ディアソムニア
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「おい、ななし! ぼさっとするな! それでは日が暮れてしまうぞ!」
購買からの帰り道、背後から降ってきたのは聞き馴染みのあるひときわ大きな声だった。振り返るとセベクが長い足を大股に動かしながら近づいてくるところだった。その手には魔法史のぶ厚い参考書が数冊握られている。
「セベク。これから図書室?」
「そうだ! 貴様こそ、そんな頼りない足取りでどこへ行くつもりだ?」
「わたしは今、購買でノートを買って、これから寮に戻るところ」
ななしが手にした紙袋を見せると、セベクはふんと鼻を鳴らした。相変わらず声のボリュームは大きいが、その表情に棘はない。
「ふん、相変わらず手際が悪いな」
「相変わらず手厳しいなあ、図書室なら方向は途中まで一緒だね」
「ならば並んで歩くのを許可してやる! 感謝するがいい!」
偉そうな物言いとは裏腹にセベクは当然のようにななしの隣へと並んだ。
セベクの身長は高く歩幅も広い。普通に歩けば、一瞬で置いていかれるはずだった。しかし今こうして横を並んで歩いていると、不思議と置いていかれることがない。
「セベク、歩くの遅くない? 急がなくて大丈夫?」
「な、何だと! 僕はいつだって迅速に行動している!」
「だって、いつもよりずいぶんゆっくり歩いてる気がするから」
ななしがからかうように見上げると、セベクはあからさまに視線を逸らし、わざとらしいほど大きな足音を立てて足元を踏みしめた。
「ふん! 貴様が遅すぎるから、僕が配慮してやっているのだ!」
「そっか、そうなんだ……ありがとう、セベク」
「……っ、そんなに素直に認められると、調子が狂う……」
セベクは気まずそうに顔を背け耳の裏側をほんのり赤く染めた。口では色々と文句を言うものの、ななしが少しでも遅れそうになると無意識のうちにさらに速度を落としてくれているのをななしは知っている。
カツンカツンと二人の靴音が廊下に響く。セベクの足音とななしの少し軽い足音。不揃いなはずのそれが今は奇妙なほど規則正しいリズムを刻んでいた。
「そういえば、さっき購買の近くでエペルを見かけたよ。セベクを探してたみたい」
「何? エペルが僕を? 一体何の用だ」
「林檎の細工切りについて、セベクにも意見を聞きたいって言ってた気がする」
「林檎の細工切りか……以前、エペルに見せてもらったことがあるな」
「そうなの? 新しいのを試作したのかも」
「ふん、あれからさらに腕を上げたというわけか。ならばどれほどのものか、確かめてやるのも悪くない! あいつがそこまで言うのなら、それは楽しみだな!」
「ふふ、やっぱり優しいね」
「優しいなどと安易な言葉で僕を括るな! 僕はただ、学友としての義務を果たそうとしているだけだ!」
セベクは再び声を大にして反論する。すれ違う他寮の生徒が驚いたようにこちらを見たがセベクは全く気にする様子もない。彼にとって、自分の言葉を真っ直ぐに届けることこそが誠実さの表れなのだ。
少し歩くと廊下の窓から夕刻の強い光が差し込んできた。ちょうど西日が二人の顔を照らしななしは思わず眩しそうに目を細める。
「うわ、眩しい……」
「眩しいなら僕の影に入るといい」
セベクはそう言うと、自分の大きな身体で太陽の光を遮るように位置を変えた。途端にななしの視界がセベクの広い背中の影に覆われ、涼しい心地が広がる。
「あ、ありがとう。でも、これじゃセベクが眩しいでしょ?」
「ふん、この程度、僕にとっては微々たるものだ! 若様をお守りする盾たる者が、夕日ごときに怯むわけがないだろう!」
胸を張って言い切るセベクの横顔は夕暮れの光に縁取られてどこか大人びて見えた。普段の騒がしさが嘘のように横顔に落ちる影が少しだけ男らしい輪郭を強調している。
言葉は手荒で態度も不器用そのものだが、セベクの行動にはいつも嘘がない。裏表のないその真っ直ぐな優しさに、ななしはいつからか惹かれている自分に気づいていた。自分のこの淡い感情が、彼に届く日が来るのだろうか。
「おい、ななし。何を黙り込んでいる。具合でも悪いのか?」
セベクが歩調をさらに緩め心配そうに覗き込んできた。
「ううん、何でもないよ。ちょっと考えごとをしてただけ」
「考えごとだと? 貴様はいつもどこか上の空だな。僕と歩いている時くらい、目の前の道に集中しろ!」
「はーい」
「返事だけはいいな、貴様は!」
呆れたように溜息をつくセベクだったが、その足幅はやはりななしの一歩に合わされたままだった。
並んで歩く影が廊下の床に長く伸びていく。
図書室へと続く右折の角が少しずつ近づいてくる。ここを曲がればセベクは図書室へ、ななしはそのまま真っ直ぐ寮へと続く道を進むことになるのだ。この心地よい時間がもうすぐ終わってしまうことに、ななしはほんの少しの寂しさを覚え始めていた。
「セベク、またね」
ななしが足を止め紙袋を抱え直して見上げると、セベクもまたその大きな足をピタリと止めた。しかし彼はなぜか不満げに眉間へ深く皺を寄せ、手にしたぶ厚い参考書をぎゅっと握り直している。
「……ふん! 貴様は本当に、危機感というものが足りないな!」
「えっ? 急にどうしたの?」
「どうしたのかではない! 太陽はもうあんなに沈みかけているのだぞ! 学園内とてどのような不埒な輩が這い出てくるか分かったものではない!」
セベクは鼻息を荒くしななしの進むべき一本道を厳しい目で見据えた。
「でも、いつも通っているから大丈夫だよ?」
「駄目だ!」
「セベク……。でも、自分の用事はいいの?」
「そんなもの、後からいくらでも巻き返せる! 貴様を寮の入り口まで送り届けてからでもな!」
言い切ると同時にセベクは右折するはずだった身体を、当たり前のようにななしと同じ直進方向へと向けた。
ななしは驚きつつも彼の横顔を見てふっと笑みをこぼしてしまう。
「笑うな! 僕は至極真面目に、警護の重要性を説いているのだ!」
「うん、ごめんね。じゃあ、もう少しだけ一緒に歩こうかな」
「当然だ!」
再び動き出した二人の靴音。
先ほどよりもさらに夕闇が濃くなり、廊下の魔導ランプがポツポツと淡い光を灯し始めていた。光と影が交互に訪れる長い廊下を相変わらずセベクはななしの遅い歩幅に完璧に合わせて歩いている。
「……セベクはさ、いつもそうやって誰かのために一生懸命だよね。若様のためとか、学友のためとか」
何気なく呟いたななしの言葉に、セベクは一瞬だけ言葉を詰まらせた。それから少しだけ声を潜めて答える。
「……僕は、未熟だからな。若様のように気高く、広くすべてを見渡せる御方になるためには、目の前にある義務を一つずつ完璧にこなしていく他ないのだ」
その言葉にはいつもの尊大な態度とは違う、彼なりのひたむきな努力と葛藤が滲んでいた。彼が日々どれほどの熱量で自分を律しているかが伝わってくる。
「そっか。でも、わたしはそういう一生懸命なセベクのこと、すごく格好いいと思ってるよ」
ななしが胸に浮かんだ言葉をそのまま口にすると、セベクの歩みが目に見えて乱れた。靴が床に擦れる音が響く。
「な……っ! か、格好いい、だと……!?」
セベクはまるで強力な攻撃呪文でも浴びたかのように硬直した。夕暮れの光のせいだけではない、明らかな赤みが彼の頬から耳の先まで一気に広がっていく。
「貴様は、何を……っ! 滅多なことを口にするな! 僕はまだまだ至らぬ身だ! そのような、甘言に惑わされる僕ではないぞ!」
「甘言じゃないよ。本当のことだもん」
ななしが足を止めずに真っ直ぐ前を向いて歩いていると、セベクは長い手足を持て余すようにバタバタとさせながら、必死に視線を泳がせている。いつもなら大声で一喝して終わるはずなのに、今の彼はどう見ても激しく動揺していた。
「……貴様は、いつもそうだ。僕がどれだけ厳しく言っても、そうやって妙に突き刺さることを平然と言う……!」
「突き刺さる?」
「そうだ! 貴様といると、どうにも調子が狂うのだ! 心臓の鼓動が不必要に早くなり、若様への集中が削がれるような……そんな奇妙な感覚に陥る!」
セベクはななしの少し前を歩きながら、顔を決してこちらに向けようとはしない。けれどランプの光に淡く照らされたその広い背中が、心なしかいつもより強張っているのが分かった。
ななしの胸の鼓動も、セベクの言葉に呼応するようにドクドクと早くなっていく。両片想いという、脆くて愛おしい境界線の上に、今二人は立っている。
「セベク、それってさ――」
「言わなくていい!」
セベクはガバッと振り返ると、ななしの言葉を遮るように片手を前に出した。その顔は茹で上がったように赤い。
「それ以上は、僕が……僕自身で答えを導き出す! 貴様から教わる必要はない!」
「え……?」
「とにかく! 寮の敷地が見えてきたぞ! 僕はここで失礼する!」
気がつけば見慣れた寮の入り口がすぐそこに迫っていた。
セベクは胸元の参考書をこれでもかと強く抱え直し、ななしを一度だけどこか熱を帯びた瞳で見つめた。
「……すぐに部屋に入るんだぞ。いいな!」
「うん、分かった。送ってくれてありがとう、セベク」
「ふん! 礼には及ばん!」
セベクはそう叫ぶと、風を切るような凄まじい速さで踵を返した。図書室へと向かう彼の背中は夕闇の中へとあっという間に小さくなっていく。
その歩き去る後ろ姿すらもどこか愛おしい。
ななしは手にした紙袋を抱きしめ、彼が残していった歩調の余韻を噛み締めるように、ゆっくりと寮へと入っていった。
購買からの帰り道、背後から降ってきたのは聞き馴染みのあるひときわ大きな声だった。振り返るとセベクが長い足を大股に動かしながら近づいてくるところだった。その手には魔法史のぶ厚い参考書が数冊握られている。
「セベク。これから図書室?」
「そうだ! 貴様こそ、そんな頼りない足取りでどこへ行くつもりだ?」
「わたしは今、購買でノートを買って、これから寮に戻るところ」
ななしが手にした紙袋を見せると、セベクはふんと鼻を鳴らした。相変わらず声のボリュームは大きいが、その表情に棘はない。
「ふん、相変わらず手際が悪いな」
「相変わらず手厳しいなあ、図書室なら方向は途中まで一緒だね」
「ならば並んで歩くのを許可してやる! 感謝するがいい!」
偉そうな物言いとは裏腹にセベクは当然のようにななしの隣へと並んだ。
セベクの身長は高く歩幅も広い。普通に歩けば、一瞬で置いていかれるはずだった。しかし今こうして横を並んで歩いていると、不思議と置いていかれることがない。
「セベク、歩くの遅くない? 急がなくて大丈夫?」
「な、何だと! 僕はいつだって迅速に行動している!」
「だって、いつもよりずいぶんゆっくり歩いてる気がするから」
ななしがからかうように見上げると、セベクはあからさまに視線を逸らし、わざとらしいほど大きな足音を立てて足元を踏みしめた。
「ふん! 貴様が遅すぎるから、僕が配慮してやっているのだ!」
「そっか、そうなんだ……ありがとう、セベク」
「……っ、そんなに素直に認められると、調子が狂う……」
セベクは気まずそうに顔を背け耳の裏側をほんのり赤く染めた。口では色々と文句を言うものの、ななしが少しでも遅れそうになると無意識のうちにさらに速度を落としてくれているのをななしは知っている。
カツンカツンと二人の靴音が廊下に響く。セベクの足音とななしの少し軽い足音。不揃いなはずのそれが今は奇妙なほど規則正しいリズムを刻んでいた。
「そういえば、さっき購買の近くでエペルを見かけたよ。セベクを探してたみたい」
「何? エペルが僕を? 一体何の用だ」
「林檎の細工切りについて、セベクにも意見を聞きたいって言ってた気がする」
「林檎の細工切りか……以前、エペルに見せてもらったことがあるな」
「そうなの? 新しいのを試作したのかも」
「ふん、あれからさらに腕を上げたというわけか。ならばどれほどのものか、確かめてやるのも悪くない! あいつがそこまで言うのなら、それは楽しみだな!」
「ふふ、やっぱり優しいね」
「優しいなどと安易な言葉で僕を括るな! 僕はただ、学友としての義務を果たそうとしているだけだ!」
セベクは再び声を大にして反論する。すれ違う他寮の生徒が驚いたようにこちらを見たがセベクは全く気にする様子もない。彼にとって、自分の言葉を真っ直ぐに届けることこそが誠実さの表れなのだ。
少し歩くと廊下の窓から夕刻の強い光が差し込んできた。ちょうど西日が二人の顔を照らしななしは思わず眩しそうに目を細める。
「うわ、眩しい……」
「眩しいなら僕の影に入るといい」
セベクはそう言うと、自分の大きな身体で太陽の光を遮るように位置を変えた。途端にななしの視界がセベクの広い背中の影に覆われ、涼しい心地が広がる。
「あ、ありがとう。でも、これじゃセベクが眩しいでしょ?」
「ふん、この程度、僕にとっては微々たるものだ! 若様をお守りする盾たる者が、夕日ごときに怯むわけがないだろう!」
胸を張って言い切るセベクの横顔は夕暮れの光に縁取られてどこか大人びて見えた。普段の騒がしさが嘘のように横顔に落ちる影が少しだけ男らしい輪郭を強調している。
言葉は手荒で態度も不器用そのものだが、セベクの行動にはいつも嘘がない。裏表のないその真っ直ぐな優しさに、ななしはいつからか惹かれている自分に気づいていた。自分のこの淡い感情が、彼に届く日が来るのだろうか。
「おい、ななし。何を黙り込んでいる。具合でも悪いのか?」
セベクが歩調をさらに緩め心配そうに覗き込んできた。
「ううん、何でもないよ。ちょっと考えごとをしてただけ」
「考えごとだと? 貴様はいつもどこか上の空だな。僕と歩いている時くらい、目の前の道に集中しろ!」
「はーい」
「返事だけはいいな、貴様は!」
呆れたように溜息をつくセベクだったが、その足幅はやはりななしの一歩に合わされたままだった。
並んで歩く影が廊下の床に長く伸びていく。
図書室へと続く右折の角が少しずつ近づいてくる。ここを曲がればセベクは図書室へ、ななしはそのまま真っ直ぐ寮へと続く道を進むことになるのだ。この心地よい時間がもうすぐ終わってしまうことに、ななしはほんの少しの寂しさを覚え始めていた。
「セベク、またね」
ななしが足を止め紙袋を抱え直して見上げると、セベクもまたその大きな足をピタリと止めた。しかし彼はなぜか不満げに眉間へ深く皺を寄せ、手にしたぶ厚い参考書をぎゅっと握り直している。
「……ふん! 貴様は本当に、危機感というものが足りないな!」
「えっ? 急にどうしたの?」
「どうしたのかではない! 太陽はもうあんなに沈みかけているのだぞ! 学園内とてどのような不埒な輩が這い出てくるか分かったものではない!」
セベクは鼻息を荒くしななしの進むべき一本道を厳しい目で見据えた。
「でも、いつも通っているから大丈夫だよ?」
「駄目だ!」
「セベク……。でも、自分の用事はいいの?」
「そんなもの、後からいくらでも巻き返せる! 貴様を寮の入り口まで送り届けてからでもな!」
言い切ると同時にセベクは右折するはずだった身体を、当たり前のようにななしと同じ直進方向へと向けた。
ななしは驚きつつも彼の横顔を見てふっと笑みをこぼしてしまう。
「笑うな! 僕は至極真面目に、警護の重要性を説いているのだ!」
「うん、ごめんね。じゃあ、もう少しだけ一緒に歩こうかな」
「当然だ!」
再び動き出した二人の靴音。
先ほどよりもさらに夕闇が濃くなり、廊下の魔導ランプがポツポツと淡い光を灯し始めていた。光と影が交互に訪れる長い廊下を相変わらずセベクはななしの遅い歩幅に完璧に合わせて歩いている。
「……セベクはさ、いつもそうやって誰かのために一生懸命だよね。若様のためとか、学友のためとか」
何気なく呟いたななしの言葉に、セベクは一瞬だけ言葉を詰まらせた。それから少しだけ声を潜めて答える。
「……僕は、未熟だからな。若様のように気高く、広くすべてを見渡せる御方になるためには、目の前にある義務を一つずつ完璧にこなしていく他ないのだ」
その言葉にはいつもの尊大な態度とは違う、彼なりのひたむきな努力と葛藤が滲んでいた。彼が日々どれほどの熱量で自分を律しているかが伝わってくる。
「そっか。でも、わたしはそういう一生懸命なセベクのこと、すごく格好いいと思ってるよ」
ななしが胸に浮かんだ言葉をそのまま口にすると、セベクの歩みが目に見えて乱れた。靴が床に擦れる音が響く。
「な……っ! か、格好いい、だと……!?」
セベクはまるで強力な攻撃呪文でも浴びたかのように硬直した。夕暮れの光のせいだけではない、明らかな赤みが彼の頬から耳の先まで一気に広がっていく。
「貴様は、何を……っ! 滅多なことを口にするな! 僕はまだまだ至らぬ身だ! そのような、甘言に惑わされる僕ではないぞ!」
「甘言じゃないよ。本当のことだもん」
ななしが足を止めずに真っ直ぐ前を向いて歩いていると、セベクは長い手足を持て余すようにバタバタとさせながら、必死に視線を泳がせている。いつもなら大声で一喝して終わるはずなのに、今の彼はどう見ても激しく動揺していた。
「……貴様は、いつもそうだ。僕がどれだけ厳しく言っても、そうやって妙に突き刺さることを平然と言う……!」
「突き刺さる?」
「そうだ! 貴様といると、どうにも調子が狂うのだ! 心臓の鼓動が不必要に早くなり、若様への集中が削がれるような……そんな奇妙な感覚に陥る!」
セベクはななしの少し前を歩きながら、顔を決してこちらに向けようとはしない。けれどランプの光に淡く照らされたその広い背中が、心なしかいつもより強張っているのが分かった。
ななしの胸の鼓動も、セベクの言葉に呼応するようにドクドクと早くなっていく。両片想いという、脆くて愛おしい境界線の上に、今二人は立っている。
「セベク、それってさ――」
「言わなくていい!」
セベクはガバッと振り返ると、ななしの言葉を遮るように片手を前に出した。その顔は茹で上がったように赤い。
「それ以上は、僕が……僕自身で答えを導き出す! 貴様から教わる必要はない!」
「え……?」
「とにかく! 寮の敷地が見えてきたぞ! 僕はここで失礼する!」
気がつけば見慣れた寮の入り口がすぐそこに迫っていた。
セベクは胸元の参考書をこれでもかと強く抱え直し、ななしを一度だけどこか熱を帯びた瞳で見つめた。
「……すぐに部屋に入るんだぞ。いいな!」
「うん、分かった。送ってくれてありがとう、セベク」
「ふん! 礼には及ばん!」
セベクはそう叫ぶと、風を切るような凄まじい速さで踵を返した。図書室へと向かう彼の背中は夕闇の中へとあっという間に小さくなっていく。
その歩き去る後ろ姿すらもどこか愛おしい。
ななしは手にした紙袋を抱きしめ、彼が残していった歩調の余韻を噛み締めるように、ゆっくりと寮へと入っていった。
