ポムフィオーレ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「ななし、そこ、少し姿勢が崩れているわ。背筋を伸ばしなさい」
放課後の静かな空間にヴィルの凛とした声が響く。
手元で資料を整理していたななしは弾かれたように背を伸ばした。
「すみません、ヴィル先輩。少し集中が切れてしまって」
「言い訳はいらないわ。美しさは細部に宿るものよ。アンタがそんな姿勢だと、この部屋の空気まで澱んで見えるわ」
ヴィルは手にした手鏡を机に置きななしの元へと歩み寄る。一歩ごとに彼が纏う洗練された香気が空間に微かに広がった。それは特定の何かを連想させるものではなく、ただ圧倒的な清潔感と気品を宿した彼そのものの匂いだった。
「ほら、顎を引いて。視線はまっすぐ前よ」
ヴィルの指先がななしの顎にそっと触れる。手袋越しではない素肌の温度が驚くほど心地よく伝わってきた。ななしの身体が僅かに強張る。
「……はい」
「返事はいいけれど、まだ肩に力が入っているわね」
ヴィルはふっと息を漏らしななしの肩を上から軽く押さえた。彼の長い指先が制服の生地越しに骨のラインをなぞる。その瞳がななしの顔をじっと見つめた。色彩の鮮やかさを超えた全てを見透かすような強い光を宿した眼差しだった。
「そんなに緊張しなくていいわ。アタシはアンタを仕留めようとしているわけじゃないのだから」
「わかっています。でもヴィル先輩が近くにいると、どうしても緊張してしまって」
ななしが正直に告白すると、ヴィルは端正な唇の端を僅かに釣り上げた。その笑みはどこか楽しげで同時にひどく妖艶だった。
「ふん、少しは自覚があるようね。でも、その緊張を美しさに変えられなければアタシの前に立つ資格はないわ」
「厳しいですね。でも頑張ります」
「言葉だけなら誰でも言えるわ。結果で示しなさい」
ヴィルはななしの肩からゆっくりと手を離し元の位置へと戻っていった。遮るもののなくなった空間に先ほどよりも少しだけ濃くなった彼の気配が残されている。
◇
「今日の作業はここまでにするわ。アンタ、これからどうするの?」
机の上の資料をまとめながらヴィルが問いかける。
「このまま寮に戻る予定です。少し片付けをしなければいけなくて」
「あそこは古いから埃が立ちやすいでしょう。肌の手入れは怠らないことよ。特に今の季節は乾燥しやすいのだから」
「気をつけてはいるんですけど、なかなか先輩のようにはいきません」
ななしが苦笑すると、ヴィルは自分の荷物をまとめながらこちらの様子を伺うように視線を向けた。
「当然よ。アタシがどれだけの努力を重ねていると思っているの? でも、アンタも素材は悪くないのだから磨き方次第よ」
「ヴィル先輩にそう言ってもらえると少し自信が出ます」
「買い被らないで。まだ合格点を出したわけじゃないわ。ただ可能性を否定していないだけ」
ヴィルは扉の方へと歩き出す。
その背中はどこから見ても隙がない。
「さあ、行くわよ。途中まで一緒に歩いてあげるわ」
「あ、はい。今行きます」
ななしは急いで荷物をまとめヴィルの後を追った。廊下に出ると夕暮れの赤い光が窓から差し込み、二人の影を長く床に引き延ばしている。
「最近、変な噂を聞いたわ」
歩きながらヴィルが前を向いたまま口を開いた。
「噂、ですか?」
「ええ。この近くの森で、妙に綺麗な林檎を見かけたっていう生徒がいるのよ。時期外れもいいところなのに赤々とした実をつけているらしいわ」
「それは不思議ですね。誰かが植えたものでしょうか」
「さあね。でも、出所がわからないものを安易に口にするほどアタシは愚かじゃないわ。アンタも、もし見かけても絶対に触るんじゃないわよ」
ヴィルの声にはいつになく冷徹な響きが含まれていた。まるでその林檎の存在自体が彼の美意識に対する挑戦であるかのように。
「わかりました」
「よろしい。綺麗なものには大抵、相応の毒があるものよ。アタシのようにね」
ヴィルは立ち止まり、振り返ってななしを見つめた。
夕日の赤が彼の輪郭を形作る髪や肌を妖しく照らし出している。その瞳の奥に言葉にはできない深い感情が揺らめいているように見えた。
「毒、ですか」
「そうよ。アンタはその毒に耐えられるかしら?」
悪戯っぽく、しかし真剣さを孕んだ問いかけにななしは言葉を詰まらせた。ヴィルの纏う空気が先ほどよりも確実に変化している。それは境界線をそっと越えてくるような静かで確実な兆しだった。
「……試してみますか?」
ななしが小さく答えると、ヴィルは一瞬だけ目を見張り、すぐに満足そうな笑みを浮かべた。
「ふふ、面白いことを言うじゃない。いいわ、その覚悟これからじっくり見せてもらうことにするわ」
二人の距離はまだ触れ合わない。
けれど差し込む夕光の中で互いの存在は確かに互いの領域へと染み込み始めていた。
放課後の静かな空間にヴィルの凛とした声が響く。
手元で資料を整理していたななしは弾かれたように背を伸ばした。
「すみません、ヴィル先輩。少し集中が切れてしまって」
「言い訳はいらないわ。美しさは細部に宿るものよ。アンタがそんな姿勢だと、この部屋の空気まで澱んで見えるわ」
ヴィルは手にした手鏡を机に置きななしの元へと歩み寄る。一歩ごとに彼が纏う洗練された香気が空間に微かに広がった。それは特定の何かを連想させるものではなく、ただ圧倒的な清潔感と気品を宿した彼そのものの匂いだった。
「ほら、顎を引いて。視線はまっすぐ前よ」
ヴィルの指先がななしの顎にそっと触れる。手袋越しではない素肌の温度が驚くほど心地よく伝わってきた。ななしの身体が僅かに強張る。
「……はい」
「返事はいいけれど、まだ肩に力が入っているわね」
ヴィルはふっと息を漏らしななしの肩を上から軽く押さえた。彼の長い指先が制服の生地越しに骨のラインをなぞる。その瞳がななしの顔をじっと見つめた。色彩の鮮やかさを超えた全てを見透かすような強い光を宿した眼差しだった。
「そんなに緊張しなくていいわ。アタシはアンタを仕留めようとしているわけじゃないのだから」
「わかっています。でもヴィル先輩が近くにいると、どうしても緊張してしまって」
ななしが正直に告白すると、ヴィルは端正な唇の端を僅かに釣り上げた。その笑みはどこか楽しげで同時にひどく妖艶だった。
「ふん、少しは自覚があるようね。でも、その緊張を美しさに変えられなければアタシの前に立つ資格はないわ」
「厳しいですね。でも頑張ります」
「言葉だけなら誰でも言えるわ。結果で示しなさい」
ヴィルはななしの肩からゆっくりと手を離し元の位置へと戻っていった。遮るもののなくなった空間に先ほどよりも少しだけ濃くなった彼の気配が残されている。
◇
「今日の作業はここまでにするわ。アンタ、これからどうするの?」
机の上の資料をまとめながらヴィルが問いかける。
「このまま寮に戻る予定です。少し片付けをしなければいけなくて」
「あそこは古いから埃が立ちやすいでしょう。肌の手入れは怠らないことよ。特に今の季節は乾燥しやすいのだから」
「気をつけてはいるんですけど、なかなか先輩のようにはいきません」
ななしが苦笑すると、ヴィルは自分の荷物をまとめながらこちらの様子を伺うように視線を向けた。
「当然よ。アタシがどれだけの努力を重ねていると思っているの? でも、アンタも素材は悪くないのだから磨き方次第よ」
「ヴィル先輩にそう言ってもらえると少し自信が出ます」
「買い被らないで。まだ合格点を出したわけじゃないわ。ただ可能性を否定していないだけ」
ヴィルは扉の方へと歩き出す。
その背中はどこから見ても隙がない。
「さあ、行くわよ。途中まで一緒に歩いてあげるわ」
「あ、はい。今行きます」
ななしは急いで荷物をまとめヴィルの後を追った。廊下に出ると夕暮れの赤い光が窓から差し込み、二人の影を長く床に引き延ばしている。
「最近、変な噂を聞いたわ」
歩きながらヴィルが前を向いたまま口を開いた。
「噂、ですか?」
「ええ。この近くの森で、妙に綺麗な林檎を見かけたっていう生徒がいるのよ。時期外れもいいところなのに赤々とした実をつけているらしいわ」
「それは不思議ですね。誰かが植えたものでしょうか」
「さあね。でも、出所がわからないものを安易に口にするほどアタシは愚かじゃないわ。アンタも、もし見かけても絶対に触るんじゃないわよ」
ヴィルの声にはいつになく冷徹な響きが含まれていた。まるでその林檎の存在自体が彼の美意識に対する挑戦であるかのように。
「わかりました」
「よろしい。綺麗なものには大抵、相応の毒があるものよ。アタシのようにね」
ヴィルは立ち止まり、振り返ってななしを見つめた。
夕日の赤が彼の輪郭を形作る髪や肌を妖しく照らし出している。その瞳の奥に言葉にはできない深い感情が揺らめいているように見えた。
「毒、ですか」
「そうよ。アンタはその毒に耐えられるかしら?」
悪戯っぽく、しかし真剣さを孕んだ問いかけにななしは言葉を詰まらせた。ヴィルの纏う空気が先ほどよりも確実に変化している。それは境界線をそっと越えてくるような静かで確実な兆しだった。
「……試してみますか?」
ななしが小さく答えると、ヴィルは一瞬だけ目を見張り、すぐに満足そうな笑みを浮かべた。
「ふふ、面白いことを言うじゃない。いいわ、その覚悟これからじっくり見せてもらうことにするわ」
二人の距離はまだ触れ合わない。
けれど差し込む夕光の中で互いの存在は確かに互いの領域へと染み込み始めていた。
