ハーツラビュル
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「こら、そこ! 騒ぐんじゃないよ」
きびきびとした、しかしどこか幼さの残る凛とした声が響いた。
赤と白の寮服を完璧に着こなしたハーツラビュル寮長リドル・ローズハートが、問題の生徒たちを鋭い視線で咎めている。
怯えた生徒たちは蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げ去っていく。
嵐が去った後のような静けさが戻ると、リドルは小さくため息をつき自身の身なりを軽く整えた。その完璧な立ち振る舞いを、ななしはただじっと見つめている。
リドルは首を振りながら、こちらへと歩いてきた。ななしの姿に気づくと、その厳しい表情がわずかに和らぐ。
「ななしじゃないか。こんなところで何を?」
「リドル先輩……放課後の自習を少しだけ」
ななしは慌ててノートを閉じ背筋を伸ばした。その手元が心なしか落ち着きなく動く。
「ふむ、自習か。熱心なのは良いことだね。どこかの問題児たちにも、その爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだよ」
リドルはそう言ってななしの隣に腰を下ろした。二人の距離がわずかに縮まる。
「リドル先輩こそ、いつもお疲れ様です。寮の管理とか本当に大変そうですね」
「ボクは寮長だからね。これくらい当然の義務さ。ハーツラビュルを正しく導くのがボクの役目だ。……少しばかり骨が折れるのは否定しないけれど」
そう言って苦笑するリドルの横顔は、いつもの厳格な寮長ではなく年相応の少年のものだった。ななしはそれを見つめたまま、小さく息を呑む。
「何か手伝えることがあれば、いつでも言ってください。魔法は使えないけれど、書類の整理くらいなら……」
「気持ちだけで十分だよ。キミにまで負担をかけるわけにはいかないからね。……おや?」
リドルがふと言葉を止めてななしの顔をじっと見つめた。
「リドル先輩……?」
「少しじっとしていてくれるかい?」
声音が、すっと優しいものに変わる。
次の瞬間リドルの顔がぐっと近づく。ななしの瞬きが止まり、その瞳が大きく見開かれた。リドルの細い指先がななしの額のあたりにそっと触れる。
「あ、の……」
「じっとしていて。……よし、取れたよ」
リドルの指先には小さな紙吹雪の切れ端が乗っていた。先ほど廊下で騒いでいた生徒たちが魔法の練習で散らかしたものだろう。
「さっきの生徒たちの仕業だね。そのままにしておくのも格好がつかないだろう?」
リドルはそう言って微笑んだ。ななしは小さく頷いたものの、その頬は心なしか赤みを帯びている。
「あ、ありがとうございます……。気づかなかった」
「気にすることないさ……少し髪も乱れているようだ。あちこち跳ねているよ」
リドルはそう言うと今度はななしのサイドの髪に手を伸ばした。
細い指が髪の隙間に滑り込む。耳の後ろへと優しく髪を流すその手つきは驚くほど丁寧で繊細だった。
至近距離で交わる視線。
リドルの指が肌にほんのわずかに触れるたび、ななしは小さく肩を揺らす。リドルはただ親切心で身だしなみを整えている様子だったが、その手つきには微かな躊躇いも混ざっているようだった。
「よし、これでいいだろう。どうだい?」
リドルは満足そうに手を離し少しだけ胸を張った。
「あ、ありがとうございます、リドル先輩……」
ななしは視線を外すように手元のノートを慌ただしく開き直した。
「……ななし? 顔が赤いようだけれど、体調でも悪いのかい?」
リドルが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「ち、違うんです! なんでもないですから! ちょっと暑くなっただけですから!」
「そうかい? なら良いのだけれど。無理をしてはいけないよ」
リドルはまだ少し不思議そうな顔をしていたが、それ以上は追及してこなかった。
二人の間に少しだけ沈黙が流れる。しかしそれは気まずいものではなく、どこか落ち着いた静けさだった。
「ねえ、ななし」
しばらくしてリドルがぽつりと呟いた。
「もし、この後の自習が終わったら……ボクの部屋でお茶でもどうだい?」
「え……?」
ななしが驚いて顔を上げると、リドルは少しだけ視線を泳がせながら頬を染めていた。
「トレイがね、キミが最近疲れているようだから、甘いものでも勧めたらどうかと言ってくれて……。ボクも、キミとゆっくり話がしたいと思っていたところだから」
広げたノートを握りしめるななしの指先が小さく動いた。リドルはその返答を待つように、じっとこちらを見つめている。
「……はい。ぜひ」
ななしが小さく頷いて答えるとリドルは満足そうに口元を綻ばせ、「決まりだね」と嬉しそうに席を立った。
そうして案内されたリドルの私室は、彼の人柄を表すように完璧な秩序を保っていた。
リドルは慣れた手つきでティーポットから紅茶を注ぎ、ななしの前にそっと置いた。その隣には美しく切り分けられたイチゴのタルトが添えられている。
「今日の紅茶はタルトの甘みを引き立てるように、少し渋みのある茶葉を選んでみたんだ」
「ありがとうございます……わあ、すごく綺麗なタルト」
ななしは目の前の皿を見つめ小さく感嘆の声を漏らした。リドルは自身の椅子に腰を下ろすと心なしか誇らしげに口元を綻ばせる。
「トレイがキミのためにと、特に見栄えの良い部分を分けてくれたんだ」
「本当に素敵です。いただきます」
フォークを入れ一口大に切ったタルトを口に運ぶ。サクサクとした生地と程よい甘さのカスタード、そしてイチゴの酸味が絶妙に調和していた。ななしの表情が自然と和らぐのを見てリドルはホッとしたように息をつく。
「美味しいかい?」
「はい、とっても美味しいです。疲れが全部吹き飛んじゃいそう」
「それは良かった。キミは最近、少し根を詰めすぎているように見えたからね。たまにはこうして息抜きをしないと」
リドルはそう言って紅茶に口をつけ、上品にカップをソーサーに戻した。言葉の端々には彼らしい厳格さが混じるものの、その眼差しはどこまでも穏やかだった。
「リドル先輩は、いつも周りをよく見てくれているんですね」
「……当然さ。ボクはこれでも、この寮を預かる長だからね。些細な変化に気づくのは義務のようなものだよ」
リドルは視線を少しだけ斜め下に落としカップの縁を指先でなぞった。
「でも……キミのことに関しては、義務だけというわけでもないんだ」
「え……?」
不意に紡がれた言葉にななしのフォークを持つ手が止まる。リドルは小さく咳払いをすると、今度はじっとななしの目を真っ直ぐに見つめ返した。
「キミは魔法が使えないだろう? なのに、いつも周囲の騒動に巻き込まれてばかりだ。だから……ボクの目が届く範囲にいる時くらいは、余計な心配をせずに過ごしてほしいと、そう思っているだけさ」
「リドル先輩……」
彼の誠実な言葉が先ほど髪に触れられた瞬間の、驚くほど繊細で優しい指先を思い出させる。至近距離で見つめ合ってしまった時の胸の高鳴りが再び蘇り、ななしは慌てて紅茶を口に含んだ。しかし、その耳たぶが微かに赤くなっているのをリドルの鋭い視線が見逃すはずはなかった。
「ななし? やはりまだ顔が赤いようだけれど……疲れが残っているんじゃないかい?」
リドルは椅子から少し身を乗り出し心配そうに顔を覗き込んでくる。その距離が縮まるたびななしは小さく肩を揺らした。
「だ、大丈夫です! 本当になんでもなくて……ただ、タルトが美味しくて、嬉しかっただけですから」
「それなら良いのだけれど。ボクの前で無理をすることだけは規律違反だからね」
リドルはそう言って優しく微笑んだ。窓の外からは夕暮れ時の穏やかな光が室内に差し込み二人の影を長く伸ばしている。
完璧で厳格で誰もが恐れるハーツラビュルの寮長。
けれど自分の前で見せる彼は驚くほど優しく、そして等身大の少年だった。届かないと諦めていたはずの距離が今はほんの少しだけ近づいたような気がしていた。
「……ねえ、ななし」
リドルは自身の紅茶を飲み干すと、少しだけ声のトーンを落として微笑む。
「もし、キミが良ければ……これからの放課後も、たまにはこうしてボクの部屋でお茶付きの自習をしないかい? もちろん、わからないところがあれば、ボクが勉強を教えてあげよう」
開いたままのノートに、オレンジ色の夕光が静かに重なる。ほんのりと甘い気配が満ちる部屋の中で、リドルは静かにその心地よい返答を待っていた。
きびきびとした、しかしどこか幼さの残る凛とした声が響いた。
赤と白の寮服を完璧に着こなしたハーツラビュル寮長リドル・ローズハートが、問題の生徒たちを鋭い視線で咎めている。
怯えた生徒たちは蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げ去っていく。
嵐が去った後のような静けさが戻ると、リドルは小さくため息をつき自身の身なりを軽く整えた。その完璧な立ち振る舞いを、ななしはただじっと見つめている。
リドルは首を振りながら、こちらへと歩いてきた。ななしの姿に気づくと、その厳しい表情がわずかに和らぐ。
「ななしじゃないか。こんなところで何を?」
「リドル先輩……放課後の自習を少しだけ」
ななしは慌ててノートを閉じ背筋を伸ばした。その手元が心なしか落ち着きなく動く。
「ふむ、自習か。熱心なのは良いことだね。どこかの問題児たちにも、その爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだよ」
リドルはそう言ってななしの隣に腰を下ろした。二人の距離がわずかに縮まる。
「リドル先輩こそ、いつもお疲れ様です。寮の管理とか本当に大変そうですね」
「ボクは寮長だからね。これくらい当然の義務さ。ハーツラビュルを正しく導くのがボクの役目だ。……少しばかり骨が折れるのは否定しないけれど」
そう言って苦笑するリドルの横顔は、いつもの厳格な寮長ではなく年相応の少年のものだった。ななしはそれを見つめたまま、小さく息を呑む。
「何か手伝えることがあれば、いつでも言ってください。魔法は使えないけれど、書類の整理くらいなら……」
「気持ちだけで十分だよ。キミにまで負担をかけるわけにはいかないからね。……おや?」
リドルがふと言葉を止めてななしの顔をじっと見つめた。
「リドル先輩……?」
「少しじっとしていてくれるかい?」
声音が、すっと優しいものに変わる。
次の瞬間リドルの顔がぐっと近づく。ななしの瞬きが止まり、その瞳が大きく見開かれた。リドルの細い指先がななしの額のあたりにそっと触れる。
「あ、の……」
「じっとしていて。……よし、取れたよ」
リドルの指先には小さな紙吹雪の切れ端が乗っていた。先ほど廊下で騒いでいた生徒たちが魔法の練習で散らかしたものだろう。
「さっきの生徒たちの仕業だね。そのままにしておくのも格好がつかないだろう?」
リドルはそう言って微笑んだ。ななしは小さく頷いたものの、その頬は心なしか赤みを帯びている。
「あ、ありがとうございます……。気づかなかった」
「気にすることないさ……少し髪も乱れているようだ。あちこち跳ねているよ」
リドルはそう言うと今度はななしのサイドの髪に手を伸ばした。
細い指が髪の隙間に滑り込む。耳の後ろへと優しく髪を流すその手つきは驚くほど丁寧で繊細だった。
至近距離で交わる視線。
リドルの指が肌にほんのわずかに触れるたび、ななしは小さく肩を揺らす。リドルはただ親切心で身だしなみを整えている様子だったが、その手つきには微かな躊躇いも混ざっているようだった。
「よし、これでいいだろう。どうだい?」
リドルは満足そうに手を離し少しだけ胸を張った。
「あ、ありがとうございます、リドル先輩……」
ななしは視線を外すように手元のノートを慌ただしく開き直した。
「……ななし? 顔が赤いようだけれど、体調でも悪いのかい?」
リドルが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「ち、違うんです! なんでもないですから! ちょっと暑くなっただけですから!」
「そうかい? なら良いのだけれど。無理をしてはいけないよ」
リドルはまだ少し不思議そうな顔をしていたが、それ以上は追及してこなかった。
二人の間に少しだけ沈黙が流れる。しかしそれは気まずいものではなく、どこか落ち着いた静けさだった。
「ねえ、ななし」
しばらくしてリドルがぽつりと呟いた。
「もし、この後の自習が終わったら……ボクの部屋でお茶でもどうだい?」
「え……?」
ななしが驚いて顔を上げると、リドルは少しだけ視線を泳がせながら頬を染めていた。
「トレイがね、キミが最近疲れているようだから、甘いものでも勧めたらどうかと言ってくれて……。ボクも、キミとゆっくり話がしたいと思っていたところだから」
広げたノートを握りしめるななしの指先が小さく動いた。リドルはその返答を待つように、じっとこちらを見つめている。
「……はい。ぜひ」
ななしが小さく頷いて答えるとリドルは満足そうに口元を綻ばせ、「決まりだね」と嬉しそうに席を立った。
そうして案内されたリドルの私室は、彼の人柄を表すように完璧な秩序を保っていた。
リドルは慣れた手つきでティーポットから紅茶を注ぎ、ななしの前にそっと置いた。その隣には美しく切り分けられたイチゴのタルトが添えられている。
「今日の紅茶はタルトの甘みを引き立てるように、少し渋みのある茶葉を選んでみたんだ」
「ありがとうございます……わあ、すごく綺麗なタルト」
ななしは目の前の皿を見つめ小さく感嘆の声を漏らした。リドルは自身の椅子に腰を下ろすと心なしか誇らしげに口元を綻ばせる。
「トレイがキミのためにと、特に見栄えの良い部分を分けてくれたんだ」
「本当に素敵です。いただきます」
フォークを入れ一口大に切ったタルトを口に運ぶ。サクサクとした生地と程よい甘さのカスタード、そしてイチゴの酸味が絶妙に調和していた。ななしの表情が自然と和らぐのを見てリドルはホッとしたように息をつく。
「美味しいかい?」
「はい、とっても美味しいです。疲れが全部吹き飛んじゃいそう」
「それは良かった。キミは最近、少し根を詰めすぎているように見えたからね。たまにはこうして息抜きをしないと」
リドルはそう言って紅茶に口をつけ、上品にカップをソーサーに戻した。言葉の端々には彼らしい厳格さが混じるものの、その眼差しはどこまでも穏やかだった。
「リドル先輩は、いつも周りをよく見てくれているんですね」
「……当然さ。ボクはこれでも、この寮を預かる長だからね。些細な変化に気づくのは義務のようなものだよ」
リドルは視線を少しだけ斜め下に落としカップの縁を指先でなぞった。
「でも……キミのことに関しては、義務だけというわけでもないんだ」
「え……?」
不意に紡がれた言葉にななしのフォークを持つ手が止まる。リドルは小さく咳払いをすると、今度はじっとななしの目を真っ直ぐに見つめ返した。
「キミは魔法が使えないだろう? なのに、いつも周囲の騒動に巻き込まれてばかりだ。だから……ボクの目が届く範囲にいる時くらいは、余計な心配をせずに過ごしてほしいと、そう思っているだけさ」
「リドル先輩……」
彼の誠実な言葉が先ほど髪に触れられた瞬間の、驚くほど繊細で優しい指先を思い出させる。至近距離で見つめ合ってしまった時の胸の高鳴りが再び蘇り、ななしは慌てて紅茶を口に含んだ。しかし、その耳たぶが微かに赤くなっているのをリドルの鋭い視線が見逃すはずはなかった。
「ななし? やはりまだ顔が赤いようだけれど……疲れが残っているんじゃないかい?」
リドルは椅子から少し身を乗り出し心配そうに顔を覗き込んでくる。その距離が縮まるたびななしは小さく肩を揺らした。
「だ、大丈夫です! 本当になんでもなくて……ただ、タルトが美味しくて、嬉しかっただけですから」
「それなら良いのだけれど。ボクの前で無理をすることだけは規律違反だからね」
リドルはそう言って優しく微笑んだ。窓の外からは夕暮れ時の穏やかな光が室内に差し込み二人の影を長く伸ばしている。
完璧で厳格で誰もが恐れるハーツラビュルの寮長。
けれど自分の前で見せる彼は驚くほど優しく、そして等身大の少年だった。届かないと諦めていたはずの距離が今はほんの少しだけ近づいたような気がしていた。
「……ねえ、ななし」
リドルは自身の紅茶を飲み干すと、少しだけ声のトーンを落として微笑む。
「もし、キミが良ければ……これからの放課後も、たまにはこうしてボクの部屋でお茶付きの自習をしないかい? もちろん、わからないところがあれば、ボクが勉強を教えてあげよう」
開いたままのノートに、オレンジ色の夕光が静かに重なる。ほんのりと甘い気配が満ちる部屋の中で、リドルは静かにその心地よい返答を待っていた。
