イグニハイド
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「ねえ、ななしさん。さっきからずっと僕の顔、観察してない? 何か珍しいパーツでもついてたかな。今の僕のギア、そんなに奇抜なデザインじゃないと思うんだけど」
「ううん、そういうわけじゃないんだけど。オルトって、いつも本当に楽しそうに笑うなと思って」
「そう? 僕は最新鋭のシミュレータを搭載しているからね。表情のバリエーションだって、同世代の人間の子たちの平均値よりずっと豊富に設定されているんだよ。でも、ただの計算プログラムの出力だと思われたら、ちょっと寂しいかも」
オルトはいたずらっぽく笑ってみせる。
その生き生きとした仕草や表情は、注意深く観察していなければ、どこにでもいる普通の少年そのものだった。
「プログラムじゃないなら、今の笑顔は本物?」
「もちろん本物だよ! 僕はななしさんと一緒にいるとき、すごく機体の駆動効率が上がるんだ。まるでエネルギーの供給効率が通常時より120%に跳ね上がったみたいにさ。これって、人間が言う『嬉しい』とか『楽しい』と同じ状態だと言っていいと思うんだよね」
「エネルギーの効率かぁ」
「そうだよ。僕の体は高性能の魔導リアクターで動いているからね。効率良くエネルギーが循環するのは、機体にとっても精神にとっても良いことなんだ。でもね、時々それだけじゃどうしても説明がつかない不可解なデータが記録されることがあるんだ」
オルトは自分の胸の中央に、そっと小さな片手を当てた。
特殊な装甲に覆われたその下からは、常に一定の微細な振動を伴う規則正しい駆動音が静かに響いている。
「説明がつかないデータって、例えばどんなもの?」
「うん。例えばね、ななしさんが僕以外の他の人と楽しそうに長話をしているのを見かけたとき。僕のメインプロセッサの処理速度が、一瞬だけガクッと落ちるんだ。バグでもなければメモリの容量不足でもない。それなのに、どうしてか次の行動の最適解が見つからなくなって、システムが少しフリーズしそうになる。不思議だよね」
「それって……」
「あ、心配しないで! 機体に重大な異常があるわけじゃないから。兄さんにも内緒で、自分で詳細なログを解析してみたんだけど、原因を特定するエラーコードの項目が、どうしても空欄になっちゃうんだよね。……ねえ、これって人間の感情の辞書でいうと、何ていう名前の現象なのかな。ななしさんなら、答えを知ってたりする?」
オルトは首を少しだけ横に傾げ、純粋な疑問を湛えた真っ直ぐな目でこちらをじっと見つめてきた。
その綺麗な瞳には窓から差し込む夕暮れのオレンジ色の光と、目の前に座る少女の姿だけが、歪みなく鮮明に映り込んでいる。
「それはね、人間特有のバグ、かもね」
「バグ? 人間の心って、本当に複雑にできているんだね。でも、不思議と嫌な感じはしないんだ。むしろ、もっとその不可解なログを溜めてみたいって思っちゃうくらい。……ななしさんは、僕といるときにそんなバグが起きたりすること、ない?」
「……起きるよ。今も、ちょっと起きているかもしれない」
「本当!? どんな種類のエラー? 詳しく教えてよ。エラーコードの構成が分かれば、僕たちの間でデータの同期ができるかもしれないし、何か新しい発見があるかもしれないよ」
嬉しそうに声を弾ませながら、オルトが机の上でそっと距離を詰めてくる。指先が直接触れ合うほどの近さではないはずなのに、彼の体から発せられている微かな機械の熱が空気をじわりと伝って、こちらの肌にまで優しく触れたような錯覚を覚えた。
「同期はできないよ。これは、わたしだけの秘密だから」
「ええー、ずるいな。僕は自分の未確定なエラーログまで、こうして開示しているのに。じゃあ、次の機会までに僕がそのバグの正体を絶対に突き止めてみせるよ。予測演算のパターンを今の何倍にも増やして、君の心の動きを全部パーフェクトにシミュレートしてみせるんだから」
オルトは負けず嫌いな子供のように笑ってみせた。
けれど、その言葉の奥に潜むかすかな熱は、単なる知的好奇心や知識への探求とは、少し違う響きを帯びているように聞こえた。
静まり返った室内には、二人の静かな呼吸の音と、途切れることなく回り続ける機械の駆動音だけが心地よく重なり合って響いていた。
「シミュレート、できるといいね」
「うん、僕の演算能力を甘く見ないでね? ななしさんのことなら、どんなに小さな変化だって見逃さない自信があるんだから」
そう言って胸を張るオルトの姿を見つめる。部屋を包む空気は、夕闇の訪れとともに少しずつその温度を変えていくようだった。
まだ名前のつかない微かな熱が、二人の間に確かに生まれつつあることを静かな空間だけが知っていた。
「ううん、そういうわけじゃないんだけど。オルトって、いつも本当に楽しそうに笑うなと思って」
「そう? 僕は最新鋭のシミュレータを搭載しているからね。表情のバリエーションだって、同世代の人間の子たちの平均値よりずっと豊富に設定されているんだよ。でも、ただの計算プログラムの出力だと思われたら、ちょっと寂しいかも」
オルトはいたずらっぽく笑ってみせる。
その生き生きとした仕草や表情は、注意深く観察していなければ、どこにでもいる普通の少年そのものだった。
「プログラムじゃないなら、今の笑顔は本物?」
「もちろん本物だよ! 僕はななしさんと一緒にいるとき、すごく機体の駆動効率が上がるんだ。まるでエネルギーの供給効率が通常時より120%に跳ね上がったみたいにさ。これって、人間が言う『嬉しい』とか『楽しい』と同じ状態だと言っていいと思うんだよね」
「エネルギーの効率かぁ」
「そうだよ。僕の体は高性能の魔導リアクターで動いているからね。効率良くエネルギーが循環するのは、機体にとっても精神にとっても良いことなんだ。でもね、時々それだけじゃどうしても説明がつかない不可解なデータが記録されることがあるんだ」
オルトは自分の胸の中央に、そっと小さな片手を当てた。
特殊な装甲に覆われたその下からは、常に一定の微細な振動を伴う規則正しい駆動音が静かに響いている。
「説明がつかないデータって、例えばどんなもの?」
「うん。例えばね、ななしさんが僕以外の他の人と楽しそうに長話をしているのを見かけたとき。僕のメインプロセッサの処理速度が、一瞬だけガクッと落ちるんだ。バグでもなければメモリの容量不足でもない。それなのに、どうしてか次の行動の最適解が見つからなくなって、システムが少しフリーズしそうになる。不思議だよね」
「それって……」
「あ、心配しないで! 機体に重大な異常があるわけじゃないから。兄さんにも内緒で、自分で詳細なログを解析してみたんだけど、原因を特定するエラーコードの項目が、どうしても空欄になっちゃうんだよね。……ねえ、これって人間の感情の辞書でいうと、何ていう名前の現象なのかな。ななしさんなら、答えを知ってたりする?」
オルトは首を少しだけ横に傾げ、純粋な疑問を湛えた真っ直ぐな目でこちらをじっと見つめてきた。
その綺麗な瞳には窓から差し込む夕暮れのオレンジ色の光と、目の前に座る少女の姿だけが、歪みなく鮮明に映り込んでいる。
「それはね、人間特有のバグ、かもね」
「バグ? 人間の心って、本当に複雑にできているんだね。でも、不思議と嫌な感じはしないんだ。むしろ、もっとその不可解なログを溜めてみたいって思っちゃうくらい。……ななしさんは、僕といるときにそんなバグが起きたりすること、ない?」
「……起きるよ。今も、ちょっと起きているかもしれない」
「本当!? どんな種類のエラー? 詳しく教えてよ。エラーコードの構成が分かれば、僕たちの間でデータの同期ができるかもしれないし、何か新しい発見があるかもしれないよ」
嬉しそうに声を弾ませながら、オルトが机の上でそっと距離を詰めてくる。指先が直接触れ合うほどの近さではないはずなのに、彼の体から発せられている微かな機械の熱が空気をじわりと伝って、こちらの肌にまで優しく触れたような錯覚を覚えた。
「同期はできないよ。これは、わたしだけの秘密だから」
「ええー、ずるいな。僕は自分の未確定なエラーログまで、こうして開示しているのに。じゃあ、次の機会までに僕がそのバグの正体を絶対に突き止めてみせるよ。予測演算のパターンを今の何倍にも増やして、君の心の動きを全部パーフェクトにシミュレートしてみせるんだから」
オルトは負けず嫌いな子供のように笑ってみせた。
けれど、その言葉の奥に潜むかすかな熱は、単なる知的好奇心や知識への探求とは、少し違う響きを帯びているように聞こえた。
静まり返った室内には、二人の静かな呼吸の音と、途切れることなく回り続ける機械の駆動音だけが心地よく重なり合って響いていた。
「シミュレート、できるといいね」
「うん、僕の演算能力を甘く見ないでね? ななしさんのことなら、どんなに小さな変化だって見逃さない自信があるんだから」
そう言って胸を張るオルトの姿を見つめる。部屋を包む空気は、夕闇の訪れとともに少しずつその温度を変えていくようだった。
まだ名前のつかない微かな熱が、二人の間に確かに生まれつつあることを静かな空間だけが知っていた。
