ハーツラビュル
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放課後のハーツラビルの談話室は珍しく静まり返っていた。
大きなソファに並んで座っているのはリドルとななしの二人だけだった。少し距離を空けて座りながら他愛のない世間話が交わされている。
「へえ、購買部で新作のスイーツが売られていたのかい? 知らなかったな」
「そうなんです。すごく人気で、すぐに売り切れちゃうみたいですよ。リドル先輩、甘いものが好きだから今度買えたら持ってきますね」
「ありがとう、ななし。気持ちは嬉しいけれど、ボクにはハートの女王の法律があるからね」
リドルはいつものように背筋をぴしりと伸ばして模範的な言葉を口にする。
「リドル先輩は相変わらず真面目ですね。今はこうしてのんびりした時間なんですから、少しは頭を休めてもいいんじゃないですか?」
「……ふふ、そうだね。キミの言う通りかもしれない。いつもならハーツラビルの寮長として規律を正すところだけれど……。キミとこうして話している時間は不思議とそういう義務感を忘れられるんだ」
「えっ……そうなんですか?」
「ああ。ボクにとっては、すごく貴重な時間だよ」
リドルは微笑むと少しだけ座る位置をずらしてななしの方へと近づいた。二人の距離が縮まる。お互いの肩が今にも触れ合いそうな距離になり、空間の空気がわずかに張り詰めた。
「なんだか今日の先輩、いつもより雰囲気が柔らかい気がします」
「そうかい? 自分ではよく分からないけれど……。キミの前だと気が緩むのかもしれないね」
「わたし、リドル先輩のそういう少しリラックスした一面を見られるの、すごく嬉しいです」
「……キミは本当に変わっているね」
リドルはきまり悪そうに視線を外したが、その耳たぶは微かに赤く染まっている。
「普通は、みんなボクを怖がったり、ルールに縛られて煙たがったりするものなんだ。なのにキミはいつもと変わらない態度でボクの隣にいてくれる。それがどれだけボクを救ってくれているか、キミは分かっていないだろう?」
「救っているだなんて、そんな。わたしはただリドル先輩とお話しするのが楽しいから一緒にいるだけです」
「その理由がボクにとっては、どんなルールよりも特別なものなんだよ」
リドルの言葉が夕暮れの静かな談話室に響いた。
窓の外はオレンジ色から茜色へと変わり部屋の明かりがついていないせいで、二人のいる空間の影が少しずつ濃くなっていく。
「ねえ、ななし」
「なんですか?」
「ボクは……その、自分でも驚くくらい、キミに対して余裕がないみたいだ」
「え……?」
リドルがゆっくりと手を伸ばしソファの上に置かれていたななしの手の上に自分の手をそっと重ねた。
重なる手からお互いの体温がじわりと伝わっていく。ななしが驚いて顔を上げると、リドルはどこか切羽詰まったような目でこちらを見つめていた。
「いつもはルールがボクの正しさを証明してくれる。でもキミが近くにいると、そのルールが全部意味をなさなくなってしまうんだ。……ボクの中に、ボクの知らない感情が溢れて制御できなくなる」
「リドル、先輩……」
「キミのことが好きだ。これはどの法律書にも、ハーツラビルの規則にも書いていない。ボクが、ボク自身の意志で見つけた、唯一の特別なんだ」
告白の言葉は静かだけれど、とても力強かった。
リドルの手が今度はななしの頬にそっと触れる。その指先は少しだけ震えていた。
「……嫌なら、止めておくれ。ボクはキミの気持ちを無視したくはないから」
リドルの顔がゆっくりと近づいていく。
息がかかるほどの距離でリドルは動きを止め、じっと答えを待った。
「嫌なわけ、ないです……。わたしも、リドル先輩が、好きですから」
その言葉が返ってきた瞬間リドルの瞳が愛おしそうに揺れた。
ななしの告白を受け止めたリドルの顔に微かな驚きと、それ以上の深い安堵が広がる。頬に添えられていたリドルの指先の震えが止まり、代わりに愛おしさを確かめるような優しい力がこもった。
「本当に……ボクと同じ気持ちだと、そう言ってくれるんだね」
「はい。ずっと、リドル先輩のことが好きでした」
「そうか……。ああ、本当に良かった」
リドルは小さく息を吐き出しながら微笑んだ。その表情は普段の厳格な寮長のものとは完全に異なり、年相応の少年らしい、どこかあどけなさを残した柔らかさがある。
重なったままの手が今度は指を絡めるようにして深く結ばれた。
窓の外の茜色はさらに濃くなり、夕闇が静かに二人の輪郭を曖昧にしていく。静寂の中でお互いの呼吸の音だけがはっきりと聞こえていた。
「ななし、もう少し近くへ」
リドルが繋いだ手を引くと、ななしの体が自然と彼の方へと傾いた。
二人の距離は完全にゼロになる。触れ合う肩と肩から互いの心臓の鼓動が伝わってきそうなほどだった。
リドルはもう一度ななしの頬を包み込むように手を添え、親指の腹でそっと肌を撫でた。
「ボクは、恋愛に関するルールなんて何一つ知らない。どう振る舞うのが正しいのかも教科書には載っていないからね。……でも、今のボクを動かしているのは義務でも規則でもない。ただ、キミに触れたいという衝動だけだ」
「リドル先輩……」
「これからのボクの行動に、もし間違っているところがあったら、その時はキミがボクに教えておくれ」
少しだけ不器用な、けれどこの上なく誠実な言葉。
リドルは静かに目を閉じ、ゆっくりと顔を近づけていった。
ななしもまた吸い寄せられるようにそっと瞼を閉じる。
重なり合った唇は驚くほど柔らかく、そして熱かった。
初めて触れるお互いの存在に二人の身体が僅かに身じろぎする。
ほんの数秒の、けれど永遠のようにも思える時間が流れる。
やがてゆっくりと唇が離される。
薄暗い部屋の中でも、お互いがどれだけ赤面しているかがはっきりと分かる。リドルは熱を帯びた息を吐きながら、気恥ずかしさを隠すようにななしの額に自身の額を押し当てた。
「……これが、ボクたちの最初の特別だね」
「はい……すごく、ドキドキしました」
「ボクだって同じさ。胸の音がキミに聞こえてしまうんじゃないかと、気が気ではなかったよ」
リドルは少し悪戯っぽく幸せそうに笑った。
繋がれた手は離されることなく、さらに強く握り締められる。
静かな談話室で新しく紡がれた二人のルールが静かに始まりを告げていた。
大きなソファに並んで座っているのはリドルとななしの二人だけだった。少し距離を空けて座りながら他愛のない世間話が交わされている。
「へえ、購買部で新作のスイーツが売られていたのかい? 知らなかったな」
「そうなんです。すごく人気で、すぐに売り切れちゃうみたいですよ。リドル先輩、甘いものが好きだから今度買えたら持ってきますね」
「ありがとう、ななし。気持ちは嬉しいけれど、ボクにはハートの女王の法律があるからね」
リドルはいつものように背筋をぴしりと伸ばして模範的な言葉を口にする。
「リドル先輩は相変わらず真面目ですね。今はこうしてのんびりした時間なんですから、少しは頭を休めてもいいんじゃないですか?」
「……ふふ、そうだね。キミの言う通りかもしれない。いつもならハーツラビルの寮長として規律を正すところだけれど……。キミとこうして話している時間は不思議とそういう義務感を忘れられるんだ」
「えっ……そうなんですか?」
「ああ。ボクにとっては、すごく貴重な時間だよ」
リドルは微笑むと少しだけ座る位置をずらしてななしの方へと近づいた。二人の距離が縮まる。お互いの肩が今にも触れ合いそうな距離になり、空間の空気がわずかに張り詰めた。
「なんだか今日の先輩、いつもより雰囲気が柔らかい気がします」
「そうかい? 自分ではよく分からないけれど……。キミの前だと気が緩むのかもしれないね」
「わたし、リドル先輩のそういう少しリラックスした一面を見られるの、すごく嬉しいです」
「……キミは本当に変わっているね」
リドルはきまり悪そうに視線を外したが、その耳たぶは微かに赤く染まっている。
「普通は、みんなボクを怖がったり、ルールに縛られて煙たがったりするものなんだ。なのにキミはいつもと変わらない態度でボクの隣にいてくれる。それがどれだけボクを救ってくれているか、キミは分かっていないだろう?」
「救っているだなんて、そんな。わたしはただリドル先輩とお話しするのが楽しいから一緒にいるだけです」
「その理由がボクにとっては、どんなルールよりも特別なものなんだよ」
リドルの言葉が夕暮れの静かな談話室に響いた。
窓の外はオレンジ色から茜色へと変わり部屋の明かりがついていないせいで、二人のいる空間の影が少しずつ濃くなっていく。
「ねえ、ななし」
「なんですか?」
「ボクは……その、自分でも驚くくらい、キミに対して余裕がないみたいだ」
「え……?」
リドルがゆっくりと手を伸ばしソファの上に置かれていたななしの手の上に自分の手をそっと重ねた。
重なる手からお互いの体温がじわりと伝わっていく。ななしが驚いて顔を上げると、リドルはどこか切羽詰まったような目でこちらを見つめていた。
「いつもはルールがボクの正しさを証明してくれる。でもキミが近くにいると、そのルールが全部意味をなさなくなってしまうんだ。……ボクの中に、ボクの知らない感情が溢れて制御できなくなる」
「リドル、先輩……」
「キミのことが好きだ。これはどの法律書にも、ハーツラビルの規則にも書いていない。ボクが、ボク自身の意志で見つけた、唯一の特別なんだ」
告白の言葉は静かだけれど、とても力強かった。
リドルの手が今度はななしの頬にそっと触れる。その指先は少しだけ震えていた。
「……嫌なら、止めておくれ。ボクはキミの気持ちを無視したくはないから」
リドルの顔がゆっくりと近づいていく。
息がかかるほどの距離でリドルは動きを止め、じっと答えを待った。
「嫌なわけ、ないです……。わたしも、リドル先輩が、好きですから」
その言葉が返ってきた瞬間リドルの瞳が愛おしそうに揺れた。
ななしの告白を受け止めたリドルの顔に微かな驚きと、それ以上の深い安堵が広がる。頬に添えられていたリドルの指先の震えが止まり、代わりに愛おしさを確かめるような優しい力がこもった。
「本当に……ボクと同じ気持ちだと、そう言ってくれるんだね」
「はい。ずっと、リドル先輩のことが好きでした」
「そうか……。ああ、本当に良かった」
リドルは小さく息を吐き出しながら微笑んだ。その表情は普段の厳格な寮長のものとは完全に異なり、年相応の少年らしい、どこかあどけなさを残した柔らかさがある。
重なったままの手が今度は指を絡めるようにして深く結ばれた。
窓の外の茜色はさらに濃くなり、夕闇が静かに二人の輪郭を曖昧にしていく。静寂の中でお互いの呼吸の音だけがはっきりと聞こえていた。
「ななし、もう少し近くへ」
リドルが繋いだ手を引くと、ななしの体が自然と彼の方へと傾いた。
二人の距離は完全にゼロになる。触れ合う肩と肩から互いの心臓の鼓動が伝わってきそうなほどだった。
リドルはもう一度ななしの頬を包み込むように手を添え、親指の腹でそっと肌を撫でた。
「ボクは、恋愛に関するルールなんて何一つ知らない。どう振る舞うのが正しいのかも教科書には載っていないからね。……でも、今のボクを動かしているのは義務でも規則でもない。ただ、キミに触れたいという衝動だけだ」
「リドル先輩……」
「これからのボクの行動に、もし間違っているところがあったら、その時はキミがボクに教えておくれ」
少しだけ不器用な、けれどこの上なく誠実な言葉。
リドルは静かに目を閉じ、ゆっくりと顔を近づけていった。
ななしもまた吸い寄せられるようにそっと瞼を閉じる。
重なり合った唇は驚くほど柔らかく、そして熱かった。
初めて触れるお互いの存在に二人の身体が僅かに身じろぎする。
ほんの数秒の、けれど永遠のようにも思える時間が流れる。
やがてゆっくりと唇が離される。
薄暗い部屋の中でも、お互いがどれだけ赤面しているかがはっきりと分かる。リドルは熱を帯びた息を吐きながら、気恥ずかしさを隠すようにななしの額に自身の額を押し当てた。
「……これが、ボクたちの最初の特別だね」
「はい……すごく、ドキドキしました」
「ボクだって同じさ。胸の音がキミに聞こえてしまうんじゃないかと、気が気ではなかったよ」
リドルは少し悪戯っぽく幸せそうに笑った。
繋がれた手は離されることなく、さらに強く握り締められる。
静かな談話室で新しく紡がれた二人のルールが静かに始まりを告げていた。
