しい友だちじゃないから……あんまり他の男と仲良くしてると、マジで怒るからな」
「……それって、どういう……」
ななしの顔が、じわじわと赤くなっていく。
耳まで真っ赤にして視線を泳がせる。
ようやく少しは意識してくれたか。
「意味? 教えてほしい?」
耳元でわざと低めの声で囁く。
ななしの体がビクッと跳ねるのがわかった。
あーあ、やっぱりオレ性格悪い。
怖がらせたくないなんて思ってたはずなのに、こうして反応を見ちゃうともっと追い詰めたくなる。
「……っ、エースの、バカ!」
ななしはオレの手を振り払うと、そのまま走り去ってしまった。廊下に響く足音。残されたオレは自分の手を見つめて、深いため息をついた。
「……ほんと、バカだよな」
結局、決定的なことは何も言えなかった。
「好きだ」という言葉を飲み込んで、ただの独占欲をぶつけただけ。
でも、走り去る前のあの顔。あんなに真っ赤になって動揺してたってことは、少しくらい期待してもいいんだろうか。
「あー……明日、どんな顔して会えばいいんだよ」
夕闇が迫る廊下でオレは頭を掻きむしった。
友だちでいたい。でも、それじゃ足りない。
壊れるのが怖い。でも、踏み出さずにはいられない。
最高にカッコ悪くて最高に甘苦い片想いは、まだまだ出口が見えそうになかった。
「……まあ、デュースには絶対負けねーけど」
静まり返った廊下に誰にも聞こえない宣戦布告を落とし、ゆっくりと歩き始めた。
・
翌日。
鏡舎の前で、いつものようにななしの姿を見つけた。
隣には案の定、デュースがいる。
ななしはオレの姿を見つけると、一瞬だけビクッとしてすぐに視線を逸らした。昨日まではなかったそのぎこちなさ。それは友だちという境界線が少しだけ揺らいだ証拠だ。
「おーっす、ななし。おはよ…ってなんだよ、その顔。寝不足か?」
わざといつも通りを装って、アイツの頭を軽く小突く。
「……っ! 別に寝不足じゃないよ! エースのせいだし……!」
「へー、オレのせいなんだ? それって一晩中オレのこと考えてたって意味?」
「なっ……! ちが、違うっ……!」
顔を真っ赤にして言い返すななし。
それを見ていたデュースが不思議そうに首を傾げる。
「どうしたんだ、おまえら。朝から騒がしいな」
「なんでもねーよ。なあ、ななし?」
オレはななしの肩に腕を回し、グイッと自分の方へ引き寄せた。驚くデュースを余所に、耳元でだけ聞こえるくらいの小さな声で囁く。
「これから覚悟しとけよ?」
境界線を越えるのはもう少し先。
オレは困惑と羞恥でパニックになっているななしの横顔を見ながら、今日一番の意地悪で幸せな笑みを浮かべてやった。
「……はぁ。オレ、何やってんだか」
放課後の廊下。窓から差し込む夕日は驚くほど赤かった。
自覚してしまった。アイツの笑った顔とか困った時に眉を寄せる癖とか、全部がやけに可愛く見える。つまりオレはななしのことが好きらしい。
「エース? どうしたの、そんなところで立ち止まって」
後ろから声をかけられ心臓が跳ね上がる。
振り返ると、そこにはお目当ての――そして今一番顔を合わせるのが気まずい――ななしが立っていた。
「あー……いや、別に? ちょうどななしのアホ面が浮かんだから、噂をすればなんとやら、って感じ」
「ひどいなー。せっかく一緒に帰ろうと思って探してたのに」
ななしが頬を膨らませる。
その仕草すら今のオレには直撃する。
ここで素直に「オレも会いたかった」なんて言えるわけがない。
そんなキャラじゃないし、何よりみんなでバカ騒ぎできる関係を壊したくなかった。
もし想いを伝えて気まずくなって、アイツの隣にいられなくなるくらいなら、このまま意地悪な友だちポジションを守り抜くほうがよっぽど賢い選択だ。
「へーへー、そりゃ光栄。じゃあ、一緒に帰ってやるよ」
「うん、一緒に帰ろ」
ななしがふにゃりと笑う。
その笑顔を見るたび、胸の奥がギュッとなる。
バレるな。絶対にこの感情は顔に出すなよ、オレ。
・
数日後。
ハーツラビュル寮の中庭。
オレはななしとデュースと一緒に課題を片付けていた……はずだった。
「――あはは! デュース、綴りまた間違えてるよ」
「なっ……! ななし、笑うな。これはその、ペンが滑っただけで……!」
「またペンが滑ったの? 前も同じこと言ってた気がするけど」
楽しそうに笑い合う二人。
ななしはデュースのノートを覗き込むようにして距離が近い。デュースもデュースで顔を赤くしながらも、どこか嬉しそうにななしに教えを請うている。
(……チッ。なにあれ、仲良すぎじゃね?)
胸の奥にドロりとした不快な感情が広がる。
ただの友だち。アイツらはただの友だちだって頭ではわかってる。
デュースがななしを異性として意識してる様子は今のところないし、ななしだって恋愛に関しては鈍感なほう。
だけど、アイツの隣にいるのはオレだという独占欲が喉の奥までせり上がってくる。
「おい、デュース。おまえ、いつまで経っても進歩ねーな。そんなんじゃリドル寮長に首をはねられるぜ?」
わざと茶化すように割り込む。
二人の視線がオレに集まる。
「エース。おまえだってさっきからペンが止まってるじゃないか……もしかして、どこか具合でも悪いのか?」
デュースが真面目な顔で聞いてくる。
そういう無自覚なところが一番ムカつくんだ。
「元気すぎて困ってるっつーの……ななし、おまえも。デュースにつきっきりになってないで、オレのこの問題教えろよ」
「え? エースならこれくらい、一人で解けるでしょ?」
「解けませーん。あーもう全然わかんない。ほら、こっち来て教えろってば」
強引にななしの腕を引いて自分の隣に座らせる。
ななしは「ええっ」と驚きながらもオレの隣に収まった。鼻先をかすめるシャンプーの匂い。それだけで、さっきまでのイライラが少しだけ静まる。
「……もう、エースはわがままだなあ。どれ? どこがわからないの?」
覗き込んできたななしの顔が近い。
長い睫毛も透き通った瞳も、全部オレのものにしたい。
「……やっぱいい。今の、自力で解けそう」
「えっ、何それ! 呼んどいてひどくない!?」
「あはは、わりぃ。ななしが困ってる顔、面白かったからつい」
わざと意地悪く笑って自分の本心を隠す。
これ以上近くにいたら本当のことを言ってしまいそうだった。奥手なななしを怖がらせたくないし、この心地いい日常を失いたくない。ヘタレだって笑いたきゃ笑えばいい。オレは今の関係を守るのに必死だった。
・
夕暮れ時。
デュースは部活、グリムは食堂に吸い込まれていき、偶然にもオレとななしは二人きりになった。人気のない廊下を二人並んで歩く。
「……ねえ、エース」
不意にななしが足を止めた。
「ん? なに」
「最近のエース、なんだか変だよ」
心臓がドクンと大きく脈打つ。
まさか、バレた?
「変って……。オレはいつも通りだろ。おまえの目、節穴なんじゃねーの?」
「そういう、すぐ意地悪言うところはいつも通りなんだけど……でも時々、すごく怖い顔で私を見てる時があるし。今日だってデュースと話してた時、急に機嫌悪くなったでしょ?」
ななしが不安そうにオレの顔色をうかがう。
こいつ、こういう時だけ変に鋭い。
恋愛には疎いくせにオレの感情の変化には敏感だ。
「……別に、機嫌悪くなってねーよ。デュースがあんまりにもバカだったから呆れてただけだろ」
「本当に? 嘘ついてない?」
「ついてねーよ」
嘘だ。大嘘だ。
本当はデュースに嫉妬して独り占めしたくてたまらなかった。ななしの真っ直ぐな瞳に見つめられると隠し事が全部暴かれてしまいそうで、オレは堪らず視線を逸らした。
「……ななし」
「なに?」
「おまえさ……デュースのこと、どう思ってるわけ?」
思わず聞きたくなかった言葉が口から滑り落ちた。デュースを牽制したいのか、それともななしの気持ちを確かめたいのか自分でもわからない。
「え? デュース? 大事な友だちだよ。エースと同じくらい大切に思ってる」
「……同じくらい、かよ」
その答えに安堵とそれ以上の落胆が混ざる。オレはアイツと同じ「友だち」の枠の中にしっかり収まっているらしい。安全圏だけど一番遠い場所。
「……あー、もう。おまえ本当にわかってねーのな」
「え? 何が?」
きょとんとするななしを見ていたら、なんだか急に全部が馬鹿らしくなった。壊したくない。失いたくない。そうやって予防線を張ってる自分も。何も気づかずに「友だち」なんて言うこいつも。
「――わかんなくていいよ。……今は、まだ」
オレはななしとの距離を詰めた。
ななしが驚いて少しだけ身を引く。
その肩をオレは逃がさないように掴んだ。
「え、エース……?」
「いいか、ななし。オレ、おまえが思ってるほど優しい友だちじゃないから……あんまり他の男と仲良くしてると、マジで怒るからな」
「……それって、どういう……」
ななしの顔が、じわじわと赤くなっていく。
耳まで真っ赤にして視線を泳がせる。
ようやく少しは意識してくれたか。
「意味? 教えてほしい?」
耳元でわざと低めの声で囁く。
ななしの体がビクッと跳ねるのがわかった。
あーあ、やっぱりオレ性格悪い。
怖がらせたくないなんて思ってたはずなのに、こうして反応を見ちゃうともっと追い詰めたくなる。
「……っ、エースの、バカ!」
ななしはオレの手を振り払うと、そのまま走り去ってしまった。廊下に響く足音。残されたオレは自分の手を見つめて、深いため息をついた。
「……ほんと、バカだよな」
結局、決定的なことは何も言えなかった。
「好きだ」という言葉を飲み込んで、ただの独占欲をぶつけただけ。
でも、走り去る前のあの顔。あんなに真っ赤になって動揺してたってことは、少しくらい期待してもいいんだろうか。
「あー……明日、どんな顔して会えばいいんだよ」
夕闇が迫る廊下でオレは頭を掻きむしった。
友だちでいたい。でも、それじゃ足りない。
壊れるのが怖い。でも、踏み出さずにはいられない。
最高にカッコ悪くて最高に甘苦い片想いは、まだまだ出口が見えそうになかった。
「……まあ、デュースには絶対負けねーけど」
静まり返った廊下に誰にも聞こえない宣戦布告を落とし、ゆっくりと歩き始めた。
・
翌日。
鏡舎の前で、いつものようにななしの姿を見つけた。
隣には案の定、デュースがいる。
ななしはオレの姿を見つけると、一瞬だけビクッとしてすぐに視線を逸らした。昨日まではなかったそのぎこちなさ。それは友だちという境界線が少しだけ揺らいだ証拠だ。
「おーっす、ななし。おはよ…ってなんだよ、その顔。寝不足か?」
わざといつも通りを装って、アイツの頭を軽く小突く。
「……っ! 別に寝不足じゃないよ! エースのせいだし……!」
「へー、オレのせいなんだ? それって一晩中オレのこと考えてたって意味?」
「なっ……! ちが、違うっ……!」
顔を真っ赤にして言い返すななし。
それを見ていたデュースが不思議そうに首を傾げる。
「どうしたんだ、おまえら。朝から騒がしいな」
「なんでもねーよ。なあ、ななし?」
オレはななしの肩に腕を回し、グイッと自分の方へ引き寄せた。驚くデュースを余所に、耳元でだけ聞こえるくらいの小さな声で囁く。
「これから覚悟しとけよ?」
境界線を越えるのはもう少し先。
オレは困惑と羞恥でパニックになっているななしの横顔を見ながら、今日一番の意地悪で幸せな笑みを浮かべてやった。
