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「ちょっと待ってグリム! それ、わたしの……!」
昼下がりの廊下にバタバタという足音が響く。
逃げるのは両腕に洗濯したばかりの衣類を抱えたグリム。
追うのは必死に手を伸ばすオンボロ寮のななしだった。
「嫌なんだゾ! オレ様はこのツナ缶の匂いが染み付いたタオルを手放さないんだゾ!」
「それは昨日スープをこぼしたから洗ったの! まだ生乾きだからお願いだから返して、グリム!」
グリムは器用に身を翻し、さらに速度を上げる。
短い足で廊下を蹴る音を追いかけ、ななしがコーナーを曲がったその時、角の向こうから長い影がぬっと現れた。
「あー、いたいた。ねえねえ、小エビちゃ――」
「フロイド先輩、危ないです! どいてください!」
叫び声と同時に、グリムがフロイドの足元を器用にすり抜ける。
しかし急には止まれない。勢いのついたななしはフロイドの胸元に飛び込む形で思い切り衝突した。
「うおっと、……っと、あっ! すごい勢いじゃん」
高い位置から降ってきた笑い声。
しかし衝撃は予想以上に大きかった。
二人の身体は簡単にバランスを崩し、フロイドが長い腕でななしの腰を咄嗟に抱き留めたものの、勢いを殺しきれずにそのまま床へと倒れ込んだ。
「わっ!?」
「うわ、っとと」
鈍い音が響き視界が激しく回転する。
気がついた時にはフロイドが床に仰向けに倒れ、その上にななしが完全に重なる形になっていた。
「い、痛たた……。すみません、フロイド先輩。大丈夫ですか?」
「んー? オレは全然平気。小エビちゃん、すっごい軽――」
フロイドの言葉が不自然に途切れた。
「……フロイド先輩?」
顔を上げるとフロイドの視線はまっすぐ上を向いている。
正確にはななしの背後、あるいは下。
違和感を覚えて自分の足元へ視線を落とした瞬間、ななしの全身の血が引いた。
制服のスカートが完全に捲れ上がっている。
彼女の白い太ももと、その奥にある繊細な下着の布地が遮るものなく白日の下に晒されていた。
「あ」
短い悲鳴すら出なかった。
慌ててスカートの裾を掴み、両手で必死に引きずり下ろす。
顔が急速に熱を帯び、耳の裏まで真っ赤に染まっていく。
「み、見ました……?」
恐る恐る尋ねると、フロイドはゆっくりと視線をななしの顔へと戻した。その顔には、いつも通りの気まぐれな笑みが浮かんでいる。
「んー、何が?」
「何が、じゃなくて! その、今の……!」
「今のって、小エビちゃんがオレに突っ込んできたこと?」
「そうじゃなくて、スカートです!」
声を荒らげるななしをフロイドは面白そうに見上げている。
その大きな手のひらは、まだ彼女の腰に添えられたままだ。
女子の身体を簡単に包み込んでしまうその手に、じわりと力が入る。
「スカートがどしたのぉ? ひらひらしてた?」
「完全に……あの、見えてましたよね!?」
「小エビちゃんが慌てて隠すより、オレが目ぇ凝らす方が早かったかもねぇ?」
「見てるじゃないですか!」
恥ずかしさのあまり、ななしはフロイドの胸を両手で小突いた。
しかし鍛え上げられた胸板はびくともしない。
むしろ触れた手のひらからフロイドの強い体温がじわりと伝わってくる。大きな身体に組み敷かれているような状態に別の緊張が走り出す。
「あはっ! 怒んないでよ。別にオレしか見てないんだからいーじゃん」
「よくないです! よりによって先輩に見られるなんて……」
「よりによってって何、オレじゃ不満?」
フロイドがわざとらしく眉を下げ、拗ねたような口調になる。
「不満とかそういう問題じゃなくて、恥ずかしいんです。とにかく、もう離してください」
「えー、やだ。このままでいーじゃん」
「グリムも捕まえなきゃいけないし、誰かに見られたら……」
「誰も来ないよ、ここ。ほら、静かじゃん」
言われてみれば廊下には二人の呼吸の音しか響いていない。
遠くでグリムの足音が遠ざかっていくのが聞こえるだけだ。
「……っ、でも、早く退かないと、わたし重いですよね」
「全然。小エビちゃん、オレがぎゅーってしたら折れちゃいそう」
腰に回された手のひらに、わずかに力がこもる。
引き寄せられるような感覚にななしの心臓がドクンと大きく跳ねた。
「フロイド先輩、からかわないでください」
「からかってないって。ねえ、さっきのさ」
「さっきの、って……」
身構えるななしにフロイドは顔を近づけた。
至近距離で見つめる彼の大きな双眸は、ななしの動揺をすべて見透かしているかのような圧迫感があった。
「何色だったか、当ててあげよっか?」
「絶対に言わないでください!」
ななしは両手でフロイドの口を塞いだ。
柔らかい唇の感触が手のひらに直接当たり、さらに顔が熱くなる。
フロイドは口を塞がれたまま、目を細めて嬉そうに笑った。
その喉が低く震えるのが手のひらを通じて伝わってくる。
「んー、んー」
「……何ですか?」
「ぷは。喋れないじゃん」
手のひらを退けるとフロイドはペロリと唇を舐めた。
その仕草に、ななしの心臓の奥がピリッと痺れた。
「小エビちゃん、耳まで真っ赤」
「誰のせいだと思っているんですか。本当に、もう意地悪しないでください」
「意地悪してないよ。オレ、ただ本当のこと言おうとしただけだし」
「それが意地悪なんです」
ふい、と顔を背けると、フロイドの長い指先がななしの頬に触れた。
ひんやりとしているようで芯の通った熱を持つ指先が、ゆっくりと輪郭をなぞる。その優しいタッチに身体の力が抜けてしまいそうになる。
「ねえ、こっち向いてよ、小エビちゃん」
「嫌です。どうせまた笑うでしょう」
「笑わないって。ねえ、約束するから」
甘えるような、それでいてどこか拒絶を許さない響きを含んだ声。
ななしは抗いきれず、ゆっくりと視線を戻した。
目の前にあるフロイドの瞳が、いたずらっぽく、けれどどこか熱を帯びた光を湛えてじっとこちらを見つめている。
「……なんですか」
「んー、やっぱり教えない。オレだけの秘密にしとく」
フロイドは満足そうに口角を上げると、ようやく腰に回していた腕の力を緩めた。
「ほら、起き上がっていーよ」
「最初からそうしてください……」
ななしは慌ててフロイドの身体から退き床に膝をついた。
すぐにスカートの裾を引っ張り、不自然なシワを伸ばすように何度も手で擦る。フロイドも上半身をゆっくりと起こし、長い脚を投げ出した状態でななしの様子を眺めていた。
「小エビちゃん、まだ顔赤い」
「……放っておいてください」
立ち上がろうとするななしの前に、フロイドの大きな手が差し出される。
反射的にその手を掴むと、男の子特有の驚くほどの力強さで、一気に引き上げられた。
思わずよろめき、再びフロイドの胸元に顔を埋める形になる。
「っと、危ないねぇ。まだ足元ふらふらじゃん」
「っ、フロイド先輩……!」
「あはっ、ごめんごめん」
フロイドは楽しそうに笑いながらななしの肩を軽く叩いた。
長い腕が肩から離れると、途端にそこだけがひんやりとした。
けれど、一度跳ね上がった心臓はなかなか元に戻ってくれない。
ななしが乱れた制服を必死に整えていると、フロイドがニヤニヤとこちらを覗き込んできた。
「ねえ、小エビちゃん」
「なんですか、もう」
警戒を隠さずに一歩下がると、フロイドは長い身体をゆっくりと揺らしながら距離を詰めてくる。
壁際まで後退したところで彼の大きな身体が目の前を完全に塞いだ。
逃げ道をなくした状態で、フロイドは低く楽しげな声を出す。
「…………白だったね」
言葉の意味が繋がった瞬間、全身から火が出るかと思うほどの熱が押し寄せる。
「なっ……! 言わないって言ったじゃないですか!」
「それは、さっきオレの下にいた時じゃん。もう起き上がったからいーかなって」
「最低です……!」
あまりの恥ずかしさに涙が滲みそうになり、ななしはフロイドを押し退けてその場から走り去ろうとした。
しかし、それを予測していたかのように長い腕が容赦なく壁を突いた。ななしはフロイドの大きな身体と壁の間に完全に閉じ込められた。
「オレ、まだ小エビちゃんと喋りたいんだけど」
「わたしは喋りたくありません!」
「やだ。怒った顔も可愛いから、もっと見てたい」
目の前から注がれる視線が、さっきよりもじっとりと熱を帯びているように感じられる。ななしは息が詰まりそうになり、思わず胸元に両手を当てて押し返そうとした。
「……っ、意地悪しないでください」
「意地悪じゃないってば。小エビちゃんがさぁ、そんなに真っ赤になってオレのこと見るから悪いんじゃん」
フロイドの手が壁から離れ、ななしの手首をそっと掴んだ。
驚くほど大きくて骨張った手のひら。
彼が少し力を込めるだけで、こちらの自由は簡単に奪われてしまう。
掴まれた手首からフロイドの速い脈動が伝わり、二人の激しい鼓動が重なり合っていく。
「フロイド先輩、手、離して……」
「離したら逃げるでしょ」
フロイドの声が一段と低く、耳の奥を震わせるような甘い響きに変わる。
彼はゆっくりと顔を近づけ、ななしの耳元にその唇を寄せた。
「オレさぁ、今のずっと覚えとくね。小エビちゃんのあんな顔、オレしか見てないんだもんね」
「……っ」
耳に触れる彼の吐息が熱い。
激しい心音のせいで、廊下の静寂が嘘のように遠く感じる。
ななしの意識は、目の前にいる彼の体温と手首を掴む圧倒的な質量だけで満たされていた。
「……フロイド先輩、本当に、もうダメです……っ」
声が震えて情けないほど小さな音しか出ない。
胸元に押し当てた自分の両手が、フロイドの制服の生地をぎゅっと掴んでしまう。拒絶したいのに、身体がすくんで彼の胸にすがりつくような形になっていた。
「何がダメなの? 小エビちゃん、声ちっちゃくて聞こえない」
フロイドはわざとらしく首を傾げながら、さらに距離を詰めてくる。
詰まった距離のせいで、フロイドの膝がななしのスカートの裾をわずかに押し上げた。その瞬間、先ほどの恥ずかしい光景が脳裏に蘇り身体が跳ねる。
「ひゃ、っ……!」
「あはっ、可愛い。ここ、すっごいドクドクいってるよ?」
フロイドの空いた手が、ななしの鎖骨にそっと触れた。
薄い制服の布地越しだというのに、彼の大きな手のひらは驚くほど熱い。まるで肌に直接触れられているかのような生々しい感覚に、頭の芯がじわじわと痺れていく。
「ん…………」
「オレのせいでそんなになってんの? ねえ、教えてよ小エビちゃん」
覗き込んでくるフロイドの瞳の奥には、いつもみたいな底知れない無邪気さだけではない、もっと暗く深い情動の渦のようなものがギラリと光っていた。
掴まれた手首がゆっくりと壁に押し付けられる。
視線も身体も完全に逃げ場がない。
彼の大きな身体から発せられる熱と、どこか強引な気配に圧されてななしの目からぽろりと涙がこぼれ落ちた。
「あ……」
フロイドの動きが、ぴたりと止まる。
彼はほんの少しだけ目を見開くと、ハッとしたように手首の力を緩めた。けれど完全に離すことはせず、今度はこぼれた涙の筋を、親指の腹でそっと拭う。
「……泣いちゃった。そんなに嫌だった?」
その声は、さっきまでの意地悪な響きが嘘のように優しく、少しだけ寂しそうだった。
「嫌じゃ、ないです……。でも、フロイド先輩が、からかうから……」
「オレ、からかってないんだけど」
フロイドは小さくため息をつくと、額をななしの肩口にぽすんと預けてきた。高い背中が丸まり、彼の長い髪がななしの首筋にくすぐったく触れる。
「小エビちゃんが可愛いから……、ちょっと意地悪したくなっちゃっただけ」
耳元で彼の低くてくぐもった声が響く。
肩にかかる彼の体重と背中を大きく上下させる呼吸のテンポ。
そのすべてが彼もまた自分と同じように、心臓を激しく脈打たせていることを伝えていた。
昼下がりの廊下にバタバタという足音が響く。
逃げるのは両腕に洗濯したばかりの衣類を抱えたグリム。
追うのは必死に手を伸ばすオンボロ寮のななしだった。
「嫌なんだゾ! オレ様はこのツナ缶の匂いが染み付いたタオルを手放さないんだゾ!」
「それは昨日スープをこぼしたから洗ったの! まだ生乾きだからお願いだから返して、グリム!」
グリムは器用に身を翻し、さらに速度を上げる。
短い足で廊下を蹴る音を追いかけ、ななしがコーナーを曲がったその時、角の向こうから長い影がぬっと現れた。
「あー、いたいた。ねえねえ、小エビちゃ――」
「フロイド先輩、危ないです! どいてください!」
叫び声と同時に、グリムがフロイドの足元を器用にすり抜ける。
しかし急には止まれない。勢いのついたななしはフロイドの胸元に飛び込む形で思い切り衝突した。
「うおっと、……っと、あっ! すごい勢いじゃん」
高い位置から降ってきた笑い声。
しかし衝撃は予想以上に大きかった。
二人の身体は簡単にバランスを崩し、フロイドが長い腕でななしの腰を咄嗟に抱き留めたものの、勢いを殺しきれずにそのまま床へと倒れ込んだ。
「わっ!?」
「うわ、っとと」
鈍い音が響き視界が激しく回転する。
気がついた時にはフロイドが床に仰向けに倒れ、その上にななしが完全に重なる形になっていた。
「い、痛たた……。すみません、フロイド先輩。大丈夫ですか?」
「んー? オレは全然平気。小エビちゃん、すっごい軽――」
フロイドの言葉が不自然に途切れた。
「……フロイド先輩?」
顔を上げるとフロイドの視線はまっすぐ上を向いている。
正確にはななしの背後、あるいは下。
違和感を覚えて自分の足元へ視線を落とした瞬間、ななしの全身の血が引いた。
制服のスカートが完全に捲れ上がっている。
彼女の白い太ももと、その奥にある繊細な下着の布地が遮るものなく白日の下に晒されていた。
「あ」
短い悲鳴すら出なかった。
慌ててスカートの裾を掴み、両手で必死に引きずり下ろす。
顔が急速に熱を帯び、耳の裏まで真っ赤に染まっていく。
「み、見ました……?」
恐る恐る尋ねると、フロイドはゆっくりと視線をななしの顔へと戻した。その顔には、いつも通りの気まぐれな笑みが浮かんでいる。
「んー、何が?」
「何が、じゃなくて! その、今の……!」
「今のって、小エビちゃんがオレに突っ込んできたこと?」
「そうじゃなくて、スカートです!」
声を荒らげるななしをフロイドは面白そうに見上げている。
その大きな手のひらは、まだ彼女の腰に添えられたままだ。
女子の身体を簡単に包み込んでしまうその手に、じわりと力が入る。
「スカートがどしたのぉ? ひらひらしてた?」
「完全に……あの、見えてましたよね!?」
「小エビちゃんが慌てて隠すより、オレが目ぇ凝らす方が早かったかもねぇ?」
「見てるじゃないですか!」
恥ずかしさのあまり、ななしはフロイドの胸を両手で小突いた。
しかし鍛え上げられた胸板はびくともしない。
むしろ触れた手のひらからフロイドの強い体温がじわりと伝わってくる。大きな身体に組み敷かれているような状態に別の緊張が走り出す。
「あはっ! 怒んないでよ。別にオレしか見てないんだからいーじゃん」
「よくないです! よりによって先輩に見られるなんて……」
「よりによってって何、オレじゃ不満?」
フロイドがわざとらしく眉を下げ、拗ねたような口調になる。
「不満とかそういう問題じゃなくて、恥ずかしいんです。とにかく、もう離してください」
「えー、やだ。このままでいーじゃん」
「グリムも捕まえなきゃいけないし、誰かに見られたら……」
「誰も来ないよ、ここ。ほら、静かじゃん」
言われてみれば廊下には二人の呼吸の音しか響いていない。
遠くでグリムの足音が遠ざかっていくのが聞こえるだけだ。
「……っ、でも、早く退かないと、わたし重いですよね」
「全然。小エビちゃん、オレがぎゅーってしたら折れちゃいそう」
腰に回された手のひらに、わずかに力がこもる。
引き寄せられるような感覚にななしの心臓がドクンと大きく跳ねた。
「フロイド先輩、からかわないでください」
「からかってないって。ねえ、さっきのさ」
「さっきの、って……」
身構えるななしにフロイドは顔を近づけた。
至近距離で見つめる彼の大きな双眸は、ななしの動揺をすべて見透かしているかのような圧迫感があった。
「何色だったか、当ててあげよっか?」
「絶対に言わないでください!」
ななしは両手でフロイドの口を塞いだ。
柔らかい唇の感触が手のひらに直接当たり、さらに顔が熱くなる。
フロイドは口を塞がれたまま、目を細めて嬉そうに笑った。
その喉が低く震えるのが手のひらを通じて伝わってくる。
「んー、んー」
「……何ですか?」
「ぷは。喋れないじゃん」
手のひらを退けるとフロイドはペロリと唇を舐めた。
その仕草に、ななしの心臓の奥がピリッと痺れた。
「小エビちゃん、耳まで真っ赤」
「誰のせいだと思っているんですか。本当に、もう意地悪しないでください」
「意地悪してないよ。オレ、ただ本当のこと言おうとしただけだし」
「それが意地悪なんです」
ふい、と顔を背けると、フロイドの長い指先がななしの頬に触れた。
ひんやりとしているようで芯の通った熱を持つ指先が、ゆっくりと輪郭をなぞる。その優しいタッチに身体の力が抜けてしまいそうになる。
「ねえ、こっち向いてよ、小エビちゃん」
「嫌です。どうせまた笑うでしょう」
「笑わないって。ねえ、約束するから」
甘えるような、それでいてどこか拒絶を許さない響きを含んだ声。
ななしは抗いきれず、ゆっくりと視線を戻した。
目の前にあるフロイドの瞳が、いたずらっぽく、けれどどこか熱を帯びた光を湛えてじっとこちらを見つめている。
「……なんですか」
「んー、やっぱり教えない。オレだけの秘密にしとく」
フロイドは満足そうに口角を上げると、ようやく腰に回していた腕の力を緩めた。
「ほら、起き上がっていーよ」
「最初からそうしてください……」
ななしは慌ててフロイドの身体から退き床に膝をついた。
すぐにスカートの裾を引っ張り、不自然なシワを伸ばすように何度も手で擦る。フロイドも上半身をゆっくりと起こし、長い脚を投げ出した状態でななしの様子を眺めていた。
「小エビちゃん、まだ顔赤い」
「……放っておいてください」
立ち上がろうとするななしの前に、フロイドの大きな手が差し出される。
反射的にその手を掴むと、男の子特有の驚くほどの力強さで、一気に引き上げられた。
思わずよろめき、再びフロイドの胸元に顔を埋める形になる。
「っと、危ないねぇ。まだ足元ふらふらじゃん」
「っ、フロイド先輩……!」
「あはっ、ごめんごめん」
フロイドは楽しそうに笑いながらななしの肩を軽く叩いた。
長い腕が肩から離れると、途端にそこだけがひんやりとした。
けれど、一度跳ね上がった心臓はなかなか元に戻ってくれない。
ななしが乱れた制服を必死に整えていると、フロイドがニヤニヤとこちらを覗き込んできた。
「ねえ、小エビちゃん」
「なんですか、もう」
警戒を隠さずに一歩下がると、フロイドは長い身体をゆっくりと揺らしながら距離を詰めてくる。
壁際まで後退したところで彼の大きな身体が目の前を完全に塞いだ。
逃げ道をなくした状態で、フロイドは低く楽しげな声を出す。
「…………白だったね」
言葉の意味が繋がった瞬間、全身から火が出るかと思うほどの熱が押し寄せる。
「なっ……! 言わないって言ったじゃないですか!」
「それは、さっきオレの下にいた時じゃん。もう起き上がったからいーかなって」
「最低です……!」
あまりの恥ずかしさに涙が滲みそうになり、ななしはフロイドを押し退けてその場から走り去ろうとした。
しかし、それを予測していたかのように長い腕が容赦なく壁を突いた。ななしはフロイドの大きな身体と壁の間に完全に閉じ込められた。
「オレ、まだ小エビちゃんと喋りたいんだけど」
「わたしは喋りたくありません!」
「やだ。怒った顔も可愛いから、もっと見てたい」
目の前から注がれる視線が、さっきよりもじっとりと熱を帯びているように感じられる。ななしは息が詰まりそうになり、思わず胸元に両手を当てて押し返そうとした。
「……っ、意地悪しないでください」
「意地悪じゃないってば。小エビちゃんがさぁ、そんなに真っ赤になってオレのこと見るから悪いんじゃん」
フロイドの手が壁から離れ、ななしの手首をそっと掴んだ。
驚くほど大きくて骨張った手のひら。
彼が少し力を込めるだけで、こちらの自由は簡単に奪われてしまう。
掴まれた手首からフロイドの速い脈動が伝わり、二人の激しい鼓動が重なり合っていく。
「フロイド先輩、手、離して……」
「離したら逃げるでしょ」
フロイドの声が一段と低く、耳の奥を震わせるような甘い響きに変わる。
彼はゆっくりと顔を近づけ、ななしの耳元にその唇を寄せた。
「オレさぁ、今のずっと覚えとくね。小エビちゃんのあんな顔、オレしか見てないんだもんね」
「……っ」
耳に触れる彼の吐息が熱い。
激しい心音のせいで、廊下の静寂が嘘のように遠く感じる。
ななしの意識は、目の前にいる彼の体温と手首を掴む圧倒的な質量だけで満たされていた。
「……フロイド先輩、本当に、もうダメです……っ」
声が震えて情けないほど小さな音しか出ない。
胸元に押し当てた自分の両手が、フロイドの制服の生地をぎゅっと掴んでしまう。拒絶したいのに、身体がすくんで彼の胸にすがりつくような形になっていた。
「何がダメなの? 小エビちゃん、声ちっちゃくて聞こえない」
フロイドはわざとらしく首を傾げながら、さらに距離を詰めてくる。
詰まった距離のせいで、フロイドの膝がななしのスカートの裾をわずかに押し上げた。その瞬間、先ほどの恥ずかしい光景が脳裏に蘇り身体が跳ねる。
「ひゃ、っ……!」
「あはっ、可愛い。ここ、すっごいドクドクいってるよ?」
フロイドの空いた手が、ななしの鎖骨にそっと触れた。
薄い制服の布地越しだというのに、彼の大きな手のひらは驚くほど熱い。まるで肌に直接触れられているかのような生々しい感覚に、頭の芯がじわじわと痺れていく。
「ん…………」
「オレのせいでそんなになってんの? ねえ、教えてよ小エビちゃん」
覗き込んでくるフロイドの瞳の奥には、いつもみたいな底知れない無邪気さだけではない、もっと暗く深い情動の渦のようなものがギラリと光っていた。
掴まれた手首がゆっくりと壁に押し付けられる。
視線も身体も完全に逃げ場がない。
彼の大きな身体から発せられる熱と、どこか強引な気配に圧されてななしの目からぽろりと涙がこぼれ落ちた。
「あ……」
フロイドの動きが、ぴたりと止まる。
彼はほんの少しだけ目を見開くと、ハッとしたように手首の力を緩めた。けれど完全に離すことはせず、今度はこぼれた涙の筋を、親指の腹でそっと拭う。
「……泣いちゃった。そんなに嫌だった?」
その声は、さっきまでの意地悪な響きが嘘のように優しく、少しだけ寂しそうだった。
「嫌じゃ、ないです……。でも、フロイド先輩が、からかうから……」
「オレ、からかってないんだけど」
フロイドは小さくため息をつくと、額をななしの肩口にぽすんと預けてきた。高い背中が丸まり、彼の長い髪がななしの首筋にくすぐったく触れる。
「小エビちゃんが可愛いから……、ちょっと意地悪したくなっちゃっただけ」
耳元で彼の低くてくぐもった声が響く。
肩にかかる彼の体重と背中を大きく上下させる呼吸のテンポ。
そのすべてが彼もまた自分と同じように、心臓を激しく脈打たせていることを伝えていた。
