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放課後の廊下は西日のせいで妙に赤かった。
窓の外から聞こえる運動部の声も、どこか遠くの出来事のように廊下の奥へと滑り落ちていく。
長い影が二つ床に伸びていた。
そのうちの一つ、背の高い方の影がもう一つの影に重なる。
「ねえ、小エビちゃん」
振り返ったフロイドの口元には緩やかな笑みが浮かんでいる。
「なんですか、フロイド先輩」
「なんかさあ、今日の小エビちゃん、ちっちゃくない?」
「いつもと同じですよ。先輩が大きすぎるだけです」
「えー、そうかなあ。なんか縮んだ気がする。ほら」
ぐい、と顔が近づく。
二人の距離が急速に縮まり、フロイドの身体がななしの視界の大半を遮る形になる。
「……近いです」
「いーじゃん。減るもんじゃないし」
フロイドはひらひらと大きな手を振った。
その指先が一瞬だけななしの髪をかすめるように動く。けれど、触れるか触れないかの位置で手は器用に引っ込められた。
「これから寮に帰るの?」
「はい。今日の分の課題は終わらせたので」
「ふーん。つまんないの」
不満げに唇を尖らせる姿は、子どものようでもあり、同時に独特の威圧感がある。その気まぐれな視線は、まっすぐにななしの姿を捉えて離さない。
「先輩は、部活に行かなくていいんですか」
「めんどくさいからサボり」
「ジャミル先輩に怒られますよ」
「だからこうして、小エビちゃん捕まえて逃げてんじゃん」
歩く速度は緩やかだが、フロイドの長い歩幅に合わせるため、隣の足取りは少し慌ただしくなる。
並んで歩く通路、すれ違う生徒たちが、一瞬だけ足を止めて二人を振り返り、それから足早に通り過ぎていった。
「……あの、どこまでついてくるんですか」
「どこまでも」
迷いのない声が響く。
冗談のようでありながら、その響きの底には妙に重い響きが含まれていた。
「オンボロ寮にきても、何もないですよ」
「別に何もいらない。小エビちゃんがいれば、それでいーし」
「そういう冗談は、他の人に言ってください」
「冗談に見える?」
立ち止まったフロイドの足元に長い影が静止する。
釣られてななしの足も止まった。
上から見下ろすフロイドの視線はななしの顔の輪郭をなぞるように、じっと動かない。
「オレ、嘘ついてないよ」
「……」
「小エビちゃんってさあ、たまにそういう顔するよね。オレのこと、全然信じてない顔」
「信じてないわけでは、ありませんけど」
「じゃあ、信じてる?」
一歩、距離が詰まる。
放課後の廊下に制服の擦れる音が小さく響いた。
フロイドの周囲にある空気が、じわりと熱を帯びてその場に満ちていく。
「……信じてますよ。先輩が、気まぐれだっていうことは」
少しだけ声を張ったななしが、一歩後ろに下がる。
フロイドはそれを見て一瞬だけ意外そうに目を見開いた。
だが、すぐにいつもの、いたずらを思いついたかのような笑みに戻る。
「あはっ、やっぱり小エビちゃんはおもしろい。ねえ、もっと近くにきてよ」
「嫌です。これ以上近づいたら、歩きにくいですから」
「ケチ。ちょっとくらい、いーじゃん」
「ちょっとくらい、って……」
「オレが今、どれくらい小エビちゃんのこと、ぎゅーってしたいか分かってないでしょ」
表情は明るく声も弾んでいる。
けれど言葉の裏にある熱量は、確実に温度を上げていた。
夕暮れの光がフロイドの前髪を透かして、その奥にある目を奇妙に際立たせる。
「先輩、冗談がすぎます」
「だから、冗談じゃないって言ってるのに」
フロイドの手が今度は躊躇なく伸びた。
長い指先がななしの制服を、布越しにほんの少しだけ強く掴む。
引き寄せはしない。ただ、そこに固定するようにして動きを止めた。
「小エビちゃん、やっぱり今日、なんか変」
「変なのは、先輩の方です」
「オレ? オレはいつも通りだよ。いつでも、小エビちゃんのこと見てるもん」
その声が静かな廊下に生々しく響く。
夕闇が少しずつ廊下の端から忍び寄っていた。
二人の影は、いつの間にか完全に一つの大きな影になって、床に深く張り付いている。
「……あの、フロイド先輩。そろそろ離してください」
「やだ。離したら、小エビちゃんどっか行っちゃうじゃん」
「行きません。寮に帰るだけです」
「それが嫌。オレのいないところに帰るの、なんか気に入らない」
フロイドの口調は駄々をこねる幼い子どものそれと同じだった。
だが、肩にかかる力は到底子どものそれではない。
骨の輪郭を確かめるように、長い指がわずかに位置をずらし鎖骨の近くへと滑り落ちる。
「先輩、痛いです」
「そんな力入れてないもん。ねえ、本当に痛い?」
覗き込んでくる顔が、さらに数センチ近づいた。
フロイドの吐き出す息がななしの額や頬に直接かかる。
それはひどく熱く、放課後の冷え始めた廊下の中で、そこだけが別の空間のようになっていく。
「でも、おかしな感じがします」
「おかしな感じって、どんなの。オレと同じ?」
「同じって、何がですか」
「なんかさあ、胸のここらへんが、ぎゅーってなって、熱くてイライラする」
フロイドは空いた手で自分の胸元を乱暴に掴んで見せた。
シャツの襟元が歪み、喉仏が大きく上下に動く。
その目は笑っていない。
楽しげに弾んでいた声は影を潜め、低く地を這うような響きに変わっている。
「今さあ、小エビちゃんのこと、どうしちゃいたいか自分でもよく分かんないんだよね」
「……フロイド先輩」
「名前呼ばれると、もっと変になる。ねえ、もう一回言って」
「……嫌です」
「言ってよ。小エビちゃんの声、よく響くから好き」
フロイドは手を伸ばし、今度はななしの頬に触れた。
大きな手のひらが顔の半分を覆うようにして包み込む。
親指の腹が拒む間もなく唇の端をゆっくりと、強くなぞった。
肌と肌が擦れる生々しい音が静まり返った空間に小さく弾ける。
「ほら、やっぱりここも熱いじゃん。オレのせい?」
「先輩が、変なことばかり言うから」
「変なことじゃないよ。オレ今、すっごい真面目」
掴まれた肩と包まれた頬。
二つの接点からフロイドの持つ圧倒的な熱量が、じわじわと身体の内側へ染み込んでいく。
それは感覚を狂わせるような、深く逃げ場のない熱だった。
視界のすべてがフロイドの胸元と、その奥にある視線だけで満たされていく。
「小エビちゃんさあ、オレから逃げられると思ってんの?」
「思っていません。先輩の方が、ずっと速いですから」
「分かってんじゃん。オレがその気になったら、どこにいたって捕まえるからね」
頬を撫でる指の動きが、次第にねっとりとした粘り気を帯びていく。
フロイドの身体がさらに一歩、隙間を無くすように踏み込んできた。
背後の壁に背中が触れる。
完全に逃げ道を塞がれたその狭い空間で、二人の呼吸の音だけが不規則に重なり合っていた。
壁とフロイドの身体に挟まれた空間は、完全に外の世界から切り離されていた。
窓の外はすでに夜の帳が下り、紫色の闇が廊下を塗りつぶしている。
逃げ場のない狭闇の中で、互いの吐息だけが驚くほど濃密に空間を支配していた。
「ねえ、小エビちゃん」
地を這うような低い声が至近距離で鼓膜を震わせる。
頬を包んでいたフロイドの手は、いつの間にか顎のラインを厳かになぞり首筋へと滑り落ちていた。
長い指先が脈打つ頸動脈の真上でピタリと止まる。
ドクドクと刻まれる一定の律動が、彼の指先を通じてそのままフロイドへと伝わっていく。
「……なんですか」
「すっごい速い。ここ、ドクドクいってる」
「先輩が、離してくれないからです」
「ふーん。オレのせいで、そんなにドクドクしてんだ」
嬉しそうに目を細めるフロイドの顔には、嗜虐的でありながらも狂おしいほどの執着が滲んでいた。
首筋に添えられた指先に、わずかに力がこもる。絞め殺すような強さではない。しかし拒絶を一切許さない、絶対的な捕食者の力加減だった。
「オレさあ、アズールたちに、最近なんかおかしいって言われるわけ」
「……何が、ですか」
「小エビちゃんのこと見てるとき、オレ、すっごい変な顔してるんだって」
フロイドはふっと自嘲気味に笑った。
その笑い声は、どこか切迫した熱を孕んでいる。
首筋から移動した手が、今度はななしの後頭部を包み込み引き寄せるようにして、さらに顔を近づけた。もう互いの唇が触れ合うほどの距離しか残されていない。
「自分でもさあ、ちょっとおかしいと思うんだよね。だって、こうして触ってても全然足りないんだもん」
「……」
「もっとぎゅーって抱きしめたら、オレの中に小エビちゃんが入ってくんのかな」
フロイドの大きな身体から立ち上る圧倒的な気配が、肌の隙間という隙間から容赦なく内側へと染み込んでいく。
頭の芯がその容赦のない熱に当てられて、じわじわと痺れていくような錯覚さえ覚える。思考を放棄したくなるほどの、深く濃い独占欲の渦だった。
「先輩、息が、苦しいです」
「んー……じゃあ、オレの息あげる」
言葉が終わるか終わらないかのうちに、フロイドの唇がななしの唇を完全に塞いだ。
それは優しさとは程遠い、互いの存在を確かめ合うような深い口づけだった。
押し付けられる唇の熱さが、ダイレクトに脳へと突き抜けていく。
フロイドの手が、背中を、腰を、壊れ物を扱うようでいて同時に貪り尽くすような強さで抱きすくめてきた。
完全に自由を奪われた世界の中で、ただ彼の熱だけが全てを支配している。
どれほどの時間が経ったのか、それともほんの一瞬の出来事だったのか。
ゆっくりと唇が離されたとき、フロイドは満足そうに小さく笑った。
「あは。小エビちゃん、オレの味、した?」
見上げる視線の先、フロイドの瞳は暗闇の中でも恐ろしいほどに爛々と輝いている。
その腕の力は、少しも緩まる気配を見せない。
引き返せない深海へと、二人の影はどこまでも深く沈んでいく。
窓の外から聞こえる運動部の声も、どこか遠くの出来事のように廊下の奥へと滑り落ちていく。
長い影が二つ床に伸びていた。
そのうちの一つ、背の高い方の影がもう一つの影に重なる。
「ねえ、小エビちゃん」
振り返ったフロイドの口元には緩やかな笑みが浮かんでいる。
「なんですか、フロイド先輩」
「なんかさあ、今日の小エビちゃん、ちっちゃくない?」
「いつもと同じですよ。先輩が大きすぎるだけです」
「えー、そうかなあ。なんか縮んだ気がする。ほら」
ぐい、と顔が近づく。
二人の距離が急速に縮まり、フロイドの身体がななしの視界の大半を遮る形になる。
「……近いです」
「いーじゃん。減るもんじゃないし」
フロイドはひらひらと大きな手を振った。
その指先が一瞬だけななしの髪をかすめるように動く。けれど、触れるか触れないかの位置で手は器用に引っ込められた。
「これから寮に帰るの?」
「はい。今日の分の課題は終わらせたので」
「ふーん。つまんないの」
不満げに唇を尖らせる姿は、子どものようでもあり、同時に独特の威圧感がある。その気まぐれな視線は、まっすぐにななしの姿を捉えて離さない。
「先輩は、部活に行かなくていいんですか」
「めんどくさいからサボり」
「ジャミル先輩に怒られますよ」
「だからこうして、小エビちゃん捕まえて逃げてんじゃん」
歩く速度は緩やかだが、フロイドの長い歩幅に合わせるため、隣の足取りは少し慌ただしくなる。
並んで歩く通路、すれ違う生徒たちが、一瞬だけ足を止めて二人を振り返り、それから足早に通り過ぎていった。
「……あの、どこまでついてくるんですか」
「どこまでも」
迷いのない声が響く。
冗談のようでありながら、その響きの底には妙に重い響きが含まれていた。
「オンボロ寮にきても、何もないですよ」
「別に何もいらない。小エビちゃんがいれば、それでいーし」
「そういう冗談は、他の人に言ってください」
「冗談に見える?」
立ち止まったフロイドの足元に長い影が静止する。
釣られてななしの足も止まった。
上から見下ろすフロイドの視線はななしの顔の輪郭をなぞるように、じっと動かない。
「オレ、嘘ついてないよ」
「……」
「小エビちゃんってさあ、たまにそういう顔するよね。オレのこと、全然信じてない顔」
「信じてないわけでは、ありませんけど」
「じゃあ、信じてる?」
一歩、距離が詰まる。
放課後の廊下に制服の擦れる音が小さく響いた。
フロイドの周囲にある空気が、じわりと熱を帯びてその場に満ちていく。
「……信じてますよ。先輩が、気まぐれだっていうことは」
少しだけ声を張ったななしが、一歩後ろに下がる。
フロイドはそれを見て一瞬だけ意外そうに目を見開いた。
だが、すぐにいつもの、いたずらを思いついたかのような笑みに戻る。
「あはっ、やっぱり小エビちゃんはおもしろい。ねえ、もっと近くにきてよ」
「嫌です。これ以上近づいたら、歩きにくいですから」
「ケチ。ちょっとくらい、いーじゃん」
「ちょっとくらい、って……」
「オレが今、どれくらい小エビちゃんのこと、ぎゅーってしたいか分かってないでしょ」
表情は明るく声も弾んでいる。
けれど言葉の裏にある熱量は、確実に温度を上げていた。
夕暮れの光がフロイドの前髪を透かして、その奥にある目を奇妙に際立たせる。
「先輩、冗談がすぎます」
「だから、冗談じゃないって言ってるのに」
フロイドの手が今度は躊躇なく伸びた。
長い指先がななしの制服を、布越しにほんの少しだけ強く掴む。
引き寄せはしない。ただ、そこに固定するようにして動きを止めた。
「小エビちゃん、やっぱり今日、なんか変」
「変なのは、先輩の方です」
「オレ? オレはいつも通りだよ。いつでも、小エビちゃんのこと見てるもん」
その声が静かな廊下に生々しく響く。
夕闇が少しずつ廊下の端から忍び寄っていた。
二人の影は、いつの間にか完全に一つの大きな影になって、床に深く張り付いている。
「……あの、フロイド先輩。そろそろ離してください」
「やだ。離したら、小エビちゃんどっか行っちゃうじゃん」
「行きません。寮に帰るだけです」
「それが嫌。オレのいないところに帰るの、なんか気に入らない」
フロイドの口調は駄々をこねる幼い子どものそれと同じだった。
だが、肩にかかる力は到底子どものそれではない。
骨の輪郭を確かめるように、長い指がわずかに位置をずらし鎖骨の近くへと滑り落ちる。
「先輩、痛いです」
「そんな力入れてないもん。ねえ、本当に痛い?」
覗き込んでくる顔が、さらに数センチ近づいた。
フロイドの吐き出す息がななしの額や頬に直接かかる。
それはひどく熱く、放課後の冷え始めた廊下の中で、そこだけが別の空間のようになっていく。
「でも、おかしな感じがします」
「おかしな感じって、どんなの。オレと同じ?」
「同じって、何がですか」
「なんかさあ、胸のここらへんが、ぎゅーってなって、熱くてイライラする」
フロイドは空いた手で自分の胸元を乱暴に掴んで見せた。
シャツの襟元が歪み、喉仏が大きく上下に動く。
その目は笑っていない。
楽しげに弾んでいた声は影を潜め、低く地を這うような響きに変わっている。
「今さあ、小エビちゃんのこと、どうしちゃいたいか自分でもよく分かんないんだよね」
「……フロイド先輩」
「名前呼ばれると、もっと変になる。ねえ、もう一回言って」
「……嫌です」
「言ってよ。小エビちゃんの声、よく響くから好き」
フロイドは手を伸ばし、今度はななしの頬に触れた。
大きな手のひらが顔の半分を覆うようにして包み込む。
親指の腹が拒む間もなく唇の端をゆっくりと、強くなぞった。
肌と肌が擦れる生々しい音が静まり返った空間に小さく弾ける。
「ほら、やっぱりここも熱いじゃん。オレのせい?」
「先輩が、変なことばかり言うから」
「変なことじゃないよ。オレ今、すっごい真面目」
掴まれた肩と包まれた頬。
二つの接点からフロイドの持つ圧倒的な熱量が、じわじわと身体の内側へ染み込んでいく。
それは感覚を狂わせるような、深く逃げ場のない熱だった。
視界のすべてがフロイドの胸元と、その奥にある視線だけで満たされていく。
「小エビちゃんさあ、オレから逃げられると思ってんの?」
「思っていません。先輩の方が、ずっと速いですから」
「分かってんじゃん。オレがその気になったら、どこにいたって捕まえるからね」
頬を撫でる指の動きが、次第にねっとりとした粘り気を帯びていく。
フロイドの身体がさらに一歩、隙間を無くすように踏み込んできた。
背後の壁に背中が触れる。
完全に逃げ道を塞がれたその狭い空間で、二人の呼吸の音だけが不規則に重なり合っていた。
壁とフロイドの身体に挟まれた空間は、完全に外の世界から切り離されていた。
窓の外はすでに夜の帳が下り、紫色の闇が廊下を塗りつぶしている。
逃げ場のない狭闇の中で、互いの吐息だけが驚くほど濃密に空間を支配していた。
「ねえ、小エビちゃん」
地を這うような低い声が至近距離で鼓膜を震わせる。
頬を包んでいたフロイドの手は、いつの間にか顎のラインを厳かになぞり首筋へと滑り落ちていた。
長い指先が脈打つ頸動脈の真上でピタリと止まる。
ドクドクと刻まれる一定の律動が、彼の指先を通じてそのままフロイドへと伝わっていく。
「……なんですか」
「すっごい速い。ここ、ドクドクいってる」
「先輩が、離してくれないからです」
「ふーん。オレのせいで、そんなにドクドクしてんだ」
嬉しそうに目を細めるフロイドの顔には、嗜虐的でありながらも狂おしいほどの執着が滲んでいた。
首筋に添えられた指先に、わずかに力がこもる。絞め殺すような強さではない。しかし拒絶を一切許さない、絶対的な捕食者の力加減だった。
「オレさあ、アズールたちに、最近なんかおかしいって言われるわけ」
「……何が、ですか」
「小エビちゃんのこと見てるとき、オレ、すっごい変な顔してるんだって」
フロイドはふっと自嘲気味に笑った。
その笑い声は、どこか切迫した熱を孕んでいる。
首筋から移動した手が、今度はななしの後頭部を包み込み引き寄せるようにして、さらに顔を近づけた。もう互いの唇が触れ合うほどの距離しか残されていない。
「自分でもさあ、ちょっとおかしいと思うんだよね。だって、こうして触ってても全然足りないんだもん」
「……」
「もっとぎゅーって抱きしめたら、オレの中に小エビちゃんが入ってくんのかな」
フロイドの大きな身体から立ち上る圧倒的な気配が、肌の隙間という隙間から容赦なく内側へと染み込んでいく。
頭の芯がその容赦のない熱に当てられて、じわじわと痺れていくような錯覚さえ覚える。思考を放棄したくなるほどの、深く濃い独占欲の渦だった。
「先輩、息が、苦しいです」
「んー……じゃあ、オレの息あげる」
言葉が終わるか終わらないかのうちに、フロイドの唇がななしの唇を完全に塞いだ。
それは優しさとは程遠い、互いの存在を確かめ合うような深い口づけだった。
押し付けられる唇の熱さが、ダイレクトに脳へと突き抜けていく。
フロイドの手が、背中を、腰を、壊れ物を扱うようでいて同時に貪り尽くすような強さで抱きすくめてきた。
完全に自由を奪われた世界の中で、ただ彼の熱だけが全てを支配している。
どれほどの時間が経ったのか、それともほんの一瞬の出来事だったのか。
ゆっくりと唇が離されたとき、フロイドは満足そうに小さく笑った。
「あは。小エビちゃん、オレの味、した?」
見上げる視線の先、フロイドの瞳は暗闇の中でも恐ろしいほどに爛々と輝いている。
その腕の力は、少しも緩まる気配を見せない。
引き返せない深海へと、二人の影はどこまでも深く沈んでいく。
