ハーツラビュル
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放課後の柔らかな光が差し込む中、ノートを広げる音が静かに響いていた。
向かい合って課題にペンを走らせる時間は、二人がこの学園で何度も繰り返してきた日常の一コマだった。
「ねえ、エース」
ふとペンを動かす手を止めて、対面に座る少年に声をかける。
エースは手元にあった課題から顔を上げ、心底不思議そうな表情を浮かべた。
「ん? なんか分かんないとこでもあった?」
「ううん、そういうわけじゃないんだけど。……ちょっと、思ったことがあって」
「何、改まっちゃってさ。らしくないじゃん」
エースはペンを器用に回しながら、からかうような笑みを浮かべる。
「エースってさ、結構わたしたちのこと助けてくれるよね」
「は? 急に何?」
一瞬エースの動きがピタリと止まる。
まさかそんな言葉が飛び出すとは思っていなかったようで、露骨に戸惑ったような顔をした。
「わたしとグリムのこと、なんだかんだ言いながら、困ったときに手を貸してくれるでしょ? だから、ありがたいなって思って」
まっすぐに視線を向けると、エースは気まずそうに視線を逸らし首の後ろをごしごしと掻いた。
「まあ、お前らって危なっかしいし? ほっとけないっていうか、見ててハラハラするっていうか。グリムはすぐ調子に乗ってトラブル起こすし、ななしはそれにつられて突っ込んでいくし。オレがついててやんなきゃ、今頃どうなってたか分かんないよね」
「それは……否定できないけど」
「だろ? だから、これはただの成り行きみたいなもんじゃん」
ぶっきらぼうに言い放つエースの言葉には、彼なりの照れ隠しが多分に含まれているように見えた。
しかしその言葉を聞いているうちに、かつて彼が口にしていたある言葉が脳裏をよぎる。
「でもさ、」
「ん?」
「前にエース、言ってたよね。この学園で困ってるやつに手を差し伸べてて、下心無いヤツなんていない……的なこと」
エースの眉がぴくりと跳ねる。
ペンを回す手が止まり、こちらの出方を窺うようにじっと見つめてきた。
「……あー、実際そうでしょ」
「じゃあさ、エースには下心、あるの?」
その問いかけは静かな部屋の中で妙に鮮明に響いた。
エースは一瞬だけ目を見開いた後、ふっと不敵な笑みを浮かべて身を乗り出してきた。
机の上に肘をつき、顔を近づけてくる。
「へえ、オレに下心があるかどうか、知りたいんだ?」
「あ、いや……」
からかうような、それでいてどこか真剣な響きを帯びた声に思わず身を引こうとする。
しかしエースの視線はそれを許さないかのように、しっかりとこちらを捉えていた。
「自分で聞いといて逃げるなよ。……ちなみに、下心あるって言ったらどうする?」
「えっ……」
「別に、都合よく利用してやろうとか大層なこと考えてるわけじゃないけどさ。でも何の意味もなく一緒にいるわけないじゃん。オレ、そこまで暇人じゃないし」
エースの言葉が少しずつ熱を帯びていく。
その距離の近さに思わず息を呑む。
静かな部屋の中で、お互いの呼吸さえ聞こえそうなほどの距離だった。
「オレがわざわざななしのために時間使って、面倒なことに首突っ込んでる理由、本当に分かんない?」
試すような、けれど少しだけ焦れたような色の混ざった声が耳元に届く。
「それは……」
言葉に詰まってしまう。
エースの視線から逃れることができず、ただじっと見つめ返すことしかできなかった。
放課後の静寂が二人の間の空気をさらに濃密にしていく。
「お前さ、たまに本当に無自覚だから困る。オレがどれだけななしのこと……」
エースがそこまで言いかけたとき、廊下の向こうから騒がしい足音が近づいてくるのが聞こえた。
聞き慣れた少し高い鳴き声が響き渡る。
「子分ー! エース! 今日のおやつは何なんだゾ!?」
「おいグリム、暴れるな!」
扉が勢いよく開くと、そこにはグリムを抱えたデュースが立っていた。
グリムはデュースの腕の中でじたばたと暴れている。
その瞬間、二人の間に流れていた独特な空気が一気に弾け飛ぶ。
「ちぇっ……。いいとこだったのに……」
エースは小さく舌打ちをすると、何事もなかったかのようにすっと身体を離し、いつもの軽い調子で髪をがしがしと乱した。
その顔は、ほんの少しだけ赤くなっているようにも見えた。
「おいグリム! お前、空気読めっていつも言ってんだろ!」
「急に怒ってなんなんだゾ! オレ様は腹が減ったから、子分を迎えに来てやったんだゾ!」
騒ぎ立てるグリムを横目にエースはもう一度だけ、こちらに意味深な視線を向けてきた。
「……この続きは、また後でな」
小さく呟かれたその言葉に、ただ赤くなる顔を隠すことしかできなかった。放課後の教室には、まだ熱を帯びた空気が微かに残っている。
結局、その場はデュースに連れられたグリムの勢いに押し切られる形になり課題の時間はなし崩し的に終了した。
エースが最後に残した「この続きは、また後でな」という言葉が、ずっと耳の奥に残ったままでいた。
夜、静まり返ったオンボロ寮のラウンジ。
暖炉の火が静かに響く中ソファに腰掛けていると、トントンと小気味よいリズムで扉が叩かれた。
「よ、まだ起きてる?」
扉の隙間から顔を覗かせたのは、昼間と変わらない軽い笑みを浮かべたエースだった。
「エース? どうしたの、こんな時間に」
「どうしたの、じゃないでしょ。昼間の話、まだ終わってないじゃん。グリムは?」
「もう自室で寝ちゃったよ。お腹いっぱいになったらすぐ眠くなっちゃったみたい」
「あはは、あいつらしいわ。……まあこっちとしては、好都合」
エースは静かにラウンジへ入ってくると、ソファに腰掛けた。
「で? どこまで話したっけ。オレの下心の話だっけ?」
「……エースは、本当に下心があって一緒にいてくれるの?」
昼間は途中で遮られてしまった質問をもう一度、今度は静寂に満ちた夜の空気の中で投げかけた。
エースは少しだけ意外そうに目を見開いたが、すぐにふっと視線を落としトランプのカードを操るように器用に指先を絡めた。
「お前さ、そういうとこだけ妙に鈍感だよね。……まあ、いいや。はぐらかすのも格好悪いし」
少しの沈黙の後、エースは再びこちらを真っ直ぐに見つめてきた。その瞳には、いつもの軽薄なからかいの色は一切混ざっていない。
「メリットもないのに他人のために動くやつはいないって。そう思ってるのは本当」
「じゃあ、どうして……」
「ななしだからに決まってんじゃん」
遮るように放たれた言葉は胸の真ん中に落ちてくるような響きを持っていた。
「お前と一緒にいるとさ、調子狂うんだよね。放っておけないし、他の奴と楽しそうに話してっと、なんか面白くねえし。……これって十分、下心って言うでしょ」
「それって……」
「まだ分かんない?」
エースがさらに距離を詰め、その手がそっとソファの背もたれへと回される。逃げ道を塞ぐようなその仕草に思わず息を呑む。見つめ合う二人の距離は、ほんの数センチメートルしか離れていない。
「ななしには、もっとオレだけを見ててほしいんだよね。……これ、大ありな下心でしょ?」
いたずらっぽく、けれどどこか切実さを孕んだ声が耳元を掠める。
その言葉の破壊力に、ななしの顔はみるみるうちに赤く染まっていく。言葉を返そうとしても喉の奥が上手く動かない。
そんな様子を見て、エースは満足したように口元を緩めた。
「あーあ、なんかオレ一気に余裕なくなってきた」
「えっと、その……」
「今日のところは、この辺で勘弁してあげる。お前、今にもキャパオーバーで倒れそうだし?」
「そんなこと……」
「嘘つけ、顔真っ赤じゃん」
そう言ってエースは立ち上がり、いつものように意地悪く笑って見せた。
「じゃ、おやすみ。明日の朝また迎えに来るから。……覚悟しとけよ?」
ひらひらと手を振りながらオンボロ寮を去っていくエースの後ろ姿を、ただ見送ることしかできなかった。パタンと扉が閉まった後も、暖炉の灯りに照らされた部屋には彼が残していった甘い熱がいつまでも漂っていた。
向かい合って課題にペンを走らせる時間は、二人がこの学園で何度も繰り返してきた日常の一コマだった。
「ねえ、エース」
ふとペンを動かす手を止めて、対面に座る少年に声をかける。
エースは手元にあった課題から顔を上げ、心底不思議そうな表情を浮かべた。
「ん? なんか分かんないとこでもあった?」
「ううん、そういうわけじゃないんだけど。……ちょっと、思ったことがあって」
「何、改まっちゃってさ。らしくないじゃん」
エースはペンを器用に回しながら、からかうような笑みを浮かべる。
「エースってさ、結構わたしたちのこと助けてくれるよね」
「は? 急に何?」
一瞬エースの動きがピタリと止まる。
まさかそんな言葉が飛び出すとは思っていなかったようで、露骨に戸惑ったような顔をした。
「わたしとグリムのこと、なんだかんだ言いながら、困ったときに手を貸してくれるでしょ? だから、ありがたいなって思って」
まっすぐに視線を向けると、エースは気まずそうに視線を逸らし首の後ろをごしごしと掻いた。
「まあ、お前らって危なっかしいし? ほっとけないっていうか、見ててハラハラするっていうか。グリムはすぐ調子に乗ってトラブル起こすし、ななしはそれにつられて突っ込んでいくし。オレがついててやんなきゃ、今頃どうなってたか分かんないよね」
「それは……否定できないけど」
「だろ? だから、これはただの成り行きみたいなもんじゃん」
ぶっきらぼうに言い放つエースの言葉には、彼なりの照れ隠しが多分に含まれているように見えた。
しかしその言葉を聞いているうちに、かつて彼が口にしていたある言葉が脳裏をよぎる。
「でもさ、」
「ん?」
「前にエース、言ってたよね。この学園で困ってるやつに手を差し伸べてて、下心無いヤツなんていない……的なこと」
エースの眉がぴくりと跳ねる。
ペンを回す手が止まり、こちらの出方を窺うようにじっと見つめてきた。
「……あー、実際そうでしょ」
「じゃあさ、エースには下心、あるの?」
その問いかけは静かな部屋の中で妙に鮮明に響いた。
エースは一瞬だけ目を見開いた後、ふっと不敵な笑みを浮かべて身を乗り出してきた。
机の上に肘をつき、顔を近づけてくる。
「へえ、オレに下心があるかどうか、知りたいんだ?」
「あ、いや……」
からかうような、それでいてどこか真剣な響きを帯びた声に思わず身を引こうとする。
しかしエースの視線はそれを許さないかのように、しっかりとこちらを捉えていた。
「自分で聞いといて逃げるなよ。……ちなみに、下心あるって言ったらどうする?」
「えっ……」
「別に、都合よく利用してやろうとか大層なこと考えてるわけじゃないけどさ。でも何の意味もなく一緒にいるわけないじゃん。オレ、そこまで暇人じゃないし」
エースの言葉が少しずつ熱を帯びていく。
その距離の近さに思わず息を呑む。
静かな部屋の中で、お互いの呼吸さえ聞こえそうなほどの距離だった。
「オレがわざわざななしのために時間使って、面倒なことに首突っ込んでる理由、本当に分かんない?」
試すような、けれど少しだけ焦れたような色の混ざった声が耳元に届く。
「それは……」
言葉に詰まってしまう。
エースの視線から逃れることができず、ただじっと見つめ返すことしかできなかった。
放課後の静寂が二人の間の空気をさらに濃密にしていく。
「お前さ、たまに本当に無自覚だから困る。オレがどれだけななしのこと……」
エースがそこまで言いかけたとき、廊下の向こうから騒がしい足音が近づいてくるのが聞こえた。
聞き慣れた少し高い鳴き声が響き渡る。
「子分ー! エース! 今日のおやつは何なんだゾ!?」
「おいグリム、暴れるな!」
扉が勢いよく開くと、そこにはグリムを抱えたデュースが立っていた。
グリムはデュースの腕の中でじたばたと暴れている。
その瞬間、二人の間に流れていた独特な空気が一気に弾け飛ぶ。
「ちぇっ……。いいとこだったのに……」
エースは小さく舌打ちをすると、何事もなかったかのようにすっと身体を離し、いつもの軽い調子で髪をがしがしと乱した。
その顔は、ほんの少しだけ赤くなっているようにも見えた。
「おいグリム! お前、空気読めっていつも言ってんだろ!」
「急に怒ってなんなんだゾ! オレ様は腹が減ったから、子分を迎えに来てやったんだゾ!」
騒ぎ立てるグリムを横目にエースはもう一度だけ、こちらに意味深な視線を向けてきた。
「……この続きは、また後でな」
小さく呟かれたその言葉に、ただ赤くなる顔を隠すことしかできなかった。放課後の教室には、まだ熱を帯びた空気が微かに残っている。
結局、その場はデュースに連れられたグリムの勢いに押し切られる形になり課題の時間はなし崩し的に終了した。
エースが最後に残した「この続きは、また後でな」という言葉が、ずっと耳の奥に残ったままでいた。
夜、静まり返ったオンボロ寮のラウンジ。
暖炉の火が静かに響く中ソファに腰掛けていると、トントンと小気味よいリズムで扉が叩かれた。
「よ、まだ起きてる?」
扉の隙間から顔を覗かせたのは、昼間と変わらない軽い笑みを浮かべたエースだった。
「エース? どうしたの、こんな時間に」
「どうしたの、じゃないでしょ。昼間の話、まだ終わってないじゃん。グリムは?」
「もう自室で寝ちゃったよ。お腹いっぱいになったらすぐ眠くなっちゃったみたい」
「あはは、あいつらしいわ。……まあこっちとしては、好都合」
エースは静かにラウンジへ入ってくると、ソファに腰掛けた。
「で? どこまで話したっけ。オレの下心の話だっけ?」
「……エースは、本当に下心があって一緒にいてくれるの?」
昼間は途中で遮られてしまった質問をもう一度、今度は静寂に満ちた夜の空気の中で投げかけた。
エースは少しだけ意外そうに目を見開いたが、すぐにふっと視線を落としトランプのカードを操るように器用に指先を絡めた。
「お前さ、そういうとこだけ妙に鈍感だよね。……まあ、いいや。はぐらかすのも格好悪いし」
少しの沈黙の後、エースは再びこちらを真っ直ぐに見つめてきた。その瞳には、いつもの軽薄なからかいの色は一切混ざっていない。
「メリットもないのに他人のために動くやつはいないって。そう思ってるのは本当」
「じゃあ、どうして……」
「ななしだからに決まってんじゃん」
遮るように放たれた言葉は胸の真ん中に落ちてくるような響きを持っていた。
「お前と一緒にいるとさ、調子狂うんだよね。放っておけないし、他の奴と楽しそうに話してっと、なんか面白くねえし。……これって十分、下心って言うでしょ」
「それって……」
「まだ分かんない?」
エースがさらに距離を詰め、その手がそっとソファの背もたれへと回される。逃げ道を塞ぐようなその仕草に思わず息を呑む。見つめ合う二人の距離は、ほんの数センチメートルしか離れていない。
「ななしには、もっとオレだけを見ててほしいんだよね。……これ、大ありな下心でしょ?」
いたずらっぽく、けれどどこか切実さを孕んだ声が耳元を掠める。
その言葉の破壊力に、ななしの顔はみるみるうちに赤く染まっていく。言葉を返そうとしても喉の奥が上手く動かない。
そんな様子を見て、エースは満足したように口元を緩めた。
「あーあ、なんかオレ一気に余裕なくなってきた」
「えっと、その……」
「今日のところは、この辺で勘弁してあげる。お前、今にもキャパオーバーで倒れそうだし?」
「そんなこと……」
「嘘つけ、顔真っ赤じゃん」
そう言ってエースは立ち上がり、いつものように意地悪く笑って見せた。
「じゃ、おやすみ。明日の朝また迎えに来るから。……覚悟しとけよ?」
ひらひらと手を振りながらオンボロ寮を去っていくエースの後ろ姿を、ただ見送ることしかできなかった。パタンと扉が閉まった後も、暖炉の灯りに照らされた部屋には彼が残していった甘い熱がいつまでも漂っていた。
