サバナクロー
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「ラギー先輩! ヴィル先輩から試供品いっぱい貰ったんで交換しません? わたしの肌色には合わなそうな色もあるので……基礎化粧品も結構ありますよ!」
両手を広げて見せる様子を、ラギーは椅子の背もたれに腕を乗せた姿勢のまま薄く笑って眺める。
「へえ、あの美意識の塊みたいな人がねえ。でも、なんでオレのところに来たんです? そういうのは普通、もっと色気づいた奴らとやるもんでしょ」
「だって、ラギー先輩ってこういうの無駄にしないかなって思って」
「まあ、当たってるから否定はしないッスけど。どれどれ?」
ラギーが身を乗り出す。
「ほら、これとか。ラギー先輩の肌の色にすごく映えそうなゴールド系のハイライトです」
小さな容器を差し出す指先がラギーの視線を捉える。
「オレにはちょっと華やかすぎません? それより、こっちの保湿クリームの方が実用的で助かるんだけど」
「それ、ヴィル先輩が季節の変わり目におすすめって熱弁してました」
「さすが指導が行き届いてる。じゃあ、オレからはこれ。安売りで買いすぎた実用一点張りのリップクリームと、あと……これ、何かのオマケで付いてきた植物由来のオイル。オレにはちょっと上等すぎるから、これと交換ってことでどう?」
「いいんですか? このオイル、すごく気になってたんです」
「ななしくんはさ、もっと自分の見た目に構ってもいいと思うんだけどね。いつも動きやすさ重視でしょ」
「これでも気にしてるんですけどね。でも、グリムを追いかけてたりしてると、どうしてもボロボロになっちゃって」
「シシシッ、確かに。でも、そういうところオレは嫌いじゃないッスよ」
ラギーは机の上の小さなボトルを指先で転がしながら、品定めをするように目を細める。
「じゃあ、この淡いピンクのやつは? ななしくん似合いそう」
「え、それは……ちょっと可愛すぎる気がします」
「試すだけならタダなんだから、ほら」
距離が一段と近くなる。ラギーの手が伸びてきて、小さなパウチの端を器用に切り裂いた。指先に少量のクリームが取られる。
「ほら、ちょっと顔上げて」
ラギーの指先が顎の先に触れる。カサついた皮膚の質感が驚くほど生暖かく肌に伝わった。反射的に身を引こうとしたが顎を固定する力は思いのほか強く、逃げることはできない。
「じっとしてて。せっかくヴィルさんから仕入れてきた代物なんだから、無駄にしたら怒られちゃうでしょ」
薄暗い室内でラギーの顔がすぐ近くに迫る。いたずらっぽく細められた瞳の奥に、いつもとは違う真剣な光が混ざっている。至近距離から注がれる視線に息が詰まる。
「ラギー先輩、あの、自分で塗れます」
「だーめ。オレが塗るんスから。ほら、力抜いて」
親指の腹が下唇の端にそっと置かれた。ほんの少しだけ力を込め、滑らせるようにして淡いピンクのクリームが伸ばされていく。柔らかい粘膜に触れる彼の指は思いの外優しく慎重だった。
「……ん」
不意に漏れそうになった声を噛み殺す。
ラギーの指が動くたびに、そこだけがじわじわと熱を帯びていく。まるで体温を吸い上げられているかのような、不思議な感覚が広がった。
「へえ……思った通り、よく馴染むッスね。いつもより、ちょっとは色気が出たんじゃない?」
ラギーの視線が唇から離れない。
その距離の近さに心臓の音がうるさく響く。
相手の吐息が前髪を揺らすたび、何とも言えないもどかしさが胸の奥を焦がした。
「そんなにじっと見られると、恥ずかしいです」
「何言ってるんスか。タダで良いもん分けてもらうんだから、これくらいはサービスしてやらないと」
ラギーはそう言ってシシシッと笑うが、顎を掴んだままの手は離そうとしない。それどころか、もう片方の手が自然と肩に回され引き寄せられるようにして二人の距離がさらに縮まる。
「ななしくん、本当に交換会だけで終わりにするつもり?」
耳元で囁かれた低い声が肌を粟立たせる。夕闇は完全に部屋を満たし、お互いの輪郭を曖昧に溶かしていく。
「先輩……?」
「オレね、損な取引はしない主義なんですよ。だからさ……もうちょっと、オレに付き合って」
向けられる感情の温度が一気に跳ね上がったのを感じた。言葉よりも早く、お互いの熱が重なり合おうと、さらに深く静かに沈み込んでいく。
これ以上近づけば、お互いの境界線が曖昧になってしまいそうだった。窓の外はもう完全に夜の帳が下りており、微かな月光だけが机の上に散らばる試供品のボトルを鈍く光らせている。
「ラギー先輩、あの……もう、十分ですから」
遮るように差し出した手は、胸元に触れる前にラギーの空いた手によって優しく、けれど拒む隙を与えない強さで包み込まれた。
「十分なわけないでしょ。まだオレのリップクリームも、その植物由来のオイルも、どう使うか決めてないッスよ」
指先が絡め取られ体温がダイレクトに伝わってくる。
思考が上手くまとまらない。
彼が放つ特有の気配が、呼吸を換えるたびに肺を満たしていく。
それはひどく心を落ち着かせるものであると同時に、本能的な警戒を呼び起こす重さを持っていた。
「ななしくん、耳まで赤くなってるッスよ。オレに触られるの、嫌?」
「嫌じゃ、ないです、けど……」
向けられる視線には、いつもの飄々とした余裕だけではなく、目の前の獲物を確実に捕らえようとする冷徹なまでの熱が混ざり合っている。
ラギーの親指が再び唇の端を押し上げた。
先ほど塗られたクリームの滑らかさが、彼の指の腹を伝って再び熱を帯びる。ただの交換会のつもりだった。他愛のないやり取りの先に、これほど濃密な沈黙が待っているなんて想像もしていなかった。
「オレ、貧乏性だから。手に入りそうなものは、限界まで搾り取りたいタイプなんスよね」
低く笑う吐息がすぐ近くで零れる。
「このオイルもさ……今度はオレの手で、ななしくんの肌に馴染ませてあげようか」
絡められた指に、さらにぎゅっと力が込められる。逆らう理由など、すでにこの部屋の暗闇にすべて溶けて消えてしまっていた。お互いの吐息が完全に重なり合う距離で、ただその熱に身を委ねるしかなかった。
両手を広げて見せる様子を、ラギーは椅子の背もたれに腕を乗せた姿勢のまま薄く笑って眺める。
「へえ、あの美意識の塊みたいな人がねえ。でも、なんでオレのところに来たんです? そういうのは普通、もっと色気づいた奴らとやるもんでしょ」
「だって、ラギー先輩ってこういうの無駄にしないかなって思って」
「まあ、当たってるから否定はしないッスけど。どれどれ?」
ラギーが身を乗り出す。
「ほら、これとか。ラギー先輩の肌の色にすごく映えそうなゴールド系のハイライトです」
小さな容器を差し出す指先がラギーの視線を捉える。
「オレにはちょっと華やかすぎません? それより、こっちの保湿クリームの方が実用的で助かるんだけど」
「それ、ヴィル先輩が季節の変わり目におすすめって熱弁してました」
「さすが指導が行き届いてる。じゃあ、オレからはこれ。安売りで買いすぎた実用一点張りのリップクリームと、あと……これ、何かのオマケで付いてきた植物由来のオイル。オレにはちょっと上等すぎるから、これと交換ってことでどう?」
「いいんですか? このオイル、すごく気になってたんです」
「ななしくんはさ、もっと自分の見た目に構ってもいいと思うんだけどね。いつも動きやすさ重視でしょ」
「これでも気にしてるんですけどね。でも、グリムを追いかけてたりしてると、どうしてもボロボロになっちゃって」
「シシシッ、確かに。でも、そういうところオレは嫌いじゃないッスよ」
ラギーは机の上の小さなボトルを指先で転がしながら、品定めをするように目を細める。
「じゃあ、この淡いピンクのやつは? ななしくん似合いそう」
「え、それは……ちょっと可愛すぎる気がします」
「試すだけならタダなんだから、ほら」
距離が一段と近くなる。ラギーの手が伸びてきて、小さなパウチの端を器用に切り裂いた。指先に少量のクリームが取られる。
「ほら、ちょっと顔上げて」
ラギーの指先が顎の先に触れる。カサついた皮膚の質感が驚くほど生暖かく肌に伝わった。反射的に身を引こうとしたが顎を固定する力は思いのほか強く、逃げることはできない。
「じっとしてて。せっかくヴィルさんから仕入れてきた代物なんだから、無駄にしたら怒られちゃうでしょ」
薄暗い室内でラギーの顔がすぐ近くに迫る。いたずらっぽく細められた瞳の奥に、いつもとは違う真剣な光が混ざっている。至近距離から注がれる視線に息が詰まる。
「ラギー先輩、あの、自分で塗れます」
「だーめ。オレが塗るんスから。ほら、力抜いて」
親指の腹が下唇の端にそっと置かれた。ほんの少しだけ力を込め、滑らせるようにして淡いピンクのクリームが伸ばされていく。柔らかい粘膜に触れる彼の指は思いの外優しく慎重だった。
「……ん」
不意に漏れそうになった声を噛み殺す。
ラギーの指が動くたびに、そこだけがじわじわと熱を帯びていく。まるで体温を吸い上げられているかのような、不思議な感覚が広がった。
「へえ……思った通り、よく馴染むッスね。いつもより、ちょっとは色気が出たんじゃない?」
ラギーの視線が唇から離れない。
その距離の近さに心臓の音がうるさく響く。
相手の吐息が前髪を揺らすたび、何とも言えないもどかしさが胸の奥を焦がした。
「そんなにじっと見られると、恥ずかしいです」
「何言ってるんスか。タダで良いもん分けてもらうんだから、これくらいはサービスしてやらないと」
ラギーはそう言ってシシシッと笑うが、顎を掴んだままの手は離そうとしない。それどころか、もう片方の手が自然と肩に回され引き寄せられるようにして二人の距離がさらに縮まる。
「ななしくん、本当に交換会だけで終わりにするつもり?」
耳元で囁かれた低い声が肌を粟立たせる。夕闇は完全に部屋を満たし、お互いの輪郭を曖昧に溶かしていく。
「先輩……?」
「オレね、損な取引はしない主義なんですよ。だからさ……もうちょっと、オレに付き合って」
向けられる感情の温度が一気に跳ね上がったのを感じた。言葉よりも早く、お互いの熱が重なり合おうと、さらに深く静かに沈み込んでいく。
これ以上近づけば、お互いの境界線が曖昧になってしまいそうだった。窓の外はもう完全に夜の帳が下りており、微かな月光だけが机の上に散らばる試供品のボトルを鈍く光らせている。
「ラギー先輩、あの……もう、十分ですから」
遮るように差し出した手は、胸元に触れる前にラギーの空いた手によって優しく、けれど拒む隙を与えない強さで包み込まれた。
「十分なわけないでしょ。まだオレのリップクリームも、その植物由来のオイルも、どう使うか決めてないッスよ」
指先が絡め取られ体温がダイレクトに伝わってくる。
思考が上手くまとまらない。
彼が放つ特有の気配が、呼吸を換えるたびに肺を満たしていく。
それはひどく心を落ち着かせるものであると同時に、本能的な警戒を呼び起こす重さを持っていた。
「ななしくん、耳まで赤くなってるッスよ。オレに触られるの、嫌?」
「嫌じゃ、ないです、けど……」
向けられる視線には、いつもの飄々とした余裕だけではなく、目の前の獲物を確実に捕らえようとする冷徹なまでの熱が混ざり合っている。
ラギーの親指が再び唇の端を押し上げた。
先ほど塗られたクリームの滑らかさが、彼の指の腹を伝って再び熱を帯びる。ただの交換会のつもりだった。他愛のないやり取りの先に、これほど濃密な沈黙が待っているなんて想像もしていなかった。
「オレ、貧乏性だから。手に入りそうなものは、限界まで搾り取りたいタイプなんスよね」
低く笑う吐息がすぐ近くで零れる。
「このオイルもさ……今度はオレの手で、ななしくんの肌に馴染ませてあげようか」
絡められた指に、さらにぎゅっと力が込められる。逆らう理由など、すでにこの部屋の暗闇にすべて溶けて消えてしまっていた。お互いの吐息が完全に重なり合う距離で、ただその熱に身を委ねるしかなかった。
