サバナクロー
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カーテンの隙間から差し込む光がベッドの上の気だるい空気を白く染めている。シーツが微かに擦れる音と低く規則正しい呼吸の音だけが、静かな部屋に響いていた。
「……レオナさん、起きてますか」
「あ? 起きてる」
「声、全然起きてないですよ」
「なら話しかけんな」
レオナはそう言いながらも回した腕の力を緩めない。
むしろ逃がさないように引き寄せる力が強くなる。
「ちょっと、苦しいです」
「黙れ。大人しく捕まってろ」
「いつもそうやって、すぐ力ずくにする」
「嫌なら最初からここに来なきゃいいだろ」
ふっと鼻で笑う気配が、すぐ耳元で震えた。
重なり合う肌の体温が、いつもより少しだけ高く部屋を満たしていく。
「レオナさんが呼んだからじゃないですか」
「お前が勝手に迷い込んできたんだろ」
「ひどい。用事があるって言ったのはレオナさんのほうです」
「用事はもう終わったろ」
「……それは、そうですけど」
言い返そうとした言葉が途中で詰まる。
まだ完全に引ききっていない熱が互いの肌の間でじわりと燻っている。
レオナの大きな手が背中をゆっくりとなぞるように上下した。その動きひとつで、意識がまた別の場所へ引っ張られそうになる。
「何だよ。急に静かになりやがって」
「べつに、何でもないです」
「顔が赤いぞ」
「部屋が暑いだけです」
「へえ」
レオナが喉の奥で笑う。
その振動が直接伝わり、互いの距離がさらに縮まる。
「ねえ、レオナさん」
「何だよ」
「お腹、空きませんか」
「……お前、この状況でよくそんなこと言えるな」
「だって、もうお昼過ぎてますよ」
「知るか。俺はまだ眠い」
レオナは大きな身体を少し捻り、完全に抱きつぶすような体勢になる。
「もう、重いです」
「我慢しろ」
「わがままですね、本当に」
「百も承知だ」
悪びれもしない声が頭上から降ってくる。
気怠げで、どこか満たされたような、そんな甘い響きが混ざっている。
「じゃあ、私が何か作ってきましょうか」
「動くな。ここにいろって言ってんだろ」
「でも、このままだと本当に一日が終わっちゃいます」
「それでいい。文句あんのか」
「文句というか、もったいない気がして」
「何がもったいない。これ以上の贅沢がどこにある」
レオナの指先が今度は髪の毛を弄り始めた。
一本一本を確かめるような、丁寧で少しだけ執着を感じさせる手つき。
「レオナさんがそう言うなら、いいですけど」
「最初から大人しくしてりゃいいんだよ」
「……でも、やっぱり少し喉が渇きました」
「……チッ、注文の多い草食動物だな」
レオナは小さく舌打ちをしたが腕の力は緩まない。
代わりに近くのサイドテーブルに置いてあったグラスへ視線を向けた。
「そこにあるだろ」
「あれはさっき、レオナさんが飲んだやつじゃないですか」
「同じだろ。気にするな」
「気にします。新しいの持ってきます」
「動くなって言ってるのが聞こえねえのか」
少しだけ掠れた低音の声。
それは命令というよりも、ただの駄々に近かった。
普段の鋭さは身を潜め完全に牙を抜かれた猛獣の姿がそこにある。
「聞こえてますよ。でも、冷たいのが飲みたいんです」
「……じゃあ、俺が取ってきてやる」
「え、いいんですか」
「ただし」
レオナが不意に顔を近づけてくる。
至近距離で見つめ合えば、自然と視線が泳ぐ。
「戻ってきたら、覚悟しとけよ」
「……何を、ですか」
「決まってんだろ」
耳朶に触れる唇の感触が一瞬だけ、けれど確かに熱を帯びた。
それは穏やかな日常の延長線上にある、静かな終わりの始まりのようだった。
・
重い腰を上げてベッドから出たレオナは、宣言通り冷たい飲み物を用意して戻ってきた。
ひとつのグラスを二人の間に置き、再びシーツの中に滑り込んでくる。
「はい、これで満足だろ」
「ありがとうございます。わざわざ行ってくれるなんて珍しいですね」
「いいから、さっさと飲め」
差し出されたグラスに口をつけ、冷たい液体が喉を潤していく。
それを見届けるとレオナはすぐにグラスを奪い取ってサイドテーブルに戻し、今度は容赦なくその身体を抱きすくめた。
「ちょっと、冷たいです」
「お前が外に行かせたんだろ。責任取れ」
「責任って……」
レオナの鼻先が首筋をゆっくりと這う。
ただ皮膚が擦れ合うだけの動きなのに、そこからじわりと痺れるような熱が広がっていく。
吐息が直接肌に当たり、思わず肩が小さく跳ねた。
「おい、逃げんな」
「逃げてないです。ただ、くすぐったくて」
「嘘つけ。身体が強張ってんぞ」
「それはレオナさんが、急にそんなところを触るからですよ」
大きな手のひらが腰のラインに沿って滑り落ち、そのまま引き寄せる。
隙間なく密着した身体からは互いの心臓の音が重なって聞こえる。
ドクドクと速くなっていく鼓動が、どちらのものなのか判別がつかなくなる。
「触られたくねえのか」
「……そういうわけじゃ、ないですけど」
「じゃあ何だ。嫌なら弾き飛ばしてみろよ」
「そんなことできるわけないって、知ってて言ってますよね」
「あぁ。知ってる」
レオナの声が一段と低くなる。
その瞳に宿る熱が言葉にせずとも空気を甘く歪めていくのがわかる。
ただの気怠い昼下がりだったはずの空間が少しずつ、けれど確実に別の意味を持ち始めていた。
「レオナさん、さっきの約束って……」
「忘れたとは言わせねえぞ」
「でも、まだお昼ですよ」
「時間なんか関係ねえだろ。ここにいる間は俺の好きにさせろ」
髪に指を絡められ軽く上を向かされる。
向けられた視線の強さに息を吸うタイミングを見失いそうになる。
肌と肌が擦れる摩擦さえもが皮膚の内側に熱を蓄積していく。
「覚悟しろって言っただろ」
「……、はい」
「随分と素直だな」
満足げに目を細めたレオナの手が衣服の裾から中へと滑り込んできた。
手のひらの熱が直接触れた瞬間、言葉にならない吐息が漏れる。
日常の穏やかさは、もう完全に熱の中に溶け始めていた。
「……ん、レオナ、さん」
「呼ぶな。余計に離したくなくなるだろ」
「離して、なんて、言ってないです」
「じゃあ、もっと近くに来い」
引き寄せられるままに重なり合うと、互いの呼吸が完全に混ざり合う。
吐き出される息の熱さが唇の距離の近さを物語っていた。
レオナの指先が顎を掬い上げ、逃げ場をなくすように視線を固定する。
その双眸に映る互いの姿だけが、この世界のすべてであるかのように錯覚させる。
「お前、本当に俺を煽るのが上手いな」
「煽ってなんか、いません。レオナさんが、勝手に」
「勝手にか。……まあ、いい。お前がその気なら、徹底的に付き合ってやる」
降ってきた唇は優しさよりも独占欲を孕んで重かった。
何度も角度を変えて重ねられるたびに、頭の芯まで熱が侵食していく。
背中に回された腕は鉄鎖のように強固で微かな抵抗さえも許さない。
しかし、その強引さの中に混ざる壊れ物を扱うかのような微かな躊躇いが内面の甘さを何よりも引き立てていた。
「おい、目を開けろ」
「……むり、です」
「俺を見ろ。他のことなんか考えんじゃねえぞ」
「考えて、ないです。レオナさんのこと、しか」
「へぇ」
満足げな呟きと共に、今度は首筋へ、鎖骨へと、熱い痕跡が刻まれていく。触れられる部位のすべてが、内側から弾けるように熱を帯びていく。
言葉はもう意味をなさなくなっていた。
ただ互いの名前を呼ぶ声と、それに応える掠れた吐息だけが静かに空間を支配していく。
「草食動物のくせに、生意気な身体しやがって」
「……レオナさんが、そうさせたんですよ」
「あぁ。だから、最後まで責任持って可愛がってやるよ」
シーツの海に深く沈み込みながら、互いの存在をこれ以上ないほどに確かめ合う。外の世界がどれだけ動いていようと、この部屋の、この熱の中だけが二人の真実だった。
日常の延長線上にあったはずの時間は、誰にも邪魔できない濃密で甘い時間へと融けていった。
「……レオナさん、起きてますか」
「あ? 起きてる」
「声、全然起きてないですよ」
「なら話しかけんな」
レオナはそう言いながらも回した腕の力を緩めない。
むしろ逃がさないように引き寄せる力が強くなる。
「ちょっと、苦しいです」
「黙れ。大人しく捕まってろ」
「いつもそうやって、すぐ力ずくにする」
「嫌なら最初からここに来なきゃいいだろ」
ふっと鼻で笑う気配が、すぐ耳元で震えた。
重なり合う肌の体温が、いつもより少しだけ高く部屋を満たしていく。
「レオナさんが呼んだからじゃないですか」
「お前が勝手に迷い込んできたんだろ」
「ひどい。用事があるって言ったのはレオナさんのほうです」
「用事はもう終わったろ」
「……それは、そうですけど」
言い返そうとした言葉が途中で詰まる。
まだ完全に引ききっていない熱が互いの肌の間でじわりと燻っている。
レオナの大きな手が背中をゆっくりとなぞるように上下した。その動きひとつで、意識がまた別の場所へ引っ張られそうになる。
「何だよ。急に静かになりやがって」
「べつに、何でもないです」
「顔が赤いぞ」
「部屋が暑いだけです」
「へえ」
レオナが喉の奥で笑う。
その振動が直接伝わり、互いの距離がさらに縮まる。
「ねえ、レオナさん」
「何だよ」
「お腹、空きませんか」
「……お前、この状況でよくそんなこと言えるな」
「だって、もうお昼過ぎてますよ」
「知るか。俺はまだ眠い」
レオナは大きな身体を少し捻り、完全に抱きつぶすような体勢になる。
「もう、重いです」
「我慢しろ」
「わがままですね、本当に」
「百も承知だ」
悪びれもしない声が頭上から降ってくる。
気怠げで、どこか満たされたような、そんな甘い響きが混ざっている。
「じゃあ、私が何か作ってきましょうか」
「動くな。ここにいろって言ってんだろ」
「でも、このままだと本当に一日が終わっちゃいます」
「それでいい。文句あんのか」
「文句というか、もったいない気がして」
「何がもったいない。これ以上の贅沢がどこにある」
レオナの指先が今度は髪の毛を弄り始めた。
一本一本を確かめるような、丁寧で少しだけ執着を感じさせる手つき。
「レオナさんがそう言うなら、いいですけど」
「最初から大人しくしてりゃいいんだよ」
「……でも、やっぱり少し喉が渇きました」
「……チッ、注文の多い草食動物だな」
レオナは小さく舌打ちをしたが腕の力は緩まない。
代わりに近くのサイドテーブルに置いてあったグラスへ視線を向けた。
「そこにあるだろ」
「あれはさっき、レオナさんが飲んだやつじゃないですか」
「同じだろ。気にするな」
「気にします。新しいの持ってきます」
「動くなって言ってるのが聞こえねえのか」
少しだけ掠れた低音の声。
それは命令というよりも、ただの駄々に近かった。
普段の鋭さは身を潜め完全に牙を抜かれた猛獣の姿がそこにある。
「聞こえてますよ。でも、冷たいのが飲みたいんです」
「……じゃあ、俺が取ってきてやる」
「え、いいんですか」
「ただし」
レオナが不意に顔を近づけてくる。
至近距離で見つめ合えば、自然と視線が泳ぐ。
「戻ってきたら、覚悟しとけよ」
「……何を、ですか」
「決まってんだろ」
耳朶に触れる唇の感触が一瞬だけ、けれど確かに熱を帯びた。
それは穏やかな日常の延長線上にある、静かな終わりの始まりのようだった。
・
重い腰を上げてベッドから出たレオナは、宣言通り冷たい飲み物を用意して戻ってきた。
ひとつのグラスを二人の間に置き、再びシーツの中に滑り込んでくる。
「はい、これで満足だろ」
「ありがとうございます。わざわざ行ってくれるなんて珍しいですね」
「いいから、さっさと飲め」
差し出されたグラスに口をつけ、冷たい液体が喉を潤していく。
それを見届けるとレオナはすぐにグラスを奪い取ってサイドテーブルに戻し、今度は容赦なくその身体を抱きすくめた。
「ちょっと、冷たいです」
「お前が外に行かせたんだろ。責任取れ」
「責任って……」
レオナの鼻先が首筋をゆっくりと這う。
ただ皮膚が擦れ合うだけの動きなのに、そこからじわりと痺れるような熱が広がっていく。
吐息が直接肌に当たり、思わず肩が小さく跳ねた。
「おい、逃げんな」
「逃げてないです。ただ、くすぐったくて」
「嘘つけ。身体が強張ってんぞ」
「それはレオナさんが、急にそんなところを触るからですよ」
大きな手のひらが腰のラインに沿って滑り落ち、そのまま引き寄せる。
隙間なく密着した身体からは互いの心臓の音が重なって聞こえる。
ドクドクと速くなっていく鼓動が、どちらのものなのか判別がつかなくなる。
「触られたくねえのか」
「……そういうわけじゃ、ないですけど」
「じゃあ何だ。嫌なら弾き飛ばしてみろよ」
「そんなことできるわけないって、知ってて言ってますよね」
「あぁ。知ってる」
レオナの声が一段と低くなる。
その瞳に宿る熱が言葉にせずとも空気を甘く歪めていくのがわかる。
ただの気怠い昼下がりだったはずの空間が少しずつ、けれど確実に別の意味を持ち始めていた。
「レオナさん、さっきの約束って……」
「忘れたとは言わせねえぞ」
「でも、まだお昼ですよ」
「時間なんか関係ねえだろ。ここにいる間は俺の好きにさせろ」
髪に指を絡められ軽く上を向かされる。
向けられた視線の強さに息を吸うタイミングを見失いそうになる。
肌と肌が擦れる摩擦さえもが皮膚の内側に熱を蓄積していく。
「覚悟しろって言っただろ」
「……、はい」
「随分と素直だな」
満足げに目を細めたレオナの手が衣服の裾から中へと滑り込んできた。
手のひらの熱が直接触れた瞬間、言葉にならない吐息が漏れる。
日常の穏やかさは、もう完全に熱の中に溶け始めていた。
「……ん、レオナ、さん」
「呼ぶな。余計に離したくなくなるだろ」
「離して、なんて、言ってないです」
「じゃあ、もっと近くに来い」
引き寄せられるままに重なり合うと、互いの呼吸が完全に混ざり合う。
吐き出される息の熱さが唇の距離の近さを物語っていた。
レオナの指先が顎を掬い上げ、逃げ場をなくすように視線を固定する。
その双眸に映る互いの姿だけが、この世界のすべてであるかのように錯覚させる。
「お前、本当に俺を煽るのが上手いな」
「煽ってなんか、いません。レオナさんが、勝手に」
「勝手にか。……まあ、いい。お前がその気なら、徹底的に付き合ってやる」
降ってきた唇は優しさよりも独占欲を孕んで重かった。
何度も角度を変えて重ねられるたびに、頭の芯まで熱が侵食していく。
背中に回された腕は鉄鎖のように強固で微かな抵抗さえも許さない。
しかし、その強引さの中に混ざる壊れ物を扱うかのような微かな躊躇いが内面の甘さを何よりも引き立てていた。
「おい、目を開けろ」
「……むり、です」
「俺を見ろ。他のことなんか考えんじゃねえぞ」
「考えて、ないです。レオナさんのこと、しか」
「へぇ」
満足げな呟きと共に、今度は首筋へ、鎖骨へと、熱い痕跡が刻まれていく。触れられる部位のすべてが、内側から弾けるように熱を帯びていく。
言葉はもう意味をなさなくなっていた。
ただ互いの名前を呼ぶ声と、それに応える掠れた吐息だけが静かに空間を支配していく。
「草食動物のくせに、生意気な身体しやがって」
「……レオナさんが、そうさせたんですよ」
「あぁ。だから、最後まで責任持って可愛がってやるよ」
シーツの海に深く沈み込みながら、互いの存在をこれ以上ないほどに確かめ合う。外の世界がどれだけ動いていようと、この部屋の、この熱の中だけが二人の真実だった。
日常の延長線上にあったはずの時間は、誰にも邪魔できない濃密で甘い時間へと融けていった。
