ハーツラビュル
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放課後の購買部、お目当ての限定焼きそばパンはとっくに売り切れていた。
「あーあ、まーた買えなかった。マジで購買の争奪戦エグすぎ。……って、お前それしか残ってなかったわけ?」
エースはだるそうに首の後ろを掻きながら、隣を歩くななしに視線を落とした。
彼女の小さな両手に抱えられているのは、これまた代わり映えのしないサンドイッチとパックのミルク。だけどその表情は、なぜかさっきからずっと上の空だ。
「……何、そんなに買えたの嬉しいの?」
「え? あ、いや……そうじゃなくて」
ななしはハッと我に返ったように、慌てて視線を泳がせる。
その視線の先、少し前方を歩く背中にエースはすぐに気づいた。
同じハーツラビュル寮のデュース・スペードが、片手に教科書を抱えたまま真面目くさった顔で「次の魔法薬学の課題は……」などとブツブツ呟きながらグリムと歩いている。
「オレ様はツナ缶のことで頭がいっぱいなんだゾ!」と騒ぐグリムの頭をデュースが笑いながら小突く。そんな何気ない光景を見つめるななしの瞳が、その後ろ姿を追いかけて熱を帯びるのをエースは見逃さなかった。
ただの友達に向けるものじゃない。
あいつが空回っていようが、元ヤンの片鱗を覗かせていようが、彼女にとっては全部が「特別」なのだと、その目が雄弁に物語っている。
胸の奥が炭酸水を飲んだ時のようにピリピリと奔る。
エースはわざと意地悪く口角を上げて、彼女の肩にぽんと腕を回した。
「なーんだ、デュースのこと見てたんだ?」
「わっ、ちょっとエース、急に引っ付かないでよ!」
ななしは顔を赤くしてエースを小突きつつも、やっぱりデュースを見て、クスリと愛おしそうに笑う。
エースの腕が触れていることへの緊張なんて、彼女にはこれっぽっちもない。
ただの気安い友達。それが今の自分の現在地。
一番近くにいるのに。
オレの方が先に話しかけたのに。
誰よりも早く、お前の変化に気づいているのはオレなのに。
それなのに、お前がそんな顔を向ける相手は、いつもオレじゃない。
「……ねえ」
歩みを止めて、エースは回していた腕を滑らせ彼女の手首をきゅっと掴んだ。
「え? どうしたのエース」
不思議そうに振り返るななしの顔は無防備そのものだった。
掴んだ手首から彼女の体温が伝わってくる。
細くて、ちょっと力を込めたら折れてしまいそうなのに、今のオレにはこれが世界のすべてみたいに重い。
このまま強く引っ張って、その視線を無理やりにでも自分だけのものにしてしまいたかった。
あいつじゃなくて、オレにしなよ
――なんて、言えるわけない。
喉まで出かかった言葉を、エースは得意のへらへらとした笑みで覆い隠す。
ここで踏み込んでしまえば、この心地いい居場所すら失ってしまうかもしれない。そんなリスクを冒すには、エースは少しだけ賢すぎた。
「なーに? 掴まれたらドキッとしちゃった?」
「はぁ!? バッカじゃないの? ほら、デュースとグリムが行っちゃう、早く追いつこ!」
ななしは呆れたように笑いながらエースの手をすり抜けて、前を歩くデュースに向かって駆け出していく。
「デュース、待って!」と呼ぶ声の弾んだ響き。
エースは空になった自分の手のひらをじっと見つめ、それから小さく舌を打った。
彼女がデュースの後ろ姿を追うように、自分もまた彼女の後ろ姿ばかりを見ている。
この不毛な視線のレースで自分が先頭に立てる日は来るのだろうか。
「……ったく。あいつのどこがいいんだか」
ぽつりと、誰にも届かない不満をこぼす。
エースはポケットに両手を突っ込むと、一歩前を行く彼女の背中を追いかけて、いつもの軽い足取りで歩き出した。
「あーあ、まーた買えなかった。マジで購買の争奪戦エグすぎ。……って、お前それしか残ってなかったわけ?」
エースはだるそうに首の後ろを掻きながら、隣を歩くななしに視線を落とした。
彼女の小さな両手に抱えられているのは、これまた代わり映えのしないサンドイッチとパックのミルク。だけどその表情は、なぜかさっきからずっと上の空だ。
「……何、そんなに買えたの嬉しいの?」
「え? あ、いや……そうじゃなくて」
ななしはハッと我に返ったように、慌てて視線を泳がせる。
その視線の先、少し前方を歩く背中にエースはすぐに気づいた。
同じハーツラビュル寮のデュース・スペードが、片手に教科書を抱えたまま真面目くさった顔で「次の魔法薬学の課題は……」などとブツブツ呟きながらグリムと歩いている。
「オレ様はツナ缶のことで頭がいっぱいなんだゾ!」と騒ぐグリムの頭をデュースが笑いながら小突く。そんな何気ない光景を見つめるななしの瞳が、その後ろ姿を追いかけて熱を帯びるのをエースは見逃さなかった。
ただの友達に向けるものじゃない。
あいつが空回っていようが、元ヤンの片鱗を覗かせていようが、彼女にとっては全部が「特別」なのだと、その目が雄弁に物語っている。
胸の奥が炭酸水を飲んだ時のようにピリピリと奔る。
エースはわざと意地悪く口角を上げて、彼女の肩にぽんと腕を回した。
「なーんだ、デュースのこと見てたんだ?」
「わっ、ちょっとエース、急に引っ付かないでよ!」
ななしは顔を赤くしてエースを小突きつつも、やっぱりデュースを見て、クスリと愛おしそうに笑う。
エースの腕が触れていることへの緊張なんて、彼女にはこれっぽっちもない。
ただの気安い友達。それが今の自分の現在地。
一番近くにいるのに。
オレの方が先に話しかけたのに。
誰よりも早く、お前の変化に気づいているのはオレなのに。
それなのに、お前がそんな顔を向ける相手は、いつもオレじゃない。
「……ねえ」
歩みを止めて、エースは回していた腕を滑らせ彼女の手首をきゅっと掴んだ。
「え? どうしたのエース」
不思議そうに振り返るななしの顔は無防備そのものだった。
掴んだ手首から彼女の体温が伝わってくる。
細くて、ちょっと力を込めたら折れてしまいそうなのに、今のオレにはこれが世界のすべてみたいに重い。
このまま強く引っ張って、その視線を無理やりにでも自分だけのものにしてしまいたかった。
あいつじゃなくて、オレにしなよ
――なんて、言えるわけない。
喉まで出かかった言葉を、エースは得意のへらへらとした笑みで覆い隠す。
ここで踏み込んでしまえば、この心地いい居場所すら失ってしまうかもしれない。そんなリスクを冒すには、エースは少しだけ賢すぎた。
「なーに? 掴まれたらドキッとしちゃった?」
「はぁ!? バッカじゃないの? ほら、デュースとグリムが行っちゃう、早く追いつこ!」
ななしは呆れたように笑いながらエースの手をすり抜けて、前を歩くデュースに向かって駆け出していく。
「デュース、待って!」と呼ぶ声の弾んだ響き。
エースは空になった自分の手のひらをじっと見つめ、それから小さく舌を打った。
彼女がデュースの後ろ姿を追うように、自分もまた彼女の後ろ姿ばかりを見ている。
この不毛な視線のレースで自分が先頭に立てる日は来るのだろうか。
「……ったく。あいつのどこがいいんだか」
ぽつりと、誰にも届かない不満をこぼす。
エースはポケットに両手を突っ込むと、一歩前を行く彼女の背中を追いかけて、いつもの軽い足取りで歩き出した。
