ハーツラビュル
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ふとした隙間に訪れる二人だけの時間。他愛のない雑談の延長で、ななしは思いついたことをそのまま口にした。
「デュースってさ、絶対浮気とかしなそうだよね」
「……ぶっ!?」
飲んでいた紙パックのジュースを吹き出しそうになり、デュースは激しく咳き込んだ。驚きのあまり目を丸くし、口元を制服の袖で拭いながら信じられないものを見るような視線をななしに向ける。
「げほっ、ごほっ……! な、なんだ、急に。どうしたんだよななし」
「なんかごめん、本当なんとなく思ったことそのまま口にしちゃった」
ポカンとした表情のまま固まっている彼を見て、ななしの唇から小さく笑みが溢れた。
「だって、デュースってすごく真っ直ぐだし。浮気なんてダサいこと、絶対にしねえ! って心の中で思ってそう」
その言葉を聞いた瞬間デュースの肩がびくりと跳ねた。
「当たってるでしょ? 図星?」
「図星っていうか、そんなの、当たり前だろ」
デュースは背筋をぴっと伸ばし、真面目な顔をしてななしを真っ直ぐに見つめ直してくる。
「男が一度『この人だ』って決めた相手を裏切るなんて、それこそ一番格好悪いことだ。不誠実な真似をして大切な奴を悲しませるなんて……絶対にあり得ない」
熱を帯びたその口調には彼の生真面目さと、彼が理想とする譲れない一線が詰まっていた。
「やっぱりね。デュースならそう言ってくれると思ってた」
「お、おい、からかってるのか?」
「からかってないよ。本当にそう思ったから言っただけ。デュースのそういうところ、すごく素敵だと思うよ」
ストレートに褒め言葉をぶつけられるとデュースは途端に分かりやすく狼狽し始めた。制服の襟元を少し引っ張って緩めたり、髪を無意味に整え直したりと、手持ち無沙汰そうに視線をあちこちへ彷徨わせる。
「……普通だろ、こんなの。誰だって、好きな相手には誠実でありたいと思うはずだ」
「でもまあ、世の中には色々誘惑とかもあるみたいだし」
「誘惑?」
デュースは眉をひそめ真剣な表情で考え込み始めた。
「他の奴から言い寄られたり、とか、そういうことか? ……万が一、億が一にそんなことがあったとしても、絶対に断る」
「即答だね」
「当たり前だ。他の誰かに目を向ける余裕なんて、あるわけない。だって僕は……」
そこまで言いかけてデュースは急に言葉を詰まらせた。何かを言いかけた唇が小さく震えるようにして結ばれる。
「僕は?」
続きを促すようにななしが覗き込むと、彼はぐっと息を飲み耳の裏まで真っ赤に染め上げていった。心臓の音が周囲に聞こえてきそうなほど彼は緊張している様子だった。
「なんでもない! とにかく、僕は絶対に裏切らない。ななしが不安になるようなことは、何一つしない。それだけは信じてほしい」
「うん、信じてるよ。不安だから聞いたわけじゃないんだ。ただ、デュースに好きになってもらえる人は、すごく幸せ者なんだろうなって思ったの」
「それって……」
デュースは両手で顔を覆い深くため息をついた。指の隙間から覗く視線が酷く熱を帯びている。
「ななしは、ずるいな……」
「え? 何かずるいことした?」
「自覚がないところが、一番タチが悪い……」
そう言って項垂れる彼を見つめるななしの胸の奥にも、少しだけくすぐったい感情が湧き上がる。気付けば二人の間の空気は、ゆっくりと甘く濃いものへと変化しつつあった。
「なあ、ななし」
顔を上げたデュースの声が先ほどよりも少しだけ低く落ち着いたトーンに変わっていた。
「……ん?」
「さっきの話の続きだけど。僕は、その……不器用だし、エースみたいに気の利いたことも言えないし、先輩たちみたいにスマートにリードすることもできない。それは、自分でも分かってる」
彼は一つ一つの言葉を噛み締めるように丁寧に紡いでいく。
「でも、もし……僕が誰かの特別になれるとしたら、その時は自分の持ってるもの全部を使って、その人だけを真っ直ぐに見ていたいと思う。絶対に手を離したりしない。……それだけは誰にも負けない自信があるんだ」
真っ直ぐにこちらを見つめる彼の眼差しには一切の迷いがなかった。その強い光に射抜かれたように今度はななしの方が言葉を失ってしまう番だった。
「だから、その……もしななしが誰かを信じられなくなったり、不安になったりすることがあったら……」
デュースはそこで一度言葉を切り深く息を吸い込んだ。
「……いつでも、僕を見てくれ。僕は絶対にそばにいるから」
熱を持ったその言葉が静かに消えていく。デュースは言い切った瞬間、自分が口にした言葉の重大さにようやく気がついたようだった。
「……あ」
ハッと目を見開き、自分がどれほど恥ずかしい言葉を投げかけたのかを自覚していく。みるみるうちに顔が赤くなり、今度は耳の裏だけでなく顔全体が沸騰したように染まっていく。
「デュース、それって……」
「ち、違うんだ! いや、違わないけどっ、その……!」
ななしが戸惑いながら声をかけると、デュースは完全にパニックに陥った。両手を激しく振って弁明しようとするが言葉が上手く繋がらない。
「違う、……じゃなくて! 僕は、その、一般論としてだな! いや、一般論じゃなくて……!」
「デュース、落ち着いて!」
頭を抱えてしゃがみ込みそうなほど狼狽する彼を見ていると、ななしの胸の鼓動も先ほどからずっと速いテンポを刻んだままだ。
ただの他愛のない雑談のつもりだった。誠実な人だという褒め言葉のつもりだった。それなのに今の彼の言葉は、どう考えてもそれ以上の意味を含んでいる。
「……それって、つまり」
ななしは少しだけ声を震わせながら、核心に触れるように言葉を紡いだ。
「自惚れてたら恥ずかしいんだけど……デュースの大切な人とか特別の中に、わたしが入ってるって思ってもいいの?」
その問いかけにデュースの動きがピタリと止まった。
ゆっくりと顔を上げた彼の表情は先ほどまでのパニックが嘘のように、どこか覚悟を決めたような真剣なものへと変わっていた。
「……ずるいって言っただろ」
「え?」
「そんな風に聞かれたら、もう誤魔化せるわけないじゃないか」
デュースは立ち上がりななしとの距離を少しだけ詰めた。ほんの少し手を伸ばせば触れ合えるほどの距離。
「気づいてないと思ってた。いや、気づかれないように必死だったんだ。今の僕は優等生には程遠いし、自分に自信があるわけでもないから……」
彼はぎゅっと拳を握りしめ、それからゆっくりと力を抜いた。
「でも、ななしが他の誰かのものになるかもしれないとか、誰かを好きになるかもしれないって想像したら、胸の奥がすごく苦しくなったんだ」
二人の間に酷く甘い沈黙が流れる。
「僕は、君が好きだ。ななし」
はっきりと今度は迷いのない声でその名前が呼ばれた。
「僕の特別は、最初から君だけだ。不器用だけど……君の隣に並ぶのにふさわしい男になれるように、全力で頑張るから。だから……」
デュースは少しだけ躊躇うように、けれど確かな意志を持ってななしの目の前にそっと右手を差し出した。
「ななし、僕の……恋人になってくれないか?」
真っ直ぐに差し出されたその手と彼の真剣な眼差し。
ななしの心の中にあった小さな緊張や戸惑いは彼のその一言ですべて溶けて消えていった。
「……はい。喜んで」
ななしがその手をそっと握り返すとデュースの顔にぱあっと明るい喜びが広がった。けれどすぐに自分が触れている手の柔らかさを意識したのか、また少しだけ顔を赤くする。
「本当に……いいんだな?」
「うん。こちらこそ、よろしくね」
「ああ。……絶対に後悔させない。君をずっと大切にするから」
繋いだ手に少しだけ力がこもる。不器用で真っ直ぐで、誰よりも誠実な騎士の誓いは二人の間に確かな温もりを残して、いつまでも解けることはなかった。
「デュースってさ、絶対浮気とかしなそうだよね」
「……ぶっ!?」
飲んでいた紙パックのジュースを吹き出しそうになり、デュースは激しく咳き込んだ。驚きのあまり目を丸くし、口元を制服の袖で拭いながら信じられないものを見るような視線をななしに向ける。
「げほっ、ごほっ……! な、なんだ、急に。どうしたんだよななし」
「なんかごめん、本当なんとなく思ったことそのまま口にしちゃった」
ポカンとした表情のまま固まっている彼を見て、ななしの唇から小さく笑みが溢れた。
「だって、デュースってすごく真っ直ぐだし。浮気なんてダサいこと、絶対にしねえ! って心の中で思ってそう」
その言葉を聞いた瞬間デュースの肩がびくりと跳ねた。
「当たってるでしょ? 図星?」
「図星っていうか、そんなの、当たり前だろ」
デュースは背筋をぴっと伸ばし、真面目な顔をしてななしを真っ直ぐに見つめ直してくる。
「男が一度『この人だ』って決めた相手を裏切るなんて、それこそ一番格好悪いことだ。不誠実な真似をして大切な奴を悲しませるなんて……絶対にあり得ない」
熱を帯びたその口調には彼の生真面目さと、彼が理想とする譲れない一線が詰まっていた。
「やっぱりね。デュースならそう言ってくれると思ってた」
「お、おい、からかってるのか?」
「からかってないよ。本当にそう思ったから言っただけ。デュースのそういうところ、すごく素敵だと思うよ」
ストレートに褒め言葉をぶつけられるとデュースは途端に分かりやすく狼狽し始めた。制服の襟元を少し引っ張って緩めたり、髪を無意味に整え直したりと、手持ち無沙汰そうに視線をあちこちへ彷徨わせる。
「……普通だろ、こんなの。誰だって、好きな相手には誠実でありたいと思うはずだ」
「でもまあ、世の中には色々誘惑とかもあるみたいだし」
「誘惑?」
デュースは眉をひそめ真剣な表情で考え込み始めた。
「他の奴から言い寄られたり、とか、そういうことか? ……万が一、億が一にそんなことがあったとしても、絶対に断る」
「即答だね」
「当たり前だ。他の誰かに目を向ける余裕なんて、あるわけない。だって僕は……」
そこまで言いかけてデュースは急に言葉を詰まらせた。何かを言いかけた唇が小さく震えるようにして結ばれる。
「僕は?」
続きを促すようにななしが覗き込むと、彼はぐっと息を飲み耳の裏まで真っ赤に染め上げていった。心臓の音が周囲に聞こえてきそうなほど彼は緊張している様子だった。
「なんでもない! とにかく、僕は絶対に裏切らない。ななしが不安になるようなことは、何一つしない。それだけは信じてほしい」
「うん、信じてるよ。不安だから聞いたわけじゃないんだ。ただ、デュースに好きになってもらえる人は、すごく幸せ者なんだろうなって思ったの」
「それって……」
デュースは両手で顔を覆い深くため息をついた。指の隙間から覗く視線が酷く熱を帯びている。
「ななしは、ずるいな……」
「え? 何かずるいことした?」
「自覚がないところが、一番タチが悪い……」
そう言って項垂れる彼を見つめるななしの胸の奥にも、少しだけくすぐったい感情が湧き上がる。気付けば二人の間の空気は、ゆっくりと甘く濃いものへと変化しつつあった。
「なあ、ななし」
顔を上げたデュースの声が先ほどよりも少しだけ低く落ち着いたトーンに変わっていた。
「……ん?」
「さっきの話の続きだけど。僕は、その……不器用だし、エースみたいに気の利いたことも言えないし、先輩たちみたいにスマートにリードすることもできない。それは、自分でも分かってる」
彼は一つ一つの言葉を噛み締めるように丁寧に紡いでいく。
「でも、もし……僕が誰かの特別になれるとしたら、その時は自分の持ってるもの全部を使って、その人だけを真っ直ぐに見ていたいと思う。絶対に手を離したりしない。……それだけは誰にも負けない自信があるんだ」
真っ直ぐにこちらを見つめる彼の眼差しには一切の迷いがなかった。その強い光に射抜かれたように今度はななしの方が言葉を失ってしまう番だった。
「だから、その……もしななしが誰かを信じられなくなったり、不安になったりすることがあったら……」
デュースはそこで一度言葉を切り深く息を吸い込んだ。
「……いつでも、僕を見てくれ。僕は絶対にそばにいるから」
熱を持ったその言葉が静かに消えていく。デュースは言い切った瞬間、自分が口にした言葉の重大さにようやく気がついたようだった。
「……あ」
ハッと目を見開き、自分がどれほど恥ずかしい言葉を投げかけたのかを自覚していく。みるみるうちに顔が赤くなり、今度は耳の裏だけでなく顔全体が沸騰したように染まっていく。
「デュース、それって……」
「ち、違うんだ! いや、違わないけどっ、その……!」
ななしが戸惑いながら声をかけると、デュースは完全にパニックに陥った。両手を激しく振って弁明しようとするが言葉が上手く繋がらない。
「違う、……じゃなくて! 僕は、その、一般論としてだな! いや、一般論じゃなくて……!」
「デュース、落ち着いて!」
頭を抱えてしゃがみ込みそうなほど狼狽する彼を見ていると、ななしの胸の鼓動も先ほどからずっと速いテンポを刻んだままだ。
ただの他愛のない雑談のつもりだった。誠実な人だという褒め言葉のつもりだった。それなのに今の彼の言葉は、どう考えてもそれ以上の意味を含んでいる。
「……それって、つまり」
ななしは少しだけ声を震わせながら、核心に触れるように言葉を紡いだ。
「自惚れてたら恥ずかしいんだけど……デュースの大切な人とか特別の中に、わたしが入ってるって思ってもいいの?」
その問いかけにデュースの動きがピタリと止まった。
ゆっくりと顔を上げた彼の表情は先ほどまでのパニックが嘘のように、どこか覚悟を決めたような真剣なものへと変わっていた。
「……ずるいって言っただろ」
「え?」
「そんな風に聞かれたら、もう誤魔化せるわけないじゃないか」
デュースは立ち上がりななしとの距離を少しだけ詰めた。ほんの少し手を伸ばせば触れ合えるほどの距離。
「気づいてないと思ってた。いや、気づかれないように必死だったんだ。今の僕は優等生には程遠いし、自分に自信があるわけでもないから……」
彼はぎゅっと拳を握りしめ、それからゆっくりと力を抜いた。
「でも、ななしが他の誰かのものになるかもしれないとか、誰かを好きになるかもしれないって想像したら、胸の奥がすごく苦しくなったんだ」
二人の間に酷く甘い沈黙が流れる。
「僕は、君が好きだ。ななし」
はっきりと今度は迷いのない声でその名前が呼ばれた。
「僕の特別は、最初から君だけだ。不器用だけど……君の隣に並ぶのにふさわしい男になれるように、全力で頑張るから。だから……」
デュースは少しだけ躊躇うように、けれど確かな意志を持ってななしの目の前にそっと右手を差し出した。
「ななし、僕の……恋人になってくれないか?」
真っ直ぐに差し出されたその手と彼の真剣な眼差し。
ななしの心の中にあった小さな緊張や戸惑いは彼のその一言ですべて溶けて消えていった。
「……はい。喜んで」
ななしがその手をそっと握り返すとデュースの顔にぱあっと明るい喜びが広がった。けれどすぐに自分が触れている手の柔らかさを意識したのか、また少しだけ顔を赤くする。
「本当に……いいんだな?」
「うん。こちらこそ、よろしくね」
「ああ。……絶対に後悔させない。君をずっと大切にするから」
繋いだ手に少しだけ力がこもる。不器用で真っ直ぐで、誰よりも誠実な騎士の誓いは二人の間に確かな温もりを残して、いつまでも解けることはなかった。
