サバナクロー
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「ねえ、ジャック」
「ん?」
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ」
「笑わない?」
「内容によるな」
ななしが妙に真面目な顔をしているものだから、ジャックは眉をひそめた。
「……やっぱりいい」
「おい」
「なんでもない」
「なんでもない顔じゃねえだろ」
「うーん……」
言うべきか迷っているらしい。
ジャックは小さく息をついた。
「別に笑わねえよ」
「ほんと?」
「ああ」
「絶対?」
「しつこいな」
「だって恥ずかしいんだもん」
「なら余計気になるだろ」
少しだけ視線を泳がせてからななしは意を決したように口を開いた。
「お姫様抱っこってあるでしょ」
「……あるな」
「一回されてみたい」
「…………」
「ほらやっぱり変だって思った!」
「いや待て」
慌てて否定する。
「別に変じゃねえ」
「ほんとに?」
「ああ」
「じゃあその間はなんだったの」
「驚いただけだ」
ジャックは頭をかいた。
「急にそんなこと言うから」
「……だって憧れない?」
「そういうもんなのか」
「そういうものなの」
「ふーん」
短い返事。
けれど完全に流されたわけではないらしい。
ジャックは少し考えるように黙った。
「それで」
「うん?」
「されたいだけか?」
「え?」
「誰にでもじゃなくて」
「もちろん違うよ」
「……そうか」
「ジャックだから」
その一言で今度はジャックが黙る番だった。
耳がぴくりと動く。
「……そういうことは簡単に言うな」
「なんで?」
「調子が狂う」
「?」
「なんでもねえ」
◇
数日後。
「ななし」
「ジャック?」
「ちょっと来い」
「どうしたの?」
「いいから」
呼ばれるまま近づく。
ジャックは妙に落ち着かない様子だった。
「前に言ってただろ」
「前?」
「……お姫様抱っこの話」
「あっ」
思い出した瞬間、顔が熱くなる。
「あれはその……勢いというか」
「忘れてねえよ」
「忘れてください」
「無理だ」
即答だった。
「ええ……」
「で、」
ジャックは視線を逸らした。
「今なら人もいねえし」
「……え?」
「やるなら今かと思っただけだ」
数秒遅れて意味を理解する。
「まさか」
「嫌なら別にいい」
「嫌じゃない!」
勢いよく返事をすると今度はジャックが目を丸くした。
「声でかいぞ」
「だって!」
「……そんなに嬉しいのか」
「嬉しいよ」
「そうかよ」
照れくさそうに視線を逸らす。
「じゃあ……その……」
「うん」
「準備しろ」
「準備?」
「急に持ち上げたら驚くだろ」
「もう十分驚いてる」
「それもそうだな」
少しだけ笑う。
珍しく柔らかい表情だった。
「行くぞ」
「えっ」
言葉が終わるより早かった。
視界がふわりと浮く。
「わっ!?」
「暴れるなよ」
「いや急だったから!」
「準備しろって言っただろ」
「心の準備が追いついてない!」
ジャックの腕のなかは思っていたより安定していた。
揺れない。
怖くない。
それどころか妙に安心する。
「……高い」
「そうか?」
「うん」
「いつもこんなもんだろ」
「ジャックの目線ってこんな感じなんだ」
「まあな」
思わず周囲を見回してしまう。
「すごい」
「大げさだな」
「全然違うよ」
「そういうもんか」
「うん」
「なら良かったな」
「え?」
「やってみたかったんだろ」
「……うん」
「叶ったじゃねえか」
そう言われて笑う。
「ありがとうジャック」
「礼を言われるほどじゃねえ」
「でも嬉しいから」
「……そうか」
ジャックの耳がまた動く。
「ねえ」
「ん?」
「重くない?」
「は?」
「いや、お姫様抱っこって大変そうだし」
「誰に言ってんだ」
「ジャック?」
「鍛えてるんだぞ」
「それは知ってるけど」
「これくらいでどうにかなるわけねえだろ」
「そっか」
「むしろお前は心配しすぎだ」
「だって申し訳ないし」
「気にすんな」
言い切る声は頼もしかった。
◇
「……降ろすか?」
「もう?」
「もうって」
「せっかくなんだもん」
「お前な」
呆れたように笑う。
「じゃあもう少しだけ」
「いいの?」
「言い出したのは俺だ」
「そっか」
少し沈黙が流れても、不思議と気まずくはなかった。
「ジャック」
「なんだ」
「こうしてると近いね」
「……まあ」
「いつもより表情がよく見える」
「見るな」
「なんで?」
「なんでもだ」
明らかに照れている。
「もしかして恥ずかしい?」
「うるせえ」
「恥ずかしいんだ」
「お前なあ」
「ふふ」
「笑うな」
「だってジャックがかわいいから」
「かわっ……!?」
今度こそ言葉に詰まった。
「俺に使う言葉じゃねえだろ」
「そう?」
「そうだ」
「でもかわいい」
「やめろ」
「えー」
「……はあ」
大きなため息。
けれど降ろされる気配はない。
「優しいんだね、ジャック」
「普通だ」
「普通じゃないよ」
「そうか?」
「うん」
ジャックは少し黙った。
「……お前だからだろ」
「え?」
「誰にでもこんなことしねえ」
「……うん」
「勘違いするなよ」
「してないよ」
「ならいい」
照れ隠しなのか少しだけ早口だった。
「なあ、ななし」
「なに?」
「逆に聞くけどよ」
「うん」
「なんでそんなにお姫様抱っこされたかったんだ」
「うーん」
少し考える。
「特別な感じがするからかな」
「特別?」
「好きな人にしかお願いできないでしょ」
「まあな」
「あと信頼してないと怖いと思う」
「……なるほどな」
「ジャックだから平気だった」
ジャックは目を瞬く。
「落とさないって分かってたから」
「当たり前だろ」
「うん」
「絶対に落とさねえ」
迷いのない声だった。
「俺がお前を支えてるんだから」
思わず息をのむ。
「そういう顔するな」
「どんな顔?」
「知らねえ」
「ひどい」
「事実だ」
ジャックは困ったように眉を寄せた。
「変なこと言ったか?」
「言った」
「そうか?」
「そうだよ」
「……難しいな」
「ジャックは無自覚なんだね」
「なんの話だ」
「秘密」
「気になるだろ」
「ふふ」
「おい」
◇
やがてジャックが立ち止まる。
「今度こそ降ろすぞ」
「名残惜しい」
「まだ言うか」
「だって楽しかったし」
「そうか」
「ジャックは?」
「……悪くなかった」
「ほんと?」
「ああ」
「ならよかった」
ゆっくりと地面に足がつく。
名残惜しさに、思わず視線が下がる。
「終わっちゃった」
「そんな顔するな」
「だって」
「またやればいいだろ」
「え?」
「お前が望むなら」
予想外の言葉だった。
「いいの?」
「恋人なんだからそれくらいする」
「ジャック……」
「ただし」
「ただし?」
「人が多いところでは勘弁しろ」
「照れるから?」
「違う」
「照れるんだ」
「違うって言ってるだろ」
「耳赤いよ」
「見んな!」
思わず笑う。
ジャックは不満そうな顔をした。
「そんなに嬉しいか」
「うん」
「……ならまあいい」
「ふふ」
「次はちゃんと前もって言え」
「今度お願いするときは予告するね」
「そうしてくれ」
「でも」
「ん?」
「急にだったから嬉しかったのもあるかも」
ジャックが固まる。
「……お前そういうことさらっと言うよな」
「そう?」
「自覚ないのか」
「ないかも」
「はあ……」
深いため息。
それでも口元は少し緩んでいた。
「仕方ねえな」
「?」
「また叶えてやるよ」
「ほんと?」
「ああ」
「約束?」
「約束だ」
差し出された小指に自分の小指を絡める。
「楽しみにしてる」
「ほどほどにな」
「無理かも」
「なんでだ」
「だってジャックのお姫様抱っこ、すごく安心したから」
ジャックは数秒黙った。
それから観念したように笑う。
「……そんなこと言われたら断れねえだろ」
「じゃあ次も?」
「ああ」
「やった」
嬉しそうに笑う姿を見てジャックも小さく笑った。
次にお願いするときも、きっと彼は断らない。
そんな嬉しい予感を抱きながら、ななしはもう一度微笑んだ。
「ん?」
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ」
「笑わない?」
「内容によるな」
ななしが妙に真面目な顔をしているものだから、ジャックは眉をひそめた。
「……やっぱりいい」
「おい」
「なんでもない」
「なんでもない顔じゃねえだろ」
「うーん……」
言うべきか迷っているらしい。
ジャックは小さく息をついた。
「別に笑わねえよ」
「ほんと?」
「ああ」
「絶対?」
「しつこいな」
「だって恥ずかしいんだもん」
「なら余計気になるだろ」
少しだけ視線を泳がせてからななしは意を決したように口を開いた。
「お姫様抱っこってあるでしょ」
「……あるな」
「一回されてみたい」
「…………」
「ほらやっぱり変だって思った!」
「いや待て」
慌てて否定する。
「別に変じゃねえ」
「ほんとに?」
「ああ」
「じゃあその間はなんだったの」
「驚いただけだ」
ジャックは頭をかいた。
「急にそんなこと言うから」
「……だって憧れない?」
「そういうもんなのか」
「そういうものなの」
「ふーん」
短い返事。
けれど完全に流されたわけではないらしい。
ジャックは少し考えるように黙った。
「それで」
「うん?」
「されたいだけか?」
「え?」
「誰にでもじゃなくて」
「もちろん違うよ」
「……そうか」
「ジャックだから」
その一言で今度はジャックが黙る番だった。
耳がぴくりと動く。
「……そういうことは簡単に言うな」
「なんで?」
「調子が狂う」
「?」
「なんでもねえ」
◇
数日後。
「ななし」
「ジャック?」
「ちょっと来い」
「どうしたの?」
「いいから」
呼ばれるまま近づく。
ジャックは妙に落ち着かない様子だった。
「前に言ってただろ」
「前?」
「……お姫様抱っこの話」
「あっ」
思い出した瞬間、顔が熱くなる。
「あれはその……勢いというか」
「忘れてねえよ」
「忘れてください」
「無理だ」
即答だった。
「ええ……」
「で、」
ジャックは視線を逸らした。
「今なら人もいねえし」
「……え?」
「やるなら今かと思っただけだ」
数秒遅れて意味を理解する。
「まさか」
「嫌なら別にいい」
「嫌じゃない!」
勢いよく返事をすると今度はジャックが目を丸くした。
「声でかいぞ」
「だって!」
「……そんなに嬉しいのか」
「嬉しいよ」
「そうかよ」
照れくさそうに視線を逸らす。
「じゃあ……その……」
「うん」
「準備しろ」
「準備?」
「急に持ち上げたら驚くだろ」
「もう十分驚いてる」
「それもそうだな」
少しだけ笑う。
珍しく柔らかい表情だった。
「行くぞ」
「えっ」
言葉が終わるより早かった。
視界がふわりと浮く。
「わっ!?」
「暴れるなよ」
「いや急だったから!」
「準備しろって言っただろ」
「心の準備が追いついてない!」
ジャックの腕のなかは思っていたより安定していた。
揺れない。
怖くない。
それどころか妙に安心する。
「……高い」
「そうか?」
「うん」
「いつもこんなもんだろ」
「ジャックの目線ってこんな感じなんだ」
「まあな」
思わず周囲を見回してしまう。
「すごい」
「大げさだな」
「全然違うよ」
「そういうもんか」
「うん」
「なら良かったな」
「え?」
「やってみたかったんだろ」
「……うん」
「叶ったじゃねえか」
そう言われて笑う。
「ありがとうジャック」
「礼を言われるほどじゃねえ」
「でも嬉しいから」
「……そうか」
ジャックの耳がまた動く。
「ねえ」
「ん?」
「重くない?」
「は?」
「いや、お姫様抱っこって大変そうだし」
「誰に言ってんだ」
「ジャック?」
「鍛えてるんだぞ」
「それは知ってるけど」
「これくらいでどうにかなるわけねえだろ」
「そっか」
「むしろお前は心配しすぎだ」
「だって申し訳ないし」
「気にすんな」
言い切る声は頼もしかった。
◇
「……降ろすか?」
「もう?」
「もうって」
「せっかくなんだもん」
「お前な」
呆れたように笑う。
「じゃあもう少しだけ」
「いいの?」
「言い出したのは俺だ」
「そっか」
少し沈黙が流れても、不思議と気まずくはなかった。
「ジャック」
「なんだ」
「こうしてると近いね」
「……まあ」
「いつもより表情がよく見える」
「見るな」
「なんで?」
「なんでもだ」
明らかに照れている。
「もしかして恥ずかしい?」
「うるせえ」
「恥ずかしいんだ」
「お前なあ」
「ふふ」
「笑うな」
「だってジャックがかわいいから」
「かわっ……!?」
今度こそ言葉に詰まった。
「俺に使う言葉じゃねえだろ」
「そう?」
「そうだ」
「でもかわいい」
「やめろ」
「えー」
「……はあ」
大きなため息。
けれど降ろされる気配はない。
「優しいんだね、ジャック」
「普通だ」
「普通じゃないよ」
「そうか?」
「うん」
ジャックは少し黙った。
「……お前だからだろ」
「え?」
「誰にでもこんなことしねえ」
「……うん」
「勘違いするなよ」
「してないよ」
「ならいい」
照れ隠しなのか少しだけ早口だった。
「なあ、ななし」
「なに?」
「逆に聞くけどよ」
「うん」
「なんでそんなにお姫様抱っこされたかったんだ」
「うーん」
少し考える。
「特別な感じがするからかな」
「特別?」
「好きな人にしかお願いできないでしょ」
「まあな」
「あと信頼してないと怖いと思う」
「……なるほどな」
「ジャックだから平気だった」
ジャックは目を瞬く。
「落とさないって分かってたから」
「当たり前だろ」
「うん」
「絶対に落とさねえ」
迷いのない声だった。
「俺がお前を支えてるんだから」
思わず息をのむ。
「そういう顔するな」
「どんな顔?」
「知らねえ」
「ひどい」
「事実だ」
ジャックは困ったように眉を寄せた。
「変なこと言ったか?」
「言った」
「そうか?」
「そうだよ」
「……難しいな」
「ジャックは無自覚なんだね」
「なんの話だ」
「秘密」
「気になるだろ」
「ふふ」
「おい」
◇
やがてジャックが立ち止まる。
「今度こそ降ろすぞ」
「名残惜しい」
「まだ言うか」
「だって楽しかったし」
「そうか」
「ジャックは?」
「……悪くなかった」
「ほんと?」
「ああ」
「ならよかった」
ゆっくりと地面に足がつく。
名残惜しさに、思わず視線が下がる。
「終わっちゃった」
「そんな顔するな」
「だって」
「またやればいいだろ」
「え?」
「お前が望むなら」
予想外の言葉だった。
「いいの?」
「恋人なんだからそれくらいする」
「ジャック……」
「ただし」
「ただし?」
「人が多いところでは勘弁しろ」
「照れるから?」
「違う」
「照れるんだ」
「違うって言ってるだろ」
「耳赤いよ」
「見んな!」
思わず笑う。
ジャックは不満そうな顔をした。
「そんなに嬉しいか」
「うん」
「……ならまあいい」
「ふふ」
「次はちゃんと前もって言え」
「今度お願いするときは予告するね」
「そうしてくれ」
「でも」
「ん?」
「急にだったから嬉しかったのもあるかも」
ジャックが固まる。
「……お前そういうことさらっと言うよな」
「そう?」
「自覚ないのか」
「ないかも」
「はあ……」
深いため息。
それでも口元は少し緩んでいた。
「仕方ねえな」
「?」
「また叶えてやるよ」
「ほんと?」
「ああ」
「約束?」
「約束だ」
差し出された小指に自分の小指を絡める。
「楽しみにしてる」
「ほどほどにな」
「無理かも」
「なんでだ」
「だってジャックのお姫様抱っこ、すごく安心したから」
ジャックは数秒黙った。
それから観念したように笑う。
「……そんなこと言われたら断れねえだろ」
「じゃあ次も?」
「ああ」
「やった」
嬉しそうに笑う姿を見てジャックも小さく笑った。
次にお願いするときも、きっと彼は断らない。
そんな嬉しい予感を抱きながら、ななしはもう一度微笑んだ。
