サバナクロー
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心地のいい静寂を破ったのは低く不機嫌そうな唸り声だった。
昼下がりの木漏れ日が差し込む特等席。
いつもなら誰も近づかないその場所に、当たり前のような顔をして居座っている影が二つある。
一人はサバナクロー寮長レオナ・キングスカラー。そしてもう一人は、この異世界に迷い込んだオンボロ寮の監督生ななしだった。
「おい、ななし。影になって邪魔だ、どけ」
寝返りを打ちながらレオナが薄らと瞳を開ける。その視線の先には課題を広げたななしが律儀に正座していた。
「動きません。ここが一番風通しがよくて課題が捗るんです。それに、レオナ先輩が場所を占領しすぎているんですよ」
「あ? ここは俺の縄張りだ。文句があるならあっちの温室にでも行きやがれ」
「あそこはラギー先輩が草むしりをしていて、手伝わされそうになるので嫌です」
ななしはページをめくる手を止めず淡々と言い返す。
レオナはふんと鼻を鳴らし自身の頭の下に敷いている腕を組み替えた。いつもなら牙を剥いて威嚇するような場面だが、相手がななしとなると話は別らしい。
「おい、さっきから紙をめくる音がうるせえんだよ。耳障りだ」
「教科書を読んでいるんですから、音くらいします。嫌なら耳栓でもしてください」
「なんで俺がそんな面倒なことしなきゃならねえんだ。お前がそのやかましい紙の束を閉じるか、俺の耳を塞ぐか二択だ」
「なんで私が手を貸さなきゃいけないんですか、自分で耳を塞いでください」
レオナは面倒くさそうに大きな手を伸ばし、ななしの手首を掴んで引っ張る。短い悲鳴と共にななしの体がレオナのすぐ隣へと転がった。
「ちょっと! 何するんですか!」
「うるせえ。こうしておけば、お前の動きが止まるだろ」
レオナはななしの手首を掴んだまま再び目を閉じる。
その大きな体躯に捕えられ、ななしは身動きが取れなくなった。
腕を引かれ顔がレオナの胸元に近い。
「レオナ先輩、これじゃあ課題ができません」
「知るかそんなもん」
「ちょっと離してください、レオナ先輩」
「嫌だね。お前が大人しく寝るまで離さねえ」
「ちょっと!」
ななしの必死の抵抗もそよ風程度にしか響かない。
レオナは掴んだ手首を自分の胸元へと引き寄せ、さらに距離を縮めてくる。その不敵な笑みがななしの至近距離で浮かんでいた。
「おい、ななし。お前、さっきから心臓の音がうるせえぞ。緊張してんのか?」
「……誰のせいだと思っているんですか。こんなに近くに猛獣がいれば、誰だって警戒します」
「猛獣ねぇ。お前にしちゃ、ずいぶんと生意気な口を叩くじゃねえか。噛み殺されたいのか?」
レオナがわざとらしく牙を覗かせる。しかしななしは怯むことなく、自由な方の手でレオナの額を軽く突き上げた。
「噛み殺す元気があるなら、起きて授業に出てください。今日の錬金術、クルーウェル先生がレオナ先輩のことを探していましたよ」
「チッ……。あいつの授業は匂いがきつくて敵わねえんだよ」
「言い訳はいりません。ほら、起きてください」
ななしがぐいぐいとレオナの胸を押すがビクともしない。むしろレオナは面白がるように、掴んでいたななしの手を自分の首筋へと導いた。
指先に触れる、高熱を帯びた肌。ドクドクと規則正しく刻まれる力強い脈拍がななしの手のひらにダイレクトに伝わる。
「おい、これでもまだ、俺が起きると思うか?」
「……思いません。でも、あがくだけあがいてみます」
「無駄な努力だな。草食動物の分際で俺に挑もうなんて百年早いんだよ」
レオナの低い声が鼓膜を揺らす。
その声音には明確な愉悦が混じっていた。
ななしは一つ大きなため息をつくと、レオナの寮服に目を落とした。綺麗に引き締まった褐色の腕が、むき出しになっている。
「……レオナ先輩ってば本当に慈悲のカケラもないんですね」
「文句あんのか?」
「大ありです。少しは後輩に対する優しさというものを持ってください」
「後輩ねぇ」
レオナはふっと鼻で笑うと、掴んでいたななしの手を少し緩めた。しかし完全に解放する気はないらしく、今度はその大きな手のひらでななしの手を包み込むようにして握り直す。
「優しさなんて、ぬるいもんは俺の辞書にはねえんだよ。欲しけりゃ、それなりの対価を払いな」
「対価って、何をですか?」
「そうだな……。お前がそのやかましい口を閉じて、俺の添い寝に付き合うことだ。それなら少しは優しくしてやらんこともない」
「それ、私にメリットあります?」
レオナはななしの言葉を無視するように満足そうに目を閉じた。ななしはしばらく天井を仰いでいたが、やがて諦めたように力を抜く。レオナの体温が心地よく微かに吹き抜ける風が眠気を誘うのは事実だった。
「……じゃあ、三十分だけですからね」
「一時間だ」
「妥協してください」
「一時間半に増やすぞ」
「わかりました、一時間でいいです!」
ななしの敗北宣言を聞き届け、レオナの口元がわずかに弧を描く。
繋がれた手からは驚くほど優しい熱が伝わってきていた。口は悪く態度も傲岸不遜そのものだが、その指先がななしを傷つけないように細心の注意を払っていることをななしは知っている。
「ななし」
「何ですか、まだ寝ないんですか?」
「……お前、美味そうな匂いがするな」
「……気のせいです」
顔を赤くするななしを隠すように、レオナは自身の長い髪を揺らしながら更に距離を詰めてきた。騒がしい昼下がりはまだまだ終わりそうにない。
静かになったと思えば、隣からは規則正しい寝息が聞こえ始めていた。レオナの大きな手がななしの手をしっかりと握ったまま離さない。本当にこのままでいる気らしい。
ななしは自由な方の手で、近くに転がったままの課題をなんとか手繰り寄せようと指を伸ばした。しかしわずかに体が動いた瞬間、レオナの眉間がピクリと跳ねる。
「おい……動くなって言ったろ」
地を這うような低い声がななしの耳元に直接響いた。寝ていたはずのレオナが薄く目を開けてこちらを睨みつけている。
「課題が落ちそうだったので拾おうとしただけです」
「そんなもん落としとけ。お前は俺の安眠だけを考えてりゃいいんだよ」
「そんな横暴な。レオナ先輩、本当に甘やかし甲斐のない人ですね」
「誰が甘やかしてくれって頼んだよ。俺が言ってるのはお前が俺に従えってことだ」
レオナは繋いだ手にぐっと力を込め、ななしをさらに自分の方へと引き寄せた。あまりの近さにななしは思わず息を呑む。
「……なんですか、その顔は」
「お前が面白え顔してるから見てんだよ。なんだ、赤くなって」
「違います。日差しが強いだけです」
「へぇ? ここは日陰だけどな」
意地悪く笑うレオナの尾が嬉しそうに床を叩いている。言葉では突っぱねていても、態度にはななしを近くに置いておきたいという欲が隠しきれていない。
「レオナ先輩、そうやっていつもわたしをからかって楽しいですか?」
「楽しいさ。お前、反応が分かりやすくて飽きねえんだよ」
「もっと反応のいいサバナクローの寮生たちとかいないんですか」
「あいつらはうるせえし、むさ苦しい。お前みたいに突つけば律儀に怒る草食動物の方が暇潰しにはちょうどいい」
ななしは呆れて盛大にため息をついた。
本当にこの先輩は唯我独尊という言葉がよく似合う。
しかし不思議と嫌な気はしない。
むしろこうして二人きりで軽口を叩き合っている時間が、ななしにとっても心地よいものになりつつあった。
「じゃあ暇潰しついでに、わたしの課題のわからないところを教えてください」
「あ? なんで俺がそんな面倒なことを……」
「後輩への優しさですよ。一時間付き合うって約束したんですから、それくらいのご褒美はあってもいいじゃないですか」
ななしが少し挑発するように小首を傾げると、レオナはしばらく不満そうにななしの顔を見つめていた。
やがて、諦めたように「チッ」と舌打ちをする。
「……どこのページだ」
「ここです。この、第三章のとこです」
レオナは繋いでいない方の手を伸ばし、ななしが広げた課題を引き寄せた。そのまま、ななしの背後から覗き込むような形になる。レオナの広い胸板がななしの背中に薄らと触れ、その体温がダイレクトに伝わってきた。
「おい、こんな初歩的なもんで躓いてんのかよ」
「わたしはこれでも必死なんです」
レオナが長い指先で、紙面の一箇所をトントンと叩く。
ぶっきらぼうな口調ではあるが、その説明は驚くほど的確で分かりやすかった。普段は授業をサボってばかりいる男だが、その頭脳が極めて明晰であることをななしは改めて思い知らされる。
「え……本当だ。すごいです、レオナ先輩」
「当たり前だ、誰に向かって言ってやがる」
「さすが留年しているだけあって、知識の蓄積が違いますね」
「お前、今わざとそれ言ったろ。噛み砕くぞ」
レオナがガブリと噛み付く真似をしてななしの首筋に顔を寄せた。
首元に当たる温かい息にななしの体がビクリと跳ねる。
「ちょっと、レオナ先輩、くすぐったいです!」
「ハッ、お前ここが弱いのか」
「やめてください! 本当に怒りますよ!」
「お前が怒ったところで、俺には痛くも痒くもねえんだよ」
楽しそうに喉を鳴らして笑うレオナに、ななしは完全に降参の形をとった。ひとしきりからかって満足したのか、レオナは再びななしの隣に寝そべり、今度はななしの肩に自分の頭を預けてきた。
「レオナ先輩って、ほんの少しだけお節介で優しいですね」
「俺にそんな中身のない性質を付け足すな」
「事実じゃないですか。じゃなきゃ、わざわざ課題なんて教えてくれません」
レオナは繋いだ手の力をもう一度、ぎゅっと強めた。
木漏れ日が二人の影を優しく揺らしている。
「……一時間、ちゃんと寝てくださいね」
「言われなくてもそうする。……静かにしてろよななし」
今度こそレオナは心地よさそうに深い眠りへと落ちていった。
ななしはその横顔を静かに見つめながら、残りの時間をその温もりに委ねることにした。
昼下がりの木漏れ日が差し込む特等席。
いつもなら誰も近づかないその場所に、当たり前のような顔をして居座っている影が二つある。
一人はサバナクロー寮長レオナ・キングスカラー。そしてもう一人は、この異世界に迷い込んだオンボロ寮の監督生ななしだった。
「おい、ななし。影になって邪魔だ、どけ」
寝返りを打ちながらレオナが薄らと瞳を開ける。その視線の先には課題を広げたななしが律儀に正座していた。
「動きません。ここが一番風通しがよくて課題が捗るんです。それに、レオナ先輩が場所を占領しすぎているんですよ」
「あ? ここは俺の縄張りだ。文句があるならあっちの温室にでも行きやがれ」
「あそこはラギー先輩が草むしりをしていて、手伝わされそうになるので嫌です」
ななしはページをめくる手を止めず淡々と言い返す。
レオナはふんと鼻を鳴らし自身の頭の下に敷いている腕を組み替えた。いつもなら牙を剥いて威嚇するような場面だが、相手がななしとなると話は別らしい。
「おい、さっきから紙をめくる音がうるせえんだよ。耳障りだ」
「教科書を読んでいるんですから、音くらいします。嫌なら耳栓でもしてください」
「なんで俺がそんな面倒なことしなきゃならねえんだ。お前がそのやかましい紙の束を閉じるか、俺の耳を塞ぐか二択だ」
「なんで私が手を貸さなきゃいけないんですか、自分で耳を塞いでください」
レオナは面倒くさそうに大きな手を伸ばし、ななしの手首を掴んで引っ張る。短い悲鳴と共にななしの体がレオナのすぐ隣へと転がった。
「ちょっと! 何するんですか!」
「うるせえ。こうしておけば、お前の動きが止まるだろ」
レオナはななしの手首を掴んだまま再び目を閉じる。
その大きな体躯に捕えられ、ななしは身動きが取れなくなった。
腕を引かれ顔がレオナの胸元に近い。
「レオナ先輩、これじゃあ課題ができません」
「知るかそんなもん」
「ちょっと離してください、レオナ先輩」
「嫌だね。お前が大人しく寝るまで離さねえ」
「ちょっと!」
ななしの必死の抵抗もそよ風程度にしか響かない。
レオナは掴んだ手首を自分の胸元へと引き寄せ、さらに距離を縮めてくる。その不敵な笑みがななしの至近距離で浮かんでいた。
「おい、ななし。お前、さっきから心臓の音がうるせえぞ。緊張してんのか?」
「……誰のせいだと思っているんですか。こんなに近くに猛獣がいれば、誰だって警戒します」
「猛獣ねぇ。お前にしちゃ、ずいぶんと生意気な口を叩くじゃねえか。噛み殺されたいのか?」
レオナがわざとらしく牙を覗かせる。しかしななしは怯むことなく、自由な方の手でレオナの額を軽く突き上げた。
「噛み殺す元気があるなら、起きて授業に出てください。今日の錬金術、クルーウェル先生がレオナ先輩のことを探していましたよ」
「チッ……。あいつの授業は匂いがきつくて敵わねえんだよ」
「言い訳はいりません。ほら、起きてください」
ななしがぐいぐいとレオナの胸を押すがビクともしない。むしろレオナは面白がるように、掴んでいたななしの手を自分の首筋へと導いた。
指先に触れる、高熱を帯びた肌。ドクドクと規則正しく刻まれる力強い脈拍がななしの手のひらにダイレクトに伝わる。
「おい、これでもまだ、俺が起きると思うか?」
「……思いません。でも、あがくだけあがいてみます」
「無駄な努力だな。草食動物の分際で俺に挑もうなんて百年早いんだよ」
レオナの低い声が鼓膜を揺らす。
その声音には明確な愉悦が混じっていた。
ななしは一つ大きなため息をつくと、レオナの寮服に目を落とした。綺麗に引き締まった褐色の腕が、むき出しになっている。
「……レオナ先輩ってば本当に慈悲のカケラもないんですね」
「文句あんのか?」
「大ありです。少しは後輩に対する優しさというものを持ってください」
「後輩ねぇ」
レオナはふっと鼻で笑うと、掴んでいたななしの手を少し緩めた。しかし完全に解放する気はないらしく、今度はその大きな手のひらでななしの手を包み込むようにして握り直す。
「優しさなんて、ぬるいもんは俺の辞書にはねえんだよ。欲しけりゃ、それなりの対価を払いな」
「対価って、何をですか?」
「そうだな……。お前がそのやかましい口を閉じて、俺の添い寝に付き合うことだ。それなら少しは優しくしてやらんこともない」
「それ、私にメリットあります?」
レオナはななしの言葉を無視するように満足そうに目を閉じた。ななしはしばらく天井を仰いでいたが、やがて諦めたように力を抜く。レオナの体温が心地よく微かに吹き抜ける風が眠気を誘うのは事実だった。
「……じゃあ、三十分だけですからね」
「一時間だ」
「妥協してください」
「一時間半に増やすぞ」
「わかりました、一時間でいいです!」
ななしの敗北宣言を聞き届け、レオナの口元がわずかに弧を描く。
繋がれた手からは驚くほど優しい熱が伝わってきていた。口は悪く態度も傲岸不遜そのものだが、その指先がななしを傷つけないように細心の注意を払っていることをななしは知っている。
「ななし」
「何ですか、まだ寝ないんですか?」
「……お前、美味そうな匂いがするな」
「……気のせいです」
顔を赤くするななしを隠すように、レオナは自身の長い髪を揺らしながら更に距離を詰めてきた。騒がしい昼下がりはまだまだ終わりそうにない。
静かになったと思えば、隣からは規則正しい寝息が聞こえ始めていた。レオナの大きな手がななしの手をしっかりと握ったまま離さない。本当にこのままでいる気らしい。
ななしは自由な方の手で、近くに転がったままの課題をなんとか手繰り寄せようと指を伸ばした。しかしわずかに体が動いた瞬間、レオナの眉間がピクリと跳ねる。
「おい……動くなって言ったろ」
地を這うような低い声がななしの耳元に直接響いた。寝ていたはずのレオナが薄く目を開けてこちらを睨みつけている。
「課題が落ちそうだったので拾おうとしただけです」
「そんなもん落としとけ。お前は俺の安眠だけを考えてりゃいいんだよ」
「そんな横暴な。レオナ先輩、本当に甘やかし甲斐のない人ですね」
「誰が甘やかしてくれって頼んだよ。俺が言ってるのはお前が俺に従えってことだ」
レオナは繋いだ手にぐっと力を込め、ななしをさらに自分の方へと引き寄せた。あまりの近さにななしは思わず息を呑む。
「……なんですか、その顔は」
「お前が面白え顔してるから見てんだよ。なんだ、赤くなって」
「違います。日差しが強いだけです」
「へぇ? ここは日陰だけどな」
意地悪く笑うレオナの尾が嬉しそうに床を叩いている。言葉では突っぱねていても、態度にはななしを近くに置いておきたいという欲が隠しきれていない。
「レオナ先輩、そうやっていつもわたしをからかって楽しいですか?」
「楽しいさ。お前、反応が分かりやすくて飽きねえんだよ」
「もっと反応のいいサバナクローの寮生たちとかいないんですか」
「あいつらはうるせえし、むさ苦しい。お前みたいに突つけば律儀に怒る草食動物の方が暇潰しにはちょうどいい」
ななしは呆れて盛大にため息をついた。
本当にこの先輩は唯我独尊という言葉がよく似合う。
しかし不思議と嫌な気はしない。
むしろこうして二人きりで軽口を叩き合っている時間が、ななしにとっても心地よいものになりつつあった。
「じゃあ暇潰しついでに、わたしの課題のわからないところを教えてください」
「あ? なんで俺がそんな面倒なことを……」
「後輩への優しさですよ。一時間付き合うって約束したんですから、それくらいのご褒美はあってもいいじゃないですか」
ななしが少し挑発するように小首を傾げると、レオナはしばらく不満そうにななしの顔を見つめていた。
やがて、諦めたように「チッ」と舌打ちをする。
「……どこのページだ」
「ここです。この、第三章のとこです」
レオナは繋いでいない方の手を伸ばし、ななしが広げた課題を引き寄せた。そのまま、ななしの背後から覗き込むような形になる。レオナの広い胸板がななしの背中に薄らと触れ、その体温がダイレクトに伝わってきた。
「おい、こんな初歩的なもんで躓いてんのかよ」
「わたしはこれでも必死なんです」
レオナが長い指先で、紙面の一箇所をトントンと叩く。
ぶっきらぼうな口調ではあるが、その説明は驚くほど的確で分かりやすかった。普段は授業をサボってばかりいる男だが、その頭脳が極めて明晰であることをななしは改めて思い知らされる。
「え……本当だ。すごいです、レオナ先輩」
「当たり前だ、誰に向かって言ってやがる」
「さすが留年しているだけあって、知識の蓄積が違いますね」
「お前、今わざとそれ言ったろ。噛み砕くぞ」
レオナがガブリと噛み付く真似をしてななしの首筋に顔を寄せた。
首元に当たる温かい息にななしの体がビクリと跳ねる。
「ちょっと、レオナ先輩、くすぐったいです!」
「ハッ、お前ここが弱いのか」
「やめてください! 本当に怒りますよ!」
「お前が怒ったところで、俺には痛くも痒くもねえんだよ」
楽しそうに喉を鳴らして笑うレオナに、ななしは完全に降参の形をとった。ひとしきりからかって満足したのか、レオナは再びななしの隣に寝そべり、今度はななしの肩に自分の頭を預けてきた。
「レオナ先輩って、ほんの少しだけお節介で優しいですね」
「俺にそんな中身のない性質を付け足すな」
「事実じゃないですか。じゃなきゃ、わざわざ課題なんて教えてくれません」
レオナは繋いだ手の力をもう一度、ぎゅっと強めた。
木漏れ日が二人の影を優しく揺らしている。
「……一時間、ちゃんと寝てくださいね」
「言われなくてもそうする。……静かにしてろよななし」
今度こそレオナは心地よさそうに深い眠りへと落ちていった。
ななしはその横顔を静かに見つめながら、残りの時間をその温もりに委ねることにした。
