ハーツラビュル
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西日が差し込む部屋の空気はどこか気だるい。
窓の外から聞こえる運動部の声も今は遠くの出来事のようだった。
「ねえ、ななし。さっきからそれ、何回目?」
エースは机に肘をつき、退屈そうに指先で消しゴムを転がした。その視線は熱心にノートに向き合うななしの手元へと注がれている。
「何回目って、何が?」
「ため息。オレが数えただけで、もう五回は吐いてる。せっかく二人っきりの放課後なのにさー、そんなにその課題が大事なわけ?」
「大事だよ。明日までの提出だし、これが終わらないと週末の予定にも響くんだから」
「ふーん。週末の予定ねえ……。それってさ、オレも入ってんの?」
エースは椅子の背もたれに体重を預け、にやりと意地悪そうに笑った。その距離はいつもよりほんの少しだけ近い。
「入ってるよ。だからこうして急いで終わらせようとしてるの。エースだってまだ残ってるでしょ」
「オレはもう大体終わった。っていうか、そんなにカリカリすんなって。ほら、ちょっと休憩しよ」
そう言うと、エースはななしが握っていたペンを奪い取った。
「あ、ちょっとエース、返して」
「やーだね。少しはオレの相手しろ。せっかく邪魔者が誰もいないんだからさ」
奪われたペンを返してもらおうとななしが手を伸ばす。
しかし、エースはそれを予測していたかのように器用に身をかわした。
「ほら、届かない。もっと必死になってみたら?」
「子どもっぽいことしないで。本当に時間がなくなっちゃう」
「子どもっぽいとか言うな。オレはただ、お前がこっち見ないから退屈なだけ」
エースの口調は軽い。
だが、その瞳はまっすぐにななしを捉えて離さなかった。
夕暮れの光が彼の髪を柔らかく透かしている。
「……わかった。じゃあ五分だけ休憩するから、ペン返して?」
「交渉成立。じゃあ、これ返す代わりにこっち来て」
エースはペンを机に置くと、ぽんぽんと自分の膝の上を叩いた。
からかうような仕草の中に確かな熱が混ざり始める。
「それはお断り。ここで話せば十分でしょ」
「ちぇー、じゃあオレが行くわ」
椅子を引く鋭い音が響いた。
次の瞬間にはエースの体がすぐ隣へと移動していた。
肩と肩が触れ合い彼の体温が衣服越しにじんわりと伝わってくる。
「……近いってばエース」
「だってお前、ずっと根詰めてて体硬くなってるし。ほら力抜けって」
エースの手がななしの背中に回された。
そのまま引き寄せられ彼の肩に頭が乗る形になる。
「エース、あの……」
「静かに。五分間はオレの時間だから」
彼の声のトーンが先ほどよりも一段低くなっている。
耳元で囁かれるその声は鼓膜を心地よく震わせた。
「心臓うるさいんだけど」
「それはお前のだろ。オレのせいにするなよ」
エースはそう言って笑うが、彼の胸の鼓動もまた少しずつ速くなっているのが分かった。触れ合っている部分から熱が広がっていく。
「ななし」
「なに?」
「……なんでもない。ただ呼んだだけ」
エースの指先がななしの髪に触れた。毛先を弄ぶその動きは酷く優しく、それゆえに意識を翻弄させる。
「ねえ、本当に五分で終わる?」
「さあね。お前の態度次第かもね」
エースの視線がななしの唇へと向けられた。
エースの端整な顔が目と鼻の先にある。
オレンジ色の残光が部屋の隅々を朱色に染め上げる中、二人だけの空間は、世界のどこよりも狭くそして熱く感じられた。
「……ねえ、エース。本当にからかってるだけなら、もうやめて」
「お前にはからかってるように見えるわけ?」
エースは小さく息を吐き出し、捕らえていたななしの髪から指先を頬へと滑らせた。触れられた皮膚が粟立つように熱を帯びていく。
冷えかけた指先とは対照的な彼の指の容赦ない熱。それが心臓の奥を直接叩くように響き、呼吸のタイミングを見失わせた。
「いつも、そうやって余裕そうな顔する」
「余裕? はは、お前それ本気で言ってんの」
エースの眉がわずかに潜められた。
彼の瞳にいつもの軽薄な光はない。
「オレがどれだけ我慢してるか、分かってて言ってんならタチ悪いわ」
「我慢、って……」
「こういうことだよ」
エースの手が頬から首筋、そして後頭部へと回り逃げ道を塞ぐように強く固定された。引き寄せられた瞬間、影が重なる。
触れ合った唇から驚くほど高い体温が流れ込んできた。
お互いの輪郭を確かめ合うように、何度も深く角度を変えて重ねられる。吸い寄せられるような感覚と、内側からせり上がる切なさが混ざり合い視界が白く霞んでいく。
ななしの手が無意識にエースの制服のシャツを掴んでいた。
強く握りしめた指先から伝わる彼の鼓動はもう、どちらのものか判別がつかないほどに速く激しい。
「……ん、えー、す……っ」
「……は、お前、息すんの忘れてる」
唇が離れた瞬間、細い糸を引くような吐息が零れた。
エースは額をななしの額にぴったりと押し当てたまま、荒い呼吸を繰り返している。
至近距離で交わされる視線は熱を帯びて潤み熱い。エースの喉仏が大きく上下するのを近くで凝視することしかできなかった。
「わたしのこと、どうしたいの」
「どうしたいと思う? ……全部オレのものにしたいって言ったら、お前どうする?」
エースの低い声が胸の最深部に直接沈み込んでいく。その言葉は甘い毒のように全身に回り、思考能力を綺麗に奪い去っていった。
窓の外は、すでに完全に夜の帳が下りている。
静寂が支配する空間で、衣擦れの音と重なる吐息だけが、ひどく鮮明に鼓動とリンクする。
「エース、苦しいよ」
「……お前がオレをこんな風にしたんだから。責任取ってよ」
「わたしのせいにするの?」
「そうだよ。お前がオレの頭をいっぱいにさせてるから。……すげえ、イラつく」
子どもじみた独占欲。しかし、その言葉の裏にある狂おしいほどの愛着がななしの胸を満たしていく。
彼の不器用な情熱がどうしようもなく愛おしい。
ななしはそっとエースの背中に腕を回し、その広い背中を包み込むように抱き返した。
「……これでも、まだ足りない?」
「足りるわけないじゃん。全然、足りない」
エースは自嘲気味に笑うと、今度はより深く吸い込むように唇を重ねてきた。そのキスは優しく執拗で、ななしの心の奥底に眠る甘い感傷をすべて暴き立てるかのようだった。
彼の舌先が触れるたび、指先まで痺れるような甘美な感覚が走り思考はさらに融解していく。
「ななし……オレ、もう限界なんだけど」
「……なんの、限界?」
「お前を、このまま帰したくなくなる限界」
エースの指がななしの手をしっかりと握りしめた。
絡み合う指と指の隙間さえも互いの熱で満たされていく。
「明日、課題出せなくなってもオレのせいにすんなよ?」
「……エースの意地悪」
「お互い様。オレをここまで狂わせた罰だから」
エースは悪戯っぽくどこか切なげに微笑み、再びその甘い支配を重ねてくる。静寂の中で溶け合っていく二人の熱は、いつまでも冷めることを知らなかった。
窓の外から聞こえる運動部の声も今は遠くの出来事のようだった。
「ねえ、ななし。さっきからそれ、何回目?」
エースは机に肘をつき、退屈そうに指先で消しゴムを転がした。その視線は熱心にノートに向き合うななしの手元へと注がれている。
「何回目って、何が?」
「ため息。オレが数えただけで、もう五回は吐いてる。せっかく二人っきりの放課後なのにさー、そんなにその課題が大事なわけ?」
「大事だよ。明日までの提出だし、これが終わらないと週末の予定にも響くんだから」
「ふーん。週末の予定ねえ……。それってさ、オレも入ってんの?」
エースは椅子の背もたれに体重を預け、にやりと意地悪そうに笑った。その距離はいつもよりほんの少しだけ近い。
「入ってるよ。だからこうして急いで終わらせようとしてるの。エースだってまだ残ってるでしょ」
「オレはもう大体終わった。っていうか、そんなにカリカリすんなって。ほら、ちょっと休憩しよ」
そう言うと、エースはななしが握っていたペンを奪い取った。
「あ、ちょっとエース、返して」
「やーだね。少しはオレの相手しろ。せっかく邪魔者が誰もいないんだからさ」
奪われたペンを返してもらおうとななしが手を伸ばす。
しかし、エースはそれを予測していたかのように器用に身をかわした。
「ほら、届かない。もっと必死になってみたら?」
「子どもっぽいことしないで。本当に時間がなくなっちゃう」
「子どもっぽいとか言うな。オレはただ、お前がこっち見ないから退屈なだけ」
エースの口調は軽い。
だが、その瞳はまっすぐにななしを捉えて離さなかった。
夕暮れの光が彼の髪を柔らかく透かしている。
「……わかった。じゃあ五分だけ休憩するから、ペン返して?」
「交渉成立。じゃあ、これ返す代わりにこっち来て」
エースはペンを机に置くと、ぽんぽんと自分の膝の上を叩いた。
からかうような仕草の中に確かな熱が混ざり始める。
「それはお断り。ここで話せば十分でしょ」
「ちぇー、じゃあオレが行くわ」
椅子を引く鋭い音が響いた。
次の瞬間にはエースの体がすぐ隣へと移動していた。
肩と肩が触れ合い彼の体温が衣服越しにじんわりと伝わってくる。
「……近いってばエース」
「だってお前、ずっと根詰めてて体硬くなってるし。ほら力抜けって」
エースの手がななしの背中に回された。
そのまま引き寄せられ彼の肩に頭が乗る形になる。
「エース、あの……」
「静かに。五分間はオレの時間だから」
彼の声のトーンが先ほどよりも一段低くなっている。
耳元で囁かれるその声は鼓膜を心地よく震わせた。
「心臓うるさいんだけど」
「それはお前のだろ。オレのせいにするなよ」
エースはそう言って笑うが、彼の胸の鼓動もまた少しずつ速くなっているのが分かった。触れ合っている部分から熱が広がっていく。
「ななし」
「なに?」
「……なんでもない。ただ呼んだだけ」
エースの指先がななしの髪に触れた。毛先を弄ぶその動きは酷く優しく、それゆえに意識を翻弄させる。
「ねえ、本当に五分で終わる?」
「さあね。お前の態度次第かもね」
エースの視線がななしの唇へと向けられた。
エースの端整な顔が目と鼻の先にある。
オレンジ色の残光が部屋の隅々を朱色に染め上げる中、二人だけの空間は、世界のどこよりも狭くそして熱く感じられた。
「……ねえ、エース。本当にからかってるだけなら、もうやめて」
「お前にはからかってるように見えるわけ?」
エースは小さく息を吐き出し、捕らえていたななしの髪から指先を頬へと滑らせた。触れられた皮膚が粟立つように熱を帯びていく。
冷えかけた指先とは対照的な彼の指の容赦ない熱。それが心臓の奥を直接叩くように響き、呼吸のタイミングを見失わせた。
「いつも、そうやって余裕そうな顔する」
「余裕? はは、お前それ本気で言ってんの」
エースの眉がわずかに潜められた。
彼の瞳にいつもの軽薄な光はない。
「オレがどれだけ我慢してるか、分かってて言ってんならタチ悪いわ」
「我慢、って……」
「こういうことだよ」
エースの手が頬から首筋、そして後頭部へと回り逃げ道を塞ぐように強く固定された。引き寄せられた瞬間、影が重なる。
触れ合った唇から驚くほど高い体温が流れ込んできた。
お互いの輪郭を確かめ合うように、何度も深く角度を変えて重ねられる。吸い寄せられるような感覚と、内側からせり上がる切なさが混ざり合い視界が白く霞んでいく。
ななしの手が無意識にエースの制服のシャツを掴んでいた。
強く握りしめた指先から伝わる彼の鼓動はもう、どちらのものか判別がつかないほどに速く激しい。
「……ん、えー、す……っ」
「……は、お前、息すんの忘れてる」
唇が離れた瞬間、細い糸を引くような吐息が零れた。
エースは額をななしの額にぴったりと押し当てたまま、荒い呼吸を繰り返している。
至近距離で交わされる視線は熱を帯びて潤み熱い。エースの喉仏が大きく上下するのを近くで凝視することしかできなかった。
「わたしのこと、どうしたいの」
「どうしたいと思う? ……全部オレのものにしたいって言ったら、お前どうする?」
エースの低い声が胸の最深部に直接沈み込んでいく。その言葉は甘い毒のように全身に回り、思考能力を綺麗に奪い去っていった。
窓の外は、すでに完全に夜の帳が下りている。
静寂が支配する空間で、衣擦れの音と重なる吐息だけが、ひどく鮮明に鼓動とリンクする。
「エース、苦しいよ」
「……お前がオレをこんな風にしたんだから。責任取ってよ」
「わたしのせいにするの?」
「そうだよ。お前がオレの頭をいっぱいにさせてるから。……すげえ、イラつく」
子どもじみた独占欲。しかし、その言葉の裏にある狂おしいほどの愛着がななしの胸を満たしていく。
彼の不器用な情熱がどうしようもなく愛おしい。
ななしはそっとエースの背中に腕を回し、その広い背中を包み込むように抱き返した。
「……これでも、まだ足りない?」
「足りるわけないじゃん。全然、足りない」
エースは自嘲気味に笑うと、今度はより深く吸い込むように唇を重ねてきた。そのキスは優しく執拗で、ななしの心の奥底に眠る甘い感傷をすべて暴き立てるかのようだった。
彼の舌先が触れるたび、指先まで痺れるような甘美な感覚が走り思考はさらに融解していく。
「ななし……オレ、もう限界なんだけど」
「……なんの、限界?」
「お前を、このまま帰したくなくなる限界」
エースの指がななしの手をしっかりと握りしめた。
絡み合う指と指の隙間さえも互いの熱で満たされていく。
「明日、課題出せなくなってもオレのせいにすんなよ?」
「……エースの意地悪」
「お互い様。オレをここまで狂わせた罰だから」
エースは悪戯っぽくどこか切なげに微笑み、再びその甘い支配を重ねてくる。静寂の中で溶け合っていく二人の熱は、いつまでも冷めることを知らなかった。
