イグニハイド
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「あの、イデア先輩。そろそろ画面から目を離してくれてもいいんじゃないでしょうか」
「無理無理無理。今これ運命を背負った大事なレイド戦だから。拙者が一瞬でも外したら全滅ルートまっしぐら。はい、そこ右から範囲攻撃くるから避けて! あーもう野良のヒーラー何やってんの!?」
薄暗い部屋の中にモニターが放つ青白い光が揺れている。
電子音と激しいキーボードの打鍵音だけが響くその空間で、ベッドの端に腰掛けたななしは椅子に背を向けたままの恋人を見つめた。
「もう一時間も同じこと言ってますよ。チャットのキーボード叩く速度でわたしとも会話してください」
「これでも人類最高峰のマルチタスクを発揮してななし氏の相手をしてるつもりなんですけど!? ていうか何で拙者の部屋のベッドでそんなに寛いでるわけ? 距離感のバグ。完全にバグ。陽キャの距離感マジで理解不能すぎてサーバー落ちそう」
「だって部屋に入っていいって言ったのは先輩ですよね。付き合ってるんですから、これくらい普通です」
「それは、どうしてもって言うなら部屋の隅で空気になってるなら可っていう意味であって、そんな至近距離でエンカウントしていいとは言ってない! あ、クソ、ボスが第二形態に移行した!」
ななしはため息をつきベッドから立ち上がった。
足音を忍ばせて椅子の後ろへと回り込むと、イデアの肩が集中と緊張でわずかに強張っているのが見えた。
「じゃあ、こうすれば目に入りますか?」
背後から回り込みイデアの首元に顔を近づける。
ふわりとシャンプーとも機械の熱ともつかない、イデア特有の匂いが鼻腔をくすぐった。
「ヒッ!? な、なに、何これ!? ちょ、ななし氏、顔が、顔が近い! 画面が見えない、っていうか拙者のライフが削れる!」
「ゲームの画面じゃなくて、こっち見てください」
「見るわけないでしょ、こんな至近距離で三次元の美少女……じゃなくて、ななし氏の顔なんて見たら拙者の脳内メモリがオーバーフローして爆発するわ! ちょ、待って、動かないで! 本当に死ぬ、拙者が死ぬ!」
イデアの髪が動揺を示すように一瞬だけ勢いを増す。しかしその手元は驚くべきことに、まだ正確にキーボードとマウスを操作し続けていた。
「そこまでしてゲームを優先する執念、逆に尊敬します」
「これがプロのネトゲ廃人、じゃなくてトッププレイヤーの矜持だから。ほら、もうすぐ終わるから! このフェーズ超えたらマジで一息つけるから、ちょっとだけ離れて! お願いだから!」
「じゃあ、終わったらちゃんと構ってくれますか?」
「善処する! 拙者のライフが残ってたら善処するから!」
ななしは少しだけ満足して素直に体を離した。イデアは盛大にホッとした息を吐き出し、猛烈な勢いで最後のラッシュをかけ始める。
その背中は相変わらず猫背で頼りなく見える。
だが付き合い始めてから、この狭く暗い部屋がななしにとっても少しずつ特別な場所に変わりつつあった。
◇
数分後、ゲーム内から派手なクリアファンファーレが鳴り響いた。
イデアはキーボードの上に突っ伏し長い溜め息を漏らす。
「終わった……。マジで命の危機を感じたレイドだったわ……。主に背後からのプレッシャー的な意味で」
「お疲れ様です、イデア先輩。約束通りこっち向いてください」
「うぐ……。本当に容赦ないね、ななし氏は。付き合う前は、もっとこう、拙者のような日陰者に対して慈悲深いタイプだと思ってたんだけど。完全に詐欺。陽キャのハニトラに引っかかった気分」
文句を言いながらもイデアはゆっくりと椅子を回転させた。前髪の隙間から覗く瞳が、おずおずと、しかし真っ直ぐにななしを捉える。
「ハニトラなんて仕掛けてませんよ。ただ、先輩と話したいだけです」
「それが拙者にとっては最高難易度のギミックなんだって。ほら対面した。これで満足でしょ。はい、解散!」
「待って、まだ何もしてないです」
ななしは椅子の肘置きに両手をかけ、イデアを覗き込むようにして距離を詰めた。イデアの身体がビクリと跳ね、椅子の背もたれに限界まで背中を押し付ける。
「な、何、何をするつもりですか。拙者、そういう急なイベントには対応してないから。事前のパッチノートに書いてない挙動は禁止!」
逃げ場をなくしたイデアの瞳が至近距離で揺れている。
部屋の隅で静かに駆動するサーバーの排熱が、二人の間の空気をわずかにじわりと温め始めていた。
「パッチノートには、恋人同士のスキンシップは随時実装って書いてありましたよ」
「そんなサイレント修正聞いてない! 運営の独断専行が過ぎる! あーもう、ななし氏の顔が網膜に直接焼き付いて離れないんだけど!?」
イデアは両手で顔を覆うが、指の隙間から覗く瞳はしっかりとこちらを見ている。その長い指先が、ほんのりと赤みを帯びているのが薄暗い部屋の中でもよく分かった。
「ひどいです。せっかく先輩に会いに来たのに」
「それが拙者にとっての過剰な供給過多だって言ってるの! ほら、ちょっと、そんなに顔を近づけたら……」
イデアの言葉が途切れる。
ななしがさらに一歩踏み込み、イデアの膝の間に割り込むようにして距離を縮めたからだった。椅子のキャスターが、荷重を受けて床の上でわずかに軋む。
イデアの口から、ひゅう、と小さく息を吸い込む音が聞こえた。
いつもの軽快なトークが完全に鳴りを潜める。
部屋を満たすサーバーの駆動音やファンの回転音が、急に遠くの出来事のように感じられた。代わりにイデアの喉が小さく上下する音や、彼の衣服が擦れる微かな音が鼓膜の奥へと直接届いてくる。
「先輩、耳まで真っ赤ですよ」
「うるさ……っ。これは部屋の暖房のせいで、っていうかPCの排熱のせいで、拙者の意思とは関係なく血管が拡張してるだけだから」
「この部屋、結構涼しいと思いますけど」
ななしがそっと手を伸ばしイデアの頬に触れた。
ひんやりとした彼の肌が触れた瞬間、指先から伝わる熱でじわじわと体温を上げていくのが分かる。
イデアの身体が硬直した。逃げようと思えば椅子を後ろに引くこともできるはずなのに、彼はその場から動こうとしない。
「……ずるい」
ぽつり、とイデアが呟いた。
その声は先ほどまでの大声とは打って変わって低く掠れている。
「何がですか?」
「ななし氏は、いつもそうやって拙者のパーソナルスペースを簡単に蹂躙していく。拙者がどれだけ必死に心のファイアウォール構築してるか分かっててやってるでしょ」
「壊したくなるくらい、先輩が構ってくれないからです」
「構って、ないわけ……ないじゃん」
イデアが顔を覆っていた手をゆっくりと下ろす。
その手が躊躇うように空中で泳いだ後、ななしの制服の袖をぎゅっと掴んだ。弱々しい力のはずなのに、そこから拒絶の意図は一切感じられない。むしろこれ以上離れていかないように繋ぎ止めようとするような、必死さが見え隠れしていた。
「拙者、本当にこういうの慣れてないから。ゲームのコマンドみたいに選択肢とか出てくれないと、次の行動に移れない原始的なオタクだから……」
言い訳を重ねるイデアの視線がななしの目元から、自然と唇へと落ちていく。
「じゃあ、わたしがコマンドを選びますね」
ななしがさらに顔を近づけると、イデアは観念したようにゆっくりと長い睫毛を伏せた。
触れ合った唇から驚くほどの熱がじんわりと広がっていく。
いつもは冷え切っているイデアの身体が今は驚くほど熱い。
重なり合うだけだったはずが、イデアが掴んでいたななしの袖をぐっと強く引き寄せた。
「ん……っ」
イデアの口から小さな呼吸が漏れる。
一度重なった唇は離れることなく、むしろ互いの体温を確かめ合うように何度も角度を変えて深く重ねられた。普段の頼りない態度からは想像もつかないほどイデアの口づけは執拗で、どこか焦燥感を孕んでいる。
ヘッドホンの隙間からこぼれる電子音も、規則的なサーバーの駆動音も、完全に意識の彼方へと弾き飛ばされていた。
ただ耳元で響くお互いの荒い吐息と衣類が擦れ合う音だけが異様なほど鮮明に鼓膜を震わせる。
イデアの大きな手がななしの背中に回った。
細い指先が布地越しに強張った背中をそっと撫で上げ、そのまま後頭部へと滑り込む。逃がさないとでも言うように髪の隙間に指を絡められ、ななしはイデアの胸元に完全に体重を預ける形になった。
「は、ぁ……っ、ななし氏……」
ようやく唇が離れたときイデアは肩を大きく上下させていた。
前髪は完全に乱れ、そこから覗く瞳は潤んだように熱く潤沢な色を帯びている。
「……もう、無理。処理落ちして何も考えられない」
イデアはななしの首筋に額を押し付け、深く息を吐き出す。
その首元から伝わる彼の鼓動は、まるで早鐘のように激しく脈打っていた。
「先輩、心臓の音、すごいです」
「……誰のせいでこんな、全システムが熱暴走起こしてると思ってるわけ」
「じゃあ、もう少しだけ、付き合ってくれますか?」
ななしが首筋に回した手を少しだけ強めると、イデアは一瞬だけ身を震わせた。
だが彼は決して離れようとはせず、むしろ愛おしそうに、ななしの身体をさらに深くその腕の中へと抱きすくめた。
「……拒否権ないんでしょ。最初から拙者のセキュリティなんてななし氏には無効化されてるんだから」
薄暗い部屋の片隅、青白いモニターの光に照らされながら、二人の境界線は融けていくように重なり続けていた。
「無理無理無理。今これ運命を背負った大事なレイド戦だから。拙者が一瞬でも外したら全滅ルートまっしぐら。はい、そこ右から範囲攻撃くるから避けて! あーもう野良のヒーラー何やってんの!?」
薄暗い部屋の中にモニターが放つ青白い光が揺れている。
電子音と激しいキーボードの打鍵音だけが響くその空間で、ベッドの端に腰掛けたななしは椅子に背を向けたままの恋人を見つめた。
「もう一時間も同じこと言ってますよ。チャットのキーボード叩く速度でわたしとも会話してください」
「これでも人類最高峰のマルチタスクを発揮してななし氏の相手をしてるつもりなんですけど!? ていうか何で拙者の部屋のベッドでそんなに寛いでるわけ? 距離感のバグ。完全にバグ。陽キャの距離感マジで理解不能すぎてサーバー落ちそう」
「だって部屋に入っていいって言ったのは先輩ですよね。付き合ってるんですから、これくらい普通です」
「それは、どうしてもって言うなら部屋の隅で空気になってるなら可っていう意味であって、そんな至近距離でエンカウントしていいとは言ってない! あ、クソ、ボスが第二形態に移行した!」
ななしはため息をつきベッドから立ち上がった。
足音を忍ばせて椅子の後ろへと回り込むと、イデアの肩が集中と緊張でわずかに強張っているのが見えた。
「じゃあ、こうすれば目に入りますか?」
背後から回り込みイデアの首元に顔を近づける。
ふわりとシャンプーとも機械の熱ともつかない、イデア特有の匂いが鼻腔をくすぐった。
「ヒッ!? な、なに、何これ!? ちょ、ななし氏、顔が、顔が近い! 画面が見えない、っていうか拙者のライフが削れる!」
「ゲームの画面じゃなくて、こっち見てください」
「見るわけないでしょ、こんな至近距離で三次元の美少女……じゃなくて、ななし氏の顔なんて見たら拙者の脳内メモリがオーバーフローして爆発するわ! ちょ、待って、動かないで! 本当に死ぬ、拙者が死ぬ!」
イデアの髪が動揺を示すように一瞬だけ勢いを増す。しかしその手元は驚くべきことに、まだ正確にキーボードとマウスを操作し続けていた。
「そこまでしてゲームを優先する執念、逆に尊敬します」
「これがプロのネトゲ廃人、じゃなくてトッププレイヤーの矜持だから。ほら、もうすぐ終わるから! このフェーズ超えたらマジで一息つけるから、ちょっとだけ離れて! お願いだから!」
「じゃあ、終わったらちゃんと構ってくれますか?」
「善処する! 拙者のライフが残ってたら善処するから!」
ななしは少しだけ満足して素直に体を離した。イデアは盛大にホッとした息を吐き出し、猛烈な勢いで最後のラッシュをかけ始める。
その背中は相変わらず猫背で頼りなく見える。
だが付き合い始めてから、この狭く暗い部屋がななしにとっても少しずつ特別な場所に変わりつつあった。
◇
数分後、ゲーム内から派手なクリアファンファーレが鳴り響いた。
イデアはキーボードの上に突っ伏し長い溜め息を漏らす。
「終わった……。マジで命の危機を感じたレイドだったわ……。主に背後からのプレッシャー的な意味で」
「お疲れ様です、イデア先輩。約束通りこっち向いてください」
「うぐ……。本当に容赦ないね、ななし氏は。付き合う前は、もっとこう、拙者のような日陰者に対して慈悲深いタイプだと思ってたんだけど。完全に詐欺。陽キャのハニトラに引っかかった気分」
文句を言いながらもイデアはゆっくりと椅子を回転させた。前髪の隙間から覗く瞳が、おずおずと、しかし真っ直ぐにななしを捉える。
「ハニトラなんて仕掛けてませんよ。ただ、先輩と話したいだけです」
「それが拙者にとっては最高難易度のギミックなんだって。ほら対面した。これで満足でしょ。はい、解散!」
「待って、まだ何もしてないです」
ななしは椅子の肘置きに両手をかけ、イデアを覗き込むようにして距離を詰めた。イデアの身体がビクリと跳ね、椅子の背もたれに限界まで背中を押し付ける。
「な、何、何をするつもりですか。拙者、そういう急なイベントには対応してないから。事前のパッチノートに書いてない挙動は禁止!」
逃げ場をなくしたイデアの瞳が至近距離で揺れている。
部屋の隅で静かに駆動するサーバーの排熱が、二人の間の空気をわずかにじわりと温め始めていた。
「パッチノートには、恋人同士のスキンシップは随時実装って書いてありましたよ」
「そんなサイレント修正聞いてない! 運営の独断専行が過ぎる! あーもう、ななし氏の顔が網膜に直接焼き付いて離れないんだけど!?」
イデアは両手で顔を覆うが、指の隙間から覗く瞳はしっかりとこちらを見ている。その長い指先が、ほんのりと赤みを帯びているのが薄暗い部屋の中でもよく分かった。
「ひどいです。せっかく先輩に会いに来たのに」
「それが拙者にとっての過剰な供給過多だって言ってるの! ほら、ちょっと、そんなに顔を近づけたら……」
イデアの言葉が途切れる。
ななしがさらに一歩踏み込み、イデアの膝の間に割り込むようにして距離を縮めたからだった。椅子のキャスターが、荷重を受けて床の上でわずかに軋む。
イデアの口から、ひゅう、と小さく息を吸い込む音が聞こえた。
いつもの軽快なトークが完全に鳴りを潜める。
部屋を満たすサーバーの駆動音やファンの回転音が、急に遠くの出来事のように感じられた。代わりにイデアの喉が小さく上下する音や、彼の衣服が擦れる微かな音が鼓膜の奥へと直接届いてくる。
「先輩、耳まで真っ赤ですよ」
「うるさ……っ。これは部屋の暖房のせいで、っていうかPCの排熱のせいで、拙者の意思とは関係なく血管が拡張してるだけだから」
「この部屋、結構涼しいと思いますけど」
ななしがそっと手を伸ばしイデアの頬に触れた。
ひんやりとした彼の肌が触れた瞬間、指先から伝わる熱でじわじわと体温を上げていくのが分かる。
イデアの身体が硬直した。逃げようと思えば椅子を後ろに引くこともできるはずなのに、彼はその場から動こうとしない。
「……ずるい」
ぽつり、とイデアが呟いた。
その声は先ほどまでの大声とは打って変わって低く掠れている。
「何がですか?」
「ななし氏は、いつもそうやって拙者のパーソナルスペースを簡単に蹂躙していく。拙者がどれだけ必死に心のファイアウォール構築してるか分かっててやってるでしょ」
「壊したくなるくらい、先輩が構ってくれないからです」
「構って、ないわけ……ないじゃん」
イデアが顔を覆っていた手をゆっくりと下ろす。
その手が躊躇うように空中で泳いだ後、ななしの制服の袖をぎゅっと掴んだ。弱々しい力のはずなのに、そこから拒絶の意図は一切感じられない。むしろこれ以上離れていかないように繋ぎ止めようとするような、必死さが見え隠れしていた。
「拙者、本当にこういうの慣れてないから。ゲームのコマンドみたいに選択肢とか出てくれないと、次の行動に移れない原始的なオタクだから……」
言い訳を重ねるイデアの視線がななしの目元から、自然と唇へと落ちていく。
「じゃあ、わたしがコマンドを選びますね」
ななしがさらに顔を近づけると、イデアは観念したようにゆっくりと長い睫毛を伏せた。
触れ合った唇から驚くほどの熱がじんわりと広がっていく。
いつもは冷え切っているイデアの身体が今は驚くほど熱い。
重なり合うだけだったはずが、イデアが掴んでいたななしの袖をぐっと強く引き寄せた。
「ん……っ」
イデアの口から小さな呼吸が漏れる。
一度重なった唇は離れることなく、むしろ互いの体温を確かめ合うように何度も角度を変えて深く重ねられた。普段の頼りない態度からは想像もつかないほどイデアの口づけは執拗で、どこか焦燥感を孕んでいる。
ヘッドホンの隙間からこぼれる電子音も、規則的なサーバーの駆動音も、完全に意識の彼方へと弾き飛ばされていた。
ただ耳元で響くお互いの荒い吐息と衣類が擦れ合う音だけが異様なほど鮮明に鼓膜を震わせる。
イデアの大きな手がななしの背中に回った。
細い指先が布地越しに強張った背中をそっと撫で上げ、そのまま後頭部へと滑り込む。逃がさないとでも言うように髪の隙間に指を絡められ、ななしはイデアの胸元に完全に体重を預ける形になった。
「は、ぁ……っ、ななし氏……」
ようやく唇が離れたときイデアは肩を大きく上下させていた。
前髪は完全に乱れ、そこから覗く瞳は潤んだように熱く潤沢な色を帯びている。
「……もう、無理。処理落ちして何も考えられない」
イデアはななしの首筋に額を押し付け、深く息を吐き出す。
その首元から伝わる彼の鼓動は、まるで早鐘のように激しく脈打っていた。
「先輩、心臓の音、すごいです」
「……誰のせいでこんな、全システムが熱暴走起こしてると思ってるわけ」
「じゃあ、もう少しだけ、付き合ってくれますか?」
ななしが首筋に回した手を少しだけ強めると、イデアは一瞬だけ身を震わせた。
だが彼は決して離れようとはせず、むしろ愛おしそうに、ななしの身体をさらに深くその腕の中へと抱きすくめた。
「……拒否権ないんでしょ。最初から拙者のセキュリティなんてななし氏には無効化されてるんだから」
薄暗い部屋の片隅、青白いモニターの光に照らされながら、二人の境界線は融けていくように重なり続けていた。
